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2013年12月31日(火) 23:52 UTC+09
 只今、23時50分。今年は忘れずに唱えられました。

2013年12月31日(火) 7:29 UTC+09
 父が使っている単語帳。なんと昭和二十七年発行の『赤尾の豆単』。こんな昔からあったのか。初版は昭和十七年で、戦中からあるようだ。定価100円。地方定価105円。地方定価という値段設定があったとは。父は外国映画をDVDで見るのが好きで、知らない英単語が出てくるとパラパラと引くらしい。本の大きさはiPhone4Sぐらいの大きさ。父はiPhone4Sを常用しているが、紙媒体の方が使いやすいらしい。

2013年12月30日(月) 13:59 UTC+09
結局、釜は鳴らず。

2013年12月30日(月) 10:40 UTC+09
うるち米を混ぜた「こわ餅」なので、なかなかつき上がらない。結構、重労働。若さが有り余っている息子が中心でつく。

2013年12月30日(月) 10:27 UTC+09
臼が冷えていると餅がうまくつけないので、熱湯で臼を温める。

2013年12月30日(月) 8:24 UTC+09
湯沸かし開始。ガスだから簡単だ。原子力でなくても簡単に湯が沸く。

2013年12月30日(月) 7:59 UTC+09
 先日、ふと思い立ってスペアリブを作ろうとして、豚肉を買って来た。早速、氷見さんから教えてもらった秘伝の隠し味「五香粉」を豚肉にまぶそうと思って棚を探してみたら、ない。妻に聞くと「賞味期限が一年以上も過ぎていたので捨てたわ」と言われた。う〜む、調味料に賞味期限なんかあるのか。そのままでなく、熱で調理されるのだから、賞味期限なんか気にせんでもいいのに、と思いながら、五香粉なしで作ることにした。冷蔵庫に買い置きしてあったスペアリブのタレを取り出した。日本食研とモランボンのタレを混ぜて使う。これが私の独自性。味はそれほど変わらんが。念のため、タレの賞味期限を見てみる。ゆうに一年は過ぎていた。これを妻や子どもたちにバラすと、作らせてもらえないので、黙って作った。みんな「うまい、うまい」と言って食べてくれた。あとで妻に「スペアリブのタレも一年以上前に切れていたのは知っとったよ」と言われた。

2013年12月30日(月) 7:28 UTC+09
 今日は餅つき。もち米を蒸籠で蒸してつく。蒸籠を煮えたぎった釜の上に載せると、なにか条件が上手く揃った時、蒸籠がぶぉーと音を立てる。所謂、釜鳴りだ。四十年以上毎年餅をついているが、この釜鳴り現象は一度か二度しか経験していない。今日は、わざと鳴るように蒸してみたいと思う。果たして上手く鳴るか。

2013年12月30日(月) 7:14 UTC+09
末娘が作成中の「図解 ドラえもんの中身」。こんなことよりも早く、冬休みの宿題を片付けてくれんかなぁ。

2013年12月29日(日) 19:42 UTC+09
 今年こそは大晦日の行事を忘れないようにしよう。「がんばり入道ほととぎす」。変体仮名を少し覚えたので、挿し絵の文章が少し読めるようになった。

2013年12月29日(日) 9:12 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十一時半頃。呼読(よびつぎ)。東海道と鎌倉街道との交差点から少し鎌倉街道を行く。細い道。交差点から直ぐの所に「湯浴地蔵院」がある。折れた石柱が境内の片隅に放置されている。本堂を覗くと地蔵が鎮座まします。中は埃っぽい。遺影らしきものが仏壇に飾ってある。もしかすると住職が不在の寺で、残された檀家が寺の維持をしているのだろうか。詳しい場所http://goo.gl/maps/fEqXo前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=562473517180759

2013年12月29日(日) 8:45 UTC+09
 昨日、末娘と娘の友達を連れてボーリングをしに行った。上の娘も誘ったが、勉強でそれどころではないということだった。ボーリングの後はゲームセンターのUFOキャッチャー。私としては「デカザえもん」あったので、それを取りたかったが、難しそうなので諦めた。係員のお姉さんが物凄く取り易く調整をしてくれたので、ぬいぐるみがバンバン取れた。娘たちは大喜びだった。

2013年12月29日(日) 8:02 UTC+09
 山梨県の旧山梨郡にある山梨岡神社には「(き)の神」という妖怪が祀られている。一本足の妖怪らしい。その姿は下のページに詳しい。http://www.museum.pref.yamanashi.jp/5th_tenjiannai_symbol_017.htm「」という漢字は、妖怪を表す文字で、六書で言えば亀や馬と同様、物の形をそのまま文字にした「象形」に分類される。普段は全く使わない漢字なので、部首が何なのか判らない。「変」「夏」と同じで『ふゆがしら(冬の頭の部分)』というようだ。西洋人など表音文字しか使わない人々にとって、この文字は全くの奇異に感じられるのではないか。多くの西洋人はそんなことなど考えないだろうが。「鬼」「龍」など怪物を表す為だけの専用文字が存在すること自体、不思議だろう。しかも文字によっては宗教行事の時だけではなく、普段の生活でも登場する。まさに東洋の神秘である。初詣はここかなぁ。片道三時間程度で行けそうだ。

2013年12月28日(土) 11:21 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十一時頃。呼読(よびつぎ)。街道筋の乳母車屋。看板は何度も塗り直されているためか文字が重なってしまっている。現在は廃業していると考えられる。考えられると言うのは、インターネットで無店舗販売をやっている可能性もないとも言えない。昔は乳母車だけで商売が成り立っていたのか、と思ってしまうが、考えてみれば、今は多角的大企業であっても創業当時は何かに特化した商売をしていたというのが殆どだろう。パナソニックは自転車用電池式ランプ、シャープはシャープペンシルと言った具合。ダイソンは掃除機だし、アメリカのマグライト社は懐中電灯だけで今も事業を展開している。乳母車もそれ一本で商売が成り立ちそうだが、小売りでは無理なのか。籐製の乳母車に拘らず、コンビ、アップリカ、エアーバギーなども売れば良かったのか。極端な核家族化進行で育児方法が大きく変化し、乳母車を利用する機会が激減した為だろう。東海道と鎌倉街道との交差点。どういう訳だが、個人宅の敷地が鎌倉街道に食い込んでしまって、鎌倉街道は曲がってしまっている。戦時中の空襲で区画の記録が消滅したからだろうか。明治時代の大雑把な地図を見る限り、曲がってはいない。詳しい場所http://goo.gl/maps/EHREN前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=560418464052931

2013年12月28日(土) 9:43 UTC+09
 想像を絶する漢字の世界。諸橋大漢和辞典に収載されている興味深い漢字。何を思ってこれらの字を創作したか。読み方などは「e漢字http://ekanji.u-shimane.ac.jp/」で知ることができる。意味は大漢和辞典でないと調べられない。大漢和辞典は電子化される予定はないそうだ。http://www.taishukan.co.jp/kanji/daikanwa.html

2013年12月27日(金) 8:49 UTC+09
 末娘と妻とが作ったクリスマスクッキー。美味かった。左上の『大葉』とは上の娘の友達の名前。本名は『神田』だが、何故か『大葉さん』と上の娘は呼んでいる。末娘はその大葉さんには会ったことはないが、姉から聞くその人物像を気に入っていて、上の娘用のクッキーとして作ったらしい。

2013年12月27日(金) 8:14 UTC+09
 先日、小六の娘が豊明市の広報の取材を受けた。町内の資源ごみポスターで入賞したことについてである。市としては、町内の資源ごみ回収活動取り組み紹介が目的で、娘への取材はその一環らしい。「何故資源ごみポスターに応募しようと思ったのか」と聞かれて、娘は固まってしまったらしい。娘の目的は『副賞』だったからだ。まさか副賞目当てとも言えず、妻の助けで「地球を守りたい」などと言ってその場を凌いだようだ。もしかすると新聞社が埋め草記事のために取材に来るかもしれないと市の職員が言っていたらしい。それを娘は少し興奮して教えてくれた。新聞取材の時にはちゃんと答えられるようにしておかねばならない。写真は市から貰った記念品。

2013年12月27日(金) 7:21 UTC+09
 運転免許更新のお知らせが来た。もう五年も経ったのか。あっと言う間だ。運転免許試験場には、大体同じ月日に生まれた人が大集合する。

2013年12月27日(金) 4:34 UTC+09
 初老か還暦かと言われれば、還暦に近い仲間四人での酒の席で、内二人が『外人の顔の区別がつかない』という話題になった。特に映画では登場人物の区別が全くできないので人物の胸元には「名前(味方または悪人)」とスーパーを入れて欲しいというのだ。全く信じ難い話だが、老化のせいではなく子供の頃かそうだったようだ。カラヤンとバーンスタインとの顔の区別もつかないという。しかし演奏は容易に区別がつくという。

2013年12月25日(水) 6:38 UTC+09
 凄い国境があることを知った。国境・飛び地好きには垂涎の場所である。行かねば。ベルギーとドイツが接している場所。ドイツ領に食い込んでいるベルギー領は、かつてベルギーの国鉄が通っていた所らしい。線路部分だけベルギーになっている。そのためドイツ領は分断され、飛び地になっている。なんと素晴しい所か。今は線路がなくなっているようだが、珍しいので観光資源になっていると言う。その点では少し幻滅。詳しい場所http://goo.gl/maps/bpBGK

2013年12月25日(水) 6:06 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十一時頃。笠寺。東海道に戻る。手打ちうどん屋。美味そうなうどん屋だったが、昼にはまだ早い。日頃、昼飯をあまり食べないので、実は昼はどちらでもいい。うどんの見本の写真が飾ってあった。つゆのだしの素も飾ってある。だが皿からこぼれている。その横には竹細工の虫。こういう放ったらかし、かつ脈絡のない飾り付けが味にどう反映されているか。呼読(よびつぎ)の宿駅制度四百年記念碑。昔はこの辺りまで海が迫っていた。現在、海は4km以上先である。対面販売所が生き残っているたばこ屋。旧街道で目立つのはたばこ屋、床屋。詳しい場所http://goo.gl/maps/YBLft前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=558586024236175

2013年12月24日(火) 20:41 UTC+09
エジプトで大雪が降ったらしい。リンクしたスフィンクスの写真はその様子。大雪のブログ記事と一緒に載っていた。http://www.asahi.com/articles/TKY201312140028.htmlエジプトの大雪の写真として世界中に出回っている。ところがこの雪をかぶったスフィンクスはウソ写真らしい。そう言われてみると左後ろの山には針葉樹みたいな木がいっぱい生えている。日本の東武ワールドスクエアにある小型版スフィンクスに雪が降った時の写真のようだ。その小型スフィンクスの写真は下のリンク。http://s188.photobucket.com/user/ShinjukuSteph/media/Nikko%20February/DSCN1560.jpg.html

2013年12月23日(月) 6:46 UTC+09
最近、店で支払いをする時、ポイントは貯めますか、とよく聞かれる。こういった支払いにおいて現金と同じ様な使い方の出来るポイントは、貯める意味がどこにあるのかよく解らないので、「使います」と答える。どこの店でも例外なく「貯めますか」と聞かれるので、「使います」と言うのが面倒くさい。「使いますか」と聞かれれば、「はい」だけで済む。大多数の人は「貯める」からだろう。貯めるといいことがあるのか。大量点数割引とかあるのかなぁ。96ptでも100ptとして看做す、江戸時代の九六銭みたいな制度があるなら貯めるべきだ。次の機会に、その店で買い物をした時、ポイントが沢山あると何か得した気分になるからだろうか。貯めても貯めなくても支払う金額は同じなので得も何もない。

2013年12月22日(日) 9:48 UTC+09
 半年ぐらい前に耳掻きの時の道具として買ったが、全く使っていない。照明、耳掻き棒とこれとで手が三本要る。

2013年12月22日(日) 9:37 UTC+09
 愛用カメラ『Ricoh GR digital IV』用のフィルターを作った。見た目は全く駄目だが、目的とする機能は果たす。本当は見た目も良くしないと所有する使用する喜びが薄れてしまうのだが、仕方がない。メーカーからはオプションとしてフィルターを装着するためのアダプタが用意されているが、大きくかさ張るのでコンパクトカメラの意味が薄れてしまう。http://www.ricoh.co.jp/dc/option/lens/gh1.htmlそこで汎用のレンズキャップに大きな孔を開け、カメラのレンズ鏡胴に嵌るようにしてフィルターと接着した。適切な接着剤が見つからなかったので、ホットメルト接着剤を使った。樹脂接着剤が丸見えなので、恰好が悪い。フィルターに適合するキャップを探せばもう少し見た目は向上しただろう。http://www.aduchimoto.com/フィルタは偏光フィルタである。スナップ写真で川や池の生き物を写す場合がちょくちょくある。水面の光の反射が邪魔なので、偏光フィルタでそれを取り除く寸法である。

2013年12月22日(日) 8:29 UTC+09
 年賀状を印刷していたら、こんな応募葉書が出てきた。来年用の年賀葉書を十一月一日の発売日に買ったにもかかわらず、今まで放置していたので、気付かなかった。応募締め切り日がとっくの昔に過ぎているので、物凄く損をした気分になる。応募しても当選することは、滅多にないにも関わらず。こういう気持ちを克服できるようになれば、幸せな人生にを送れるだろう。上記のことを含めて「たら、れば」で考えているので、全く克服できない。

2013年12月21日(土) 22:12 UTC+09
 年賀状を作った。毎年、一年間に撮った写真をコラージュして作る。写真が細かいので、Rクラス(老人もしくはロートル)の方用にインターネットで拡大して見られるよう、宛名面にアクセス用のQRコードを印刷している。QRコードは無料で簡単に作成できる。便利な世の中です。http://qr.quel.jp/form_bsc_url.php下は今年(2013年)の年賀状に印刷したQRコード。既に2014年用の画像がインターネット上にアップロードしてあるが、下のQRコードから類推して閲覧しないこと。

2013年12月21日(土) 10:04 UTC+09
 夕べ、名古屋 四間道(しけみち)の外れにある「五條」と言う呑み屋に行った。堀川が直ぐ近くに流れており、そこに架かる橋の名前が「五条橋」だからか。写真は京都への膝栗毛の時に撮影したもの。安くて美味しくていい店。噂通り女将が不機嫌そうだった。串カツどて煮の店の女将はどこでも大抵不機嫌と決まっているのか。おそらくその原因は「ソースを二度浸けする客が絶えないから」だと思う。バットに入った串カツ用のソースは共用だから、串カツを齧った状態で浸ければ、ソースが汚くなるのは決まっている。少し考えれば分るのに、二度づけするバカな客がいる。それが我慢ならないのだろう。九時頃に焼き鳥を注文したら「品切れ」と言われた。客が三,四人仲間で入ってくると、女将は「あぁ、めんどくさい」と言わんばかりに顔をしかめる。なかなか凄い店だ。勘定を払うと、女将は「ありがとね」とお礼をいい、旦那も「また来て下さい」と挨拶した。一体どっちなんだ。

2013年12月21日(土) 9:31 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十一時頃。見晴台公園。笠寺観音門前の餅屋。こわ餅を売っていた。こわ餅とは餅米とうるち米を混ぜて搗いた餅。餅の中にうるち米のつぶつぶが残っている。これを焼き餅にするとスコブル美味い。雑煮にするとマズい。実家ではこのこわ餅を毎年搗く。旧街道から離れて久しぶりに趣味の一つである「戦争遺跡/産業遺跡鑑賞」をしに行った。その途中にあったトタン張りの宿舎。工場の宿舎か。これも産業遺跡に近い。笠寺観音の直ぐ横に見晴台遺跡があり、その頂上付近には戦時中、高射砲陣地が構築されていた。戦後、高射砲は撤去されたが、コンクリート製の砲台は残っている。二十年程前までは、誰にも顧みられることもなく放置されていたが、最近は名古屋市が保護して説明看板まで設置している。戦争遺跡や産業遺跡鑑賞の醍醐味は人知れず風化する様子を味わうことなので、保護された途端、面白味が薄れてしまうのだが、土地開発で一気に消失してしまうよりはいい。犬の散歩で腰掛けている人々の中で、テニアン島から飛び立ち名古屋の軍需工場を爆撃しようとするB29をここで迎え撃っていたことを思い浮かべる人はどれだけいるか。戦時中、この高射砲陣地には撃墜したB29の尾翼が戦果として展示してあったらしい。終戦の年の八月十五日にはその尾翼を急いでその場に埋めたそうだ。高射砲砲台の詳しい場所http://goo.gl/maps/LLPqJ前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=558112927616818

2013年12月21日(土) 8:25 UTC+09
 これはiPhoneで撮った写真をスライドショー動画にするアプリケーション。こういったアプリは数々作られている。音楽が自由に選べないので、これといった利点がない。従って使っていない。ここで採り上げた理由は、アイコンについてである。スライドショーなのにロールフィルムの映写機の絵になっている。このアプリの作者は実物のスライドを見たことないのか、それともiPhoneを使っている人々はスライド映写機を知らないだろうと考えて、敢えてこういう絵柄にしたのか。「スライドショー」と言うのは、本来はスライド映写機を使った上映会と言う意味である。PCのモニタ画面上のスライドショーしか見たことがない人は、写真が滑るように入れ替わる様からだと思っているかもしれない。まぁ、スライド映写機の語源も写真がスライドして映し出されるからだから、間違ってはいない。しかし、一番変なのは映写機のフィルムの巻き取り方だ。絵の通りだと巻き取りでフィルムが裏返ってしまう。8ミリだと上映後、巻き戻していたような気がするが、こんな巻き取り方の映写機はあるのか。

2013年12月21日(土) 7:02 UTC+09
 これ、面白いわ。Instagramという写真投稿サイトに投稿した写真を、小さな幻灯機で実際に投影してスライドショーを楽しもうと言うサービス。世界には色んなことを考える人がいるなぁ。

2013年12月21日(土) 6:47 UTC+09
 自分が生まれた頃から、放射性物質セシウム137を相当取り込んでいるのか。大気圏内核実験が終了して、セシウムの量が減ってきたと思ったら、また福島で増えた。科学技術の暴走を、科学技術で始末することができるのだろうか。子供たちや未来の人々に「無責任」と言われぬようにするのが、最大の責務だ。このままだと未来の人に何百年に亘って恨まれることになりかねない。

2013年12月21日(土) 5:55 UTC+09
 駅から少し離れた住宅街にポツンとある小さなスナック。中から楽しそうな歌声が漏れていた。上村香子にそっくりなママがいるのではないかと勝手に妄想している。http://www.weblio.jp/content/上村香子

2013年12月20日(金) 6:51 UTC+09
 卓上ごますり器。ごまを大量摂取するために家の食卓に常備した。形が太陽の塔に似ている。キッコーマンの卓上醤油さしと並んで好きな道具の一つだ。不満がある。ごますり器はプラスチック製なのでごまを擦ると静電気が発生して擦ったごまが反発して飛び散る。乾燥している季節は特にである。何とかならんもんかのう。

2013年12月20日(金) 6:30 UTC+09
 左はiPhoneに初めから入っているApple標準の地図。右はiPhoenアプリのGoogle地図。未だに情報量が格段に違う。地下鉄の駅が欠落しているのは酷いわ。

2013年12月20日(金) 6:19 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時半頃。笠寺観音。笠寺観音前の池。冬眠の季節の筈だが、池の亀は活発に動いていた。本堂を斜めから見た所。参拝者はまばら。縁日でないからか人は殆どいない。日本一立派だと言われている手水場。名古屋出身の実業家でもあった将棋の名誉名人 小菅剣之助が寄進したもの。本堂正面。やはり人はいない。笠寺と大聖堂を意味する「cathedral」とは発音がよく似ているが、これは偶然だろう。寺田寅彦が随筆の中で、それぞれの言語の中で偶然に似通った単語が存在する確率を計算している。http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/files/2345_13811.html詳しい場所http://goo.gl/maps/d7oZy前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=556392201122224

2013年12月19日(木) 6:43 UTC+09
 何人かの方に挑戦して頂いたのですが、正解者はおりませんでした。

2013年12月16日(月) 7:20 UTC+09
 藤岡弘の頭髪があんなに黒々しているのは、毎日ごまを沢山食べているからだ、という話を聞いた。そこで老人の象徴の一つである白髪を減らそうと思い、数ヶ月前から意識してごまを食べるようにしている。もともとごま油が好きなので、家では油を使う料理には全部ごま油を使って欲しいと思っているのだが、そうはいかないらしい。効率よく、ごまの栄養を摂取しようと思い、栄養剤化した食品を毎朝摂るようにした。三ヶ月ぐらい経過したが、白髪の量は全く変わらず、効果は全く感じられない。頭髪の成長速度は一ヶ月に1cm程度である。自分の頭髪の長さは3cm程度なので三ヶ月もすれば、効果は見えてくる筈だ。もしかして藤岡弘のようにごまそのものを毎日食べないと駄目なのか。栄養剤は一旦止めてみよう。

2013年12月16日(月) 6:46 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時半頃。笠寺。笠寺一里塚。東海道は左側の道。名古屋市内に現存する唯一の一里塚らしい。榎がしっかり根をはっている。二十年程前に枯れかけたらしい。手術ですっかり復活したとのこと。街道の様子。自動車用に舗装されているが、曲がり具合など旧街道の雰囲気が十分残っている。帽子屋。江戸時代は帽子屋がないから、この家は当時何をやっていたのか。昔は烏帽子屋だったのか。笠寺一里塚の詳しい場所http://goo.gl/maps/VYcJX前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=555982841163160

2013年12月15日(日) 12:14 UTC+09
 ユニクロのヒートテックを初めて買って着てみた。ほんとうに暖かいわ。あまりにも暖かいので、「これ、あったかいわぁ」と娘たちの前で連呼していたら、上の娘に「うちらは、分っとるで、そんなに言わんくてもいい」とたしなめられた。原理は何か。繊維が水蒸気を吸収した時に発生する「水和熱」らしい。セメントと水とを混ぜて固まりだした時に発生する熱と同じらしい。綿でも毛でも水和熱が発生するが、ヒートテックの繊維はその何倍も水蒸気を吸収する能力があるあるようだ。そうなると最初に着た時が一番暖かく段々、熱は出なくなるのか。熱が出なくなったら乾かせばいいのだから、一旦暖かい部屋に入って水分を飛ばしておけば、外に出た時、また暖かくなる。う〜む、保温時間が少し長くなった程度なのか。体感ではずっと暖かい様な気がしている。

2013年12月15日(日) 11:02 UTC+09
なぞなぞ:夜明け三時、ドアベルが鳴る。あなたの両親が朝食にやってきた。家にあるのはイチゴジャム、蜂蜜、ワイン、パン、そしてチーズ。さあ、あなたが最初に開けるのは何?条件:* 答えは、絶対にここに書かないで、メッセージで。* 正しく答えた人はコメント欄で賞賛されます。* 間違って答えた人は、三日間自分のプロフィール写真にキリンの絵か写真を貼り続け、このクイズをコピペして投稿してください。上記の条件通り、キリンの写真に変更しています。変更の期間は2013年12月15日11時〜18日10時頃までの予定。

2013年12月15日(日) 9:49 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時半頃。星崎。街道沿いに設置してある東海道の古地図。右上の写真は二年前の伊勢道中膝栗毛で歩いた時の状態。日に灼けてボロボロ状態だったが、張り替えられたようだ。確かFaceBookに自治体のやることはこの程度だと批判を書いたことがあったが、ちゃんと管理されていた。知多街道と東海道との追分。左の道が知多街道。無名な道なので都市化によって消失が甚だしい。至る所が分断されているらしい。追分に立つ地蔵。地蔵の場所http://goo.gl/maps/3xZPZ前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=554351874659590

2013年12月15日(日) 7:54 UTC+09
 写真の二つの本を読んだ。「医療否定本」と「『医療否定』否定本」。一言で言うと、前者は患者視点、後者は医者視点。後者は全然反論になっていない。前者は本当にそうなのかどうか分らない部分があるが、医療を拒否すると言う選択肢も十分検討の余地があるということを気付かされたという点で意味がある。もし両方読むのなら、「医療否定本」「『医療否定』否定本」の順番の方がいい。

2013年12月15日(日) 7:24 UTC+09
 江戸時代の一日はいつ始まるか。赤穂浪士の討ち入りは十二月十四日から十五日にかけての夜中に行われたらしいが、当時の人の認識はどうだったのか。例えば丑三つ時は昨日なのか、当日なのか。http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/hajimari.html江戸時代の時刻制度は、真夜中と南中時刻あたりを「九つ」として「四つ」まで数え下がっていく。そうなると一日の境目はどちらかにありそうだが、果たしてそうだろうか。普段の生活を基準にすれば、真夜中に日付が変わるというのはかなり違和感がある。庶民は寝ているので、その間に日付が変わると言う発想は出てこないだろう。逆に真っ昼間に日付が変わると考える民族も古今東西聞いたことがない。そうなると日付が変わるのは、朝方か夕方かになる。朝日が昇るとともに一日が始まるという考え方は、自然のような気がする。しかし一日の始まりということは前日の終わりでもある。朝方に終わりがあるのは普通の感覚だろうか。では、夕方に一日が始まるとするのはどうだろう。これは何か変だ。しかし一日の終わりと考えるのは自然である。大多数の人の仕事も夕方で終わる。「夕べ」という言葉の意味は二通りある。その日の夕方という意味と今で言う昨日の夜半から当日の未明の時刻までの時間で、「夕べ、変な夢を見た」という様な使い方をする。正月一日はどうか。始まりは当然、日の出であろう。この瞬間から新年の一日目が始まる。決して現代の様な日の出の六時間程前の真夜中が一年の始まりではない。こう考えると昔の人にとっての一日とは昼間のことだけであり、夜は昼間の付け足しで当日でも前日でもどちらでもよかったのではないか。つまり夜の日付は不確定で、話しの流れ、文脈から読み取り理解しあっていたかもしれない。

2013年12月14日(土) 18:41 UTC+09
 小六の末娘が町内の資源ごみ回収所ポスターに応募し、町民による投票数で見事一位となった。町内会長さんと副会長さんとがわざわざ家まで尋ねて来られ、賞状を授与して下さった。町内会長さんの笑顔が素晴しい。なお、賞状の字全ては、同じ町内の習字の先生が書かれた。賞状の書体というのがあって、先生はそれが苦手で上手く書けなかったとのこと。賞状書体があるとは知らなかった。副賞はかなり充実していた。

2013年12月14日(土) 18:15 UTC+09
 インバータ式蛍光灯のコンデンサを入れ替えた。目的は点きの悪さの改善である。冬になって部屋の温度が下がると、スイッチを入れても直ぐに消えてしまう。スイッチを入れ直すと点くが、直ぐ消える。これを何度も繰り返すとインバータの内部回路が温まって正常に点灯しだす。この原因は先日の実験からコンデンサの劣化であることを突き止めた。そこでコンデンサを新しいものと入れ替えた。上の写真が劣化したコンデンサ。下が新しく買ってきたコンデンサを入れ替えた状態。コンデンサを入れ替えたが、症状は変わらず。何度もスイッチを入り切りしなければ点かない。主原因の特定は間違っていたか。もっと大きな要因が他の部分にあるようだが、もう諦めた。10回ぐらいスイッチパチパチを繰り返せば、点灯するのだ。

2013年12月14日(土) 13:29 UTC+09
ああ、新しいカメラが欲しい。欲しいのはこのカメラだ。先日、実物を見に行って、いじってきた。いいわ。カメラの価格はまだデフレ状態なので、値段は下がり続けている。待てば待つ程安くなるが、この機種は5000台限定である。変わった色なので人気がない筈だが、価格を下げ続ければ、ある程度は売れていく。品薄になると今度は価格が上昇に転ずる可能性もある。それも急に。いつまで待てばいいのか。ああ悩ましい。

2013年12月14日(土) 13:17 UTC+09
 先週の日曜日は用事が四つも重なってしまった。やむなく諦めた用事が安城シティマラソン(10km)出場だった。その代わりという訳ではないが、マラソンはもう一つ出る予定だ。三月の名古屋シティマラソン(10.5km)である。もとから二つとも出る予定だった。名古屋ではカメラを装着して走ろうかと考えている。スポーツカメラとして知られているものに『GoPro』というのがあるが、一寸値が張る。二、三千円のオモチャみたいなカメラで十分なのだが、いざ探すとなるとなかなか見つからない。ビデオ撮影かスチル(静止画)撮影かでも迷っている。どのように装着するかも問題だ。

2013年12月14日(土) 11:33 UTC+09
 先日の膝栗毛をスライドショーにしてみた。音楽は映画「二郎は鮨の夢を見る」をヒントにした。感動的なスライドショーに仕上がった。iPhoneで簡単に作れる。Flipagramhttps://itunes.apple.com/jp/app/flipagram/id512727332

2013年12月14日(土) 7:51 UTC+09
 昨日の夕方、泉岳寺では『義士祭』の準備がなされていた。翌日の十二月十四日から十五日にかけて赤穂浪士の討ち入りが行われたことに因む祭である。考えてみると討ち入りの日は、吉良上野介の命日になる。愛知県の吉良では何か催しがあるのか。あるらしい。華蔵寺で毎年十二月十四日に法要が行われるようだ。http://www.city.nishio.aichi.jp/nishio/HAZU/kira/kanko/pub/miru/kirakou/

2013年12月14日(土) 7:32 UTC+09
 美味いと聞いたので、東京上野のうさぎやのどら焼きを買ってきた。そういう噂だけあって、買うのに順番待ちをした。菓子を買うのに自分の名前を申告するなんて初めてだった。名前を告げてから、一分後ぐらいに「後藤様」と呼ばれて、どら焼きを受け取った。六個千二百円。名古屋には「どら焼き」という言葉はない。このような形をした饅頭は「千(せん)なり」と呼ばれる。両口屋是清(りょうぐちやこれきよ)が製造販売しているどら焼きの名前だが、名古屋人はどら焼きを一般名称の如く「千なり」と呼ぶ。最近は知らん。「何泣いとるの。ほれ、千なりあぁますで、もう泣きゃあすな」(訳:何を泣いているのですか。さあ、どら焼きをあげますから、もう泣かないで)肝心な味はどうか。美味し。皮と餡との硬さの均衡が絶妙なり。

2013年12月14日(土) 6:55 UTC+09
 昨日の朝、新幹線から見えた富士山。笠をかぶっていた。この富士山が縁で、たまたま隣に座っていた方とFacebook友達になった。

2013年12月13日(金) 8:55 UTC+09
アポロ計画で、月にちゃんと行ったことを証明するにはどうすればよいか。先日、世界の陰謀説が大好きな知人から、興味深い一枚のDVDを貰った。世界の人々に陰謀の真実を知ってもらわなければならないため、いくらでもコピーして配布していいらしい。私も世界陰謀が好きなのだ。このDVDでは、有人月面探索の証拠をことごとく否定し、全て偽造可能としている。とにかく人類は、地球を取り巻く荷電粒子で構成されるヴァンアレン帯を通過して宇宙に出ることは生きては不可能であると述べている。考えてみると月に行ったことのない人に月に行ったことを証明することは不可能であるような気がしてきた。排中律を用いて陰謀説を否定しようにも、陰謀説信奉者の認識の問題なので、論理は通用しない。反証不能である。反証不能ということは、宗教や哲学、思想の話しなので、科学ではない。科学的証拠の真偽を論ずることはできない。とはいえ、科学の範疇で、証明することはできるのだろうか。結構、難しそうだ。写真は証拠にならない。偽造は私でも簡単にできる。月面探査衛星によるアポロ宇宙船の痕跡写真を見せても、偽造の一言で片付けられる。月と地球との距離をレーザーで測るための反射鏡の設置事実はどうか。月面無人探査装置でも設置可能だし、レーザーを使わなくても電波の反射で距離を測定することは可能だ。電波なら反射鏡さえも要らない。月面の特徴、即ち重力が1/6、殆ど真空を利用した実験を行えばいいのか。確か金槌と何か軽い物を同時に落とす簡単な実験をやった気がする。まぁ、これも作れると言えば、作れる。まさか本当に行ってないのか?

2013年12月13日(金) 7:24 UTC+09
『KinKi Kids』とか『少年隊』は、既に『近畿おっさん』『初老隊』になっていることに気付いた。思い出したのは、初代林家三平の枕だ。初孫(海老名みどりの長女)が生まれて、名前を『うぶ』とした。「『うぶちゃん、うぶちゃ〜ん』なんて、今は可愛いのですが、え〜、年なんかを取りますと『うぶババァ』…」

2013年12月12日(木) 6:44 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時頃。鳴海宿。丹下町の常夜灯。こちらも古い。寛政四年(1792)建立。この常夜灯の台座にも謎の凹みがある。これは一体何なのか。辛島製菓。街道沿いにある菓子屋。甘味を売る店の名前が「辛島」とは。千鳥塚にある石碑の碑文は芭蕉の自筆で芭蕉存命中唯一のものである。時間がないので通り過ぎた。伊勢道中膝栗毛の時には訪れた。千鳥塚の場所http://goo.gl/maps/XF3wy前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=552875094807268

2013年12月11日(水) 6:50 UTC+09
アマゾンにこんな素晴らしいものがあった。細かいところが洗いにくいけど。

2013年12月10日(火) 7:07 UTC+09
 心意気は分るが、具体性に欠ける広告。道行く人に訴えかけているのだが、ここを歩く人は全国各地の街など見比べたことはない筈だ。せいぜい「県内一」程度にした方が、「あの街よりは綺麗にしよう」と思えてくるのではないか。

2013年12月10日(火) 6:01 UTC+09
 めんたいパークで何があったのか。めんたいパークの玄関ホールにて。

2013年12月9日(月) 6:31 UTC+09
 衛星放送受信アンテナの変わった設置方法。アンテナを屋内に設置して、窓を開けっ放しにしている。いつ見てもこういう状態。

2013年12月9日(月) 6:25 UTC+09
 近所の病院の勝手口。コンクリート鍾乳石が成長している。

2013年12月9日(月) 6:22 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時頃。鳴海宿。東海道から少し脇に入った道。黒壁レーン。丸石を使った垣。街道筋の連子格子の家。成海(鳴海)神社と書かれた石柱。東海道の脇に立っている。ここから参道になっている。成海神社への参道を少し行くと小さな道標がある。誰にも知られていない様な道標。大きさは横に置いたペットボトルと比べると通常の道標とよりかなり小さい。「右 こ奈る... 左 みや」と読める。古鳴海(こなるみ)とは鎌倉街道のかっての宿場町で、東海道ができてからは衰退してしまったらしい。花崗岩製の垣。形状からして石柱の再利用のような気がする。特に丸印の部分は継のための加工後だと思われる。小さな道標がある場所http://goo.gl/maps/S3NhG前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=552387154856062

2013年12月8日(日) 23:02 UTC+09
 陶製の座りオカザえもん人形を入手。名古屋東急ハンズにて。大きさは10cm程度。日本製。

2013年12月8日(日) 20:07 UTC+09
名鉄名古屋本線。列車最後尾に乗っていた。三歳ぐらいの男の子とそのお父さんが車掌室の見える席に座った。子供は靴を脱いで、座席に立って車掌室を覗きながら、楽しそうにお父さんと話していた。すると突然、車掌室の扉が開いて、車掌が出てきた。「ぼく、電車好きなの?これからも名鉄電車乗ってね」と言いながら、名刺大の電車の写真カードを渡した。男の子は大喜び。それを見た私も嬉しくなってしまった。電車の降り際、車掌さんに、素晴らしいサービスですね、と声を掛けたら、「ありがとうございます。これからも宜しくお願いします」と言われた。いいぞ名鉄。

2013年12月8日(日) 13:36 UTC+09
 四年ぐらい前の年末、ベルギーのブリュッセルへ旅行に行った時、撮影禁止場所であることを知らずに、写真を撮っていた。『撮影禁止』とどこにも書いてなかったと思う。その場所は、夜中十時過ぎの国際特急のユーロスターの改札口だった。夜中なので閉鎖されていた。写真を撮っていたら、中から事務員が出てきて何か用かと訊いてきたので、明日は予定通り運行するのかと尋ねた。前日までは大寒波の影響でユーロトンネルの調子が悪くなり、列車は間引き運転等されていた。次の日はロンドンに移動する予定だったので、咄嗟にそんな質問が出てきた。事務員は、時刻通りだ、と答えたので、お礼を言ってその場を離れた。そのままホテルに戻ろうとしたとしたら、別の事務員二人が走って追いかけてきた。『Security』と書かれた紺色のチョッキを白シャツの上に着ている。英語かフランス語か、と聞かれた。「英語」と答えると、今さっき撮った写真を見せろと言う。見せると「今すぐ、消せ」と言うので消した。次々見せて「消せ、消せ」と言うので次々消した。最後に「これは消さなくていい」と言われた写真がこれだ。待合室の写真だった。後は何事もなく開放された。ユーロスターはイギリスとヨーロッパ大陸とをぐ国際列車なので、改札は空港の保安検査場と同じ機能を持っている。従って撮影禁止は常識らしい。特定秘密保護法下では、こういう無自覚な行為でも即逮捕につながるのだろうか。

2013年12月8日(日) 8:02 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時頃。鳴海宿。東海道から少し脇に入った所に東福院というお寺がある。ここには根古屋(鳴海)城の廃材を用いた山門があるという。それらしき山門がない。あるのは質素な門があるだけだ。よく見ると貼紙がしてあった。こりゃ分らんわ。詳しい場所http://goo.gl/maps/sWBBJ前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=551390718289039

2013年12月8日(日) 7:46 UTC+09
 名古屋 大須でインバータ式蛍光灯修理用のコンデンサを買った。飴にしか見えない。また正月用の高級カズノコを大量に買った。カズノコはカナダ産、加工は北海道。

2013年12月8日(日) 7:30 UTC+09
 名古屋大須の春日神社の楠。根元に大きなこぶができている。衝立や座卓でこぶを使ったものを見たことがあるが、生きている状態でこんなでかいこぶを見たのは初めてである。春日神社の位置http://goo.gl/maps/0j3NJ

2013年12月8日(日) 7:05 UTC+09
 名古屋大須にある春日神社。石柱の書は陸軍大将 松井石根(いわね)が揮毫したものである。色々な所に松井の書が残っていることに気が付いた。写真右上は名古屋市緑区 桶狭間公園に立っている石柱で、昭和八年建立。右下は愛知県知立市 知立神社にある千人燈。これらは全部、松井石根の書である。松井石根は名古屋の出身で、ポツダム宣言受諾後、極東軍事裁判にて「南京大虐殺事件」の首謀者として死刑の判決を受け、昭和二十三年十二月二十三日に絞首刑に処せられた。靖国神社に祀られている。

2013年12月6日(金) 9:12 UTC+09
 iPhone用お札識別アプリ「言う吉くん」。旧五千円札は認識できない。モニタに映し出された現行二千円札は認識した。真贋は判別できないようだ。そうだわな。モニタのお札を認識するぐらいだから。アプリの仕様を見たら、現在発行されている紙幣(千円、二千円、五千円、一万円)しか認識しないらしい。http://japanese.engadget.com/2013/12/03/iphone-1000-1/これは片手落ちだ。使用可能な紙幣は全部対象にしないと。当然、明治時代の大黒壱円札も認識すべきだ。こういう中途半端なところがお役所的だな。種類を増やすと認識率が低下するとか製作コストがとか、言っていたのだろう。http://www.npb.go.jp/ja/intro/faq/sihei_01.html

2013年12月6日(金) 8:09 UTC+09
 ナポレオンがヒ素で毒殺されたと言う説は、小学生の頃の読んだものしり本か少年漫画誌の世界のびっくり話特集かで知った。今までそう信じてきたが、先日読んだ雑誌には、ナポレオンが好きだったシューレグリーンと呼ばれる色の壁紙から出てきたヒ素により中毒死したと書いてあった。シューレグリーンの成分は「亜ヒ酸銅」。亜ヒ酸は毒薬で、発癌性もある。ちょっと調べてみると死因は内臓疾患説が有力みたいだ。きっぱり「ヒ素中毒説は間違い」と主張している人々もいる。http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=4503740今の人でも死因が判らん場合があるので、昔の人の死因はもっと解らんわな。

2013年12月6日(金) 7:04 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の十時頃。鳴海宿。何でもない側溝。しかし花崗岩で作られている。大量生産のコンクリート製U字溝でないところがいい。旧街道にはこういうものが残っている。軒先園芸。おもだか(沢潟)。家紋や校章などに図案化されている水草。こちらの水草は外来種。ミニマッシュルームか。メダカがいた。水や砂利がきれいである。家のメダカの水槽はアオミドロが発生しまくっている。何が違うのか。街道脇のすばらしい小径。古い街にはこういった趣のある道がある。丸石の垣、マンホールから推定すると暗渠の上の道かもしれない。詳しい場所http://goo.gl/maps/n5iYr前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=550934838334627

2013年12月5日(木) 6:47 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の九時半頃。鳴海宿。千代倉と言う名の蕎麦屋。変体仮名を練習しているので「そ(楚)ば(者)」がすんなり読める。鳴海千代倉は造り酒屋でかつては江戸後期には本陣も務めていたらしい。この蕎麦屋と千代倉との関係は不明。和菓子の菊屋茂富。安政四年(1857)創業。鳴海潟という阿波和三盆を使った干菓子を買う。年季の入ったガラス製の陳列箱。テレビ取材もいっぱい受けている。詳しい場所http://goo.gl/maps/nFb4e前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=550446185050159

2013年12月4日(水) 22:03 UTC+09
 「エアウィーヴ」「C-CORE」どっちが本物。どちらが先駆者か。「エアムーヴ」「ブレスエアー」「エアリー」というのもある。C-COREは何かいろいろ特許を取得している。エアウィーヴも持っているらしい。エアウィーヴhttp://airweave.jp/index.shtmlC-COREhttp://www.c-core.co.jp/c-core%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6/エアムーヴhttp://www.amazon.co.jp/dp/B00B7BLWRQブレスエアーhttp://www.toyobo.co.jp/seihin/breathair/エアリーhttp://www.irisohyama.co.jp/airy/

2013年12月4日(水) 21:21 UTC+09
 1000円のコート。デフレはここまで来たか。一体、仕入れ値はいくらなのだ。

2013年12月4日(水) 20:55 UTC+09
 超新星爆発で発せられた強烈な光が2年かかって広がる様子を捉えたような書き方だが、この光の輪の半径が2光年とは考えにくい。もっと大きい筈だ。本文にも単語だけが登場するが、これは「光エコー」といって、見かけ上、光速の何倍もの速度で天体が膨れ上がるのが観察される現象である。『間違いだらけの物理概念』と言う本に書いてあった。ここまで書いて「光エコー」をwebで調べたら、Wikipediaに光エコーの例としてこの天体のことが書いてある(Wikipediaが嫌いなので、リンクしない。嫌いだが、読むことは多々ある)。どう理解すればいいのか。強力なサーチライトで雲を照らす。サーチライトの角度をほんの少し動かすだけで、雲の照らされている位置が一瞬にして移動する。通常、雲とサーチライトの距離はせいぜい数キロだ。これが数100光年になれば、サーチライトの角度を少しずらすのは一瞬だが、数100光年先の雲の照らされる位置は簡単に数光年ずれてしまう。角度をずらす時間は一瞬だけど照らされた部分の移動は数光年だから、光速を遥かに超えて光が移動したように見える。

2013年12月4日(水) 6:01 UTC+09
 背広のポケットから出てきた「ロボットレストラン」の座席指定券。今年の一月末頃に行った。また行きたくなった。まだあるのか。まだある。更にパワーアップしているらしい。お土産物のビスケットもあるようだ(「ロボットレストランに行ってきました!」クッキーなど)。レストランのあるビルは「新宿ロボットビル」と言うらしい。詳しい場所http://goo.gl/maps/Aq8twロボットレストランhttp://www.shinjuku-robot.com/pc/

2013年12月4日(水) 5:45 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の九時半頃。鳴海宿。鳴海 草津温泉。木造の銭湯跡。倉庫として使われていた。実はこの写真、二年前の伊勢道中膝栗毛の際に撮影したもの。この場所はとうとう更地になってしまっていた。実に残念。「五平茶屋」跡。「山ごぼう味噌漬」と書いてある。名物なのか。この辺りもあと数年の命か。お茶屋さん。前回、歩いたときも同じように急須が並べてあった。「トコトコ東海道 立ち寄り処」と書いてあるので、遠慮なく立ち寄る。鳴海限定の東海道の地図が描かれた手拭があったので、買う。店内には、明治か大正かの頃に日本から輸出されていた茶葉の茶箱に貼られていた札をポスターにした物が沢山掲げてあった。詳しい場所http://goo.gl/maps/yA94j前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=548620008566110

2013年12月3日(火) 6:41 UTC+09
 先月の京都徒歩旅行の途中で買った大津瀬田の「たにし飴」。飴の袋の中に入っていた札。老舗の菓子という感じがしていい。 「瀬田名物」と書かれている部分の図形が昔から気になっている。木の板の欠片の様な図形。一体これは何を意味しているのか。暖簾などの図形にも使われている。暖簾の場合、大抵は「味自慢」と書かれている。こういう図形を用いる店は大衆食堂で、高級店ではなさそう。これだけ使われているので、この図形には名前がある筈だ。そして何らかの意味も込められているのだろう。誰か教えて。

2013年12月1日(日) 19:06 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十六時半頃。古市。「月よみの宮さんけい道」と書いてあるらしい。「け」がどんな文字を使っているのか判らない。明治二十七年建立の道標と現代の道標。立派な参拝碑。詳細は不明。両宮常夜灯。普通、常夜灯は一基でその役目を十分果たすが、両宮のためにか隣接して二基立っている。建立は大正三年。奉献者は東京神田旭町の富樫文治。「管理者 油屋旅館」とある。あの油屋騒動の油屋は、この頃まだ健在だったのだ。管理とは燈明の管理だろうか。牛谷坂。ここを降りていくと猿田彦神社がある。坂の途中には参拝碑のようなものが乱立する。妻側が街道に面した家。詳しい場所http://goo.gl/maps/Ml0us

2013年12月1日(日) 16:05 UTC+09
昼の後は、尾張高野山総本山 岩屋寺と知多の兵馬俑と呼ばれている軍人墓を見て、常滑のめんたいパーク、そしてコストコへ。特にコストコで見たいものもないので、私は駐車場で待機。

2013年12月1日(日) 15:09 UTC+09
今日の昼は、家族で愛知県 知多半島の先っちょのふぐ。茹でだこも出た。

2013年12月1日(日) 10:32 UTC+09
 今年の正月に実家で飲んだ酒。「勲碧」の蔵元と実家は少しつながりがある。「美丈夫」は高知の地酒。自分も実家も酒呑みではないので、それ程飲めない。「美丈夫(びじょうふ)」とは美しく立派な男子という意味らしい。熊本の「美少年」と同じ発想か。「美男子(びなんし)」という言い方もあまり聞かなくなったが、「美丈夫」も聞かんなぁ。もしかすると熊本の酒の「美少年」は、民謡『田原坂』からか。雨は降る降る人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂 馬手(めて)に血刀 弓手(ゆんで)に手綱 馬上豊かな美少年子供の頃、父と風呂に入ると、父はこの歌をよく歌っていた。「めて」は右手で、「ゆんで」は左手。と教わった。後に漢字でそれぞれ「馬手(手綱を持つ方)」「弓手(弓を持つ方)」と書くことを知って、頭の中がゴッチャになった。

2013年12月1日(日) 9:52 UTC+09
 先月の京鯖鮨膝栗毛で泊まった大垣のホテルにて。洋式便所に腰掛け便器の使い方シールが貼ってあった。国内にはまだまだ知らない人がいるのだろうか。それにしても蓋は何の為にあるのか。腰掛け式は例外なく水洗(和式スリッパ型に後付する簡易的な腰掛け便器は別)なので匂いも出ない。納得のいく理由を聞いたことがない。存在理由不明なのに自動で蓋が跳ね上がる便器もある。

2013年12月1日(日) 9:00 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十六時頃。古市。古市は、江戸吉原、京都島原と並ぶ日本三大遊郭と言われていたらしい。江戸時代の最盛期には女郎屋は七十軒程度、遊女は千人を超えていたと言う。今は全くそんな雰囲気は残っていない。女郎屋「油屋」跡。歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」の題材である油屋騒動の舞台となった場所。妻側が街道に面している店。廃業しているのか辛うじて営業しているのか。電信柱には『旅館 麻吉』の看板。ここは嘉永四年(1851)の創業。古市で唯一残っている遊郭らしい。現在は普通の旅館として営業。立ち寄る気力なし。こう言う処に泊まりたいのだが、行程と所在地とが上手く合わない。この辺りは妻側が街道に面した家が多い。時間がなかったが、遊郭に関する資料を展示する「古市参宮街道資料館」に入る。旅館の外観を見る気力はないが、遊郭の話しとなれば別だ。昭和初期頃からは写真で遊女を選んでいたらしい。詳しい場所http://goo.gl/maps/xxCt6

2013年12月1日(日) 3:19 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十七時頃。伊勢神宮。猿田彦神社。猿田彦というと手塚治虫のサルタヒコだ。サルタヒコと言えば、このイボイボデカ鼻の猿田彦以外、私の頭の中にはない。閑散としたおかげ横丁。おかげ横丁の夜は早い。十六時五十三分。内宮宇治橋前到着。内宮は十七時で閉鎖される。退場者用通路で記念撮影。十一月二十日 九時十五分自宅出発。十一月二十五日 十六時五十三分内宮到着。歩いた距離は地図上で百六十三粁。復路はバス→近鉄電車(急行)→名鉄電車で三時間半程度掛かった。

2013年11月30日(土) 10:46 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の九時頃。平部。元伊勢伝承のある神社、「神明社」。元伊勢とは、天照大神が今の伊勢の地に鎮座するまでに転々としていた際、一時的に祀られた場所のことらしい。知らなんだ。ここにはその伝承が残っていると氏子連中は主張している。平部町の常夜灯。文化三年(1806)建立。二年前の伊勢道中膝栗毛でも通っているので、馴染みの常夜灯だ。台座部分になぞの凹みが沢山ある。二百年間の雨の滴りによって穿かれたとは思えない。一体何なのだろう。街道脇の鉄製モダン格子の家。昔はこういう飾り付き格子が流行っていた。詳しい場所http://goo.gl/maps/eCYSe前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=546593905435387

2013年11月30日(土) 9:20 UTC+09
 日本酒造組合で貰ってきたチラシ。自分は酒呑みではないが、酒瓶に貼られている札を見るのは楽しい。山上たつひこの漫画で、この札を模写するのが趣味の山上氏の友人の話しが出てくるものがある。趣味が嵩じて自分で考えた札を描いて瓶に貼って適当に混ぜた酒を瓶に入れて友人に振る舞っていたらしい。そうしたくなるのも分る。様々な意匠がある。文字もいい感じのものが多い。変体仮名もいい。12番「楽の(能)世」14番「こ(古)と(登)ぶ(婦)き」など。

2013年11月30日(土) 8:44 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十六時頃。尾上町。江戸時代まで小田橋は二本架けられていたと言う。本橋の横に小橋が架けられ、忌服の人や生理中の婦人は小橋の方を渡ったらしい。そう言えば、母親と一緒に近所のお宮さんに初詣か何かでお詣りに行った時、「今日は鳥居をくぐれない」と言って、鳥居の横を通って境内に入っていったことがあったのを思い出す。面倒くさいが、そういうめんど臭さが敬意の表れなのである。こういうことがどんどん忘れ去られているのだろう。お年寄りでも、平気で帽子をかぶったまま神社で手を合わせているのを見ると情けなくなる。ボケて帽子をかぶっているのを忘れているだけかもしれないが。現代の道標。地図になっているので判り易い。耐用年数は石柱よりも圧倒的に短い。街から少し離れると街道の雰囲気が戻ってくる。間(あい)の山の坂道。尾部(おべ)坂。この辺りに三味線や胡弓をかき鳴らして、旅人から銭を乞うことで有名な「おすぎ お玉」という芸人がいたと言う。詳しい場所http://goo.gl/maps/egVpI

2013年11月30日(土) 8:03 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十六時頃。本町。街中にはお伊勢さんへ奉納した常夜灯があちこちに見られる。これもその一つ。いつ頃建てられたのか判らないが、土台の部分を見てみると「東京」と書かれている。明治以降だ。近鉄 宇治山田駅。昭和六年に建てられた。国指定の文化財。街道から少し離れるが、優雅な鉄道駅として名高いので、重い足を引きずりながら寄っていった。天井の照明や柱の許の腰掛けがいい感じだ。常夜灯の位置http://goo.gl/maps/goMnI

2013年11月29日(金) 7:49 UTC+09
名鉄本線 前後駅の手前 踏切で非常ボタンが押された模様。現在、乗車中の列車が踏切手前で停車中。乗務員と駅員とで安全確認をしている。安全が確認できたので、運転再開。先頭車両に乗っているので、運転席や安全確認作業の様子が全部見える。車内放送でも逐次状況が伝えられるので、安心感がある。こういう情報を流さないJR東海の体質と大きく異なる。

2013年11月29日(金) 6:17 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十五時頃。本町。御師(おんし)福島みさき大夫邸跡。御師とは、貴族や武士の参拝を伊勢神宮に取り次ぐ役目の者であった。福島みさき大夫は徳川将軍家の担当であり、ここに広大な屋敷を構えていた。なんかフォークソング歌手みたいな名前。小西万金丹薬舗。延宝四年(1676)創業。店内には昔の看板が展示してあった。万金丹を販売しているようなので、土産に買おうと思ったが、誰もいないので、止めた。外宮に到着。内宮の500年後に創建されたらしい。時間の規模が一桁から二桁違う。一方、こちらには時間がないので入口付近で拝んで内宮に向かう。詳しい場所http://goo.gl/maps/p4uPY

2013年11月28日(木) 20:40 UTC+09
名古屋 大須で見かけた落とし紙。「pipi」とはフランス語で「小便」を意味する。偶然なのか、意図したのか。因みに「大便」は「caca」。どちらも幼児語らしい。「caca壱番屋」じゃなくてよかった。

2013年11月28日(木) 20:26 UTC+09
 呉智英氏が書いていた、大和言葉の数詞の恐るべき規則性。2倍の関係になっている数は子音が揃っている。呉氏は1と2、3と6、4と8の関係についてのみ書いていたが、よく見てみると全て何らかの規則性が見出せた。かなり無理があるけど。新たに7と9に関して、ちょっと扱いにくい数、2倍の関係にならない数として「単音の繰り返し」という別系統に分けられていることに気付いた。

2013年11月28日(木) 6:29 UTC+09
 これの意味していることが、直ぐに解らなかった。面白いわ。どうでもいいが、こういう場合、答えは「∞」だけでよかったのか。「-∞」も書かないと駄目だったか。これで思い出したのは中国の笑い話。ある金持ち、代々、字を知らない。人に勧められて先生を招いて子供に字を教えることになった 先生、まず子供に一画を引かせて、一の字だと教え、次に二画で二の字。三画で三の字だと教えた。そこまで習うと子供は筆を放り出して父親に向かって言った。『お父さん、もうどんな字でもわかります。先生はいりません』それから暫らくして、父親は親しくしている”万さん”を招待することになり、子供に命じて招待状を書かせた。言われて子供は朝早くから書いていたが、中々出来ない。父親が催促しに行って見ると、子供は腹立たしげに、『よりによってなんで万などと姓をつけたんだろう。朝からずっと書きつづけて、まだ書けやしない』

2013年11月27日(水) 6:12 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十五時頃。常盤町。現代の道標。お伊勢さんはどんどん近くなってきた。辛うじて痕跡を残す伊勢街道(推定)。都市化によって一部、街道が消失しているが、この辺りから街道が復活し、お伊勢さんへと続く。筋向橋。伊勢最大の河川、宮川の支流である清川は完全に暗渠となっており、欄干と親柱のみが残されている。親柱に付けられている擬宝珠は嘉永二年(1849)のもの。江戸時代、江戸から伊勢までの距離は、日本橋から筋向橋までの距離としたらしい。この筋向橋辺りは、熊野街道(熊野古道)との追分になっている。詳しい場所http://goo.gl/maps/QeRZi

2013年11月27日(水) 5:31 UTC+09
 色んなことを考えている人々がいる。

2013年11月26日(火) 21:16 UTC+09
 近所にある名古屋のバッタ屋王「キンブル」に売っていたスペインの高級鉛筆削り。素晴しい値段。何故こんなに高いのか想像し難い。

2013年11月26日(火) 21:05 UTC+09
 東京虎ノ門にある日本酒造組合の「日本の酒 情報館」で見つけた『おちょこくん』。何となくバンデル星人に似ている。縦線の目は広告キャラクタのデザインでよく見かける様な気がする。アホらしさではいい線いっているが、オカザえもんには遠く及ばない。

2013年11月26日(火) 20:01 UTC+09
 また松前漬けを大量に作った。数の子も入れた。数の子は近くのスーパーで買った安物である。レシピ通りに作ると美味いわ。以下のURLを参照した。http://cookpad.com/recipe/2272149味の素は入れてない。

2013年11月26日(火) 6:32 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の九時頃。有松。 東海道よりも古い細い長坂道はこの辺りで東海道と合流する。ここから熱田の宮までは東海道を歩いた。街道脇の工場と街道に挟まれた狭い場所に積まれているレンガと壺。工場から出た廃材だろうか。何の為に積んであるのか不明だが、こういった景色は子供の頃、よく見た様な気がして懐かしい。常滑や瀬戸に行くとこう言ったものがよく見られるだろう。立派な玄関と蘇鉄。蘇鉄や芭蕉が玄関先に植えてある家は医者と相場が決まっている。しかし看板が出ていない。もしかしたら廃業した医院かもしれない。桃色のペンキが塗られた家。これも街道筋の店屋だったのだろう。屋号を掲げていた跡が残っている。桃色から勝手に想像すると、化粧品か赤ん坊用品の店だったのか。八百屋ではないと思う。単独で頑張っている連子格子の町屋。詳しい場所http://goo.gl/maps/AwRlP前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=545668535527924

2013年11月26日(火) 3:16 UTC+09
 京鯖鮨膝栗毛の途中、大津で買った『たにしあめ』。形がタニシに似ているからこの名前である。タニシが原料になっている訳ではない。店で試食させてもらったら、今まで味わったことのない様な強烈なニッキ味だった。この強烈さが気に入ったので、お土産で買ってきた。http://www.ootu.gaido.jp/kankou/meisan/meisan/tanisiame.html帰ってカバンから出すと、ニッキの匂いが凄い。包装紙に包まれているにも拘らず、数日もの間、部屋の中にニッキの匂いが立ち込めていた。

2013年11月25日(月) 20:45 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十五時頃。宮川。詳しく書かれた道標。文政五年(1822)建立。「右 宮川渉場 六丁三十九間」「左 二見浦 二里十五丁」「す久 外宮 江 十三丁半 内宮 江 壱里三十三丁半」とある。後藤式道標年代判別法によると仮名漢字混じりの場合、漢字が草書であれば江戸時代のもの、仮名と楷書が混じる場合は明治以降の建立の筈だが、この道標は例外になる。「す久(すぐ=直進)」は「右」「左」同様、方向を表している。これを一種の記号と捉えれば、仮名と楷書とが混ざっているとは言えないかもしれない。その証拠に「外宮へ 内宮へ」ではなく「外宮江 内宮江」となっている点は、江戸期道標第二法則「楷書を使う場合は楷書のみ。仮名を用いない」が貫かれている。JR参宮線 山田上口駅。この辺りの街道は区画整理で消失している。迂回するついでに駅に立ち寄った。何ら趣のない無人駅。ついでに便所を借りた。古い駅でよく見かける百人小便所(後藤命名)。仕切りがなく溝があるだけなので、並べる限り何人でも同時に用を足すことができる集団立ち小便器。最近は非常に少なくなってきた。詳しい場所http://goo.gl/maps/FIOpA

2013年11月25日(月) 19:27 UTC+09
 ゆるキャラグランプリ。オカザえもんは健闘したが、22位。愛知県出身のゆるキャラ達で最高位は19位の「おけわんこ」だった。おけわんこは名古屋市緑区桶狭間のキャラクター。由来は全くの謎。何故、桶狭間で犬なのか誰も説明できないらしい。その意味不明さが不気味系のオカザえもんを凌駕してしまったのか。

2013年11月24日(日) 20:29 UTC+09
 変体仮名を覚えようとしている。古道歩きで道端で見つけた道標を読む時、少なくとも変体仮名ぐらい読めないと面白くない。文字を見ているだけではなかなか覚えられないので、手で書いて覚えようとしている。個人情報が書かれた紙に情報消しを兼ねて練習している。ちっとも覚えられない。それにしても変体仮名は同じ音を表す文字が何種類もある。一体どういう時にどの文字を使うのか。それとも好きな文字を使えばいいのか。

2013年11月24日(日) 18:05 UTC+09
 ラジオを聴くのと同じかもしれないが、その音源は自在なのである。つまり家にあるハードディスクに入っている音楽ファイルをiPhoneで聴いている。ラジオと似ている点は音楽が電波に乗ってやってくる点。電波と言っても携帯電話の電波である。ラジオとの大きな違いは、こちらで操作できること。曲を飛ばしたり戻したりすることは自在である。二昔前では考えられなかった聴き方だが、冷静に考えてみるとどうでもいい使い方である。家にあるiPhoneのメモリー容量を遥かに超えた大容量ハードディスクに音楽を入れておけば、iPhoneにわざわざ入れる必要もない。しかし毎日、大量の音楽を聴く訳でもないし、自動車も運転する訳でもない。謡の稽古のために集中的に聴く場合があるが、その程度のファイル容量であれば、iPhoneに入れておけばよい。そして最も腑に落ちない点は、これをやるために携帯電話契約をしておかなければならないことだ。用途はこれだけではないが、毎月6千円近い携帯電話代というのは本当に馬鹿らしい。何とか止めたいのだが、どうも踏ん切りがつかない。

2013年11月24日(日) 17:24 UTC+09
 やっぱりちょっと気味悪いなぁ。でもそこが『ざえもん』の魅力。

2013年11月24日(日) 7:53 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の八時半頃。長坂。東海道(青)よりも古い道『長坂道(赤)』を歩く。街道筋の雰囲気を残すためか、連子格子の家がある。これはごく最近のものだろうか。地元の方々にこういう精神がないと古い街並はどんどん崩壊していく。街道脇に小さなお堂がある。境内には蘇鉄が植えられ、皐月も綺麗に剪定されている。ここで写真を何枚か取っていると、老人が声を掛けてきた。自分も老人になっているが、大先輩の老人である。「何をしとる」という感じで話し掛けられたが、古道歩きだと説明すると警戒心を緩めてきた。これから熱田まで行って、そこから美濃路を歩いて一宮の起(おこし)の方まで歩くと言うと、自分は一宮の繊維関係の仕事をずっとやっていたと話し出した。昔、仕事場から歩いてここの自宅まで帰ろうと思ってやってみたが、途中で諦めたとのこと。高校球児でもあったらしい。「あんたは鳴海球場を知っとるか」という。こういう時に雑学が役に立つ。「今は自動車学校になってますね」と答えると、大先輩はおっ、やるなという顔をした。これで完全に信用された。鳴海球場で試合をしたことやその球場の歴史を語り継ぐ会のことや有松の歴史研究会の話しなど色々話しをしてくれた。【鳴海球場の地図】http://goo.gl/maps/1qKI3大先輩の老人がけちょんけちょんに貶していた復元された「有松一里塚」。地元民でなくても酷いと思う。江戸時代の一里塚の雰囲気を全く伝えていない。設計したヤツは、本当にバカだと思う。詳しい場所http://goo.gl/maps/Lv9UE前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=543705822390862

2013年11月24日(日) 6:45 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十四時半頃。宮川 桜の渡し。自治体の記念事業か何かだろうか、渡しを復元した跡があるが、荒れ放題となっている。あるのは船着き場だけで、渡し舟はないので、少し上流側にある宮川橋を渡る。疲れ果てているので、写真に自分の影が写っていてもお構いなしだった。江戸時代、お伊勢参りの際にはこの桜の渡しを通らなければならなかったので、対岸は、茶屋や伊勢講(全国各地で発生した伊勢信仰の団体。今でもある)の宿の手配などを引き受ける御師(おんし)の看板などが多く立ち並びかなり賑わっていたらしい。その賑わいも今は昔。ちょうど渡しの対岸の船着き場あたりにある焼肉屋跡。伊勢街道は曲がりくねりながらお伊勢さんへと続く。詳しい場所http://goo.gl/maps/3M72P

2013年11月24日(日) 5:41 UTC+09
 朝、一番寒くなった時に試してみた。同じ様な症状が出てしまった。しかし劇的にスイッチの回数は減った。とにかく原因はあのコンデンサであることは間違いない。抜本的な対策はコンデンサを全部入れ替えることだろう。同じ形のコンデンサを探して全部入れ替えてみようかなぁ。

2013年11月24日(日) 2:03 UTC+09
 20年ぐらい使ったテスターが壊れたので、新調した。コンデンサの容量や周波数も測れて2100円。激安。ただ、端子電圧が低い所為か発光ダイオードの極性が判らない。

2013年11月23日(土) 19:14 UTC+09
 我が家の冬の風物詩となっている「寒くなるとなかなか点かない蛍光灯」の内部回路。この蛍光灯は冬になるとスイッチを何度も入り切りしないと点かなくなってしまっている。大きなコンデンサの一つの黒いビニールパッケージがズル剥け状態になっている。このコンデンサが長年の使用で性能劣化していると決めつけた。名古屋の大須で新しいコンデンサを買って、劣化していると思われるコンデンサに並列接続した。すると蛍光灯は一発で点灯するようになったではないか。これで暫く様子を見よう。大須で、電子部品の他に正月用のイクラも買ってきた。大須の商店街で色んなものが揃えられる。このイクラは少々お高いが美味いので、毎年買っている。同じ店で数の子も調達する予定だったが、店の主人によると「12月にならないと高級品のバラが安く入荷しない」ということなので、12月に入ったらまた行くことにした。

2013年11月23日(土) 17:50 UTC+09
 衝撃的広告。繁盛している店は、味の素を多用しているならば、もう高額な店に行く意味はないなぁ。高い店は美味くて当り前、でも美味いのは料理人の腕なのか味の素なのか分らない。分る人には分るかもしれないが、私には判らない。どうせ味の素を使っているなら安くて美味い店がいい。

2013年11月23日(土) 12:11 UTC+09
名古屋 大須にて。一度に二体釣れた。

2013年11月23日(土) 9:47 UTC+09
 20年以上前の古いインバータ蛍光灯が冬になると点灯しにくくなる。スイッチを入れると一瞬点いて消える。何度もスイッチの入り切りを繰り返して蛍光灯を何度か点滅させると点灯する。これは我が家の風物詩にもなっている。恐らく内部の回路の温度が上昇してくると正常な状態になるのだろう。春から夏、秋にかけてはこの症状は出ない。寒くなってくるとこの症状がでるので温度が関係しているのは間違いない。中の回路基板を点検した。はんだが割れている部分があった。これをはんだ付けし直して様子を見たが、やはり同じ様な症状が出る。これが原因ではなかった。全くの勘だが、電解コンデンサの劣化ではないかと思えてきた。180V耐圧の120μFの電解コンデンサが5個使われておりその内の一つが少し膨らんでいるように見える。

2013年11月22日(金) 6:29 UTC+09
 これ欲しいなぁ。

2013年11月21日(木) 6:48 UTC+09
 映画「スティーブ・ジョブズ」で主役を演じたアシュトン・カッチャーの出世作「Dude, Where's my car?」(2000年製作 日本劇場未公開 邦題は「ゾルタン★星人」)を久々に観た。 アメリカらしいドタバタ喜劇で大変面白い。私の好きな映画の一つである。映画の中では沢山の俗語が出てくる。題名にもある「dude(「おい」「なぁ」とか男性に呼びかける時に使うらしい)」「sweet(「すげぇ」「カッコええ」今風に言えば「カッケー」)」「you guys(「アンタ達」「お前ら」。男にも女にも使うらしい。映画の中では、美女軍団に化けた宇宙人が主人公に「あんたら何者 Who are you guys?」と訊かれ「We are not guys. We are hot chicks」と答える場面がある)」などなど。映画の中で主人公は盛んに「shibby」を使う。「いいねぇ」「素晴しい」と言った意味らしい。所有するリーダーズ英和辞典には載っていない。調べてみると日本語の「渋いshibui」が語源らしい。十年以上前の映画で使われている言葉なので「チョベリバ」みたいに完全に死語(そもそもチョベリバなんて本当に使われていたのか)になっているかもしれない。http://ejje.weblio.jp/content/shibby

2013年11月20日(水) 6:22 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の八時頃。長坂。細い長坂道。この幅の狭さは、往時のままのような気がしてならない。車社会に毒されなかったのか。赤丸地点の家の車庫には大きな外車が停めてあった。どうやってここまで入ってくるのだろう。詳しい場所http://goo.gl/maps/QCY1U前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=540986882662756

2013年11月19日(火) 6:47 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十四時頃。小俣町。連子格子の家。右は伊勢街道筋では珍しい正方形の格子の家。木連格子。この町屋の屋号は「丸吉」といい、かつては煙草入れや薬を売捌いていたらしい。「参宮人見附」の石柱。参宮人の監視所の跡。宮古橋のたもとにある。石柱を横から見ると縦半分に割られていた。何故割られているのか、いつから割れているのか不明。「小俣 永代常夜燈」と書いてある。常夜灯の胴の部分だったのか。詳しい場所http://goo.gl/maps/UqOua

2013年11月19日(火) 6:01 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛四日目。豊郷。『飛び出し坊や』の出身地近くだからか絶妙な配置に感心する。坊やはこの近くの八日市で生産されている。女子の『坊や』もあり。【久田工芸】http://www.kurashizacca.com/interview/hisadataihei-hisadakougei/http://masahiro-minami.com/%E4%B9%85%E7%94%B0%E5%B7%A5%E8%8A%B8/http://www.mahorova.com/works/hisada詳しい位置http://goo.gl/maps/ixr2f

2013年11月18日(月) 21:03 UTC+09
 アメリカのアマゾンから商品が届いた。中古のVHSだ。ビートルズの歴史を綴ったTVドキュメンタリー『The compleat Beatles』。DVDになっていてもおかしくない名作だが、DVDになる気配はない。アメリカ製ビデオなので日本語字幕はない。発送から丁度一ヶ月かかった。同時に購入したDVDは直ぐに到着したが、これはかなり時間が掛かった。宛名票の右上にフランス語で「不着の場合:郵便 PARIS INTER 料金支払済 ???」とある。何故フランス語で書いてあるのか。

2013年11月18日(月) 6:54 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十三時半頃。小俣町。「へんばや」で一服。馬に乗った参宮客が、ここで馬を返して一休みしたところから「返馬」と名付けられた。へんば餅が名物。お土産に買う。http://www.henbaya.jp/index.html二年後の京都への膝栗毛も全く同じ恰好だった。詳しい場所http://goo.gl/maps/TZrIX

2013年11月17日(日) 8:26 UTC+09
 今回の膝栗毛でも、例の如くGPSロガーを携帯して歩いた。GPS衛星からの電波を受信して、歩いた軌跡を記録する。そのデータをPCに取り込めば、軌跡を地図上に表示することもできるし、データにはある時刻に自分がいた地球上の位置とその時刻とが記録されているので、写真の撮影時刻と同期させれば、その写真の撮影場所も分る。撮影場所の同期もソフトを使えば、自動的にできる。今回4000枚以上の写真を撮ったので、これらを手でいちいち同期を取るのは大変だ。使用するソフトは全部無料である。web上に転がっている。道は江戸時代の旅人と同じだが、広重や芭蕉の想像をはるかに超えた高度な技術を荷物に背負いながら歩いていた。その分荷物が増えているので、身体への負担が多かった。写真の上がGPSロガー、下はUSB充電器。充電池を含めても数百グラムしかないが、こういう小物が沢山集まると数キロになる。GPSロガーには電池が内蔵されているので、通常、USB充電器は必要ない。しかし内蔵電池だけでは動作が10時間以下なのである。膝栗毛は一日12時間以上歩く。内蔵電池だけでは足りないので、USB充電器を接続しておく。こうすれば24時間以上動作してくれる。宿に着いたら充電をする。データを記憶するGPSロガーのメモリーは連続1週間分ぐらいあるので全く問題ない。ところが、一日目、USB充電器のスイッチを入れ忘れていたので、内蔵電池分の時間しか記録されなかった。次の日からは気を付けていたのだが、最終の五日目は3時間分しか記録されておらず、あとの9時間分はごっそり記録されてなかった。電池のせいでもない。メモリーが一杯になった訳でもない。十分に余裕があった。原因は不明である。650枚ぐらいの位置データが記録されていなかった。しかしほぼ完璧に撮影場所の特定はできた。Googleストリートビューを使い、自分が撮った写真とストリートビューとを比較しながら撮影地点を特定した。一日掛かった。もう、とにかく何でもできてしまう。待てよ。Googleストリートビューがあるなら写真を撮る必要はないではないか。それに歩かなくてもその行程は楽しめる。ま、何れにしても、死ねばそれらの思い出も草葉の露霜と消えていくのである。Googleストリートビューhttps://www.google.com/maps/views/home

2013年11月15日(金) 6:43 UTC+09
 ニ〇一三年十一月京鯖鮨膝栗毛一日目の八時頃。桶狭間。家を七時半頃出る。予定より一時間遅れた。近所の階段付き坂道。いつ頃からある道なのか、判らない。近所で一番気に入っている場所である。桶狭間と有松宿とを結ぶ長坂道の脇にある桶狭間合戦の史跡「戦評の松」。近年、松は枯れてしまったらしく、若松が一本植えてある。若過ぎるわ。長坂道とワカレ道との追分。左が長坂道で、有松宿の西端で東海道と合流する。右のワカレ道は有松宿の東端で東海道で合流する。長坂道は桶狭間合戦の頃からある道なので、東海道よりも古い道である。追分の詳細な場所http://goo.gl/maps/8LyWY前回の記事https://www.facebook.com/photo.php?fbid=549244241837020

2013年11月15日(金) 6:08 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十三時頃。明和町上野。明野庚申堂。徳浄上人千日祈願の塔。天保七年(1836)の建立。謎の小型鳥居。庚申堂の中。堂の大きさの割りには小さな仏像が一体しかない。寛政年間(1789-1801)の建立と考えられているらしい。明野庚申堂の詳しい位置http://goo.gl/maps/eYXs8

2013年11月14日(木) 6:45 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛五日間で、撮った写真は4177枚。一枚3秒かかるとして、撮影に三時間以上かけたことになる。踏破した距離を調べたら179km程度あった。自分でもちょっと驚いた。

2013年11月13日(水) 20:53 UTC+09
二年前の伊勢膝栗毛と思うと、今回の膝栗毛では、足の損傷は少ない気がする。これは、宮崎さんに「なんば歩き」を薦められ、それを実践してみたおかげかもしれない。江戸時代以前はみんな「なんば歩き」していたらしい。「なんば」という名前は明治以降付けられたのか。

2013年11月13日(水) 20:05 UTC+09
東海道 大津宿の外れにある関蝉丸神社。蝉丸が琵琶の名手であったことから、芸能の願掛けで有名らしい。そのわりには神社自体、ボロボロで荒れ果てている。そこで見つけた。

2013年11月13日(水) 19:52 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛 五日目。山科。井戸に彫られた印。日通のマークはここから。

2013年11月13日(水) 18:08 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛 五日目 18時現在。三条大橋に到着。昼に膳所で食べた鮨で腹が一杯なので、このまま電車で帰る。三条大橋でも少し雨に降られた。

2013年11月13日(水) 13:53 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛五日目、13時半現在。膳所。鯖鮨と書いてあったので食べた。美味い。一気に食べてしまった。

2013年11月13日(水) 12:28 UTC+09
東海道から少し離れるが、石山寺に寄った。紅葉が素晴らしい。京都到着まで一時間程度余計に掛かるが、やはり寄って良かった。

2013年11月13日(水) 12:20 UTC+09
本日、二回目の虹。石山寺付近。

2013年11月13日(水) 9:25 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛五日目 八時半現在。草津宿。守山のホテルを出る頃は青空が見えていたが、またパラパラ降ってきた。傘なしでは、歩けない程度の降り。しかしお天道様は出ているので、虹が出た。今回の膝栗毛で虹を見るのは二回目。

2013年11月13日(水) 6:35 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛。二三四日、三日連続で雨に降られた。特に三日目四日目は滋賀県で降られている。地元の人の話では、この辺りは日本海側の気候なので、この時期は寒いし、時雨れが続くようだ。写真は伊藤忠、丸紅の創始者、伊藤忠兵衛の記念碑。中山道 豊郷宿にある。伊藤忠はここの出身らしい。昨夜は草津の手前の守山宿に泊まった。ビジネスホテル。荷物などが濡れているので、乾かすには、ホテルの方が良い。昨日はつかれ果てていたので、夕飯も食べず寝てしまった。今日は京都に行けるか。窓の外を見ると雨がしとしとと降っている。

2013年11月12日(火) 5:55 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛。昨日の三日目、十一時頃。垂井宿の外れ。先週、日曜日に出演した「熊坂」と言う能に所縁のある場所があった。平安朝の伝説の大泥棒、熊坂長範が潜んでいたという「長範 物見の松」。中山道と美濃路とが並行する丁度あいだにある。

2013年11月11日(月) 22:48 UTC+09
彦根の山中では息が白くなった。11月にしては寒いと思うが、ここらでは当たり前なのかも。

2013年11月11日(月) 21:57 UTC+09
無事、彦根のホテルに到着。途中の山道で幽霊らしきものを見かけてちょっと怖かった。ああ、旅籠に泊まりたい。

2013年11月11日(月) 19:05 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛三日目。19時現在。滋賀県 中山道 醒ヶ井宿の外れ。鱒鮨と鱒の南蛮漬けを食べる。うまし。何を食べても美味い。食べてからiPhoneで写真を撮っていないことに気付いた。今日は、彦根辺りで宿泊。あと二時間以上歩く。なかなか旅籠に泊まれない。

2013年11月10日(日) 20:53 UTC+09
たった二日間歩いただけなのに、足が痛いわ。昔の人はどうだったのか。栄養状態は昔より数十倍は良いと思う。荷物の持ち歩き過ぎか。少なくとも、昔はiPhone、カメラ、充電池、充電用機器、電気カミソリ、折り畳み傘、アミノ酸がなかった。考えてみるとリュックサック自体も結構重いし、履物も靴の方が重い。下着の着替も持っている。富山の薬売り並みの荷物かもしれない。

2013年11月10日(日) 18:48 UTC+09
重大なことに気付いた。目的の鯖鮨屋は水曜日休みではないか。火曜の18時迄に辿り着かなくては鮨が食べられない。別の鯖鮨屋を探すか。

2013年11月10日(日) 18:15 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛二日目。宿が決まった。大垣のビジネスホテル。朝飯付きで3000円。激安だわ。なかなか、旅籠に泊まれない。

2013年11月10日(日) 16:56 UTC+09
日没後に明かりが灯された常夜灯を見ると、ほっとする。昔の人もそうだったのだろう。宿はまだ決まらない。ただ今、大垣。

2013年11月10日(日) 14:13 UTC+09
道みちの仏に祈りしほどに、雨やうやう止みぬ。これこそ菩薩の仏力(ぶりき)なれ。有難や。古語で文章を考えている内に、また降ってきた。いかんのお。

2013年11月10日(日) 12:01 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛二日目。11時半現在。起(おこし)宿。今日の昼。おはぎと赤だし。美味し。仲居さんに声を掛けられる。今度、歩く時はうちに泊まってくれと言う。モテ期か。

2013年11月10日(日) 10:03 UTC+09
冨田一里塚。国指定の史跡だが、史跡境界内に町内のゴミ収集場所が設けられている。

2013年11月10日(日) 9:19 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛二日目。九時過ぎ現在。一宮市萩原町。市川房枝生家跡。現在は公衆便所。

2013年11月10日(日) 7:41 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛二日目。七時半現在。雨が降ってきた。予報より早い。ワークマンで合羽を調達。働く職人の店なので、朝7時から営業なのである。ありがとう、ワークマン。ありがとう、スティーブ・ジョブズ。

2013年11月10日(日) 6:34 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛。二日目六時半現在。美濃路を歩いている。今日は雨の予報なので、どうするか。平均速度6km/hなら、昼過ぎに垂井宿に着くが、これはかなりきつい。

2013年11月9日(土) 20:20 UTC+09
5500円の素泊まりの安部屋に入ったら、何故だか他人の荷物が置いてあった。フロントに電話して取りに来てもらったら、従業員の荷物とのこと。旅って面白いね。

2013年11月9日(土) 20:15 UTC+09
宿に着きにけり。明日は日の出と共に活動開始だ。大風呂に入って早く寝よう。

2013年11月9日(土) 19:40 UTC+09
19時半現在。やっぱり道に迷った。美濃路を歩くことに拘るのは諦めて、ナビの指示に従って、まっすぐホテルに向かおう。明日、見失った所に戻って始めればいい。ナビがあって助かった。ありがとう、iPhone。ありがとう、スティーブ・ジョブズよ。

2013年11月9日(土) 19:09 UTC+09
19時現在。まだ歩いている。朝の7時半から歩き続けている。周りが暗いので、旧跡も見られず、旧道歩きの意味は全くなし。なかなか旅館が見つからない。美濃路から外れた所にビジネスホテルを見つけたので、そこまで歩いて行く。最寄りの駅から電車で家に戻ればホテルに泊まる必要もないし、電車賃は往復1000円程度だ。泊まれば、素泊まりでも5000円以上かかる。しかし敢えてその地での仮枕に拘る。これが旧道歩きの哲学である。帰りは電車だけどね。写真は地図上で工場になっていた場所。道を間違えるところだった。夜歩きはやはり駄目だ。

2013年11月9日(土) 13:47 UTC+09
十四時頃、どて焼 五條の前を通過。

2013年11月9日(土) 12:16 UTC+09
宮(熱田)の渡しのすぐ手前の追分。左が東海道でその先に港がある。右は美濃路。右に進む。

2013年11月9日(土) 11:07 UTC+09
笠寺観音にある宮本武蔵の碑と芭蕉の千鳥塚。武蔵は尾張藩への就活で、ここに逗留していたことがあるらしい。

2013年11月9日(土) 9:02 UTC+09
京鯖鮨膝栗毛。一日目八時半頃。鳴海道(長坂道)の途中でご老人に声を掛けられた。何でもないところで写真を撮りまくっていたので、不審がられたのだろう。旧道歩きをしていると話したら、色々話をしてくれた。自分はこの辺りで生まれ育ったとか、この道は東海道より古いとか、「伊勢講」や「秋葉講」などの地元の風習が全滅してしまったとか、歴史が好きなら有松の勉強会に入らんかとか。写真は有松の一里塚である。左上に見える高速道路建設の代償で復元されたものらしいが、ご老人は「あんなもん平成の一里塚で、全然駄目」と酷評していた。

2013年11月9日(土) 7:23 UTC+09
 この度、思い立ち京行脚と志し候。夕べ夕べの仮枕。宿はあまたに変われども、同じ浮き寝の美濃(身の)の国に着かむ。

2013年11月8日(金) 7:59 UTC+09
徒歩旅行の道程を考えた。京都出町の鯖鮨屋迄、愛知県豊明の家から五日間使って歩く。道を調べてみると、やはり名所旧跡があり過ぎて、五日間では辿りつけそうもない。いっそ、始めに電車で京都迄行って鯖鮨を食べてから、歩いて家まで帰ろうか。

2013年11月7日(木) 7:02 UTC+09
 映画「スティーブ・ジョブズ」を観てきた。彼の業績を振り返るには少し物足りなかったが、二時間の映画では仕方がない。十分楽しめた。アップル社を創業する前、自分がやりたいことを模索している中、野原で友人と恋人とJobsとの三人がLSDでラリっている場面がある。ここで使われている音楽がバッハのブランデンブルク協奏曲第三番第三楽章だった。好きな曲なので、これが印象的だった。http://youtu.be/_ZAn069dWQw主役を演じたアシュトン・カッチャーは、Jobsを上手く真似ていた。プレゼンで登壇する時の歩き方などそっくりである。Jobsが怒りまくる場面が何ヶ所か出てくる。この怒り方は、カッチャーの出世作で20世紀最後のUSおバカ映画(日本劇場未公開)「ゾルタン★星人」での怒り方と同じなので、何となく親しみが感じられた。

2013年11月6日(水) 6:27 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十三時頃。明和町上野。「従是(これより)外宮二里」の道標。お伊勢さんまであと少しだ。江戸時代の人もこれを見てそう思ったのだろう。嘉永六年(1853)建立。弘法大師堂。江戸時代から参宮客に人気があったらしい。今でも新しい卒塔婆が供えられている。ゆるやかに曲がった街道。伊勢市に入った。伊勢神宮は目前だ。詳しい場所http://goo.gl/maps/CgVgR

2013年11月5日(火) 21:20 UTC+09
 一旦、家に帰って、夕飯を食べてから映画のレイトショーに自動車で出掛けようとした。映画は『スティーブ・ジョブズ(原題:JOBS)』。映画館近くの交差点で、突然、エンジン警告灯が点灯した。何となくエンジンの音がいつもとほんの少し違う様な気がしていた。わずかだが、振動が変調しているような感じだった。エンジンの調子が少し悪いかもなぁ、と思っていたら、警告灯が点いた。点いてから途端にエンジンは、変な音を奏で始めた。いつエンジンが動かなくなっても不思議ではない状態になっている様な気がしてきたので、交差点で回転をして家に急いで戻った。どこでエンストするか分らない。はらはらしながらの運転だったが、何とか戻って来れた。明日はディーラーへ入庫だ。7月に車検を通したばっかりだぞ。

2013年11月5日(火) 6:31 UTC+09
 三年前に賞味期限が切れていたが、全部食べてみた。全く問題なし。カンパンは素晴しい非常食である。これが一つあれば、三日ぐらいはしのげられそうだ。一缶食べてしまったので、残りの賞味期限切れも食べて、非常袋のカンパン全てを新しいのと入れ替えておこう。

2013年11月5日(火) 6:16 UTC+09
11/3はご来場ありがとうございました。来年も開催致しますので、ご期待下さい。宜しくお願い致します。

2013年11月3日(日) 8:34 UTC+09
はや、名古屋能楽堂に着きにけり。

2013年11月3日(日) 7:43 UTC+09
昨日は、能の申し合わせ(リハーサル)があった。自分達の出番を楽屋で待っていると、楽屋で狂言方が申し合わせの申し合わせ(多分)をしていた。狂言もやってみると面白そうだ。とてもそんな時間はないので、観るだけにしよう。http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc12/enmoku/sadogitsune.html

2013年11月3日(日) 7:01 UTC+09
 本日(11/3) 9:30より名古屋能楽堂にて仕舞の発表会及び名古屋金春会の能が行われる。日頃の稽古成果を披露する。午前中は仕舞である。稽古は半年以上かかった。仕舞とは能の見所を切り取って舞うものである。囃子はなく、シテ(舞う本人、即ち私)と地謡(謡う人)数人で行う。舞う時間は数分しかない。演目は『田村』。坂上田村麻呂の話しである。田村麻呂が鈴鹿山の朝敵を観音の仏力により成敗できて、めでたし目出たしという能の最後の場面を演ずる。http://www.the-noh.com/jp/plays/data/program_028.html午後の能は三つある。私の出演は『熊坂』。本日の最後の能。熊坂長範(ちょうはん)は平安時代の伝説上の大泥棒で、牛若丸に岐阜県の美濃赤坂で討たれたことになっている。この話しを語った能である。後半の熊坂が牛若とやりあう場面は地謡の調子もよく、見所である。舞台には牛若役は登場しない。熊坂と謡とで戦う場面が再現される。 お時間がある方は是非とも観に来て下さいね。午前中の発表会は無料、午後の能は有料です。若干、席は残っているようです。

2013年11月2日(土) 10:54 UTC+09
 旧ソ連の映画監督タルコフスキーの映画DVD『アンドレイ・ルブリョフ』を買った。日本では数年前から品切れ状態が続いており、中古品などはかなりの高値が付いていた。アメリカではそのような状態にはなっていないので、格安でDVDが販売されている。痺れを切らせて、アメリカのアマゾンに注文して海外版を買った。字幕は英語しか付いていない。まぁ、仕方がないと思って、改めて日本のアマゾンで調べてみたら今年の12月に新規日本版が出るらしい。タイミングが悪過ぎる。http://www.amazon.co.jp/dp/B00FLD4GOC

2013年11月2日(土) 10:38 UTC+09
 今年は観に行かなければならない映画が沢山ある。この前はジブリ漫画の『風立ちぬ』をジブリが嫌いだが観に行った。今度は違う。私はAppleが好きなのである。パソコンはずっとMacだし、AppleTVは新旧2台持っている。しかもどちらも改造済だ。MacのCPUは未だにIntelではなくPowerPCである。関係ないか。まぁ、Win陣営ではないというという意味。映画を観て、Appleの歴史を復習するのだ。大体は知っている。Apple][からiPadを通して見たことはないので、この映画は丁度いい。予告編を観て驚いた。主人公スティーブ・ジョブズを演じるのはアシュトン・カッチャーではないか。彼は20世紀最後のアホ映画『ゾルタン★星人(原題:Dude, Where's My Car?)』の主役だった。このアホ映画が大好きで、アホ過ぎるので、そのアホさ見たさに何度も見ているのだ。そんな大好きな要素が二つも重なっていては、観ないわけにはいかない。

2013年11月2日(土) 9:13 UTC+09
 あいちトリエンナーレの思い出。これはあいちトリエンナーレとは関係がないが、長者町会場で見かけた看板。大きい看板で余地が沢山あるにも関わらず「傘」の字が略されている。インクが勿体ないと思ったのだろうか。「人」を四つも書くのは時間が勿体ないと考えたのか。かつての名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」に相通ずるものだ。「ヂ」としたのは「ディ」にすると一文字増えて看板建設費が勿体ないからだった。これぞ名古屋商人気質。看板の場所http://goo.gl/maps/XaOeP

2013年11月2日(土) 7:41 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十二時半頃。明和町上野。新笹笛橋。異常に低い欄干。高さ30cmぐらいしかない。しかも橋の下には橋の長さよりはるかに狭い小さな用水路があるだけである。一体どういう意図で橋を架けたのか。手前に川があるので、水路を変えた後の名残の橋だろうか。明星水。寺で湧き出た清水で伊勢参拝者にお茶を振る舞ったと言う。現在は防火水槽になっているのか。そうめん坂。この辺りにそうめん屋があったらしい。新笹笛橋の位置http://goo.gl/maps/9bg8b

2013年11月1日(金) 17:30 UTC+09
インクジェット写真印刷用年賀はがきを駅の出店で買った。沢山おまけをくれるので、頂けるなら幾らでも貰っていきますよ、と言うと「今日から発売開始なんです」と。おまけは、手拭い、食器洗い用スポンジ、ポケットティッシュ、使い捨てカイロ、お年玉袋。お年玉袋には一銭も入っておらず、袋のみだった。当たり前か。

2013年11月1日(金) 13:33 UTC+09
 映画「いちご白書」のDVDを買った。日本では発売されていないので、アメリカのアマゾンで購入した。このDVDはどの地域でも再生できる設定なので、日本での視聴に支障はない。ただ、日本語の字幕はない。英語字幕もしくはクローズド・キャプション(CC:アメリカでは聴覚障害者用にビデオ信号の中に字幕信号を入れなければならない法律があって、ビデオテープの時代からCC表示専用装置を使うと字幕が出るようになっている。DVDやBlu-rayでは字幕データは画像データと別になっているので様々な言語の字幕が挿入できるが、CCはアナログ時代の字幕データ挿入技術なので数字ローマ字程度しか表示できない。今回のDVDにCCが入っていない所を見るとこの法律は廃止されたのかもしれない)が入っていることを期待したが、入っていなかった。まぁ、音楽と雰囲気が分ればいい。箱に気になることが書いてあった。このディスクはDVD再生機専用、とある。DVDレコーダーやPCでは再生できんかも、と書いてある。写真の左のディスクは通常のDVDディスク。右は「いちご白書」DVD。いちご白書は、なんとDVD-Rに書き込んであるのだ。左のようなプレスではなく、100分間の作品を一枚一枚書き込んで作っている様である。何倍速で書き込んでいるのか。こんな市販のDVDは初めてだ。コピー品かと思ったが、改めてUSアマゾンの説明書きを見てみると、ちゃんと「この商品はDVD-Rを使って製造されている。アマゾンの標準返品規定が適用される」と書いてある。ちゃんとした正規品なのであった。

2013年11月1日(金) 6:26 UTC+09
 ビニール草履に名前を書いた。最近、署名用に作った「後藤」の草書体である。大判小判の後藤大判座の署名を模して作ったので、草履が大判に見えなくもない。草履がビニール製なので、普通の水性の筆ペンでは文字が書けない。油性の筆ペンを探して見つけたのがコレ。「コピック チャオ」という名の筆記具である。これは油性なので大抵の物に筆で書いたように書ける。http://life.too.com/copic/products/ciao.html

2013年11月1日(金) 5:55 UTC+09
 がははは。二時間連続で正座をしてみたが、殆ど痺れなし。膝が痛くなり、血行が悪くなっているので足全体が重いが、数秒で立ち上がることができた。痺れが切れているとこうはいかない。何も対策していなければ、まず足の神経がすべて無くなったようになり、全く動かせなくなる。特に爪先、甲や踵がどちらを向いて、どういう状態になっているか全く分らない。足首から下がなくなっている感じだ。痺れが切れると袴の中で正座を崩して感触が戻るまで三十秒程度掛かる。戻れば何とか立って歩けるのだが、舞台上での三十秒間のうずくまり時間は長い。長過ぎる。慢心していると、足首をくじいたりするので、当日は慎重に立とう。あとは謡を憶えるだけだ。

2013年10月31日(木) 7:52 UTC+09
徒歩旅行を思い付いた。今年の夏に見付けた京都の美味い鯖鮨を食べに歩いて行く。雨が降らない十一月中旬を考えている。全行程170kmぐらい。愛知県豊明市の自宅→鳴海街道→東海道→美濃街道→中山道→東海道→鯖街道の終点の鯖鮨屋。途中に色々見るべきものがあるので、今回の旅行では京都に到達できないだろう。赤坂か垂井辺りで引き返す事になるか。復路は電車。

2013年10月30日(水) 8:26 UTC+09
アジア州と欧州との境界であるボスポラス海峡に海底トンネルができたらしい。境界好きとしては、一度訪れなければならぬ。ところで、今の今まで「ボスボラス海峡」だと思っていた。記憶を修正しなければならない。こういう憶え間違いは結構ある。思い出すと「ゲッペルス」「ペテルギウス」「アボガド」など。

2013年10月30日(水) 5:32 UTC+09
11/3(日)名古屋能楽堂で行われる能に出演する。その際、一時間半に及ぶ正座が課せられる。痺れ対策で小さな座椅子を使う。袴の中で紐を帯に結き吊るして仕込むので、観客にはバレない。座椅子は数年前に能の先輩に作って頂いた。高さを自分で調整しながら使っていたが、劇的な効果が得られていなかった。ふと思って、座椅子の高さを4cmぐらい高くしてみた。写真がその状態である。焦げ茶の洋手拭いの中に、これまた別の先輩より痺れ対策にと頂いた低反発人工海綿(スポンジ)と古くなった下着のシャツが入っている。かなりうずたかくなった。名古屋弁で言えば、「つんぼりたかくなった」。劇的な効果が現れた。一時間、正座しても殆ど痺れない。二回試したので、効果は間違いない。これで一つ関門が抜けられた。後は肝心の謡(能の歌詞)を憶えるだけだ。

2013年10月29日(火) 6:37 UTC+09
 お伊勢さんに続く道路脇に延々と何本も建てられている石灯籠。よく見ると菊の紋と六芒星が彫られている。菊の紋は判るが、六芒星は何の意味か。この灯籠群を建てたのは「伊勢三宮奉賛献灯会」という任意団体で、今から五十年程前に建立されたらしい。江戸時代の伊勢街道沿いの常夜灯の寄進のようなもんだろう。この団体のマークらしい。暫くしてこの献灯会は解散してしまったため、灯籠の所有者が不明になっているという。伊勢神宮でも、伊勢市のものではないらしい。そのため、耐震対策が進んでないということを聞いたことがあるが、現在はどうなっているのだろう。

2013年10月28日(月) 21:00 UTC+09
 結局、あいちトリエンナーレ2013の2会場には行けなかった。残念。

2013年10月28日(月) 20:48 UTC+09
 近鉄 桑名駅で見つけた。何故わざわざ『タイヒ』と書いてあるのだろう。一般の人が線路内に落ちた時にここに入って「待避」してもらうためか。書いてなくても逃げる所がなければ、ここに入る様な気がするが。

2013年10月28日(月) 17:51 UTC+09
 お伊勢さんでの式年遷宮奉納能を終えた後、御垣内(みかきうち)参拝を行った。Google航空写真左下の丸印の所まで入ってお詣りをする。写真はまだ建設途中だが、遷宮後なので右の古い方と同じ形に出来上がった状態での参拝だった。今年の四月末、遷宮前、例年の奉納能の時にも御垣内参拝をした。遷宮前後で何か違うだろうと勝手に考えていたが、檜が新しいだけで四月に見た景色と全く同じだったので、少々驚いた。

2013年10月27日(日) 12:37 UTC+09
始まりましたわ。

2013年10月27日(日) 5:26 UTC+09
他人の吸った空気の分子を自分が吸ったかどうかをどうやって推計するのか。その人が一生涯吸った空気の分子の数を地球上の空気の全分子数で割って、自分の一回分の呼吸で吸い込む分子数を掛ければいいか。昔の人の息なら、長い時間をかけて分子は拡散するだろうから、地球の裏側にいた人の息でも、この推計は通用するかも知れない。ミランダ・カーの吐いた息となると、吸えるとは言い難い。しかし本当にそんな考え方は成り立つのだろうか。個々の分子の区別ができないのは明らかだ。それを『同じ分子』と言っていいのか。そもそも分子の何が同じなのか。分子には顔も目印もない。何をもって同じと言えばいいのだろう。分子は原子で構成され、原子は素粒子で構成されている。これら素粒子は宇宙開闢の頃からあるだろうから、上の論法からすれば、百億年以上昔から自分を構成する要素が存在していた、と言える。全て区別が付かないのだから、こういう議論は無意味だ。同じも何もない。それにしても、東京新聞の親玉の中日新聞のコラムで、福島原発から放出されている放射性分子について一切言及してないのはどう言うことか。分子に放射能があれば、どこから来たか判別はできるだろう。

2013年10月27日(日) 5:21 UTC+09
 今日は、お伊勢さんで能の奉納だ。朝は、ちょっと寒いなぁ。

2013年10月26日(土) 12:00 UTC+09
 先ほど気付いたことだが、愛用のRicoh GR digital IVがレンズを収納する時の歯車の音は「See you!」に聞こえる。設計者が意図したとは思えないが、一旦そう聞こえたら、そうとしか聞こえない。手許にある初代のGR digitalでも「See you」に聞こえる。昔からそういう音がしていたのか。むしろこの音は意図的に継承されているのかもしれない。機械が非意図的に奏でる意味ありげな音としてはジーメンスの列車のモータ音が知られている。日本では京浜急行がこの型のモータを使った列車を走らせている。世界的にはこれが有名。http://youtu.be/aRf30pVGMp4一方「ラヂオ行進曲」は意図的に人間の発音を楽曲で表現している。最初の部分はNHKのコールサイン「JOAK(ジェー・オー・エー・ケー)」に聞こえる。http://www.zakkisou.com/zakkimage/radio_march.aif

2013年10月26日(土) 10:21 UTC+09
 末娘が作った紙粘土細工。絵の具を粘土にこねて色を付けていた。

2013年10月24日(木) 20:51 UTC+09
 刃がセラミックでできたカッター。いるか要らんかと考えると要らんものだ。金属刃のカッターで十分である。切れにくくなったら刃を折れば良い。そのために刃が折れるようになっている。しかし買ってしまった。800円。普通の金属刃のカッターの50倍の耐久性があると言う。50倍保てば、一生モノに近い。思えば、自分の残りの一生はそんなに長くない。本当に一生モノになりそうだ。購入する際に、店の主人に「こじったりしないで下さいね。刃がすぐ折れますから」と言われた。紙を切るだけだったら、百年ぐらい保ちそうだ。購入した店の位置http://goo.gl/maps/7q88f

2013年10月24日(木) 6:26 UTC+09
 稲刈りを少し手伝った小六の末娘への褒美は、実家の近所の回転「しない」寿司屋での寿司。食後に出てきたミカンを娘が剥いてくれた。相当、機嫌が良かったようだ。

2013年10月24日(木) 5:59 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十二時半頃。明和町。お伊勢さんへと続く街道。軒の上には小さな鍾馗像が鎮座する。その下にはコンバイン(稲刈りと脱穀を同時に行う機能を持つ農機)が置いてあった。赤く塗られた農機の上に黄色いビニールシートがかぶせてあり、そのまた上に緑色のビニールシートが被せてある。期せずしていい配色になっている。芸術はどこにでも潜んでいる。街道筋のちょっと変わった廃屋。玄関先に芭蕉が植えられていた。玄関先に芭蕉や蘇鉄を植えるのは「医者」と相場が決まっている。地図を見てみるとやはり歯医者だった。山の神。コンクリートでこんなにがっちり固定せんでも、と思ってしまう。詳しい場所http://goo.gl/maps/QLiq8

2013年10月23日(水) 6:16 UTC+09
 今度の日曜日、伊勢神宮の式年遷宮奉納能に参加する。そのために近鉄特急の座席指定券を買った。今ではインターネットを使って特急券が買える。しかもチケットレスである。便利になったなぁ。

2013年10月23日(水) 6:13 UTC+09
 愛知県江南市 布袋というところにある、私の好きな饅頭を売っている大口屋。麩で濾し餡を包んだ麩饅頭「餡麸 三喜羅(さんきら)」が美味い。http://www.ooguchiya.co.jp/饅頭の名前の由来は、塩漬けされた山帰来(さんきらい)の葉で饅頭が包まれているから。山帰来には二種類あるらしい。一つは「サルトリイバラ」あとひとつは「ケナシサルトリイバラ」で、両者の葉は似ているため、混同されているようだ。饅頭に使われている方は前者の山帰来で「サルトリイバラ」の方。生きている状態は写真右下。後者の「ケナシサルトリイバラ」は漢方薬に使われる生薬の一つであり、土伏苓(どぶくりょう)とも呼ばれる。詳しくはココ。http://www.geocities.jp/kinomemocho/sanpo_sankirai.html大口屋の位置http://goo.gl/maps/qw2V0

2013年10月22日(火) 6:21 UTC+09
 東京都港区高輪の魚籃寺の境内にある塩地蔵。ビニール袋に入れたままの食塩が供えられ、うずたかくなっている。高輪の海から引き揚げられた地蔵のようで、塩を供えると願が叶うと言う。塩地蔵の場所http://goo.gl/maps/iaBiS

2013年10月21日(月) 7:46 UTC+09
なんか台風がいっぱいおるなぁ。

2013年10月20日(日) 23:43 UTC+09
 先日、愛知県 扶桑町にある扶桑文化会館の職員の方からメールが届いた。11/3(日)に催される名古屋金春会で、扶桑文化会館で催し予定のチラシを配りたいという相談であった。扶桑文化会館は名古屋市郊外の小さな地方自治体の文化施設である。十数年前から文化芸術公演会にかなり力を入れており、数多くの著名な文化人を迎え公演を催している。これは能楽や名古屋の金春流を広く知ってもらうきっかけになるかもしれないと思い、名古屋金春会の主催の方にこの話しをしたら、いい話しだということでチラシを扶桑文化会館まで受け取りに行った。そして11/3の名古屋金春会のチラシを渡して文化会館に置いてもらうように頼んだ。文化会館の方の話しによると、地方都市での能楽の公演は興行的にやはり難しいと言う。しかしこれで互いに新しい接点ができた。何か新しいことができるかもしれない。広がりを期待しよう。【告知】11/3(日)の名古屋金春会の自由席鑑賞券(有料)はまだ若干ございます。ご入用の方はお早めに私までご連絡下さい。午前中は素人の発表会で、入場無料です。http://www.bunka758.or.jp/scd24_p04.html扶桑文化会館http://www.md.ccnw.ne.jp/fusobunka/index.html当該の催し[来年1/19(日)]http://www.md.ccnw.ne.jp/fusobunka/doc/eventList/20140119denntouishin.pdf

2013年10月20日(日) 17:41 UTC+09
 どこでもいつでも買えると思っていたが、名古屋大須の納屋饅頭万松庵 本店でしか見かけることがないので、買えなくなる前に買った。http://www.7884.co.jp/store/押すと出てくる餡は思ったよりもベタベタしている。

2013年10月20日(日) 7:58 UTC+09
 昨日は実家で稲刈りをやった。手伝うのは自分の子供がまだ小さい頃だったので十数年ぶりか。田んぼが小さいので、小さな稲刈り機で稲を刈る。自分が小学中学の頃は、全部、手を使って鎌で刈っていたので、その頃と思うと格段の速さだ。まさに文明の利器だ。イナゴ。小学中学の頃は一匹もいなかった。農薬が無茶苦茶がよく効いていた。そのかわり害のない川魚も殆ど絶滅していた。今後の食料事情を考えると、稲と合わせてイナゴも食べられるようにしておかないと駄目かもしれん。私は食虫が問題ないからいい。

2013年10月20日(日) 7:25 UTC+09
 自動車に貼ってある『赤ちゃんが乗っています』シールが嫌いだ。だからどうしろというのだ。乗っていてもいなくても追突をするつもりは全くない。当然である。赤ちゃんが乗っているからゆっくり走るので許して、か。許すも許さないも道路交通法に従って運転しているだけである。しかもシールなので、赤ん坊が乗ってない場合もそのままだ。とにかく何を考えて、そのシールを貼っているのかよく分からない。自動車運転を甘く見ている気がしてならない。だが、写真のシールは違う。オカザえもんであることから、赤ん坊に関係なく貼っている可能性が高い。現に運転手はオッサンで他に乗員がいない様子だった。いろんなところにオカザえもんの魔力に取り憑かれた人がいる。

2013年10月19日(土) 19:33 UTC+09
 気になる美人他。

2013年10月19日(土) 7:15 UTC+09
 東京港区三田 魚籃(ぎょらん)坂の中腹にある魚籃寺。魚籃寺があるから魚籃坂。境内のお百度参りの手水鉢に『魚籃』印が。賽銭箱にも『魚籃』印。『籃(ラン)』は、かごのことだから、まぁ、そのままだ。これがその魚籃寺の魚籃じるしだ。ようくギョランジろ(ごろうじろ)。魚籃寺の詳しい位置http://goo.gl/maps/cezgo

2013年10月19日(土) 6:47 UTC+09
 三週連続であいちトリエンナーレに行った。まだ全部見切れていない。10/27までだ。トリエンナーレとは関係ないが、名古屋市栄で『短歌会館』なる施設を見つけた。短歌でビルを建てる程、名古屋では短歌が盛んだったのか。名古屋発祥である都々逸、名古屋甚句など、確かに歌に関して名古屋は盛んな様な気がする。調べてみると、名古屋の歌人 青木(じょう)子氏が昭和39年に名古屋市に寄贈した施設らしい。なんと青木氏はこの短歌会館で没したようだ。享年八十六。http://www7.ocn.ne.jp/~tanka/about/index.html短歌会館の場所http://goo.gl/maps/9UWnW

2013年10月18日(金) 7:47 UTC+09
『豊川が、熱いなり』おかざエモンと言い、最近は三河国、絶好調です。

2013年10月17日(木) 19:26 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十二時頃。明和町。有明六地蔵。石幢(六角または八角の石柱と傘などで構成される石塔)として、均整の取れた美しさは三重県下一と言われているらしい。地蔵のあった寺院は明治初期の廃仏毀釈で廃寺となってしまって、駐車場の一角に小さなお堂と一緒に並んでいる。六地蔵の建立は永正十年(1513)。石質は砂岩。今年は五百周年か。砂岩でよく五百年も保っている。六地蔵の隣には、仏教ではなく、土着信仰の山の神。これだけ沢山の山の神が集合しているのも珍しい。詳細な場所http://goo.gl/maps/2OAH4

2013年10月17日(木) 6:47 UTC+09
 好きなものは、微小なもの、巨大なもの、境界や端。去年の欧州小国の旅は、「微小」と「境界(国境)」とを求めての旅立った。座りの悪い写真だが、微小なものコレクションの一つである豆本。辞書と百円玉ぐらいの豆本は東京の青山にある豆本専門店「リリパット」で購入したもの。http://www.japonica.co.jp/lilliput/index.htmlかながわ豆本は東京駅の八重洲地下街にある私の大好きな古本屋「R. S. Books」で入手した。http://www.kanaishoten.jp/3_shop/shop_rs.htm

2013年10月16日(水) 19:28 UTC+09
 実はこんな物も買っていたのだった。

2013年10月16日(水) 18:58 UTC+09
 これも思わず買ってしまった。ミニチュア軍手。

2013年10月16日(水) 6:44 UTC+09
 子供の頃からキーホルダーが好きで、ちょくちょく買ってしまう。特にミニチュアが好きだ。酒呑みではないが、生ビールのミニチュアを最近手に入れた。これはどこにでも売っていそうだが、探そうとしてもなかなか見つからないので、見つけた時に買った。ミニチュアのくせに液体が入っている点がいい。いつでも買えるからと思って、見かけた時、欲しい時その場で買わないと後で欲しいと思っても中々入手できない。苦い経験がある。25年ぐらい前、六本木のWAVEにCDをよく買いに行っていた。CD売り場の階の上か下に文房具や楽器などが置いてある階があり、そこに世界一小さいと銘打った機械式オルゴールがあった。五百円玉に載るぐらいの小さなもので、機械部分のみが透明な箱に入れられ皿の上に何気なく数個置かれていた。3000円ぐらいなのでちょっと高いなぁと思って買うのを躊躇していたら、暫くしてなくなってしまった。それ以来、見かけることもなくなり、六本木WAVEも消失してしまった。ここ数年、探しているのだが、全く見つからない。珍しく変な物は、見かけた時に買わないと二度と手に入らない。

2013年10月15日(火) 7:07 UTC+09
 子供の頃、学研の雑誌か百科事典で「大賀ハス」の話しを読んだことがあった。弥生時代の大昔の蓮の種が発掘され、それを育てたら花が咲いた、という話しである。母に聞いたら今でもその蓮はどこかで栽培されているはずと教えてくれた。もう何十年も前の話しである。完全にそんな大賀ハスのことは忘れていたが、数年前ふとしたことから思い出した。「大賀ハス」という名前はすっかり忘れていたが、思い付く語句を使ったインターネット検索のお蔭で簡単に調べることができた。インターネットは素晴しい。死ぬまでに大賀ハスを見に行かねばならぬ。二千年前の蓮の種が61年前に開花してから現在まで成長をし続けているが、木ではないので「二千年前」という意味がかなり薄れている気もしないでもない。最初に開花した蓮は2000年ぶりなので凄いが、それ以降は毎年のことなので、レンコン畑の蓮の花とそれ程変わらない。だが血統がはっきりしている蓮というのも珍しいから見に行く価値はある。大賀ハスの発祥の地は二つあると考えられる。一つは種が発見された千葉市、もう一つは発見者の大賀博士が蓮の種を発芽させた自宅がある府中市。どちらが大本か。両方行けばいいのか。千葉市の大賀ハスhttp://www.city.chiba.jp/toshi/koenryokuchi/kanri/chuo-inage/chibap06ogahasu.html府中市の大賀ハスhttp://genki365.net/gnkf04/pub/sheet.php?id=401

2013年10月14日(月) 17:00 UTC+09
Cocteau Twinsと言えば、この曲かなぁ。https://youtu.be/h7rrmcvuQdA

2013年10月14日(月) 16:37 UTC+09
ええ曲だわ。J.S.バッハは天才だなぁ。

2013年10月14日(月) 15:52 UTC+09
 悩ましき中華アンプ。調べている内に色々出てきた。左上は、悩みの発端となった激安中華デジタルアンプ。アマゾンで2370円。送料無料。300万円の超高級アンプを凌駕したという伝説を持つアンプIC(Tripath TA2020)を使用。廉価であるが故、使用されている部品の信頼性、特性が低い。http://www.amazon.co.jp/dp/B00793TFWA右上はそんな低品質部品の使用に対し、日本の業者が製造元に使用部品を直接指示して専用ロットとして作らせた物。改造する手間が省ける。http://blogs.yahoo.co.jp/nfj_2009/33159058.htmlYahooオークションで販売。2480円+490円(送料)+その他もろもろ。このモデルには左上の標準品では同根されている電源が別売りとなり、それが980円。従って3950円以上。下は同じTA2020アンプICを使用した別メーカの品。こちらの方は所有する喜びが少し味わえる意匠となっている。同じアンプICを使っているので、音はいいらしい。もしかすると上のアンプよりもいいかもしれないという評判もある。Yahooショッピングで3980円+500円(送料)。1580円の電源はキャンペン中で無料だそうだ。合計4480円。左上の倍近い値段になる。http://store.shopping.yahoo.co.jp/maximum-japan/aaud006.html悩むなぁ。

2013年10月14日(月) 10:23 UTC+09
 旅の思い出で、取るに足らない場面が強く印象に残っている場合がある。写真は去年の11月に妻と二人で欧州小国の旅に行ったときのものだ。場所はリヒテンシュタイン公国の工業団地の真ん中。リヒテンシュタインは欧州で四番目、世界では六番目に面積の小さな国である。去年の小国の旅ではバチカン、モナコ、サン・マリノに次ぐ小国だった。しかも観光地でもなんでもない工業団地。機械式計算機博物館を探してうろうろした後、やっと見つけたと思ったら予約がないため見学を断られた帰りに何となく写した写真だ。この旅のことをふと思い出すと、この景色が最初に出てくる。一体何なんだろう。撮影した場所http://goo.gl/maps/db5KX

2013年10月14日(月) 5:51 UTC+09
先日行われた地域の祭。こじんまりとしているが、雰囲気がいい。

2013年10月13日(日) 8:24 UTC+09
 先週の日曜日、あいちトリエンナーレに行った。これで三週連続だ。トリエンナーレとは関係ないが、大須の沖縄料理土産物店で昼を食べた。http://www.feenu.co.jp/shop/shop04.php土産物売り場には各種の唐辛子ラー油調味料が置いてあった。数年前、わざわざ石垣島の製造元の辺銀食堂まで行って買ってきた「石垣島ラー油」もあるではないか。当時は愛知県で入手できる所ないとされていた。便利な世の中になった。

2013年10月12日(土) 22:33 UTC+09
 見ることもなく溜まり続けるDVD。台帳をつければ、見るようになるだろうと思ってつけ始めた。入力するのが結構面倒くさいので、なかなか進まない。意味ないなぁ。

2013年10月12日(土) 12:48 UTC+09
 業務スーパーで買った味噌汁パック。マルコメ製。一つ10円程度。業務用だから旅館の朝飯に出てくる味噌汁と同じ味がする。はず。

2013年10月12日(土) 12:20 UTC+09
 愛用のiPhoneアプリケーションの「Yardbirds Plus」。これは家庭内LANに接続されているハードディスクに記録された音楽データを再生する機能を持つ。最近はこれを使って、廉価だったけど結構いい音のする卓上スピーカで音楽を聴いている。https://itunes.apple.com/jp/app/yardbirds-hairezo-pureiya/id541449141我が家のLANはインターネットにつながっている。つまりこのアプリを使えば、インターネットに接続できる環境なら、世界中どこでも家にあるハードディスクの中の音楽が聴ける。自動車の中でも聴ける。音楽信号の流れは以下の通り。家のハードディスク→家庭内LAN→インターネット→携帯電話回線→iPhone→車載FMトランスミッタ→FM電波→カーステレオのFMラジオ十一年前に買った自動車のカーステレオにはAUXなど外部入力といった気の利いた機能はないので、FM電波で飛ばして聴かなければならない。信号はインターネットや電話回線を通じて長い距離を飛んでくるのだが、iPhoneまではデジタル信号なので一切の信号劣化はない。しかしiPhoneからはアナログ信号なので、わずか百数十cmを飛んでいる間に信号が無茶苦茶劣化してしまう。聴けない程ではないが、「やっぱり『FM飛ばし』だなぁ」と思わざるをえない。自動車の騒音の方が大きいので、これ以上の音質の追求は無意味ではあるが。

2013年10月12日(土) 10:14 UTC+09
 先週の日曜日、あいちトリエンナーレに行った。これで三週連続だ。トリエンナーレとは関係ないが、会場へ行く途中、中川運河の松重閘門を久々に見に行った。http://www.adnet.jp/nikkei/kindai/10/この施設は江戸時代に造られた堀川(黒川)と大正時代に造られた中川運河とを結ぶ水路の水位調整が役目であった。現在は、産業遺産として残されているだけで全く機能していない。残念なのは水門がコンクリート堤防となっており、かつては水門を上げ下げしたと思われる鎖がそのコンクリートに固定されているのである。永遠に上げられることのないコンクリート製の堤防に虚しく固定された鎖。これを初めて見た時、この中途半端さにがっくりした記憶がある。残すなら水門はそのままにして欲しかった。鉄製だったのだろうか。補強するためにコンクリート使うのは仕方がない、しかしそっくり水門を取り払いコンクリート製の堤防にしてしまうのは有用な閘門であったことの証を消し去っている様なものだ。産業遺跡の残し方のイロハが全く分っていない。松重閘門の詳しい位置http://goo.gl/maps/E3qzL

2013年10月12日(土) 9:33 UTC+09
 鍋で発電ができる。温度差で電気を発生させる材料の応用である。電気が来てなくても、電池が無くなってもラジオを聴いたりGPSで自分の位置を知ることができる。まさにサバイバル電化だ。 こういう発想は大昔からあった。旧ソ連では電力供給が困難な地域でランプと熱発電を組み合わせてラジオが聴けるようにするという計画があった(共産党プロパガンダ)。もしかしたら実際に行われたかもしれない。 昔はこのような電気を発生させる材料として特殊な金属や半導体しか知られていなかったが、産業総合研究所で新しい酸化物の熱電材料が発見されたらしい。安価な元素が材料で、しかも酸化物なので耐酸化性がある。鍋にはこの酸化物熱電材料が使われているらしい。 一番安い鍋でも一万円ぐらい。熱電材料そのものは熱や酸化に強いかもしれないが、電気を取り出す端子やハンダ付部分は吹きこぼれや洗滌に耐えられる構造なのだろうか。ランプだとそういう心配はない。

2013年10月12日(土) 8:47 UTC+09
 PCの壁紙をダウンロードしようと思って、NASAのサイトを見に行ったら財政危機で「閉鎖」されていた。http://notice.usa.gov/どうしてホームページまで閉鎖されているのかよく分らん。「それっ、来たっ!どうなる、どうなる」という感じでお祭り騒ぎなのか。

2013年10月11日(金) 6:42 UTC+09
 先週の日曜日、あいちトリエンナーレに行った。これで三週連続だ。トリエンナーレとは関係ないが、会場へ行く途中、中川運河の松重閘門を久々に見に行った。http://www.city.nagoya.jp/jutakutoshi/page/0000018175.htmlコンクリート製のボラード(船を係留する為の杭)を見付けた。港でよく見かけるのは鉄製だ。運河の名残である。松重閘門の詳しい位置http://goo.gl/maps/E3qzL

2013年10月10日(木) 7:56 UTC+09
 11/3(日)名古屋能楽堂で行われる名古屋金春会の能に地謡(じうたい)として出演する。地謡とは能に於ける合唱団のことで、舞台右側で始終正座して主人公の心情や舞台設定、場面を節をつけて語る役である。地謡は大体八人ぐらいで構成される。演目は「熊坂」。平安時代の伝説上の盗賊である熊坂長範の物語である。物語の舞台は岐阜県の美濃赤坂の宿。一人の京都の僧が東国修行に行く途中、赤坂の宿で突然ある僧に呼び止められる。「今日は然る人の命日なので弔って欲しい」と言われ、お堂に通される。お堂に入ると中には仏像などはなく、長刀や金棒などの武具兵具が並べてあるので、変だなぁと思いながらその僧が山賊を退治した自慢話を聞いているとお堂と僧は消えてなくなり、自分はただ一人草むらの中にいることに気付く。すると大盗賊であった熊坂長範の亡霊が現れ、この赤坂の宿で牛若丸に斬られ命を落とした一部始終を件の京都の僧に見せて、また消えていく。謡(歌詞)を憶えなければならない。熊坂が牛若丸に斬られる場面があるにも拘らず、この能には牛若丸の役は登場しないので、地謡が全部説明するのである。謡の中で気に入っている表現がいくつかある。「かようの物語り申さば 夜も明けなまし。お休みあれや お僧達。我もまどろまん...」そんなような話しをしていると夜も明けてしまうでしょう。お休み下さい。御坊様達。私も眠いわ...。心情と状況説明が錯綜しているので分りにくいが、お堂に武具兵具がある言い訳などの話しをしていると一晩は掛かるでしょう、もうお休みになっては如何でしょう、と第三者が語る。そして京都の僧を招き入れた赤坂の僧の心情として「私も眠い」と語っている。「お休みあれや お僧『達』」とあるので、赤坂の僧が京都の僧に向かって言っているのではない。なお、古語では『達』は単なる複数ではなく、尊敬の意味も含まれている。「いらって熊坂 左足をふみ」イライラして熊坂は左足を踏み込んで。「いらつ」を古語辞典で引いたら、この「熊坂」の謡が用例として掲載されていた。だから気に入った。「陽炎まぼろし 水の月かや 姿は見れども手に取られず」牛若丸に足を斬られて、長刀では駄目だと思い、素手で牛若を捕まえようとするが、素早い動きで全く歯が立たない。水面に映った月に喩えるのがいい。なお、解釈は私独自のものである。

2013年10月10日(木) 5:45 UTC+09
 最近、気になっている中華アンプ。アマゾンで2400円ぐらいで売っている。値段は激安でも音がかなりいいらしい。アメリカのアマゾンでは1300人のレビューが書かれており、評価は5点満点中の4.3点ぐらい。かなりの高評価なのである。日本のアマゾンでも高評価。買ってみたいが、使うところがない。既に家にあるMacやAppleTV、プレイステーション、インターラジオなどの全てのデジタル機器には、それ専用のアンプが接続してある。何か用途を考えてみようとしたが、思いつかない。300万円の超高級アンプとの目隠し勝負で勝ったという伝説もある。http://blogs.yahoo.co.jp/sunahama375/archive/2011/2/12あぁ、欲しいなぁ。そして部品交換などの改造もやってみたい。

2013年10月9日(水) 5:55 UTC+09
レンガ型の発泡スチロールに角を保護する発砲ゴムを接着して、タブレットをうつ伏せになって見る為の台を作った。発砲ゴムの滑り止め効果が足りなかったので、ちょっと滑る。この台だけを部屋に置いておいたら、思った通り、家族の間で「一体あれは何だ」という話になっていた。しかし用途は誰にも判らなかったようだ。発泡スチロールのブロックが300円、角を保護する発砲ゴムが700円と結構、材料費がかかった。

2013年10月9日(水) 5:51 UTC+09
 instagramで見付けた画像。目が動いて見える。

2013年10月8日(火) 6:08 UTC+09
映画のエンドロールというかクレジットが好きなのである。本編が終わって、クレジットに変わる瞬間がいい。映画館でこの瞬間に「それっ、終わった」と言った感じで席を立つ人がいるが、これは本当に止めて頂きたい。私の趣味の一つである能のエンディングも好きな瞬間だ。能の「エンディング」と言うのも変だな。能の終わりの部分。出演者が静かに能舞台から去っていく瞬間。能が演じられた舞台には余韻だけが残る。この余韻を味わっていると、突如拍手が起こる。この拍手が余韻を打ち消してしまうのである。拍手の風習は、能では無くして欲しい。拍手は西洋の風習だし、何よりも折角の余韻の味わいが台無しだ。動画は私の好きなエンディングの一つ。「The compleat Beatles」というアメリカで作成されたテレビドキュメンタリーである。1982年に作成され、NHKでも放映された。動画に写っている場面はビートルズの武道館公演だ。映像の内容とは別に流れている曲は「Blackbird」である。ビートルズドキュメントのエンディングが「Let it be」や「Get back」ではないところがいい。

2013年10月7日(月) 7:16 UTC+09
 あいちトリエンナーレに行った。これで三週連続だ。トリエンナーレとtは関係ないが、会場へ行く途中、二葉亭四迷が幼少時に暮らした住居跡を見付けた。彼の母親の実家がこの辺りにあったらしい。母親の実家は「後藤」だったとある。予期せぬ発見だ。これだから街歩きは楽しい。因みに名古屋駅近くには坪内逍遥の住居跡もある。詳しい場所指定した地点愛知県名古屋市中区松原2丁目19−16の付近http://goo.gl/maps/Fbvuq

2013年10月6日(日) 7:36 UTC+09
 先週の日曜日、愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。トリエンナーレとは関係ないけど、オカザえもんのポケットティッシュをもらった。フォークロック系の爽やかなオカザえもん。オカザえもん絶好調。

2013年10月6日(日) 7:19 UTC+09
 先週の日曜日、愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。トリエンナーレとは関係ないけど、会場近くの時計屋さんでオカザえもんの目覚まし時計が販売されているのを見付けた。店の人に聞くと結構売れていると言う。在庫も写真の3つしかないので、現在追加注文中とのこと。オカザえもん大人気。電波時計ではないらしい。ゆるキャラには10万年に1秒の誤差の精度は似合わないのか。時計の宝金堂の位置http://goo.gl/maps/J18IF

2013年10月6日(日) 7:05 UTC+09
 名古屋市科学館にあった「地球温暖化を探る『いぶき』の目」の説明。花崗岩の板が少し温められており、それから発せられる赤外線が大気の模型を通して赤外線カメラで捉えられている。二酸化炭素と窒素とでは赤外線の吸収の仕方が違うので、花崗岩の板の写り方も少し変わるという説明だったと思う。パッと見た時は、天井に白熱球があるので、それから発せられている赤外線が大気の模型を通して花崗岩を温めていると思った。わざわざ人工衛星の模型の部分に白熱球が仕込んであるのはどういった意図なのか。花崗岩が温められているのは、加熱ランプなのか板の裏に組み込まれた電熱線によるものか。何れにしても人工衛星『いぶき』の眼が見ているのは二酸化炭素の分量であって地球温暖化の状況を見ているわけではない筈だ。ましてや本物の『いぶき』が加熱ランプを搭載している訳でもない。『いぶき』の役目は大気中の二酸化炭素の濃度測定であることを説明している展示物であるにもかかわらず、地球温暖化の要因が二酸化炭素であるという証明がこの展示でできている様な雰囲気がある。説明が単純化されているので、誤解を生み易い。確かにこの展示の説明には「二酸化炭素が地球温暖化の原因である」とは一言も書いてない。しかし「地球温暖化」と「CO2」という言葉によって、見る人によっては二酸化炭素によって地球温暖化が引き起こされている現象を示している展示物と思ってしまうのではないか。

2013年10月5日(土) 22:39 UTC+09
 先週の日曜日は二十九日で「九」の付く日だったので、近所の寺で青空市の「九の市」が開かれた。市を歩いていて松前漬けを作ることを思い付いたので、乾物屋で刻み昆布、スルメ、八百屋でニンジンを調達した。乾物屋の主人に「松前漬けに数の子を入れると美味いけど、まだ時期じゃないからなぁ」と言われたが、私には可能なのである。例年、年末に大量に数の子を買い、冷凍保存してあるのだ。これを使って数の子入りの松前漬けを作った。大量に数の子が入っていて、私好みになっているが、まだ味見をしていない。一日以上漬けておかないとニンジンや数の子に味が味がしみない。さてどんな味になっているか。

2013年10月5日(土) 14:41 UTC+09
 東京高輪。伊皿子(いさらご)の辺り。高輪と言う地名と伊皿子との関係はよく分らんが、住所は港区高輪で、近くに伊皿子の交差点がある。表通りから奥に入る路地。門柱があるけど表札が潰れている。アスファルトやコンクリートではなく敷石が敷いてある。敷石の脇は土のまま。路地の脇にはあまり見たことのない空色の花が沢山咲いている。五十年ぐらいかけて出来上がったと思わせる秩序ある古く綺麗な路地。その路地の横に松島屋という団子屋がある。いつ見ても美味そうな団子が置いてあるが、まだ一度も買ったことがない。その団子屋のガラス戸に秋山祐徳太子氏の新聞記事がペタペタ貼ってあった。団子屋との関係はなんなのか。秋山祐徳太子と聞くと、名前が長いと言うことだけで、河東碧梧桐を思い出す。松島屋の詳しい位置http://goo.gl/maps/WQTXt

2013年10月5日(土) 13:15 UTC+09
 東京のとある寺院の前に掲げてあった言葉。誤字だらけ。責任が「積任」になっていたり、「犯す」のけもの偏が「」みたいになっているし、「分」が「八」ではなく「」になっている。おまけに毛筆なのに鉛筆で下書きがしてある。書が拙い感じがするが、平仮名の「し」に点が付いているので、書いた人は戦前に平仮名を習った可能性が高い。これは一体なんなのか。民衆を惹き付ける為の一流のテクニックなのか。「行為」の「為」がカッコいいので、ここで本性を出してしまったか。

2013年10月5日(土) 10:52 UTC+09
今日は、年に数回、三脚と望遠レンズが活躍する今年最後の日。市内小学校の陸上大会にて。末娘が走り高跳びに出場中。

2013年10月4日(金) 10:06 UTC+09
沈澱するかどうかは、果汁の粒の多さではなく、粒つぶ一つひとつの大きさによるのではないか。1缶当たり、粒が1000粒入っていてそれらが沈澱するならば、同じ大きさの粒が10粒でも沈澱するはず。福島原発事故以来、本質は何ら変わっていないが、言い方だけで何か変わったように表現するることが流行っているのか。

2013年10月4日(金) 6:34 UTC+09
 鹿児島旅行四日目。最終日。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。日本秘湯を守る会会員を示す提灯。現在の会員は158。それぞれが会員印を持っている。この印を三年間で十個、集印帳に集めるとこの中の好きな温泉で一泊只で泊まれる。今迄行った秘湯を守る会の温泉で一番よかったのは、大分の「福元屋」。川に面した露天風呂は温泉がそこから湧き出ていた。この風呂は混浴である。http://www.kabeyu.jp/onsen.html南洲館を出て、鹿児島空港へ向かった。時間調整のため空港近くの西郷公園に立ち寄る。人物像としては日本で一番大きい銅像らしい。高さ10.5m。建立は昭和63年と比較的新しい。やはり鹿児島県民は銅像が好きなようだ。

2013年10月2日(水) 21:02 UTC+09
 愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。トリエンナーレとは関係ないけど、いい雰囲気の観音寺があったのでお参りしに入っていった。松本観音。境内に入って本堂を眺めていたら、尼さんのご住職が本堂を開けてくれた。観音像が入った厨子が置いてあり、年に一回か二回開帳するとのことだった。トリエンナーレのことやこの界隈の話しを伺っていたら「冷えた缶コーヒーでも飲みますか。これも何かのご縁です」と言いながら庫裏から缶コーヒー持って来て渡してくれた。お寺で缶コーヒーを貰うのは生まれて初めてだった。松本観音の場所http://goo.gl/maps/bWR4n

2013年10月2日(水) 20:21 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十一時半頃。明和町。斎宮(さいくう)とは、天皇に代わって伊勢神宮に仕えた皇女、即ち斎王(さいおう)の宮殿のことで、それがこの辺りにあった。斎宮は「斉宮」とは書かないので「斎」「斉」の関係は正字と略字の関係ではないことが解る。「一斉」「書斎」と書き分けるので、「斎藤」と「斉藤」とは違う苗字と言えそうだが、「斉藤」の方は混用から派生した苗字とも考えられる。斎宮城は室町時代にここら辺りの住人の一人が勝手に作った城らしい。竹神社。短い名前の神社は古いに違いない。竹神社の「百人便所」。仕切りがないので並べれば、何人でも同時に立ち小便ができる。昔は、神社や駅の立ち小便所と言えばこの形だった。「百人便所」とは私が今、命名した。タイルが尿石で黄色くなっていないところを見ると比較的新しいのではないか。百人便所,未だ健在なり。モダンな感じの蔵。窓が特徴的。上下に近過ぎるような気がする。詳しい場所http://goo.gl/maps/8HYWR

2013年10月1日(火) 6:43 UTC+09
 iPhoneのOSを7.0にバージョンアップしてから初めて、常用であるMacのiTunesに接続したらこんな警告が出た。 私が使用しているMacは、古過ぎて「iTunesバージョン11.1」がインストールできない。このことは世界中で騒がれており、Appleからの事前の警告がなかったため、私同様の古いMacを使っている人々はiPhoneのiOSを7にしてから初めて気付くといった状態だ。対処法はないらしい。iOS7を使う為には古いMacを買い替えるしかない。完全に置いてけぼりを喰った。仕方がないので、件のMacよりも遥かに新しいWinのPCに自分用のiTunesを新たに導入してiPhoneの管理ができるようにした。今のところ、古いMacを買い替える予定はない。勿体ないので。

2013年9月30日(月) 6:25 UTC+09
 愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。トリエンナーレとは関係ないけど、いい雰囲気の大衆食堂があった。名前からしていい。レストラン安兵衛。高度成長期の昭和がそのままの食堂内。クーラーの前の仕切りや透明アクリル板が嵌め込んである扉がいい。カウンターに所狭しと並べられている食器と店主や従業員が店の慰安旅行などで買ってきたかもしれない土産物。品書きも年季が入っている。ここが本店で、二号店があるらしい。沢山の賞状が掲げてあった。調理師免許やロータリークラブや食品衛生協会からの感謝状など。昼定食を食べた。飲み物付きで1160円。味は普通。店に入ったのが二時だった所為か他に客はいなかった。詳しい場所http://goo.gl/maps/9rRLV

2013年9月30日(月) 5:58 UTC+09
 愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。トリエンナーレとは関係ないけど、いい雰囲気の電気屋があった。集合店舗になっていて、オーディオ修理専門店、万年筆専門店や布生地屋が入っている。詳しい場所http://goo.gl/maps/KykCE

2013年9月30日(月) 5:44 UTC+09
 愛知県岡崎のあいちトリエンナーレに行って来た。岡崎と言えば、オカザえもん。着ぐるみを見た。いい雰囲気を醸し出している。岡崎の街はオカザえもんで盛り上がっている。オカザえもんがいた場所http://goo.gl/maps/Zb9p9

2013年9月29日(日) 8:16 UTC+09
 節用集より。昔は「一生懸命」という言葉はなかった。明治時代にはあったみたい。言海には「一所懸命」が訛ったと解説してある。http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/046.html

2013年9月29日(日) 7:51 UTC+09
 あいちトリエンナーレ長者町会場で見付けたトリエンナーレ以外の芸術作品「見えない家」。発掘者は私。空き地を挟む両側のビルの壁面には、かって両ビルに挟まれて存在していた家の屋根の痕跡が残っている。これらは赤瀬川原平の超芸術トマソンの分類からすれば「原爆タイプ」である。何のことやら意味が解らない方はこちらを参照。http://tokyo.txt-nifty.com/thomason/右側ビルは明らかに意図的に痕跡を残している。左は痕跡を消そうとしているが、かっての家の怨念は残り続けている。もしかしてトリエンナーレの一環なのか。詳しい場所http://goo.gl/maps/7pgLC

2013年9月29日(日) 7:15 UTC+09
 小六の末娘の小学生最後の運動会を観て来た。左の写真は生後二ヶ月で小学校の運動会に初参加した末娘。以来、毎年参加し、12回目での勇姿が右の写真である。六年生の中では最多参加回数だろう。当り前か。これで我が家の三人の子供たちの小学校運動会の参観行事は終わりである。息子、上の娘、末娘と連続15年間の妻の早朝弁当作りも終了である。お疲れ様でした。

2013年9月27日(金) 20:56 UTC+09
 鹿児島旅行四日目。最終日。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。旅館の裏にある源泉地獄。有毒ガスが漂う地獄だけど、そこを住処としている生き物はいる。詳しい場所http://goo.gl/maps/uw0On

2013年9月27日(金) 20:44 UTC+09
 鹿児島旅行四日目。最終日。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。朝飯の後は、旅館の裏にある源泉地獄巡り。朝飯は普通。色んなガスが吹き出ていそう。硫黄の結晶が綺麗だった。詳しい場所http://goo.gl/maps/uw0On

2013年9月27日(金) 20:24 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十一時半頃。明和町。入母屋の妻側が街道に面している家。大抵は右の写真のように平側が街道に面している。弘化四年(1847)に建立された道標。「従是外宮三里」とある。お伊勢さん迄、あと12km。街道は続く。詳しい場所http://goo.gl/maps/PCFH0

2013年9月27日(金) 20:00 UTC+09
 電車に乗り込もうとしたら、同じく乗り込もうとしている若い母親に連れられた三歳ぐらいの男の子が「回送電車に乗りたあい。回送電車がいい〜」と駄々をこねていた。いくらなんでも回送列車は無理だわなぁ。若い母親も苦笑いしていた。座席に座ってからも暫くは「回送電車がいい」と騒いでいた。

2013年9月27日(金) 19:35 UTC+09
 私も、午前中の素人会で仕舞を披露します。また午後の能「熊坂」には地謡(舞台右側で紋付袴を着て正座して謡っている人)にも出演します。皆さん観に来てね。11/3(日)です。

2013年9月27日(金) 6:30 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社に奉納してある諏訪の名酒の樽。「ダイヤ菊」という名に惹かれる。門前の蕎麦屋で昼を食べた。もりそばと品書きに「限定個数」と書いてあった稲荷を頼んだ。蕎麦は美味かったが、稲荷の方は普通であった。

2013年9月26日(木) 21:47 UTC+09
 名古屋長者町のある食堂の前にあった料理サンプル。なんと料理の写真を切り抜いて皿の上に置いてある。皿は本物だけど料理は平面写真。一体これは何なのか。あいちトリエンナーレの作品なのか。その隣には一個6800円のかぼちゃ。しかも売約済み。詳しい場所http://goo.gl/maps/JxqvX

2013年9月26日(木) 21:25 UTC+09
 この前の土曜日に行った名古屋市科学館のプラネタリウムで、今頃は「宵の明星」がよく見えると言っていた。殆ど寝ていたが、これだけは憶えていた。確かによく見える。

2013年9月26日(木) 20:59 UTC+09
 名古屋市熱田の辺りで見かけた旅行社のバス。台湾の旅行社である。ナンバーは中国や台湾で最も縁起が良いと言われる「888」。「八」は「発財(中国語で金持ちになると言う意味)」の「発」と同じ発音なので、非常に好まれる数字だと言う。このバスは熱田神宮に入っていった。上順旅行社http://www.fantasy-tours.com/

2013年9月26日(木) 7:13 UTC+09
 名古屋市科学館の企画展『世界を変えた書物展』にあったキューリー夫人の直筆サイン、だと思う。「マリー・キュリー」の場合は「キュリー」と短く言うけど、「夫人」を付ける場合は、どうしても「キューリー」と伸ばしてしまう。小学生の頃、「キュウリ夫人」と憶えたことが影響しているのだろう。キューリー婦人はノーベル賞を二度受賞した。その内一回は夫ピエールとの共同受賞。更に娘もノーベル賞を受賞しており、娘の受賞も彼女の旦那との共同受賞だった。

2013年9月26日(木) 6:25 UTC+09
 名古屋長者町の帽子問屋。あいちトリエンナーレの芸術と長者町の商人魂との共存。「生きる喜び」はオノ・ヨーコのポスター作品、「秋冬物 入荷しました」は帽子屋作製の貼紙。「888円」は日本人なら「八」の末広がり三連発、中国人には「発発発」でこれまた縁起よし。日中両方に広告効果あり。一石二鳥、一挙両得、一粒で二度美味しいとはまさにこのこと。詳しい場所http://goo.gl/maps/IiM5M

2013年9月26日(木) 6:16 UTC+09
 あいちトリエンナーレ納屋橋会場の『動くボウリングレーン』の内側。この部分も作品のうち。ボウリングのレーンがレールの上に載っていてレーン全体が外に飛び出していく。ボールはレーンに固定されており、非常扉にくり抜かれた穴の手前迄で外には出ていかない。この建物がボウリング場だったことを示す痕跡。レーンの厚さは5、6cmぐらいだった。初めてレーンの断面を見た様な気がするが、全く意外性はなく「まぁ、大体そんなもんだろうなぁ」という印象だった。さり気なく飾ってあった、往時のこのボーリング場の開店ポスター。1970年代か。

2013年9月25日(水) 6:42 UTC+09
 あいちトリエンナーレ納屋橋会場にある作品。旧ボーリング場(かってはトーヨーボウル、現在は東陽倉庫の貸し事務所)の壁から飛び出してくるボウリングのレーンとピン。三分間隔ぐらいで出たり入ったりしている。詳しい場所http://goo.gl/maps/7S1Yx

2013年9月25日(水) 6:30 UTC+09
 この前の土曜日、大須のゲームセンターのUFOキャッチャーで大きなナメコぬいぐるみが採れた。奇跡的に200円だけの投資で成功した。

2013年9月25日(水) 6:13 UTC+09
 我が家でほぼ日常的に使われている「Ubuntu」。Ubuntuとは只で配布されているパソコン用のOSであるLinuxの一種である。WindowsやMacOSと同じようにパソコンで様々なソフトを操作する為の基本的なシステムだ。大きな違いはUbuntuも只で配布されている点である。しかもWindowsよりも起動が速く、動きも軽快な感じがする。最近、日本語入力システムをUbuntuに最初から組み込まれているものから、Googleが配布している「Mozc」に変更したら劇的に使い易くなった。特にWinやMacで設定してあるローマ字⇔カナ⇔半角切り替えキーctrl+I、O、Pが共通で使えるので、すらすら入力できる。娘たちや妻もインターネットを見る程度なので、Windowsでなければならないということはないようだ。ただ、iTunesだけはUbuntuで動作しないので、上の娘はWinに切り替えて使っている。息子は自分専用のノートパソコンがあるので、このUbuntu PCは使っていない。http://www.ubuntulinux.jp/

2013年9月24日(火) 6:46 UTC+09
 いい感じな広告でござるよ。

2013年9月23日(月) 7:57 UTC+09
 昨日のトリエンナーレ見物の途中で見付けた洋傘屋。芸術っぽいが、トリエンナーレの一部ではない。下は二年前の伊勢街道歩きで見かけた傘屋の琺瑯看板。昔は傘とショールとが婦人用品の代表格だったのか。トリエンナーレ長者町会場の洋傘ショール屋の位置http://goo.gl/maps/24o16

2013年9月23日(月) 7:40 UTC+09
 愛用のデジタルカメラ(リコーGR digital IV)のセンサーにホコリが付いている事に気付いた。一旦気付くと、もう気になって仕方がない。普段の写真では全く分らないが、この部分に青空が入ると何となく分る。どうして画面の上の方にホコリが付いてしまうのだろう。画面の下の方なら地面ばかりなので、全く気付かないのに。マーフィーの法則か。『大抵起こるのは、いくつか想定した事象の中で最悪のもの』。メーカへ修理に出すか、我慢するか。いっその事、最近発売されたGR digitalを買ってしまうか。http://www.ricoh.co.jp/dc/gr/digital/

2013年9月23日(月) 7:08 UTC+09
 あいちトリエンナーレ。街角にあふれる芸術。ビルの壁に描かれた作品。よく見ると窓の部分にかかった梯子は絵ではなく、実物の梯子の一部が嵌め込んである。右の梯子は屋上部分が実物になっている。下の写真は、上の作品のすぐ近くのビルで行われていた実業の窓拭き。トリエンナーレが開催されると街中が芸術に見えてくる。

2013年9月22日(日) 12:34 UTC+09
あいちトリエンナーレの見物中。泡の山。面白いわ。納屋橋会場にて。

2013年9月22日(日) 8:12 UTC+09
 名古屋市科学館で「世界を変えた書物展」を見てきた。本と科学好きには堪らない企画である。アインシュタインの直筆メモ、どこかで見たことのある(永久機関が不可能である事を説明する時によく出てくる)挿し絵が描かれた古い本など物凄く興味深いものが沢山展示してあった。これらを隈無く見るには相当時間がかかったに違いない。一緒に行った本と科学とに興味の殆どない小六の娘の圧力により、ゆっくり見ることができなかった。今日は「あいちトリエンナーレ」見物をしようかと思っているので、ついでにもう一度、科学館に行くかもしれない。[世界を変えた書物展]http://www.kanazawa-it.ac.jp/shomotu/index.html

2013年9月22日(日) 7:17 UTC+09
 名古屋市科学館に行ってきたので、ありがちな写真を撮ってきた。科学館のある白川公園辺りは、終戦後しばらく「アメリカ村」と呼ばれていた。ここは進駐軍の居住区になっていたからである。自分が子供の頃でも、科学館のある辺りを両親は「アメリカ村」と呼んでいた。終戦から四半世紀ほど経過した頃の話しである。撮影位置http://goo.gl/maps/IOwSr名古屋市科学館http://www.ncsm.city.nagoya.jp/

2013年9月22日(日) 6:55 UTC+09
 愛知県名古屋市の大須にある沖縄専門店「沖縄宝島にらい」で買ってきた。沖縄には砂肝ジャーキーなど肉系のスナック菓子が多く流通している。昨日は新しい肉系スナックを見つけた。豚耳のミミガーの存在は知っていたが、豚の肝スナックは初めだ。この記事を書いている時点では、まだ食べてないが、美味いに決まっている。まだ肉系スナックでは、豚足を見たことがない。スナック菓子と言うよりもレトルトパックの惣菜という感じのものは買って食べた事がある。豚足を薄く切って豚足チップスと言った感じで売ってくれないだろうか。

2013年9月22日(日) 6:40 UTC+09
 愛知県名古屋市の大須にある沖縄専門店「沖縄宝島にらい」。昨日はここで末娘と昼を食べた。タコライスカレーとソーキそば。美味い。カレーまろやかな味だった。ご飯の上に載っているのはタコスの具である。だからタコライスと言うらしい。沖縄で創作されたようだ。物足りない人の為にということか、追加スパイスのふりかけが添えてあった。店内には沖縄名産、土産でいっぱいである。沖縄宝島にらいhttp://www.feenu.co.jp/shop/shop04.php

2013年9月22日(日) 6:11 UTC+09
 愛知県名古屋市の大須で見かけたオカザえもんのUFOキャッチャー。『死屍累々』と言った感じでオカザえもん人形が横たわる。他のぬいぐるみはそんな印象はないのだが、オカザえもんは違う。やはり不気味力があるからだろう。流石、ご当地キャラ総選挙第二位。

2013年9月21日(土) 7:08 UTC+09
昨日の飲み会で、泣ける昔の映画の話になった。しかし老化の所為で題名が全く思い出せない。「修道院に貰われてきた子供がキリスト像と話しをするやつ」までしか分らない。家でwebで調べた。検索語句は「映画 キリスト 子供 修道院」。一発で出てきた。「汚れなき悪戯 原題:Marcelino pan y vino(マルセリーノ、パンと葡萄酒)」。そうだ、そうだ、マルセリーノだ。この映画の挿入曲は、自分の小学生の頃のリコーダーの課題曲になっていた様な気がする。また確か、去年、小学生の末娘はこの歌を練習していた。リンク先の2:30頃にその懐かしい曲が登場する。

2013年9月20日(金) 7:35 UTC+09
本体はまだですが、OSだけ7に変更しました。

2013年9月20日(金) 6:28 UTC+09
 富山県 立山駅にて。電車の側面に取り付けられている富山地方鉄道のマーク。レールの周りに八つの稲妻を配して、如何にも「我が社の列車は最新鋭の『電気』で走りますよぉ」という感じがしてよい。撮影場所の詳細http://goo.gl/maps/ECIm9

2013年9月19日(木) 7:58 UTC+09
Apple史上最も醜悪な意匠だと思われるiPhone5sのボタンは指紋認証ができるらしい。妻が髪結い屋で面白い話を聞いてきた。あるお客が、指紋認証になれば、旦那が寝ている隙に携帯チェックができると話していたらしい。暗証番号では殆ど不可能だ。なるほど、寝ている間に旦那の指を当てればいいのか。

2013年9月19日(木) 6:10 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。晩飯前の温泉三昧。白く濁った温泉、天然蒸し風呂そして三つ目は灰色の泥が沈んでいる温泉だ。明礬が入っているらしい。板壁に能書きが書いてあるようだが、古過ぎて字がかすれてしまい殆ど読めない。温泉小屋の横を流れる谷川。温泉の泥で濁り切っている。生き物など死滅していそうな地獄の川と化している。温泉小屋をここに建てたからなのか。それとも元からこうなのか。旅館に戻るとデトックス効果云々と適当な事を言って蒸し風呂に入るように勧めた御婦人方に再会した。蒸し風呂はどうでしたと尋ねると、あそこで勧められなければ後悔する所でしたとお礼を言われた。栗野岳温泉 南洲館http://www3.synapse.ne.jp/nanshuhkan/

2013年9月19日(木) 5:48 UTC+09
 「ハンダ」の語源について。明治時代の辞書「言海」には二つの語源説が掲載されている。「岩代國半田銀山ニ起ルト云」「或云、無來(マレイ)諸島ノBanda島ノ産に起ルト」とある。日本溶接協会のページには前者の説も怪しいが、後者の説もないとしている。理由はそんな名前の島はないから。http://www.jwes.or.jp/jp/wh_weld/wadai.html現在はそのような名前の島はないが、昔はあったようだ。1729年に発行された地図に載っていた。http://nla.gov.au/nla.map-nk11186-e-cd調べればちゃんと見付けることができる。とは言え、この島でハンダの材料が採れたかどうかは判らない。ただ、ハンダは明治以前は「盤陀」と書いた。言海の見出しもこの字しかない。普通に読めば「バンダ」だ。Banda島そのものではないか。

2013年9月18日(水) 20:35 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社名物「底抜けびしゃく」。安産祈願らしい。柄杓から水が抜けるが如く、出産ができるという。出産直前の破水からの発想か。なぜ木製ではなくトタン製なのか。詳しい撮影場所http://goo.gl/maps/m9ncz

2013年9月18日(水) 20:08 UTC+09
 能の京都合宿二日目の朝の散歩にて。京都 鞍馬口通にある銭湯「鞍馬湯」。超音波、サウナ、バイブラと書いてある。「バイブラ」とは何か。調べてみたら湯舟のそこから気泡が出てくる風呂のことらしい。初めて知った。何語か。バブラー(bubbler:気泡管)の訛か。鞍馬湯の詳しい位置http://goo.gl/maps/S97Bq

2013年9月18日(水) 19:40 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。二十三時頃の愛知県 共和駅のホームにて。ホームの丁度真ん中をずんずん歩いている人がいた。たまたまなのか、意識してなのか。詳しい場所http://goo.gl/maps/33zmj

2013年9月18日(水) 6:38 UTC+09
 夕食に暖かいそうめんが出てきた。七味があることを思い出し、それをかけて食べた。それを見た末娘が「私もかけてみる」と七味をかけた。すると娘が「虫みたいな物が入っている」と叫んだ。ははは、まさか。それは黒ごまだわ、と言ってよく見るとごまぐらいの大きさの茶色い甲虫が素麺の上でうごめいている。うわーと思って、七味の容器の中を見てみると大量の虫が湧いていた。知らずに食べてしまった。唐辛子を喰う虫がいるのか。先日、イナゴや蜂の子を大量に食べたばかりなので、こんな虫を食べてもどうと言うこともないが、家族はかなり気持ち悪がっていた。まぁ、虫が湧くぐらい自然食だと思えばいい。

2013年9月18日(水) 6:05 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。東京へ向かう東海道本線の普通列車の車窓からの眺め。窓際に置いてある機材はGPSとその補助電源。旅行の際は、大抵このGPSを使って撮影場所の記録を行う。列車内だと窓際でなければ、人工衛星からの電波を上手く受信することができない。記録の結果が下の地図になる。写真は田んぼの真ん中だが、GPSの記録では駅のど真ん中になっている。GPSの信号の記録は10秒毎に行うように設定してある。写真を撮影した時刻とGPSが記録している場所の時刻とが大体一致している所を撮影位置とする。GPSの位置の記録時刻と撮影時刻とが完全に一致することは殆どないので、1分以内の誤差で当てはめるようにしている。時刻の当てはめ、撮影場所情報(経度、緯度、高度)の写真への埋め込みはPCのソフトを使って全て自動的に行う。最近のGPS機能付きカメラやiPhoneなどのスマートフォンには、初めからこの機能が組み込まれているので、写真を撮ると同時に撮影場所情報が画像ファイルに組み込まれるようになっている。時刻の誤差に加えて、GPSの位置情報誤差が加わるので、結果的に田んぼの真ん中の筈が駅のど真ん中になってしまった。どのみち田舎なので、大した違いはない。誤差の結果となった駅は「あいちみと」。「御津」と書いて「みと」と読む。「御津」だけだと「水戸」と混同するので、愛知を付けたらしい。昭和23年にできた駅名である。有名な既存の駅名と区別するために、その駅がある元々の地名に旧国名を付けることが多い。例えば尾張横須賀とか尾張森岡など。ところが「愛知」と言うのは、もともとは尾張国の地名なのに、かっては三河国だった御津に付けてしまい変な駅名になってしまった。

2013年9月17日(火) 23:16 UTC+09
 この番組のチャプター[9]の45:00のところから見て欲しい。山本肇キャスターが繰り返す日本の過ちについて視聴者に語りかけている。この番組が放映されたのは1993年のバブル景気崩壊直後だった。こういうことに気付いていながら、福島でまた繰り返してしまった。もう止めることはできないのだろうか。

2013年9月15日(日) 23:28 UTC+09
 何べん聞いてもええわ。

2013年9月15日(日) 9:26 UTC+09
 最近、放射性元素の壊変の理解が間違っているのではないかと考えている。放射性元素はある程度集まらないと壊変しないのではないか。逆に考えると分散、拡散すると壊変しないで安定を保つ、つまり放射能のない状態、放射線が出ない状態になるのではないか。これは放射性元素を拡散させれば、放射線量の密度が減るという意味と全く違う。これを周りの人に話したら、こちらの言わんとしていることが全く伝わらなかった。その根拠は、放射性元素の壊変法則の数式である。経験則から数学的に以下のように表される。放射性の原子核は一定の割合に従って壊変する。存在する原子核の数を N とすると、壊変する割合は N に比例する。dN=-λN*dtこの式のNとは何か。「存在する原子核の数」というのは、「その場にある」という意味だろうか。それとも「その瞬間に存在する全宇宙の原子核の数」と言う意味だろうか。どちらでもいい、そんなことは関係ない。つまりヨウ素131が1kg、福島で発生したとする。同時にチェルノブイリでも1kg発生した。その時点で地球上にヨウ素131は全部で2kg発生したとする。これが壊変すると約8日間で半減する(半減期は8.04日)。その場に2kgあっても8日過ぎれば1kg、福島とチェルノブイリとに1kgずつ分散していても8日過ぎれば0.5kg+0.5kg=1kgでおなじことになる。ここからが謎。それぞれ1kgのヨウ素131には8日後に壊変しなかった元素が半分ずつあったことになる。これは福島、チェルノブイリ別々でも、一緒に2kgに集めても同じ半分の原子核が壊変しなかったのだろうか。この辺りが理解できない。もし同じ原子核が壊変しないのであれば、その原子核に何か予定があり、上式からすると全宇宙に散在するその時点の全ての原子核の総数が判っていないと予定が決められない筈である。もし同じ原子核が壊変しないとは限らず、2kg集めた時点で壊変する新たに原子核が決まるのであれば、「N」というのは明らかに「その場にある原子核の数」という意味になる。となると放射性元素の壊変は「その場の原子核の数」に依存することになる。従ってその場になければ、放射性元素の壊変の法則は成り立たなくなるのではないか。孤立した放射性元素が壊変する時期は決まらず、おそらく宇宙線か他の放射線エネルギーを吸収した際に壊変するのだろう。感覚的ではあるが、宇宙線にぶち当たる確率は物凄く小さく分散したら二度と壊変しないのではないか。放射能はなくなってしまうのではないか。完全に分散すれば、放射性元素から放射線は出てこないかもしれないのだ。それではどの程度薄めれば良いか。「その場」に当たらない濃度というのはどのくらいの薄さだろうか。それぞれの原子核の平均的な距離はどの程度にすればいいのか。これは最初に書いた様に放射線密度を減らすと言う意味ではない。拡散すれば、一ヶ所集まっている場合よりも放射線全量が少なくなるという意味である。

2013年9月15日(日) 8:15 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。地下鉄東京メトロ丸ノ内線とJR総武線中央線とが地上で立体交差する四谷駅付近。地下鉄が上で、JRが下。丸ノ内線の車両と言えば、かつては赤色の車体の中央に波形の入った白い帯が描かれていた。東京の地下鉄と言えば、この意匠だった。http://www.tokyometro.jp/news/2010/2010-01.htmlこの意匠の源流は何か。丸ノ内線は銀座線に続いて東京で二番目にできた。銀座線は直流方式であるが、丸ノ内線は交流方式となったため、これの象徴として「波形(サインウェーブ)」を描いたと考えた。違っていた。丸ノ内線も直流である。撮影場所http://goo.gl/maps/6G4zM

2013年9月15日(日) 5:55 UTC+09
 古本を買ったら、編纂者に「与謝野寛」「与謝野晶子」とあった。与謝野寛は与謝野鉄幹の本名だった。学校では二人とも「歌人」と習っていたので、ちょっとびっくりした。因みに以前にも書いたが、与謝野晶子は大阪堺の商家の出身で、実兄に電気工学の権威だった鳳(ほう)博士がいる。『鳳テブナンの定理』としてその名を残している。ただし日本だけの呼称だ。海外では単に『テブナンの定理』と呼ばれている。古本は送料込みで1300円だった。「節用集」とは室町時代から明治時代まで広く庶民に使われた字引である。いろは順に色々な範疇で分類された様々な言葉が収載されている。

2013年9月14日(土) 20:37 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社。諏訪大社は四つあるという。四つで諏訪大社らしい。今回行ったのは上社本宮、下社秋宮、下社春宮の三ヶ所。上社本宮の社殿は修復工事中だった。工事中でも祭事は欠かせない。巨大な社殿の写真の前で厳かに執り行われていた。下段の写真は、下宮秋宮と春宮。何れのお宮でも祈ってきたのは国家の安寧であった。詳しい場所http://goo.gl/maps/R8ynj

2013年9月14日(土) 10:29 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十一時半頃。明和町。田んぼの脇を通る街道。六字名号碑。梵字で南無阿弥陀仏と書いてあるらしい。文化十四年(1817)建立。後ろは近鉄山田線。これを使えば、一時間程度で伊勢神宮まで行ける。街道名物古びた壁看板。広告料はどうなっているのだろう。気になる。「傘」の略字体が使われている。戦後の漢字統制でここまで簡略化された字体は採用されなかった。「山に十」の傘はよく見かける様な気がするが、見つけようとすると中々見つけられない貴重な書体である。祓川(はらいがわ)。江戸時代は、渇水期に仮橋が架けられ、増水期には渡し船が出た。それぞれ橋銭、舟銭を取っていたらしい。疲れていたので、写真に自分の影が入っていることに気付かなかった。詳しい場所http://goo.gl/maps/jEZ1g

2013年9月14日(土) 9:26 UTC+09
青春18きっぷ無謀旅行記。東京駅にある菓子メーカ専門店。グリコ屋では、その場でアーモンドチョコボールを作って売っていた。カルビー屋では揚げ立てポテトチップを売っていた。東京では実演販売が流行っているのか。

2013年9月14日(土) 9:10 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。東京駅八重洲口大丸百貨店食品売り場で見かけた「金太郎飴実演販売」。初めて見た。東京には色んな珍しい物がいっぱいある。

2013年9月14日(土) 8:58 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。 一万円油取り紙と一万円ハンカチ。日本銀行貨幣博物館で買ってきた。どこにでも売っているだろうが、日本銀行「内」で購入したことに価値がある。但し、商品およびその販売に対して日本銀行は全く関知していないらしいけど。

2013年9月14日(土) 8:43 UTC+09
 日銀本店を上から見ると「円」の字になっているのは偶然か、意図的か。日銀本店は明治二十三年(1890)に工事が始まった。当時、日本に「円」という字体があったのか。「円」の元の字は「圓」だ。戦後の新字体で「円」という文字ができ上がったと思っていた。そうではないらしい。旁の「員」の字を縦棒で表し、クニガマエの底辺が上にあがる略字は相当昔からあったらしい。明治初期の弘道軒四号と呼ばれる活字で「円」という字体が既に作られていたようだ。http://tonan.up.d.seesaa.net/tonan/image/130722-2.jpg?d=a1つまり明治初期から確実に「円」という文字は使われていた。日本銀行本店の形は意図的であると言えそうだ。

2013年9月13日(金) 19:57 UTC+09
 追加の一行物語。・私の前を歩いていた女は突然、「どうして私ばっかりなのよ」と叫びながらその場で泣き崩れたので、駆け寄って顔を覗き込んでみると笑っていた。・ある大ほら吹き大会で、太った母親に付き添われた子供が「昨日、お母さんよりも少し小さな河童を池で見ました」という話しを披露したが、こういった類のほらは他にも沢山あったので審査員は聞き流していた。・鄙びた温泉宿の窓辺に腰掛けて、遠くに見える山や刈り取られて何もない田圃を何気なく眺めていると、下から「危ないですよ」と声を掛けられた。・古本屋で二千円程度の本を買って家で寝ころんで頁をぱらぱらめくっていたら、千円札が出てきたと同時にその周辺の頁が欠落していることに気付いた。

2013年9月13日(金) 6:27 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。日銀の貨幣博物館で『一億円』を持ってきた。説明をよく読むと紙幣に使われる紙とその大きさがけが同じだけで、印刷はされていないらしい。その割には結構、厳重に扱われている。紙だけでも持っていかれれば、悪用される可能性は十分ある。ここだけは撮影が許可されている。

2013年9月13日(金) 6:05 UTC+09
 国立公文書館から葉書が来た。特別展示会のお知らせである。初めて行った時に「特別展の案内希望」と書いておいたからだ。国の機関だけど律儀だなぁ。国の機関だから律儀なのか。http://www.archives.go.jp/

2013年9月12日(木) 7:10 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。日本銀行本店。中央銀行だけあって警備が厳重そう。見学は一週間前までの事前予約が必要らしい。今度行く時は予約をしておこう。日銀本店社屋を上空から見ると、「円」の字になっているが、地上からでは全く分らない。http://goo.gl/maps/HRD4P併設されている貨幣博物館。ここは予約なしで入れる。土日もやっている。入場料は無料。館内展示物は撮影禁止。本物の大判小判が沢山飾ってあった。展示室内も警備が厳重。

2013年9月11日(水) 18:46 UTC+09
 社内多数決で決めた様なデザイン。何かもう、がっかり。特にホームボタンがダメダメ。その内、慣れるのでしょうか。二年縛りがもうすぐ終わるので、買い替えたいけどなぁ。

2013年9月11日(水) 6:26 UTC+09
 中日ドラゴンズの選手がよく通っていると言われている病院の駐車場の看板。詳しい場所http://goo.gl/maps/yCx0z

2013年9月11日(水) 6:20 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十一時頃。松阪豊原町。大正三年に建立された里程標。櫛田川の堤防より、歩いてきた街道を望む。この辺りから渡し船が出ていたらしい。櫛田川に架かる櫛田橋。櫛田川。江戸時代、春冬の渇水期には仮橋が掛けられ、夏秋の増水時には渡し船で旅人を運んだと言う。それぞれ橋銭、舟銭を徴収していたようだ。詳しい場所http://goo.gl/maps/046WF

2013年9月11日(水) 6:03 UTC+09
 化け大の学生証が届いた。下が2013年度の学生証。二年生になった。進級試験はない。お化けの学校なので。

2013年9月10日(火) 6:38 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。ホテルニューオータニで見かけた大きな振り子時計。ビル建設当時の技術の粋を集めて作ったという感じだ。昔はデジタル時計も世界時計も珍しかった。今ではスマートホン屋腕時計で世界の時刻も、何十万年に1秒の誤差しかない原子時計に基づく時刻も簡単に知ることができる様になった。これ以上、物質的に何を望む必要があるのか。

2013年9月10日(火) 6:18 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。たまたま見つけた「紀尾井町」の語源となった尾張名古屋藩屋敷跡と彦根藩井伊家屋敷跡。紀伊藩屋敷を探す時間はなかった。井伊家屋敷跡はホテルニューオータニの敷地内にある。紀伊、尾張、井伊の屋敷があったので紀尾井町。明治五年に作られた地名だとは知らなかった。尾張藩屋敷跡の碑の位置http://goo.gl/maps/pQtOJ

2013年9月10日(火) 5:56 UTC+09
 常滑のコストコにあったトランプの1ダース売り。個人で一度に12個も同じトランプを買う人がいるのか。しかも日本人で。

2013年9月9日(月) 17:26 UTC+09
NHKスペシャルの太平洋戦争史DVDを観ていたら、再現場面で「そうきゅう(早急)」という言葉が出てきた。「そうきゅう」は最近の読み方で、少なくとも戦時中は、そうは読まなかったと思っていた。しかもNHKである。アナウンサーによる語りではなく、俳優の台詞だったので、漏れたのかも知れない。Webで調べてみると、昔から「そうきゅう」という読み方もあったと主張しているページが沢山ある。何か解せんと思いながら、明治時代の字引きである言海を繙いてみる。すると当然の如く見出し語として「さっきゅう(さつきふ)」はあるのだが、「そうきゅう」はない。やはりそうか。Webの鵜呑みは気を付けんと。

2013年9月8日(日) 18:21 UTC+09
閉店2時間前なれど、物凄い人の列。警備員によると入るのに一時間はみてくださいとのこと。今、店員が入店待ちのお詫びにとミネラルウォーター(常温)をくれた。

2013年9月8日(日) 14:11 UTC+09
 「クロコダイル・ダンディ」いう映画がある。80年代に大ヒットした映画だが、観ていない。オーストラリアの奥地で鰐と格闘しても平気な『伊達男』と言った意味と思っていた。ワニと洒落者という対極の組み合わせが題名になっているところが洋画らしい。http://movie.walkerplus.com/mv11099/原題は『Crocodile Dundee』。何、「ダンディ」ってこんな綴りだったのか。調べてみると違う。伊達者、外見が洗練された紳士の意味のダンディの綴りは「dandy」だ。では「dundee」とは。スコットランドの地名だった。映画の題名は単なる「Dundee」という苗字だった。発音も全然違う。この映画を知るまたは題名を聞いたことがある日本人の殆どは『Crocodile Dandy』もしくは『伊達ワニ男』だと思っているに違いない。「Dundee」と「dandy」とに何かしらの関係はあるのだろうか。全くない。「dandy」の語源はよく判っておらず、また19世紀にこの言葉はロンドンで流行したらしい。因みに「dandy」にはデング熱の意味もある。写真は金沢の近江町市場で見つけた肉屋さんの看板。

2013年9月8日(日) 9:10 UTC+09
 名古屋オリンピックという話しもあったのう。これで福島はどうなるのだろうか。オリンピックに向けて原発処理が進むのか。それとも放射能は問題なしと世界的にお墨付きをもらったということで、忘れ去られるのか。

2013年9月8日(日) 7:41 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十一時頃。松阪豊原町。往時が偲ばれる街道筋の家。櫛田川の堤防下に立てられている道標。文政二年(1819)建立。江戸時代の道標法則通りの書式である。「左 さんくうみち」「右 け加うみち」。「左」の字の「エ」は「ヒ」になっている。この字は江戸時代までの字で、右左の漢字の区別がはっきりしなかった人のために片仮名の「ヒ」で「ひだり」と判る様にしていたのだろうと勝手に考えている。江戸時代の建立なので濁点は用いられていない。「さんぐうみち」は伊勢神宮への道、「げこうみち(還向または下向)」はその帰り道、つまり四日市や大坂、江戸方面と言う意味だろう。詳しい位置http://goo.gl/maps/N2ayD

2013年9月8日(日) 6:24 UTC+09
 『一行物語』というのがある。飯田茂美著「世界は蜜でみたされる - 一行物語集」で333編もの小さな物語が収載されている。必ずしも一行ではないが、たった一文で構成されているごく短い物語である。詩でも短歌でもない。この一行物語の存在を知ったのは、春日武彦著「奇妙な情熱にかられて」という新書だった。これに「世界は蜜でみたされる」にある二つの一行物語が紹介されている。・神様!と八百屋が叫ぶと、天井を突き破って大根が落ちてきた。・その星では、経験の重さが各人の体重を決めており、悩み苦しんできた者は地響きをたてて歩いている。一つ目は春日氏の最も好きな作品として紹介している。これは面白い、と思ったが、未だに「世界は蜜でみたされる」を入手していない。今見るとAmazonでは古本に凄い値段がついている。これでは当分買えない。あと一つは、何となく諸星大二郎のSF漫画に出てきそうな話しである。これも面白い。と言う訳で、数年前に一行物語を知った時に自分で作った物語が以下である。・別れようと思っていた彼女が作ってくれたおにぎりを食べたら、中からどろどろに溶けたチョコレートが出てきた。・学生が毎日のようにあのそば屋に昼を食べに行くのは、そこの女性従業員目当てであったが、そこの蕎麦は滅法美味かったので彼女が店を辞めた後も学生は通い続けた。・隣の席に座った人が何やら念仏のようなものを唱え出したので、鬱陶しいと思って席を立とうとしたらズボンの尻が裂けた。・先週、十年後の今日、またここで会おうと約束したが、約束の日が二月二十九日だったことに気付きそれを伝えようと電話をしたら、彼は昨日亡くなったと言われた。もっと短くしないと一行物語とは言えなさそう。

2013年9月8日(日) 5:39 UTC+09
 渋谷道玄坂にあるかつて玉電が渋谷駅に乗り入れていた専用軌道跡(右側)。玉電が廃止されてからは、東急バスの渋谷駅停車場に入るための専用道路になっていた。停車場にはバス用の転車台があった。http://jiisan2003.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-e681.html現在はバス専用道路も廃止され歩道になっている。http://jiisan2003.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-d61d.html専用軌道跡の左端には樋口清之が書いた道玄坂由来の碑と与謝野晶子の歌碑がある。与謝野晶子は道玄坂の近くに住んでいたらしい。

2013年9月7日(土) 9:04 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。第二の目的。人間国宝 没後十年 松井康成展をホテルニューオータニ美術館に観に行ってきた。凄いわ。ニューオータニにも初めて行ったが、ここも凄いわ。http://www.newotani.co.jp/group/museum/exhibition/201307_matsui/img/release.pdf

2013年9月7日(土) 8:39 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。第一の目的。江戸時代の「迷子知らせ石」調査。江戸の知らせ石と同じ様なものが桑名にもある。両者を比べて江戸時代の道標の規格化がどのように進んでいったかを探る。桑名の方の写真を見直したら、なんと、こちらの知らせ石は明治十八年建立だった。時代が違っては比較も何もないわ。東京駅八重洲北口から少し行った所の呉服橋交差点の近くにある迷子知らせ石の建立は、安政四年(1857)。正面には「満(ま)与(よ)ひ子能(の)志るへ (謎の記号)」、右面には「志らす類(る)方」、左面には「たつぬる方」とある。裏面は「安政四年丁己(巳)年二月 御願濟建之 西河岸町」と楷書で書いてある。江戸時代の道標の法則通り、『仮名混じり文の場合は、漢字は草書、楷書と仮名とは混ぜて使わない』が貫かれている。この法則を知っていれば、建立年月が彫られてなくても江戸時代か明治以降かが大体判る。少なくとも江戸時代には楷書仮名混じりは存在しない。尚、これは後藤式道標判別法である。桑名の春日神社の迷子知らせ石は、正面に「志類(る)べ以志」、右側に「おしゆるか多(た)」、左側に「たつ(づ?)怒(ぬ)るか多(た)」、裏面は「明治十八年二月 ○○○」とある。濁点の使用も法則通り明治以降だ。右側が「教える人」用、左側は「尋ねる人」用というのが揃っている。迷子の特徴を紙に書いて貼る場所の位置や形状も同じだ。ある程度は形が決まっていたのかもしれない。江戸の迷子知らせ石の位置http://goo.gl/maps/S16IV桑名の迷子知らせ石の位置http://goo.gl/maps/V4Ob9

2013年9月7日(土) 7:27 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。道中、景色が大したことがないので、楽しみは弁当になる。往路は熱海で購入した鯵と小鯛の押し寿司弁当。復路は大丸百貨店の地下で買ったおこわ弁当。どちらも美味い。何を食っても美味いが、押し寿司は京都出町満寿形屋の鯖寿司に敵うものはない。押し寿司弁当980円。おこわ弁当1360円。

2013年9月7日(土) 6:38 UTC+09
 青春18きっぷ無謀旅行記。青春18きっぷの有効期限九月十日が迫ってきたので、最後の一回分を使う事を考えた。2300円の定額でJR全線一日乗り放題だから、お得感を味わうため、できるだけ長距離で使いたい。先月は末娘を連れて名古屋から香川県高松へ行った。前回は西に行ったので、今回は東の東京だ。朝六時に出て、戻ってきたのは二十三時。片道六時間半。東京での滞在時間四時間。東京には色んな物があるので、やりたいこと見たいことが山ほどある。四時間では短過ぎた。しかも片道六時間半の電車旅で見える景色がそれ程楽しくなかったのである。一番の見所は富士山だが、行きも帰りも曇っていて全く見えない。富士山が見えなかったのは仕方がないが、どうも前回の西方面と比べると景色が短調と言うか、面白くないのであった。この短調で面白くない列車の窓からの景色で思い出したのは、ミシェル・ゴンドリーが作ったミュージックビデオだ。何の変哲もない車窓からの流れる景色だけが映し出されていくビデオだが、その景色は音楽の拍子や旋律に合わせて変化するのである。電車の中でヘッドホンステレオを聴いて外を眺めていると、連続する電柱の通過と音楽とが偶然に合ってくる瞬間を経験することがある。ミュージックビデオではこれを意図的にというか無理矢理に再現している。こういった事が常に起こりでもしない限り、詰まらない景色の連続だったような気がする。新幹線を使って何度も東京に行ったことがあるので、見慣れている所為だろうか。東海道本線は新幹線と並行しているが、同じ所を走っている訳ではないので景色は違う筈だ。何故詰まらなかったのだろう。

2013年9月6日(金) 19:48 UTC+09
東京の日本橋のど真ん中にある「日本国道路元標」。二年ぶりに再び見に行った。名前の割には、全ての国道の起点となっているわけではないようだ。道の真ん中なので、元標に近づけない。iPhoneの高度技術を用いて斜めに写っている画像を無理やり起こしてみた。何故だか色が少し変わってしまった。

2013年9月6日(金) 16:27 UTC+09
名古屋に向けて東京駅を出発。今朝、出発した共和駅に到着するのは22:45。やはり滞在時間4時間は短かった。

2013年9月6日(金) 12:45 UTC+09
定刻より少し遅れて東京駅着。

2013年9月6日(金) 6:40 UTC+09
東京に向けて出発した。到着予定時刻は12:37。

2013年9月6日(金) 6:32 UTC+09
今しがた、共和駅近くの川でカワセミを見た。今日は何かいい事があるに違いない。詳しい場所http://goo.gl/maps/Qee93

2013年9月6日(金) 5:25 UTC+09
 どんどん未来に近づいていくなぁ。まだ対応ソフトは少ないらしい。マウスみたいに使えれば、大画面テレビでインターネットを使う機会が格段に増えそう。AppleTVやスマートテレビにつながると良い。

2013年9月6日(金) 4:49 UTC+09
 このスピーカーは本当にいい音がする。最近、ほとんど毎日これでバッハを聴いている。

2013年9月5日(木) 19:30 UTC+09
ここに文句を書いた途端、件のDVDを借りることができた。不思議じゃのう。

2013年9月5日(木) 5:46 UTC+09
 能の京都合宿二日目の朝の散歩にて。合宿所の直ぐ近くにある「応仁の乱」勃発地として知られる御霊(ごりょう)神社。別に特段知られている訳でもないか。お寺の様な立派な門がある。もともとは上出雲寺という名の寺であったらしいが、平安京遷都の際に桓武天皇の勅願により神社になったそうだ。本地垂迹の考え方があったので改宗は簡単だったのだろう。ここには非業の死を遂げた桓武天皇の弟である早良親王や吉備真備、橘逸勢などが祀られている。この御霊神社の参道や境内に建てられている石柱には、何故か時計が埋め込まれている。これはいつ頃から始まり誰が始めた習わしなのか。全国的にも時計埋め込み型石柱は珍しいと思う。御霊神社の詳しい位置http://goo.gl/maps/s07Hz

2013年9月5日(木) 4:42 UTC+09
 宅配のDVDレンタルで借りようと思っているDVDがなかなか借りられない。毎日貸し出し状況を確認しているが、いつも「貸し出し中」になっている。借りようとしているのはこれだ。「NHKスペシャル ドキュメント太平洋戦争 第3集 エレクトロニクスが戦を制す 〜マリアナ・サイパン〜」。こんなもん借りて観ようとしているのは自分だけだと思っていたが、マニアでもいるのだろうか。

2013年9月4日(水) 7:44 UTC+09
久しぶりに色が付いた夢を見た。一度も会ったこともなく顔も素姓も知らない友達(?)が真っ赤なフェラーリに美人の彼女を乗せて実家に遊びに来た。自分は用事があって、自分の自動車で出掛けなければならないのだが、大きなフェラーリが道を塞いでいるので、どうしようか考えあぐねているのである。

2013年9月4日(水) 6:17 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社上社。立派な彫り物が施されている門。神社だけどお寺の山門の様だ。御柱と樹齢千年以上の大欅。次回の御柱大祭は平成二十八年。大社の額堂にある明治三十四年に奉納された謎の絵。漆喰製のようだ。水車小屋の前で、胸のはだけた水汲みの女の袖を掴もうとするお侍。もう何が何だかさっぱり判らない。

2013年9月4日(水) 5:41 UTC+09
 能の京都合宿二日目の朝の散歩にて。鞍馬口通辺りで見つけた地蔵堂。中におわしますお地蔵さん。ここの地蔵も古くて顔が風化してしまい町内の人が描いたのか趣のある顔になっている。全国各地で見られる地蔵はうつむき加減で眼は閉じている。京都の地蔵は前を向き眼を見開いている。そして特徴的な鼻。キュビズム時代のピカソを髣髴とさせる。石像で突起物である鼻を表現するのは造作無い筈だが、二次元空間で三次元的な動きの表現を模索したピカソの手法を敢えて取り入れているところが斬新である。ピカソ地蔵の詳しい位置http://goo.gl/maps/UjLO0

2013年9月4日(水) 5:16 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十時半頃。松阪上川町。連子格子の家が並ぶ街道筋。古い街道に欠かせない壁看板。競輪、競艇など公営賭博の日程の看板はその代表格だ。日程を掲げるということは、定期的に看板を循環している係員がいるということである。貼りっ放しではなく、人知れず維持管理がなされている。それと対照的なのは隣の山下薬局のやせ薬の看板だ。貼ってから四十年位は経っていそう。矢印の使い方がちょっと変だ。両矢印「⇔」では戻ってしまっているではないか。それとも薬事法に基づいて必ず痩せることを意味することになる片矢印「⇒」を避けた結果なのか。因みに山下薬局の住所は「尾鷲市」になっている。この看板を見て松阪から尾鷲まで行く人は何人いるのだろう。橋の親柱を家の門柱にしている街道筋の家。この先に櫛田川がある。ここの橋を架け替えた時に親柱が一般に放出されたのだろうか。大抵、有名な橋の石製の親柱は新しい橋のたもとに記念碑的に並べて置かれることが多い。櫛田橋親柱がある民家の詳しい場所http://goo.gl/maps/SPq7G

2013年9月3日(火) 6:10 UTC+09
 能の京都合宿一日目。京都の街角には沢山の地蔵が祀られている。町内のそれぞれのお地蔵さんで地蔵盆が行われているのだろう。合宿所の周りにある地蔵堂は小さいながらも立派な物が多い。その中で質素なつくりのものを見かけた。近寄ってみると湯呑みが六つも供えてある。何故六つなのか。全国各地で見られる地蔵を六体並べた六地蔵を意味しているのか。お堂の中には六体ではなく、二体の趣き深い地蔵が鎮座まします。眼をかっと見開いている地蔵だ。見開き地蔵の位置http://goo.gl/maps/QgDwJ

2013年9月3日(火) 5:33 UTC+09
 能の京都合宿一日目。合宿に入る前に昼を食べる。出町柳(でまちやなぎ)駅近くの商店街でたまたま見つけた鯖寿司の店に入った。スコブル美味い。何を食べても美味いのだが、この鯖寿司は特に美味かった。何個でも食べられる。肉厚の鯖の歯触りが何とも言えない。弾力が丁度良い。これだけを食べるために名古屋からここへ出掛けられる。うどんも美味かった。感じのいい店内。若女将が京風美人でとっても良い。「元祖 鯖寿し 満寿形屋」の場所http://goo.gl/maps/LNIMC

2013年9月3日(火) 5:31 UTC+09
 父娘高松うどん顛末記。岡山駅で快速マリンライナー高松行きに乗り換える。橋にさしかかると外国人観光客らしき人が窓からの瀬戸内海の写真を撮りまくっていた。私とその外国人以外は観光客ではないので、橋の外の景色には無関心。娘は七時間以上の電車旅に飽きてきている様子。橋から見える瀬戸内の島々。橋の柱で外の写真は撮り辛い。高松からの帰りの列車から見えた景色。これから渡ろうとする瀬戸大橋が辛うじて見える。もうちょっと気を利かせて、線路を大きく曲がらせて列車から橋の全容が見られるようにしてくれればいいのに。建設費が余分にかかるので絶対にやらなかったろうけど。瀬戸大橋http://goo.gl/maps/5VITf

2013年9月3日(火) 5:26 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十時半頃。松阪上川町。アスファルト舗装されているが、往時の雰囲気を伝える少し曲がった街道。連子格子の家並み。これより外宮まで四里。弘化三年(1846)建立の里程標。伊勢神宮が街道の先にあるという実感が湧いてきた。昔の人々もこれを見てあともう少しだと思ったのだろうか。街道脇の趣のあるビル。細長い縦長の窓は戦前戦中に建てられたビルに多く用いられる。下ろされた看板の痕がうっすらと見える。右から横書きで「各種発動機 ○○商會 ヤンマーディーゼルエンジン」とある。詳しい場所http://goo.gl/maps/3SaUw

2013年9月2日(月) 20:29 UTC+09
 片仮名は朝鮮半島が起源か、という研究が発表されたらしい。http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130902/k10014204441000.html何か誤解を生む様な報道だなぁ。片仮名は漢字と違って、英語で使われるローマ字や朝鮮語のハングルの様に文字自体に意味はなく、音だけを表す表音文字である。日本語と朝鮮語とが同じ音節を用いているのなら起源と言えるだろうが、そうでないなら「片仮名の起源」と言うのは正しい表現ではない。「片仮名の起源となった考え方が朝鮮から伝わった」と言うべきではないか。『新羅で書かれた仏教教典に、「伊勢」の「伊」のつくりの部分など漢字を省略した文字が多くあった』と伝えている。確かに片仮名「イ」の元となった漢字は「伊」であり、日本でも「尹」だけを書いて「イ」の音を表すこともあったらしい。そういうところだけ取り出して片仮名の起源と伝えるのはおかしい。全然関係ないけど、数年前にweb上で見つけた片仮名の起源を思い出した。世界の言語の紹介ということで真面目に書かれたサイトである。しかし片仮名に関しては全くのデタラメ。どこで拾ってきた資料か不明だが、「へ」の成り立ちなど見れば気付きそうなものだ。http://www.language-museum.com/encyclopedia/j/japanese-ancient-pictograph.php

2013年9月2日(月) 2:28 UTC+09
 なぜ能面か。しかもなんか変。小面なのか孫次郎なのだろうか。何を見て書いたのか。黒田総裁がなぜ能面をつけるのか。「異次元」を表しているのか。まぁ、何でもいいから、能狂言に興味を持ってもらうことはいいことだ。

2013年9月1日(日) 8:07 UTC+09
能の合宿二日目。朝の散歩で見つけた「緒方光琳宅蹟」。鞍馬口通りにあった。光琳と言えば琳派を代表する画家だ。ええもんを見付けた。早起きは三文の徳とは、正にこのこと。待てよ、「尾形光琳」じゃなかったか。

2013年8月31日(土) 20:57 UTC+09
今日明日は能の京都合宿。賀茂川のほとりにある合宿所に向かう途中で、新名神高速道路の土山サービスエリアに立ち寄った。土山と言えば、鈴鹿馬子唄「坂は照る照る 鈴鹿は曇る あいの土山 雨が降る」で登場する東海道の宿場である。『あいの土山』の『あい』は間(あい)だと思っていたが、調べてみると、諸説あるようだ。http://www.city.koka.lg.jp/6984.htmサービスエリアの土産物に「あいのつちやま」と書いてあったが、この解釈は珍説であろう。

2013年8月31日(土) 6:58 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十時頃。松阪上川町。沖玉の夫婦石。禁酒の神様らしい。自分は禁酒の必要が全くないが、寄り道をする。伊勢参りに行く人の中には、禁酒をしたくて堪らない人が大勢いたのか。それともこの辺りは酒呑みが多かったのか。写真から石柱の横の手水鉢がその夫婦石の一部かと思ってしまうが、ごく狭い境内の中に御神体らしき石が鎮座まします。それと分るように小さな鳥居が置いてある。アルミ製の鳥居は初めて見た。もしかしてこれは「立ち小便禁止マーク」ではないか。もしそうだとするとかなり罰当たりなものを流用していることになる。沖玉の夫婦石は伊勢街道の直ぐ脇にある。詳しい場所http://goo.gl/maps/oR2yf

2013年8月31日(土) 6:25 UTC+09
 高松うどん顛末記。高松のうどん屋にあったうどんキーホルダー。製麺場の近くに置いてあったためか薄らと粉を被って少し古ぼけている感じがした。売れているのだろうか。左側のうどんは売り物なのか。本物のうどんなのか樹脂製の玩具なのかも判らない。この日、同じ四国の四万十市で国内史上最高気温が観測された。猫ちゃんも暑さにぐったり。商店街のガラス製陳列棚に並べられた菓子。昔ながらの懐かしい色。甘党の店にあった古い冷蔵庫。凄い骨董品を使っているなぁ、と感心したが、よく考えてみると電源は入っていないのではないかと思えてきた。冷蔵庫内が冷えていれば、ガラス面に露が付く筈である。猫ちゃんがいた場所http://goo.gl/maps/OBdIi

2013年8月31日(土) 5:52 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社上社。温泉のお湯を使う手水場。初めて見た。暖かい水が出ている。水が出ている通常の手水場もちゃんとある。雷電為右衛門は長野県茅野市の出身だった。土俵もあり。詳しい場所http://goo.gl/maps/xgYDG

2013年8月30日(金) 19:35 UTC+09
 バッタもん販売の殿堂で買った究極のバッタもん菓子。販売価格20円。本日、愛知県の常滑に開店したコストコでもこの値段は難しいだろう。「チョコに融けがあるB級品のため返品不可」と書いてあったが、全く問題なし。インターネット情報では上代が126円だった。12個も買ってしまった。http://news.nissyoku.co.jp/Contents/urn/newsml/nissyoku.co.jp/20130201/AOYAGI20130129102041331/1

2013年8月30日(金) 5:41 UTC+09
 公衆便所の男性小便器でよく見かける「calmic」。このマークが好きだ。「i」が人の形になっており、その人が凧を揚げている。凧の足が、またその人の手と胴体になっている。琴平電鉄高松築港駅にて。

2013年8月29日(木) 18:55 UTC+09
青春18きつぷが一回分残つているので、9/6(金)に名古屋〜東京を往復してみようかと思ふ。東京滞在時間は四時間程度。目的は八重洲にある「一石橋迷子しらせ石標」を見に行くことだ。迷子が出た時、この石標に貼り紙をしたらしい。迷子を尋ねる人も貼った。それぞれ石標の指定の場所へ迷子の特徴を紙に書いて貼り付けた。これと同じやうな物が三重県の桑名にもある。こちらは既に実物の確認済みだ。石標の字体などを比較して江戸時代の当時に石標の標準化がなされていたかどうかを確かめてみたい。

2013年8月29日(木) 6:18 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社の参道の土産物屋で、蜂の子とイナゴとの甘露煮を買ってきた。久々に虫を食べる。蜂の子は結構高くて1800円位、イナゴは600円ぐらいだった。蜂の子は「製造者住所」が記入してあるが、イナゴの方は「販売者住所」しか書いてない。店の人に「どこのイナゴなの?」と尋ねると信州だと言う。まぁ、どこで作っているのか判らないが、家で食べるのは私だけだから特に問題はない。

2013年8月29日(木) 6:00 UTC+09
 クレジットカードで買い物をした時は署名を求められる。名前を書くのはほんの数秒だが、「後藤吉孝」は画数が多いので物凄く時間がかかっている様な気がしてならない。そこで楷書体から草書体の署名に変更しようと思って、調べていたら便利なサイトを見つけた。ここで調べれば、草書体がどんな形か判る。本当に正しいのかよく分らないが、まぁ、大体の形は合っているのだろう。草書で書くと少し短時間でかけるが、それほど短かくならない。草書で横書きはやはり無理か。

2013年8月28日(水) 6:16 UTC+09
 信州秘湯珍道中一日目。諏訪大社上社の参道の土産物屋で諏訪名物心太を食べた。巨大ところてん押し出し器を自在に操る土産物屋の女将。「生のところ天」と書いてあるが、なま以外で食べたことがない。ところてんは酢で食べる。黒蜜はどうも頂けない。「ところてんは箸一本で食べる」という話しをしていたら、女将は「最近は二本で食べますよ」と言ってきた。「箸一本でところてん」は尾張名古屋だけの風習だと思っていたが、信州でもそうだったのか。懐かしい卓上占いおみくじ。滅多に見かけなくなった。これの営業形態はどうなっているのだろう。営業マンが定期的に尋ねてきて、売り上げを回収しおみくじの補充をしていくのか。この場合、機械設置料が店側に入る。それとも店側が機械を年間契約で借りて、くじの売り上げが店に入るのか。くじは当然リース会社から購入する。何れにしても、このおみくじを作っている会社が存在しているということである。店は良い感じだ。諏訪大社のところてん屋http://goo.gl/maps/4YYpO

2013年8月28日(水) 5:43 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の十時頃。松阪上川町。小さな加茂川にかかる小さな加茂川橋。そのたもとに大日寺の町石がある。町石とは一丁毎に路傍に立てて道程を記した石のこと。「片岡山大日如来是 ○○三丁○○」とある。女人供養塔。明治十三年建立。隣の川は真盛川。何の供養なのか不明。「女人」だけというのが気に掛かる。彫られている名前は全て「信女」「大姉」となっているので、供養されているのは女性であることには間違いない。地元の人にはあまり受け入れられていないのか、花は添えられていない。名前がはっきりしているから伊勢参りの行き倒れでもないだろう。何か深い理由がありそうだ。詳しい場所http://goo.gl/maps/ToRsl

2013年8月28日(水) 4:53 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の九時半頃。松阪垣鼻町。看板が下ろされてシャッターが閉じたままの街道脇の酒屋。この辺りは白酒を名物とする店が立ち並んでいたと言う。極門橋。たもとにある常夜灯は文政十二年(1829)の建立。江戸商人による寄進らしい。虫籠窓(むしこまど)のある家。通常、虫籠窓のある壁は漆喰だが、補修板が張られている。この家は葉書切手類売り捌き所のようだ。昔は、簡易郵便局と同様にその土地の名士や地主がやっていたと思う。この街道の先に伊勢神宮がある。詳しい場所http://goo.gl/maps/yS7e6

2013年8月27日(火) 7:02 UTC+09
 穴の中で怪しく光るヒカリゴケ。八ヶ岳 唐沢鉱泉の裏手に群生地がある。それを一所懸命観察している遊び仲間のおっさん方。ヒカリゴケは自ら光るのではなく、外の光を反射しているだけである。だから写真を撮る時には穴に上手く光を入れてやらないときれいに写ってくれない。

2013年8月26日(月) 6:47 UTC+09
 信州の秘湯「唐沢鉱泉」の男湯。源泉の温度は10℃程度なので、加熱している。奥の湯船は少し熱めの通常の風呂の温度、手前は温め。真ん中は源泉からの鉱泉を流していると思う。冷たい。温めの湯舟に入っていると鉱泉に含まれている二酸化炭素の泡が身体に付着するので、如何にも効きそうな気持ちになってくる。熱い方は過熱時に二酸化炭素が完全に抜けてしまうので、気泡が付かない。温泉の効能や成分は、大抵、湯から上がってからじっくり読む。「飲用不可」と書いてあった。飲んでしまったではないか。これからは湯に入る前によく読むようにしよう。唐沢鉱泉http://www.karasawakousen.com/

2013年8月25日(日) 18:30 UTC+09
名鉄 上小田井の便所で見つけた落書き。ちびっ子ギャング。

2013年8月25日(日) 18:06 UTC+09
信州の秘湯 日本秘湯を守る会会員「唐沢鉱泉」に行ってきた。1泊13000円の割には、布団の上げ下げを自分でやらなけれならない。夕食の付け合わせにポテトサラダが出てきた。納得いかんなぁ。

2013年8月24日(土) 5:25 UTC+09
去年、収穫した瓢箪に風鈴を付けてみた。風鈴は南部鉄製。瓢箪の種を抜く(最後の一個が抜けていないが)のと、風鈴の紐を通すのが結構大変だった。瓢箪の表面が汚いのは、棚を作らず、つるを地面に這わせたので、土が付いた状態で成長したため、その痕が残ってしまった。

2013年8月23日(金) 6:31 UTC+09
お盆休みの時、実家で「Mr.ビーン カンヌで大迷惑」という映画を観た。家にDVDがあり、私は数年前に観ているが、改めて皆で観た。http://movie.walkerplus.com/mv36846/ロンドンに住むMr.ビーンは町内の慈善福引で、南フランス カンヌの旅招待券を当てた。カンヌまでは電車での旅だ。ロンドン ウォータールー駅からパリ北駅までは、世界で二番目に長いドーバー海峡海底トンネルを通るユーロスターで移動。因みに世界一長いトンネルは青函トンネル。パリからカンヌまではTGVである。この映画を初めて見た時、パリでユーロスターからTGVに乗り換えるのに、ビーンがタクシーを使っているのが不思議だった。パリのような大都市なら鉄道の乗り換えは便利になっている筈だと思っていた。しかもビーンはタクシーの運転手に手描きのメモを見せながら、リヨン(ビーンは映画で『汽車ぽっぽのライオン"Choo-choo Lion"』と言っていた)まで行こうとしているのである。リヨンはパリからは、遠く離れている。今回見た時には、その謎が氷解していた。なぜなら、去年パリに行ったからである。パリ市内の主要駅は何カ所かあり、それぞれが離れている。去年の旅行ではスイスからパリへの駅とモナコに向かうパリの駅が異なっていた。たまたま駅同士が近かったので、タクシーは必要なく、徒歩で移動できた。そして確かスイスからの到着駅は『パリのリヨン駅』だったのだ。

2013年8月21日(水) 6:43 UTC+09
 ガリガリ君リッチ「チョコチョコチョコチップ(スティック)」が美味いことに気付いたので、最近よく食べる。近所のコンビニエンスストアで「チョコチョコチョコチップ」5本とガリガリ君の梨味3本のみを持ってレジに行くと、そこに立っていた店員は上の娘の友達だった。聞くと先月からアルバイトをしていると恥ずかしそうに答えた。家に帰ってそのことを娘に話すと、「友達のお父さんがガリガリ君8本だけを買いに来た」と家で話すに違いない、ああ恥ずかしいと言われた。う〜む。お互いに恥ずかしかったのか。

2013年8月21日(水) 6:24 UTC+09
 バッタもん販売の殿堂で見つけた点取り占いトランプ。点取り占いの詳細はリンク先を参照。http://www.asahi.com/kansai/travel/kansaiisan/OSK201007280121.html42円で大量に売っていた。キンブル小牧店にて。

2013年8月21日(水) 6:17 UTC+09
 以前から気になっていた道路標識。「直進・右折は ご遠慮下さい」とあるが、これは法に基づく道路標識なのだろうか。http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S35/S35F03102010003.html日本の公道上に設置されている道路標識はリンク先のものしかないと思う。http://www.mlit.go.jp/road/sign/sign/douro/ichiran.pdfそもそも規制標識で「ご遠慮下さい」というのは表現として相応しくない。道路標識は法に基づく訳だから、法律上の文言として「ご遠慮下さい」というのはおかしい。一体、誰がこの看板を設置したのか。支柱が物凄く立派で、乗用車が衝突してもびくともしない様な代物である。そして恐らく道路交通法に基づかない看板であるから直進や右折しても何ら問題はない筈だ。 もともとは行き先を示す案内標識を設置するつもりだったのかもしれない。それが何らかの理由で標識が付けられず、支柱だけが残ってしまい、支柱を取り外すのも大変なので、何でもいいのでそれらしい看板でも掲げておけ、ということになったのかもしれない。

2013年8月18日(日) 11:02 UTC+09
 富山地方鉄道 立山線 富山方面 千垣-横江間。単なる山中で列車が突然、減速し警笛を鳴らした。何かと思ったら、カモシカが線路脇にいたのだった。一瞬、カモシカはこちらの方を見て、近づいてくる電車から逃げるため、直ぐさま森の中に消えていった。山岳列車ならではの経験だった。カモシカに遭遇した詳しい場所http://goo.gl/maps/TnSfh

2013年8月18日(日) 9:23 UTC+09
 昨日、大学生である息子のラクロスの試合観戦に行った。数週間前に観に来てくれと頼まれていた。どういう風の吹き回しかと思ったら、観戦者集めのノルマが12人だったらしい。大人の階段を上るということはこういうことなのか。息子のチームは大敗。試合会場は名古屋市港区稲永(いなえい)。稲永と言えば、愛知航空機(愛知時計)の永徳工場だ。愛知航空機は現在、愛知機械工業として日産自動車のエンジンやトランスミッションを製造している。戦時中、愛知航空機は艦上戦闘機の他、水上機も作っていた。工場の近くには製造した水上機を海へ運ぶためのスリップ(水上飛行機を地上から海に出すためのコンクリート製の坂)がここ稲永にあった。十数年前に確認したが、産業戦争遺構探査趣味者として今も残っているか確認しておかなければならない。まだ残っていた。近く迄行こうとしたが、妻と末娘は炎天下だから動きたくないと言われたので、200m位離れた地点から望遠レンズでの確認のみになった。スリップの先の海はラムサール条約で保護対象となった藤前干潟である。ここに名古屋市野鳥観察館がある。涼むために入った。中には野鳥観察のための単眼鏡が沢山設置してある。覗くと野鳥が沢山見えた。係員の方によると干潮に合わせて来れば、干潟で餌をついばむ鳥をもっと近くで楽しめるとのこと。干潮時に行けば、野鳥はもちろん、スリップの全容も見ることができる。これは改めて行かねばならぬ。右下の画像は単眼鏡にiPhoneのカメラを合わせて撮影したもの。綺麗に写せた。単眼鏡はキャベジンやコルゲンコーワでお馴染みの名古屋に本社を構える興和製。かってコーワは一眼レフカメラも製造していた。スリップの航空写真http://goo.gl/maps/ayKUY

2013年8月17日(土) 10:14 UTC+09
 立山カルデラ砂防博物館で「〜放射能を浴びた〜X年後」という映画を観た。最後までみていたのは私一人だった。http://www.tatecal.or.jp/top.htm1954年のアメリカのビキニ環礁水爆実験による放射性物質拡散状態を示した図が出てきた。日本にも降っているが、アメリカにも結構降ったようだ。この実験による死の灰をかぶった漁船は第五福竜丸だけではなかった。事件として取り上げられず、原爆症で亡くなった漁師は数多くいるらしい。その背景はアメリカからの見舞金200万ドル(7.2億円)を日本国政府が受け取り、これにより全ての問題が決着した事による。見舞金は廃棄されたマグロの補償として漁協や船主に分配された。原爆症を発症した漁師の治療費としての分配はなかったようだ。それにしても福島原発事故後にこんな際どい内容の映画を国の施設でよく上映できるなと不思議に思っていた。砂防コーナーの係員によると、カルデラコーナーは富山県、砂防コーナーは国交省の管轄らしい。上映がカルデラコーナーの富山県なら全然不思議ではない。

2013年8月16日(金) 12:19 UTC+09
 ケーブルカー立山駅。ここのケーブルカーの終点はどうなっているか。車止めはあるのか。線路の終端は駅舎の中に吸い込まれている。駅舎の裏に回るとベニヤ板が置いてあって列車止めがあるのかどうかよく分からなかった。詳しい場所http://goo.gl/maps/LVf5G

2013年8月16日(金) 9:02 UTC+09
 金沢駅前の巨大なオブジェ「鼓門(つづみもん)」。金沢で盛んな能(加賀宝生流)で使われる鼓を形どったという。門の屋根を鼓のような形をした木製の柱が支えている。柱の中に金属製の柱みたいなものが入っている。どちらが屋根を支えているのか。

2013年8月16日(金) 7:51 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。食後の温泉。白く濁っていていかにも効きそうな雰囲気を醸し出している。南洲館の由来となった「南洲翁遊猟之地」の記念碑。立入禁止の源泉。この源泉の隣に蒸し風呂が設置してある。通常のサウナより遙かに温度が高い。硫黄臭が凄い。蒸し風呂から出てくると、浴衣姿の妙齢のご婦人二人が蒸し風呂の入り口に立って入るのを躊躇している様子だった。それを見た仲間の一人が「是非ともお入りになった方がいいですよ。デトックス効果がありますから」と適当なことを言うと、ご婦人方はデトックスと聞いては入らない訳にはいかないと言いながら蒸し風呂に入っていった。

2013年8月16日(金) 7:22 UTC+09
 金沢市内にあった好みのオブジェ。上は鉄製。http://goo.gl/maps/JXj9q下は石のようなものでできている。http://goo.gl/maps/DA9Me

2013年8月16日(金) 7:05 UTC+09
 金沢の尾山神社。夜の様子。ステンドグラスが怪しく光っていた。詳しい場所http://goo.gl/maps/jQFdA

2013年8月16日(金) 6:59 UTC+09
 金沢の尾山神社。ご神体は前田利家とその正室のおまつ。神社の建立は明治六年。鳥居をくぐると、神社だけどお寺の山門みたいな門がある。その門がモダンな形をしている。上の方にはステンドグラスが嵌めこまれている。本殿は至って普通。詳しい場所http://goo.gl/maps/jQFdA

2013年8月16日(金) 6:38 UTC+09
 折角、立山まで来たので「歩くアルペンルート」を歩いてみた。立山ケーブルカーの立山駅の裏にある立山登山口。石製の道標には「左 立山道」と彫ってある。上に伸びている細い道がそれ。ケーブルカーの線路が見える。ケーブルカーの線路の横の丸石とコンクリートとでできた建造物は、トロッコのスイッチバック地点。急な山を登っていくためにこのトロッコ軌道には前後進を切り替える地点が18kmの間に42箇所か設けられている。http://www.hrr.mlit.go.jp/tateyama/truck/index.htmlこれらを見ることができたので、アルペンルートを引き返してきた。歩いたのは大体30mぐらい。詳しい場所http://goo.gl/maps/ko4wy

2013年8月16日(金) 6:04 UTC+09
 富山地方鉄道 立山駅隣の国交省立山砂防事務所にて。立山砂防工事用のトロッコ列車基地。列車車庫には全男子垂涎の的のトロッコ機関車が鎮座まします。すべて現役列車だろう。線路の幅は60cm程度しかない。お約束(?)の列車止。列車の速度や質量が小さいので、列車止もそれに合わせてかなり小型。詳しい場所http://goo.gl/maps/PQ382

2013年8月16日(金) 5:45 UTC+09
 母が漬物の壺を割ってしまったというので、連れて瀬戸まで買いに行った。瀬戸物屋の若女将に、「そのTシャツ面白いですね」と言われた。

2013年8月16日(金) 5:29 UTC+09
 昨日は実家の直ぐ横を流れる川で末娘と魚釣りをした。朝の釣果は鯉一匹。夕方はカワムツ(?)三匹だった。娘が釣り上げているのは、夕方のカワムツ。自分の幼少の頃は、鮒がほんの少しいただけだったが、最近はいろいろな魚が戻ってきている。

2013年8月16日(金) 5:16 UTC+09
 歴史で「たられば」を考えるのは無意味だが、8/15がくるといろいろ考えてしまう。もし日本がアメリカに対して戦争を仕掛けていなかったら、今の日本はどうなっていただろう。アメリカの世界覇権戦略によって日本はハワイ王国のように51番目の「正式」な州になっていたかもしれない。実際、現在の日本はアメリカ合衆国の非公式な州というか藩だから、その点ではそんなに変わっていない。最初から「州」になっていれば、戦争によって多くの犠牲を払うわなくても済んだのだろうか。

2013年8月15日(木) 6:46 UTC+09
 愛知県一宮市の実家にて。アブラゼミを狙うカマキリ。内陸部なのでクマゼミよりもアブラゼミの勢力の方が強い。家の周りはアブラゼミの鳴き声ばかりだ。大抵の日本のセミの名前の由来は鳴き声、鳴き方、形に由来する。ニイニイゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクボウシなどは鳴き声、ヒグラシは鳴き方、クマゼミはその大きさから。アブラゼミだけは由来がよく分からなかった。調べると鳴き声が油で何かを揚げる時の音に似ているから、とか羽の色が油っぽいからとかという説がある。江戸後期の本草学研究書の「本草綱目啓蒙」には「アブラゼミ」という名称は出てこないらしい。アブラゼミの別称である「アカゼミ」などが記載されているようだ。明治時代の国語辞典の言海にはアブラゼミが出てくる。ところがその説明は「アキゼミに同じ」とあるだけだ。アキゼミの項を見るとと「蝉ノ一種、形、大クシテ翅、赤褐ニシテ透キトホラズ、秋ノ半ニ、晩ニ當リテ多ク鳴ク。アカゼミ。アブラゼミ」となっている。おそらく「アブラゼミ」は明治以降の呼び名だろう。由来ははっきりしない。

2013年8月15日(木) 6:42 UTC+09
金沢の近江町市場内にある生菓子屋「和平」。店の形態が少し変わっている。固定店でもあるようだし、出店のような感じでもある。駅のキヨスクみたいだ。何十年とこの形態なのだろう。豆板。『ここにしかありません』とある。このセリフに弱い。ほとんどが大豆で餅は大豆同士をくっつけているだけ。試食してみると美味い。一つ買った。ここにしかないけど、「インターネットで注文もできますよ」と言われた。ここでデジタルカメラの相談を受けた。

2013年8月15日(木) 6:14 UTC+09
 金沢で見つけた菓子屋。自動販売機が店の間口半分を塞いでいる。屋号が変体仮名なので「せ(世)」しか読めない。家で調べると「ちとせ(千登世)」だった。webの情報によると知る人ぞ知る和菓子屋さんらしい。詳しい場所http://goo.gl/maps/f7QUJ

2013年8月14日(水) 21:00 UTC+09
石川県のゆるキャラ「石川さん」。初めて見た。お祭りだったので、夜の八時半でもうろついていた。

2013年8月14日(水) 20:45 UTC+09
 金沢の近江町市場で売っていたドジョウの蒲焼。櫃まぶしであれば、鰻の代用に十分なる。美味し。詳しい場所http://goo.gl/maps/8Ws3v

2013年8月14日(水) 20:27 UTC+09
 高松にうどんを食べに行って戻ってきた12日の夜中にペルシウス流星群を観察した。一時間ぐらい観察して肉眼で4個ぐらい見えた。写真を何枚も撮ったが、流れ星は一個も写らなかった。しかし一時間で4個なら、流星群が来てない時でもそれぐらいは見られるのではないか。

2013年8月14日(水) 16:04 UTC+09
 亀の水槽にへばりついていたコウガイビル。全長20cmぐらい。右は名前の由来である笄(こうがい)。よく似ているなぁ。ということはこの虫が発見されたのは笄という言葉ができてからなのか。

2013年8月14日(水) 9:30 UTC+09
 金沢能楽美術館における化け大(お化け大学校)の講義前の会場。開演時には120席満席になった。妖怪、浮世絵、能狂言との関係性の話しだった様な気がする。気がするというのは、当日、朝が早かったのと16時半からの講義が始まるまで、炎天下の中を歩いて金沢の街やお城を見て回っていたのでどっと疲れが出て講義の半分ぐらい寝てしまったのだ。私だけではない。隣のかなりお歳を召した淑女は講演開始と同時にメモ帳を手にしながらぐっすりと寝ていた。能には現在能と夢幻能という分け方がある。前者は物語りの進行が舞台上の当事者の時間の流れと合っているが、後者は主役(シテ)がこの世の人物ではなく、既に死んでおり、その死者と今現在生きている脇役(ワキ)との時間がずれたまま物語が進行する。この夢幻能の主役が、いわば妖怪の様なものと言える。現代人にとって演劇で他の人を演じたり、過去に存在した人を演じるということは何ら珍しいことではなく、当り前のことと思っているが、昔の人にとっては他人や死者、神に成り代わって何かを語るというのは、時空を超越した意思疎通の手段として捉えられていたらしい。つまり能や歌舞伎などは神や死者との通信手段であって人に見せることを目的としていた訳ではなかった。次第に演劇が人々に見せることも目的となり出すと、役者が死人の真似をするだけでは見ている方も物足りなくなってくる。演劇にはいろいろ約束事があってそれに従って想像力で補間しながら見なければならない。化粧や仮面をつけてもやはり人間の形をしているので、想像力が欠如している人々にとっては今ひとつ楽しめない。そこで浮世絵師は誰でも楽しめる様に演劇で役者が演ずる死者からの受けた印象をそのままに図像として表現した。それが足のない幽霊、どくろ、お岩提灯など浮世絵で描かれる妖怪と発展していった。「妖怪」という言葉はここ四、五十年位前から使われ出した言葉らしい。比較的新しい言葉のようだ。これは初めて知った。受講特典。能装束型の便箋と白い封筒、そして能面のバッチ。

2013年8月14日(水) 7:04 UTC+09
 何年か前に子供がゲームセンターかどこかで当てた景品だと思う。近所には松虫がいないので、声を聞くためにずっととってある。去年か一昨年に電池を替えた。かごの裏を見ると2004年と刻印してある。九年前か。中国製。

2013年8月13日(火) 9:03 UTC+09
 閾値を「しきいち」と読むのは、適切でないらしい。Facebookの書き込みで知った。言われてみれば漢字熟語の読みの基本は「音」または「訓」で統一して、そうでない場合は「湯桶読み」「重箱読み」などと称し、特別な読み方として区別している。「閾」という漢字の音読みは「いき」、訓読みは「しきい」「しきみ」である。従って漢字熟語の読みの原則から言えば、「いきち」と読まなければならない。webで調べてみる。Google検索の先頭に出てくるのは、私の大嫌いなWikipediaである。嫌いな理由は後に述べる。画像の様に『閾値の本来の読み方は「いきち」で、「しきいち」は慣用読み。「閾」の字は日本人になじみが薄く、第二次大戦後、当用漢字外とされたため、字義である「敷居(しきい)」の語を当てたものと思われる。「閾」の訓読みは「しきみ」』とある。前半もいかんが、後半がもっといけない。『字義である「敷居(しきい)」の語を当てたものと思われる』とあるが、匿名の執筆者の感想文に情報としての何の価値があると言うのだろうか。どこの馬の骨が書いたのか判らないweb上の解説文と便所の落書き(筑紫哲也)との差はどこにある。しかも「閾」の訓読みは「しきい(ゐ)」「しきみ」両方ある。元々は「しきみ」であったかもしれないが、言海に「シキヰ」と掲載されているので明治時代には「しきい」とも読んでいた。つまり、書いてあることがデタラメなのである。『「閾」の字義に「敷居」の意味があるから、漢字制限後に「しきい値」という読みを当てた』のではなく、少なくとも明治時代から「しきい」という読みはあったのだ。だからWikipediaが大嫌いなのだ。Wikipediaの創設者は、たとえ記事の中に誤謬が含まれていても匿名かつ不特定多数の善意の編集者によって自動的に修正されていくと主張しているが、殆ど注目されない記事では一旦間違いが生じると、修正される機会はない。こんなお粗末なものを百科事典と呼んでは、百科全書を発明したディドロとダランベールとが泣いておるぞ。

2013年8月13日(火) 8:01 UTC+09
 高松うどん顛末記。地方の小さな私鉄は面白い。各社はそれぞれその土地に合わせた世界を作り出している。高松琴平電鉄 片原町駅。食品スーパーとの融合駅だ。秋葉原の様に百貨店との融合駅は大都市によくある。駅ビルにスーパーマーケットが入っている場合もある。しかし平屋の食品スーパーと駅との融合は珍しい。探せば大阪にもありそうだが、初めて見た様な気がする。流石、うどん県だけあって店内ではうどんが大量に売り捌かれている。久々に切符に入鋏(にゅうきょう)してもらった。何十年ぶりだろうか。切符は自販機だが、切符改札は自動ではない。切符の裏には磁気記録面がないのだ。定期券などは電波読み取り式の自動改札である。最近の有人改札は鋏ではなく、判子が多くなっているが、ここは昔ながらである。切りくずが散乱しない様に駅員の持つ鋏にはフィルムケースが付けられていた。鋏もフィルムケースも消えつつある。片原町駅の場所http://goo.gl/maps/0S4Vy

2013年8月13日(火) 7:23 UTC+09
 高松うどん顛末記。うどんの後に甘味を食べた。娘は宇治金時。私は白玉金時アイス。室内だが、猛暑のために氷がどんどん融けていく。こちらの白玉は扁平になっている。主食のうどんよりも高い。三時に入ったが、当日の客は我々で四人目だったようだ。月曜だから当り前か。詳しい場所http://goo.gl/maps/D5Vrl

2013年8月13日(火) 7:01 UTC+09
 高松うどん顛末記。高松駅前でうどん屋が見つからない。見つけたと思ったら本日終了や臨時休業だった。暑い中見つけたのが「うどん市場 兵庫町店」。すだち冷やかけうどんの大(390円)を食べた。さっぱりして美味なり。娘は肉うどんの冷やを食べた。詳しい場所http://goo.gl/maps/llteH

2013年8月12日(月) 17:31 UTC+09
高松駅を降りれば、うどん屋が軒を連ねているとばかり思っていた。駅のすぐ近くにチェーン店らしき店が一軒あったが、わざわざ讃岐まで来てチェーン店はなかろうと思い、他の店を探した。炎天下で、探す気力はすぐ失せてしまい、とにかく見つけた店に入った。結局、「うどん市場」と言うチェーン店だった。冷やうどんを食べた。なかなか美味しい。娘は、共和のうどん屋よりも美味しいと言っていた。もう外は暑すぎる。うどんの後は、古ぼけた甘党の店でかき氷とアイスを食べて高松を出た。高松の滞在時間は丁度二時間だった。現在、播州赤穂の手前付近。

2013年8月12日(月) 10:51 UTC+09
姫路駅の便所にて。ロールを持っていかないように南京錠が掛けられている。

2013年8月12日(月) 5:51 UTC+09
今日も青春18きっぷで一日旅行。共和駅0546発。1335に高松駅着。今日中に共和駅に戻る。従って、全行程が18きっぷ一回分で2300円だ。写真に写っている手は誰か。

2013年8月11日(日) 20:35 UTC+09
立山を12時前に出て、金メダルの町「共和」に今(20:20)到着。富山駅で一時間ぐらいウロウロしていたので、大体、7時間半ぐらいかかったことになる。これから家までは歩いて40分。家に着く迄が遠足です。

2013年8月11日(日) 19:34 UTC+09
本日最大の収穫。立山砂防工事のためのトロッコが敷かれていることを知った事だ。芥川龍之介の小説の例を出すまでもなく、トロッコは全男子の憧れなのである。筈だ。

2013年8月11日(日) 14:15 UTC+09
立山駅から南富山駅まで富山地方鉄道で移動した。南富山で降りようとしてポケットを探ったら、切符がない。落とした。多分、同じポケットに入れたデジカメの電池を入れ換えた時に落ちたのだろう。Gパンのチェンジポケットに入れたつもりだったが、違っていた。もう一度990円を払うつもりで、切符を落としましたと改札に申し出たら「いいですよ」と言われた。

2013年8月11日(日) 9:02 UTC+09
富山地方鉄道列車内にて。またもや妙齢のご婦人に話しかけられた。「立山に行かれるのですか」「そうです。初めてです」「今日もええ天気ですよ。これから孫に会いに行くところです」「ほぉ、それはいいことです」これは絶対にモテ期だ。

2013年8月11日(日) 6:11 UTC+09
金沢から富山へ。日曜早朝の列車は空いとるわ。

2013年8月10日(土) 16:18 UTC+09
お化け大学校セミナー開催直前。京極夏彦が講師だからか、老若女子の比率高し。

2013年8月10日(土) 13:47 UTC+09
金沢近江町市場にて、妙齢の女性にまた、声を掛けられた。完全にモテ期だ。和菓子餅屋で菓子の写真を撮っていたら、「お兄さん、そのカメラは一枚だけでも焼き増しは幾らでもできるの」と訊かれた。デジカメだから自在ですよ、と答えた。元々、写真嫌いなので、生まれてこのかた何十年も殆どカメラを使ったことがないが、老人会で記念撮影係になってしまって困っているらしい。それで突然相談を受けたのだった。旅って面白いなぁ。金沢は涼しいわ。

2013年8月10日(土) 9:13 UTC+09
米原駅にて、妙齢の女性に声を掛けられた。モテ期に入ったか。一人旅に出ると、モテるなぁ。列車扉付近の座席に座っていたら、小さなメモ帳に書かれた漢字を指さしながら、「ここに行きますか」と尋ねてきた。メモには「長浜」とある。あぁ、この電車でいいですよ、と教えるとその女性は私の横に座った。二十代半ばの感じだ。漢字が書けるのに読めないと言うことは、中国人だなと思った。「中国人?」と聞くと、そうだと答えてきた。名古屋に住んでいると言う。一年間の工場実習に来ているらしい。ミシンを作っているとのこと。名古屋でミシンならブラザーだ。出身は上海。刺身は食べたかと聞くと、上海にも刺身があるが、日本より不味いらしい。鰻は食べたことがなく、名古屋発祥の台湾ラーメンは食べたという。会話はすべて日本語。別れ際に「ツァイツェン」と言ったら、彼女も「ツァイツェン」と返してくれた。

2013年8月10日(土) 8:13 UTC+09
今年は愛知トリエンナーレの年だ。昨日の飲み会で、ハゲが話題となった。RiUP X5は本当に髪が生えてくるとか、毎日頭を洗うと禿げるとか。五木寛之がフサフサなのは年に二回しか髪を洗わないからだと言う。洗髪が儘ならぬが故の「浮浪者に禿げなし」というのは真理らしい。この話から、浮浪者の家の話になった。少し前、名古屋市内の高速道路の高架下にはブルーシートを利用した素朴な小屋が沢山あったが、最近は撤去されてあまり見かけなくなった。トリエンナーレではよくインスタレーションが出展される。このインスタレーションでブルーシートがよく用いられるのである。前回の三年前のトリエンナーレで、街中にあった「ブルーシートのインスタレーション」は、芸術なのか『家』なのか相当悩んでしまったとのことだった。

2013年8月10日(土) 7:28 UTC+09
昨日、仲間でロシア料理を食べに行った。食卓にマトリョーシカが置いてあったので、その話題になった。マトリョーシカの起源は日本らしいという話をしたら、皆驚いた。まぁ、通常は驚くわな。海外の文献を見てみると「Fukuruma」という言葉が出てくる。日本の「Fukuruma」がマトリョーシカの起源なのだと解説してある。http://www.russiandollsandboxes.com/history.shtmlフクルマとは一体何か。起源と考えられている卵形の箱根細工の「十二たまご」は七福神の形をしたものもあったそうだ。http://www.hakone.or.jp/japan/about_hakone/tradition/tradition06.html福禄寿と達磨との合成語か。

2013年8月10日(土) 6:57 UTC+09
青春18きっぷで名古屋郊外の駅(共和駅)から金沢へ。化け大(お化け大学校)の夏期セミナーだ。改札口で駅員にハンコをもらう。私の前には二人分の改札をしてもらっているアベック(懐)、後にはリュックサックを背負ったオッサン二人がやはり二人分のハンコをもらっていた。結構、18きっぷを使う人がいるのね。

2013年8月8日(木) 6:21 UTC+09
鹿児島旅行三日目。姶良(あいら)郡湧水町。日本秘湯を守る会会員「栗野岳温泉 南洲館」。秘湯の名に相応しく、結構、山奥にある。とは言え、舗装道路があり自動車で行ける。南洲翁西郷隆盛が湯治に来たという伝説がある。まずは夕飯。鳥籠なのか虫籠なのかよく分らんが、凝っている。何か由来があるのだろうか。一日目の指宿のホテルの若い仲居さんと違って、山奥の温泉に相応しいと思われる年齢の洋服姿の仲居さんがどこから来たのか尋ねてきた。名古屋から、というと「あっ、それなら常滑、蒲郡かな」と言う。無類の競艇好きらしい。飯の後、風呂へ。ここには三種類の異なる源泉がある。【南洲館】http://www3.synapse.ne.jp/nanshuhkan/【日本秘湯を守る会】http://www.hitou.or.jp/詳しい場所http://goo.gl/maps/CtWsG

2013年8月7日(水) 6:56 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行で買ってきた普及版の台湾の国語辞典。90台湾ドル。250円位だった。氷見さんから、『氷』は日本と違うと聞いていたので、調べてみた。水に『にすい』になっている。漢和辞典によると台湾の字が本字で、『氷』は『にすい』の一点が省略された形だそうだ。『直』もちょっと違う。台湾の方はつながってしまって、しかも縦棒一本少ない。『直』が元々の字に近い形なので、台湾の方が省略されている。因みに台湾の『真』の字はこの台湾式の『直』の下に二点を加えた字になっている。意味が似通っているので、字形も同じ様になったのか。漢字は面白いね。

2013年8月6日(火) 22:13 UTC+09
 六十八年前の今日、米軍によって広島に原爆が投下された。その三日後には長崎にも投下された。非戦闘員である子供とその母親たちを含む市民数十万人が虐殺された。原爆投下は科学技術の発達、独占資本主義の発展、国際対立の激化等が重なった結果の一つだろうが、あまりにも惨過ぎる結果であった。人類にとって永遠に忘れ去ることのできない歴史である。iPhoneのアプリに新聞の一面コラムを一度に読むことができるものがある。全国紙、地方紙あわせて六十紙ぐらいの一面コラムが一度に毎日読める。本日、八月六日付けのコラムで、原爆投下を話題にしているのは二十五紙だった。このアプリで読める全国紙四紙(朝日、毎日、日経、産経)で原爆を採り上げているのは天声人語と産経抄との二紙であった。少し意外だったのが東北の地方紙八紙の内、原爆投下を話題にしていたのは、河北新報と陸奥新報の二紙であったことだ。福島民報、福島民友新聞は震災に関する話題だった。人類にとって永遠に忘れ去ることができない筈だがなぁ。

2013年8月5日(月) 18:11 UTC+09
たまたま日本橋高島屋の地下食品売り場に行ったら、大丸東京でよくお世話になったウニ屋が臨時店舗を出していた。久々に店舗責任者と話をした。大丸から撤退して良かったと言う。テナント料は高いし、なんだかんだとうるさいし、いいことがなかったそうだ。ウニの瓶詰めを買った。例のごとく、割引してもらい、かつ昆布の佃煮もおまけしてもらった。

2013年8月5日(月) 12:21 UTC+09
品川のとんかつ屋で、あえて生姜焼きを食べる。予想通り美味い。カラシが添えてあるが、これはとんかつの皿と共通で使っているからだろう。生涯で二番目にうまい生姜焼きだ。この味はどうやって出すのだろう。市販の業務用生姜焼きのタレを使えばいいのか。一番は世田谷の定食屋で食べた生姜焼きだった。味を真似ようと思い、調理の様子を見ていたが、胡麻油を使っていることしか分からなかった。

2013年8月5日(月) 10:18 UTC+09
今度の土曜日、お化け大学校のセミナーに出席する。このことを家族に話したら、小六の娘が「お化け」に反応した。「どのくらい怖いの」と聞くので、そんなんじゃないけど、一緒に行くかと尋ねると「ちょっと考える」と言っていた。青春18きっぷを使う。娘の分もこれが使えるが、30円しか得しないので、使わないだろう。セミナーは夕方から夜までなので、宿泊が必要だ。早く娘の気持ちを確かめないと。

2013年8月3日(土) 15:33 UTC+09
 麻生氏のナチス発言で思い出した。昭和十五年の皇紀二千六百年記念式典の時、近衛文麿はヒトラーの仮装をして西園寺公望に調子に乗るなと嗜められたらしい。近衛文麿は内閣総理大臣もしくは枢密院議長、西園寺公望は元老だった。この頃は、日独伊三国同盟が締結されようとしている頃で、日本はナチスドイツに傾倒していたのである。

2013年8月3日(土) 14:48 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。コンビニにあった香典袋。日本だけの風習ではないのか。水引まで同じだ。もともとは中国の風習なのか。それとも台湾の日本統治時代の名残なのか。高層マンション。日本のマンションと違うのは丸窓が多用されている所。土産物店「元祖良品」。ローマ字で「GANSO」と書いてある。元祖とか本家に弱いので、ついつい入ってしまう。中国語でも「元祖」というのか。台湾で買った国語辞典には「元祖」という用例は記載されてなかった。大修館書店の漢和辞典には「元祖(がんそ)」は純粋な日本語とあった。空港までの護送用マイクロバスに乗り込むパックツアー客。我々家族以外は免税店の袋を手にしている。欧州の空港でも見かける巨大ロレックス。そう言えば、昔はローレックスと伸ばして発音していた気がする。漢字も「労」だ。チソ(Tissot)はチソットと言っていた。ネスレも昔はネッスルだった。フランスベッドもフランスベットだった。台湾のゆるキャラの横で真似る末娘。台湾で過ごした時を名残惜しみながら、日本に戻ってきた。桃園空港http://goo.gl/maps/mkcLa【旅行シリーズを最初から見る方法】Search PostsというFacebookアプリを導入して、「台湾旅行」で検索すると記事が抽出されます。https://www.facebook.com/pages/Search-Posts-ウォール検索-Community/341257545897974

2013年8月3日(土) 13:32 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の九時半頃。松阪垣鼻町。舗装道路だが曲がりくねっているので旧街道であることがすぐ判る。巨大な精米。街道脇に突然現れたので、立ち止まって感心しながら眺めていたら、老人が「伊勢まで歩いて行くのか」と話し掛けてきた。面白い広告塔ですね、と同意を求めると、目立つ様に作ったと言う。話し掛けてきたのはこの米屋の経営者だった。詳しい場所http://goo.gl/maps/xrB9B

2013年8月3日(土) 11:34 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の九時半頃。松阪垣鼻町。信楽寺の地蔵群。貼札だらけ。名古屋大須の紙貼り地蔵はいつ行っても貼った紙が厚くなり過ぎて地蔵の原形をとどめていないが、こちらはまだ地肌が見える。仏足石。天明五年(1785)建立。信楽寺の隣にある閻魔堂。中に閻魔大王がまします。昔の子供はこう言うのを日頃から見せられて、嘘つきはいかんとか悪いことはしていかんと教えられた。自分の地元には閻魔堂は一切なかったが、嘘をつくと閻魔大王に舌を引き抜かれると言う話しは、母や祖母から聞いた。詳しい場所http://goo.gl/maps/K82bd

2013年8月3日(土) 11:05 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。姶良(あいら)市。九州は石の文化である。石橋、石塀、石蔵、磨崖仏など石造りの建造物が多い。これらを見ないと九州に行った気にならない。鹿児島の土着神である田の神(たのかみ)も石造り文化の一つである。タノカンサアとも呼ばれ親しまれている。鹿児島に行ったら、タノカンサアに会いに行かねばならぬが、観光として全く知られていないので、探すのに大変苦労した。レンタカーに装着されているカーナビは全く役に立たず、地元の寺の人にも聞いたが、結局よく分らなかった。スマートホンの地図で何とか辿り着いた。タノカンサアの所在住所は判っていたが、人口密度の低い場所らしく、スマホの地図でも検索では正確な場所を示すことができなかった。この時、判ったのは番地まで入力してもその番地の場所を示してくれないのだ。「姶良市平松1361-1」と番地まで判っていたのだが、これを入力してナビやスマホが示すのは地図上に記載されている「姶良市平松」の文字の位置を示すだけなのである。これに気付かず何度も間違った案内をされてかなり時間を浪費させられた。最終的にはスマホの地図を拡大して自動案内に頼らず目視で番地を見つけタノカンサアに辿り着いた。触田(ふれた)のタノカンサアの詳細位置http://goo.gl/maps/7uEnv

2013年8月3日(土) 10:28 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市。尚古集成館。島津藩が幕末に西洋工業技術の粋を集めて作った工場。中は撮影禁止。http://www.shuseikan.jp/about/map.html隣に薩摩切り子の工房がある。工房の様子。薩摩切り子。少々お値段が張ったので、写真のみ。詳しい場所http://goo.gl/maps/Jmu6V

2013年8月3日(土) 10:10 UTC+09
 豊橋公園(吉田城址、歩兵第十八聯隊跡)の隣にある豊橋市公会堂。豊橋祇園祭のついでに見てきた。昭和六年に豊橋市市制二十五周年を記念して建てられた。平成十二年には外装が補修されたらしい。国登録文化財。丸窓にステンドグラスが嵌め込まれている。公会堂の右脇の道を挟んだところにある喫茶店「エンゼル」。西日に照らされていい雰囲気になっていた。エンゼルの文字が昭和五十年代(1970年代)を思わせる。左上にエンゼル(キューピッド?)が矢を放とうとしている。「ン」の点がハートになっていて矢が刺さっている。ところが「ン」に刺さっている矢の方向が逆だ。何か寓意があるのだろうか。喫茶店には入らなかったが、ミックスジュースが美味そうだ。藩黌時習館址の碑。藩校の時習館はここにあったのか。碑の場所http://goo.gl/maps/dUuH6

2013年8月2日(金) 6:53 UTC+09
 麻生氏の所謂ナチス講演の全文が知りたい。既存のマスコミが発表したものではなく、できればその場にいた人の複数の聞き取り文。麻生氏の真意が知りたい。「ワイマール憲法を知らぬ間に変えた『手口を学ぶ』」では、『手口を真似る』と理解されても仕方がない。しかしそんなことを言えば、批判の的にされることは必至で、相当な間抜けでない限り、そんな発言はしない。単語の選択を間違えただけなのか、故意に語ったのか。3.11以降、日本の状況が何となくナチスが台頭してきたドイツと似ているような気がしていた。何となくである。だから歴史をもう一度読んでみようと思っていたが、すっかり忘れていた。麻生氏はいいきっかけを作ってくれた。

2013年8月2日(金) 5:38 UTC+09
 NHKスペシャルのダイオウイカを見た。画像は人類が初めて見た深海で活動するダイオウイカの姿。コンピュータグラフィックスだと最初は思った。

2013年8月1日(木) 6:34 UTC+09
 タブレットのNexus7のシステムをアップデートしたら、こんな絵がでてきた。面白いね。システムの名前が「アンドロイド」だからだけど、日本語の感覚からすると、件の絵は「ロボット」で、アンドロイドはもっと人間らしい形をしているものを指す。

2013年7月31日(水) 0:56 UTC+09
 ジブリは嫌いだが、最新作の「風立ちぬ」を末の娘と観に行った。当初、上の娘も連れてってくれと言っていたが、気まぐれだったようだ。大変良かった。とにかく絵が細かくてとても綺麗だ。草原の花々が風に吹かれてそれぞれ動いている。アニメーションを作るのに相当手間ひまがかかっていそうだ。詩的というか幻想的な作品なので、小六の娘には少し難しかったようだ。私にも難しかったが、通好みというか、「おおっ」と思わせる部分が何カ所かあった。冒頭の部分で汚穢屋らしきものが一瞬登場したので、これはジブリらしくないなと思って、期待した。暫くすると主人公が三菱重工に就職して東京から名古屋に来る場面になる。名古屋駅にはカブトビールの広告塔が立っている。カブトビールは名古屋近郊の半田というところでかって生産されていたビールだ。三菱の名古屋の工場(海が近くに描かれていたので、恐らく名古屋市港区大江町にあった三菱重工名古屋航空機製作所試作工場)で勤め出した主人公を驚かせたのは、工場で製作した飛行機を牛に曵かせて飛行場まで運んでいるということだった。映画の中で主人公はなんという前近代的なことかとため息を漏らしていたが、実際に大江工場から飛行場のあった小牧基地や各務ケ原基地まで牛車で運んでいた。トラックの振動は機体に悪影響があるので、牛車で運んでいたという説がある。終戦まで牛車を使っていたらしい。トーマス・マンの「魔の山」が出てくる。主人公と女主人公とが再会するホテルを魔の山のサナトリウムに喩える場面が出てくる。「魔の山」は長過ぎて途中読みだし、堀辰雄の「風立ちぬ」は読んだことがない。これらを読んでいれば、この映画をもっと楽しめたかもしれない。大正から終戦直後までの時代設定なので画面には旧漢字が沢山出てきた。間違いもしくは確認漏れで戦後の新字体が出てこないか注意して見ていたら、一つ見つけた。「鹽」の看板が「塩」になっていた。「塩」は戦後に作られた活字体だと思う。

2013年7月30日(火) 6:56 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市。仙巌園。御殿の裏山にかかる霧。庭から見た御殿の濡れ縁とその奥の座敷。真っ白な梅雨空。晴れていれば、桜島がそびえ立つ。手前の竿にも五月幟が掲げられている筈だった。

2013年7月29日(月) 21:21 UTC+09
 花弁の数が五枚の花はいっぱいある。桜もそうだし、写真のゼニアオイもそうだ。因みにアオイという花の名前は真夏に生まれた末娘の名前になっている。とにかく花弁が五枚の花の種類は、枚挙にいとまがない。植物が成長するときの細胞分裂は、通常は一つが二つに分かれるのだろう。だったら花びらの数も2の累乗の二枚、四枚、八枚、十六枚…になりそうだ。五枚の花びらは完全な放射状になっていて五回対称である。不思議だ。もしかして本来八枚あったのが何かの作用で三枚退化したのだろうか。そうだとしてもどういう理由で三枚なのだろう。

2013年7月29日(月) 20:21 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。宿からオンボロマイクロバスで空港に運ばれる。パックツアーなので途中に土産物屋に強制的に連れていかれた。宿の近くの商店街。電気製品や厨房機器の店が軒を連ねている。饅頭の専門店と学校用具を売る店とが並んでいる。別にあり得ん訳ではないが、何となく不釣り合い。土産物屋にあった両蒋人形。両蒋とは蒋介石とその息子のことらしい。プラスチック製のフィギュアが売っていた。コンビにあった漢字のコカコーラ。PETボトルの「可口可楽」は初めて見た。コンビニおでん。「關東煮」と漢字で書いてある。関東煮(かんとうに)は、名古屋では味噌で煮込んでいないおでん、即ち名古屋以外で一般的な「おでん」を指す。名古屋でおでんと言えば、味噌で煮込んだおでんだ。それと区別するために関東煮という。関西地区では関東煮(かんとうだき)と言うようで、おでんは田楽を指すらしい。何れにしても、導入当初、台湾人にはこの名前を見てもなんのことやらさっぱり判らんかったに違いない。最近はかなり浸透していて人気商品らしい。コンビニの様子は日本と瓜二つ。詳しい場所http://goo.gl/maps/jIqmi

2013年7月29日(月) 7:53 UTC+09
鈴木其一の朝顔。屏風絵とか襖絵を描いている途中で間違えることはないのだろうか。油絵だと重ねて塗るとか削るとか出来そうだが、日本画はどうするのだろう。それとも間違いなく大きな絵を書くから大傑作になるのか。

2013年7月28日(日) 19:25 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。西門付近。街頭の食料店。旨そうだが、腹痛を起こすといけないので、見るだけ。お決まりの間違った日本語。「マシサーヅ」と見事に「ツ」と「シ」が入れ替わっている。日本人でもこの書き分けができない人がいるから仕方がないか。詳しい場所http://goo.gl/maps/r2Fsb

2013年7月28日(日) 18:43 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の九時頃。松阪垣鼻町。小津安二郎青春館。この膝栗毛でこの前を歩いた時は、何故、小津安二郎か、と思っていたが、今は合点がいく。松阪の出身だからだ。「YASUJIRO OZU」の綴りが気になる。「ODU」の方がいいのではないか。INUZUKA、TEZUKAも気になって仕方がない。「づ」「ず」も発音が同じだが、ローマ字化するときはもとの日本語を尊重した方がいい。ヘボン式とか訓令式とか決まりがあるかもしれないが、kauphyとcoffee(笑い話)、ghotiとfish(バーナード・ショーの英語綴りの不規則性の例え)みたいにどのみち英語の綴りと発音との関係なんか無茶苦茶なものが多いので、日本語の都合で綴ればいいだろう。村上こうじ(糀)店。街道筋にはこういう現代の大規模小売店の進出とは関係のない範疇の小売店が残っている場合が多い。八百屋、魚屋などは殆ど打ちのめされている。小さな橋にも拘らず、立派な親柱が建っている。名古須川の里中橋。かっては幹線道路であったことを物語っている。詳しい場所http://goo.gl/maps/6gsBO

2013年7月28日(日) 11:06 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市。仙巌園。御殿の見学。御殿内は撮影禁止。雨でしっとりと濡れた日本庭園は格別。梅雨もまた良し。「島津雨」という言葉があるらしい。鹿児島ではお祝い事のある日に降る雨は縁起が良いとされている、と着物姿の案内の女性は説明した。慰めのつもりだったかもしれないが、庭園の鑑賞は雨の日が断然いいのだ。内庭。御殿内は撮影が駄目だが、庭は問題なし。お茶がふるまわれた。島津の紋入りのお茶菓子。ここも撮影問題なし。詳しい場所http://goo.gl/maps/csh0Z

2013年7月28日(日) 10:39 UTC+09
 吉田城の石垣刻印。祇園祭のついでに見てきた。城址内の説明看板にどの石垣にどんな刻印があるかが解説してあるのだが、刻印がなかなか見つからない。石を切り(割り)出すためのくさびの跡はよく見られる。辛うじて三枚餅、桝の刻印が見つけられた(白丸)。解説がないが、はっきりした刻印を見つけた。これは後世に彫られたものか。詳しい場所http://goo.gl/maps/ePeFS

2013年7月28日(日) 10:19 UTC+09
 豊橋の吉田城址にあった歩兵第十八聯隊の遺構。祇園祭のついでに見てきた。聯隊のコンクリート製の営門は豊橋公園の正門として、現在も使われている。営門の左に建つ哨舎(門衛が立つ所)は使われていないが、健在だ。門を入って右側に小さな倉庫がある。これも聯隊の名残である。城の西側に豊橋市役所があり、その駐車場の前には国道一号線の建設で移築された聯隊の西門が保存されている。旧本丸の濠には防空壕が何ヶ所か残っているようだが、見逃した。詳しい場所http://goo.gl/maps/b7qKN

2013年7月28日(日) 9:41 UTC+09
 毎年、土用の丑の日に桶狭間の高徳院で行われる「きゅうり加持祈祷」。弘法大師が広めた秘法らしい。一度も行ったことはない。今年は既に先週終了。小学生の頃、国語で「々」記号の使い方を習った。先生に「運動会々場」という使い方や行の先頭にこの記号を使うのは駄目です、と言われた記憶がある。

2013年7月27日(土) 9:40 UTC+09
 先日、録画しておいた日曜美術館を見た。アントニオ・ロペスの紹介だった。一遍に好きになってしまった。超写実主義は凄いわ。リンク先の本人と共に写っている絵の中心部分は非常に緻密に書かれているが、周辺部分は中心に比べると大雑把でボケた感じで描かれている。つまりこれはロペスが見たそのままを描いた結果なのである。視野の中心部分はピントが合っているので細かい所まで描ける。しかし視野の周辺部分ははっきりは見えていない。ぼやっとしている。これをそのまま絵にしているのである。写真を撮ってアトリエでそれを見ながら描くことはしないらしい。その場に必ず出向いて描く。同じ時刻、同じ天気が必要なので何度も出向いて描いていく。凄いわ。

2013年7月27日(土) 8:41 UTC+09
 豊橋市内の国道一号線上を疾走する『若い女性に大ヒット中』でお馴染みのブラックサンダー市電。豊橋には工場があるだけで、発祥も本社も東京だが、豊橋銘菓になっている。撮影日は豊橋祇園祭の初日。下は先週の豊橋祇園祭で打ち上げられた製造業者の有楽製菓提供ミュージックワイドスターマイン。一緒に行った小六の娘は家で「一番凄かったのはブラックサンダー花火」と語っていた。あまりにも沢山の花火が打ち上げられたので、今となってはどれがどれだかさっぱり分らなくなっている。打ち上げ予定時刻表と写真撮影時刻とを照合して、件の写真は恐らくブラックサンダーだと思う。花火はどれも凄かったので、娘の記憶には「ブラックサンダー提供」という場内放送しか残らなかったのだろう。来年はちゃんとスターマインコンクールの採点簿に点数を記入しながら見ることにしよう。市電の撮影場所http://goo.gl/maps/WcPl1

2013年7月27日(土) 8:06 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市。仙巌園。仙巌園名物ぢゃんぼ餅。両棒と書いて「ぢゃんぼ」と読むらしい。「リャン棒」が訛った。鹿児島弁かと思ったが、両拳(りゃんけん)は東京地域で訛って「ジャンケン」となったと言われているので、鹿児島特有ではないかもしれない。名古屋地区では死語になりつつあるが「インジャン」という。これは「石拳(いしけん)」「両拳(じゃんけん)」の複合でできた言葉だろう。ヂャンボ餅という言葉を初めて聞いた時は、口には出さなかったが、大きさで名物となった新興の菓子だと思っていた。日本語で『ジャンボ』が「大きい」という意味になったのはジャンボジェットの登場以降だろう。それ以前の日本語の「ジャンボ」はこの「両棒」の意味しかなかったのである。そう言えば、月亭可朝の「なげきのボイン」シリーズでこんなのがあった。大きいのがボインならぁ〜、小さいのはコインやでぇ〜、もっと小さいのはナインやでぇ〜。大きいのがジャンボならぁ〜、小さいのはチ…串が二本になっているから両棒。味は普通。仙巌園の赤門。『錫(すず)門』という。錫ぶきの屋根になっているらしい。この門は当主しかくぐれなかったようだ。明治時代に建てられた発電所にあった島津の紋。詳しい場所http://goo.gl/maps/lVjGp

2013年7月26日(金) 6:29 UTC+09
 iPhoneで様々な新聞の一面コラムが表示されるアプリを眺めていたら、たまたま河北新報のものに目が止まった。山豊子が直木賞を受賞した時に、井上靖が「橋は焼かれた」という言葉を贈ったらしい。http://www.kahoku.co.jp/column/syunju/20130724_01.htm「橋は焼かれた」は英語の慣用句らしく、「to burn one’s bridges」というのがあって、自分の退路を断つという意味だそうだ。http://english-fountain.blog.ocn.ne.jp/supplement/2007/09/to_burn_ones_bo_c856.htmlこの言葉で思い出したのが、下のリンクの「Schienenwolf (Rail Wolf)」だ。巨大な鉄のかぎ爪で鉄道線路の枕木を走行しながら破壊する兵器である。ドイツ軍が撤退する時に、敵に鉄道を再利用されない様、爆薬を使わず、費用を掛けずに線路を破壊していくのに使った。「橋を焼く」も「Schienenwolf」も直前まで自分が利用した物を利用直後に壊してしまうという何とも後味が悪い行為である。

2013年7月24日(水) 7:42 UTC+09
サングラスの購入検討中。試着しているのはレイバン。

2013年7月24日(水) 6:54 UTC+09
 本屋で視力回復の本が平積みになっていたので、手に取って眺めた。少しでも視力が回復する方法があれば試してみたいと常々思っている。視力訓練の一つで小さな孔(ピンホール)を開けたアイマスクを使う方法が紹介されていた。これを使うと眼鏡がなくとも、はっきり見えるとある。その原理は、リンク先と全く同じ絵で解説してあった。これはいかんわ。全くのデタラメな説明図だ。なぜ孔の部分で光が収束してレーザー光線のようになってしまうのか。これでこの本の視力回復の話しが信じられなくなった。見える様になるのは、カメラのレンズの絞りによる効果と同じである。絞りによってピントの合う範囲が広がることで、近視でも遠視でも老眼でも見えてくる。黒板の字が見えない時に目を細めるのと同じだ。絞りでピントの範囲が広がる原理はここに説明してある。http://www.avaldata.co.jp/solution_imaging/optical/Lens08/Lens08.htmlこちらには孔あきアイマスクではっきり見える理由がちゃんとした図で書かれている。説明文に多少おかしい部分はあるが。http://www.nawari.co.jp/pin/pin_genri.html

2013年7月23日(火) 0:06 UTC+09
 ジブリと最近のデズ二ーが嫌いなのだが、宮崎駿の最新作「風立ちぬ」は面白そうなので、観にいくつもりだ。断片的な情報から、結構面白のではないかと思っていたが、今朝、テレビで4分間の予告編を見て、これは観に行かねばならぬと決めた。堀越二郎、零戦設計という点で大いに惹かれた。そう言えば、中島飛行機半田製作所で戦闘機の1:1図面を引いていた方が知り合いにいたことを思い出した。その方は十数年前に鬼籍に入ってしまったが。風立ちぬを観に行くわと子供たちに話すと、小六と高三の娘たちは珍しく「父さん、連れてって」と言う。大学三年の息子もその場にいたが、無反応だった。

2013年7月22日(月) 23:45 UTC+09
 本日、我が仕舞、謡(能)の師匠である本田光洋先生と会食する機会に恵まれた。先生の話題は多岐に亘り、大変充実した時を過ごすことができた。能の話しはもとより、鉄道の話し、陶器、西洋絵画、ヨーロッパ中世の封建社会と日本の封建制との類似性、バロック音楽、俳句などなど。話題に出てきた人物は、レンブラント、ポール・デルヴォー、マグリット、エッシャー、フランク・ロイド・ライト、種田山頭火、尾崎放哉、正岡子規、寺山修司、渋沢栄一、徳川慶喜、バッハ、モーツァルト、梅原猛、若桑みどり等。御歳七十七なれど、知識欲旺盛で、常に勉強をしてらっしゃる。能の稽古も厳しい。

2013年7月22日(月) 6:27 UTC+09
 豊橋祇園祭の打上げ花火鑑賞。焼き鳥は花火会場の出店、ちらし寿司は豊橋駅の京樽で購入した。焼き鳥は、大量生産の串付き冷凍物をその場で焼いてタレをつけて売っているだけだったが、滅法美味かった。

2013年7月22日(月) 6:16 UTC+09
 豊橋祇園祭りの記念品。Tシャツと手拭。手拭が欲しかったので買った。

2013年7月22日(月) 6:02 UTC+09
 土曜日の豊橋祇園祭の打上げ花火。今年は小六の娘と二人で観に行った。良かったわぁ。程よい風が吹いていて煙が流れて花火がよく見えた。

2013年7月20日(土) 8:44 UTC+09
 ノーファインダー(カメラで被写体を確認せずに撮影する方法)だったので何が何だか分らん写真が一杯撮れた。だが、むしろ臨場感が出ている気がせんでもない。ノーファインダーの楽しみはこう言う処にあるのか。右下の写真は前列の人の頭にピントが合ってしまって、その人が携帯電話のカメラで手筒花火を撮影している様子が捉えられている。今の時代の民衆の風俗をよく表している写真となった。今日は打ち上げ花火。どんな花火が打ち上げられるか。

2013年7月20日(土) 8:19 UTC+09
 まともに撮れた一枚。地ビールの広告ポスターに使えるかも。とにかく人が多くて前列に埋まっている人の頭でうまく撮影ができなかった。持っているカメラはソニーのα200という初期の廉価版のデジタル一眼レフカメラ。これは昔のカメラと同様にファインダーから覗かないと被写体が正確に狙えない。液晶モニタは付いているが、撮影結果のみが表示されるだけで、撮影しようとしている画像は表示できない。従って、ノーファインダーつまり頭越しで撮影するために手を伸ばして当てずっぽうにシャッターを切った写真である。35mmフィルム換算で450mmの超望遠。ファインダーを覗いて撮影するよりもいい感じ。無為がいいのか。森山大道式か。ちょっと違うな。

2013年7月20日(土) 7:39 UTC+09
 豊橋祇園祭の手筒花火を見にいってきた。凄い人出だった。吉田神社本殿前での花火奉納の始まりを待つ町内の人々。神妙な面持ちで奉納の開始を待つ人。奉納の始まり。一般の見物は保安のために花火から距離が置かれている。素人カメラマンなどが勝手に保安線を乗り越えない様に町の青年団が線に沿って座り込んでいた。離れているので望遠レンズで花火を狙ったが、花火の序の口にも拘らず人が多くてうまく撮影できない。見物人の頭のてっぺんから火花が吹き出ている様な写真になってしまった。

2013年7月19日(金) 19:55 UTC+09
豊橋祇園祭の手筒花火。

2013年7月19日(金) 8:46 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時半頃。松阪愛宕町。本居宣長が好んで集めていた鈴の内、有名な駅鈴を図案化したご当地マンホール蓋。この駅鈴は20円官製葉書の図案にもなった。よく見てみると鈴に「鈴」と書いてある。本来は「驛」である。鈴に「鈴」と書く人はあまりいないだろう。桑名の鋳物屋がうろ覚えで作ったに違いない。角のたばこ屋。対面販売が残っている。旧街道ならではの時間の流れ遅延効果による。松阪天神 菅相寺の布袋像。由来不明。何故両手を上げているのか。首にかかっている瓢箪は逆さになっている。あぁ、呑んだ呑んだ、という意味か。同じく菅相寺の三猿。背中合わせ三つ巴の石像。これも由来不明。詳しい場所http://goo.gl/maps/hU5jY

2013年7月19日(金) 8:01 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市。仙巌園。仙巌園は島津家別邸の庭園。入口直ぐには島津藩が攘夷の用意のために作った大砲。ただし後世の複製。大砲を作るための反射炉跡。山神と水神。土着神は私の好きな物の一つ。バンペイユ(晩白柚)。一番でかいみかん。夏みかんより大きいと言うことは知っていたが、実物は見たことはなかった。生っていたのは、15cmぐらいあった。仙巌園http://www.senganen.jp/

2013年7月19日(金) 7:40 UTC+09
 ミランダ・カーの白紐ビキニが眩しいテレビCM。まさにオッサン好み。朝っぱらから放映されていた。http://www.samantha.co.jp/special/2013/miranda2013/#cmサマンサ・タバサという名前は、往年のアメリカ製TVドラマ「奥様は魔女」の主人公の名前「サマンサ」とその娘「タバサ」が由来だと思うが、どうなんだろう。

2013年7月19日(金) 7:03 UTC+09
 愛用の折り畳み傘が突然壊れた。風で骨が折れたのではなく、知らぬ間に骨の関節部分が折れていた。折り畳み傘だけど、ジャンプ式で取っ手のボタンを押すと開き、もう一度押すと閉じるようになっていた。四年ぐらい前に買った。使用頻度からすれば、壊れるのが早い様な気がする。ジャンプ式が気に入っているので、また同じメーカの物が買いたい。折れた箇所は力がかかる部分なので、壊れ易いことは分っている筈なのにそれなりの対策をしている様に見えない。しかし同じメーカの傘を買おうと思ってしまっている。四年経っているので改良されているかもしれない。壊れた傘はなんとか使えるので置き傘にしよう。http://www.knirps.com/en/

2013年7月17日(水) 19:24 UTC+09
 エチケットブラシをAmazonで見つけた。40年ぐらい前、実家にあったものだ。まだあったのかと思い、買った。調べてみると48年間一切デザインを変えていないと言う。究極の工業製品だ。何一つ無駄なし。http://www.nipponseal.co.jp/products.html

2013年7月17日(水) 6:24 UTC+09
 ボーズ・スピーカのボーズ博士が死んだ。83歳。学生時代に初めてアルバイトで金を貯めて買ったスピーカがBOSE101だった。まぁ、このスピーカ自体はボーズの名前だが、日本で開発されたものだ。それを知ったのは数年前だった。購入から30年経ったこのスピーカは、現在も我が家で鳴り続けている。

2013年7月14日(日) 21:05 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。西門付近。百貨店内。「新品上市」とある。日本語で言えば「新発売」だろうか。数年前から日本国内で「上市(じょうし)」という言葉を聞くようになった。商品を市場に送り出す意味もしくは英語の「on the market」の訳語として使われているのだが、語源がよく分らなかった。そのような日本語は今迄なかったと思う。中国語のようだ。もしかしたら中国語でもなく「市場の上」という初歩的な誤訳から生まれた言葉かもしれない。茶碗売り場。日本的な雰囲気だと思ったら、茶碗は日本製のようだ。ちょっと古めの日本の百貨店と同じ雰囲気。遠東百貨店の場所http://goo.gl/maps/z74KO

2013年7月14日(日) 20:13 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時半頃。松阪本町。伊勢街道より一本奥に入った道筋。商家の街並が残っている。玄関先の国旗掲揚もしくは提灯などを吊るす器具か。何かモダンな形をしている。アールヌーボーかも。史跡を示す石柱。あと百年は経たないと味は出ないなぁ。詳しい場所http://goo.gl/maps/VAHvo

2013年7月14日(日) 7:50 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市城山。鹿児島城。西郷隆盛の私学校跡の隣には鹿児島城址がある。城の形から「鶴丸城」と呼ばれる。島津藩は江戸幕府支配下当初から城に天守閣を造らなかったそうである。その代り島津藩領地内には外城という出張所のような支配機構をいくつも作り、そこに定住させた武士に分担支配させていた。知覧の武家屋敷郡はその一つだった。城址の石垣にも弾痕らしき凹みが見受けられる。枡形になている大手門の内側の石垣にも弾痕らしき凹みが沢山ある。一体これは何なのか。西南の役の時のものだろうか。詳しい場所http://goo.gl/maps/K76mA

2013年7月14日(日) 7:00 UTC+09
 小六の末の娘が「トイレに蜂がいる」と言ってきた。見にいくとベンジョバチではないか。久々に見た。汲取式の便所にはよくいたが、最近は汲取式の便所自体が激減しているので、ベンジョバチも便所でとんと見かけなくなった。本名は「コウカアブ」と言うらしい。

2013年7月13日(土) 17:27 UTC+09
 心地よ過ぎて『人間を駄目にする』と評判のクッションを買った。太い部分に座ると中の小さなビーズが細くなった部分に押し出されて硬くなり、うまく背もたれになって座椅子のようになる。丁度いい具合になるにはちょっとコツが要る。使い始めて間がないので、まだ廃人の域までは達していない。

2013年7月13日(土) 16:43 UTC+09
 高三の娘の女友達が、最近、公園に棲みだした浮浪者と友達になってしまったらしい。ある日、その浮浪者が彼女を見て天皇陛下の様に手を振ってきたので、思わず振り返したところ、見かけては挨拶するようになったようだ。娘は、危ないから気を付けなさいと忠告しているらしいが、女友達は気になって仕方がないようだ。夜などは公園で、月明かりを使って本を読んでいると言うことだ。

2013年7月12日(金) 18:46 UTC+09
古戦場に立てられている花崗岩の石柱には「伝説地」の文字は小さく浅く目立たぬように彫られているが、この写真の駅の案内看板には躊躇無しにはっきり書いてある。真偽はどちらでもよくなったのかなぁ。ちょっとがっかり。

2013年7月12日(金) 18:08 UTC+09
車検だ。11年目である。ディーラーからダイレクトメールが来ていたが、単なる車検の案内だと思って放ったらかしにしておいた。車検期限が一ヶ月を切ったので、そろそろお願いするかと思い、念のために件の手紙の封を開けた。なんと中に「車検早割5000円クーポン」が入っているではないか。車検一ヶ月前に予約を入れれば、5000円引きらしい。後の祭りもいいとこ。駄目元で、ディーラーに相談したら、何とかしましょう、ということになった。そりゃそうだ。車検代を見積もってもらったら、諸経費込みで35万円だでね。

2013年7月11日(木) 21:19 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市城山。西郷隆盛が作った私学校跡。ここから西南の役が始まった。石垣(石塀)には、政府軍の攻撃の凄まじさを伝える弾痕が残っている。それにしても政府軍をどこを狙って鉄砲を撃っていたのか。詳しい場所http://goo.gl/maps/oMTji

2013年7月11日(木) 20:14 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市城山。西郷隆盛終焉の地から西郷洞窟に戻ってきた。洞窟の近くに土産物屋がある。そこに入る。屋久杉製の神棚。二十万、三十万する。一体誰がここで買うのか。楽しいお土産もので一杯の店内。店内の一角には西南戦争や西郷隆盛の写真がいっぱい展示してあった。これらは全部撮影禁止。見るのは自由。写真を眺めていると土産物屋のオバちゃんが、写真の解説をしてくれる。この土産物屋は,店内に掲げてある写真が満載の書籍を発行し、販売している。手に取ってめくってみると面白そうだ。ISBNが記載されていないので、一般の書店やAmazonでは取り扱われていない。ここでしか買えない本だ。十分買う価値あり。肥後評論社刊「激闘田原坂秘録」1575円也。詳しい場所http://goo.gl/maps/sxAtH

2013年7月11日(木) 0:15 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市城山。五日間籠城した洞窟を出た西郷隆盛は山を下りる途中に大腿部に銃弾を受けた。最早これ迄と覚った西郷はこの地で自決したと伝えられている。勝手に参加したボランティア一行と共に西郷隆盛終焉の地を訪れる。ボランティアさんの話しによると、政府軍が西郷隆盛の検死を行った時、介錯後の胴体しかなく、首は行方不明になっていたらしい。歴史上の悲劇の有名人の最期によくありがちな話しだと思った。実は死体は身代りで、本人はどこかで生き延びていたというのがある。ヒットラー南米逃亡説、義経ジンギスカン説など。首なし西郷隆盛の検死を行った山県有朋は、その遺体の陰嚢の大きさから西郷に間違いなし、としたそうである。西郷隆盛がフィラリアに罹患して大金玉になっていたのは有名だったらしい。西郷の検死をもって西南の役は終わった。詳しい場所http://goo.gl/maps/OzAzo

2013年7月10日(水) 20:54 UTC+09
 先日の七夕で思ったこと。宇宙には果てがなく、星も無限個あるとすると夜空は暗くならず昼間のように明るい筈だ、というのは「オルバースの逆理」である。「星の数ほど」と言うが、とにかく宇宙が無限に広がり星も至る所に無限にあると全天が星の光で埋め尽くされることになるので、夜空は真っ暗にならずに明るくなる。従って星の数は有限である。こんな簡単な推論で、いとも簡単に宇宙に果てがあると結論付けられるのは何とも面白い。宇宙空間が無限に広がっていても、星の数が有限ならば星がない所を「果て」といってもいいだろう。果たしてこの推論のどこにも落とし穴はないのだろうか。星の数が無限にあると仮定したら、必ず夜空は明るくなるのか。星の数が無限でも夜空が真っ暗になる条件はないだろうか。星が無限個あるとしても番号は付けられるだろう。自然数は無限個あるが、「n番目」と番号が付けられる。太陽を1番としよう。そして地球に近い恒星から番号を付けていく。地球からn番目の恒星はn番星だ。nはいくらでも大きくできるから、星の数は無限である。奇数番の星が寿命尽きて光らなくなったとすると、隙間ができるのではないか。つまり宇宙空間での星の並び方次第で、いくら星の数が無限にあっても隙間ができそうだ。逆に星が宇宙空間にぎっしり詰め込まれた状態でないとオルバースの逆理は成り立たないのではないか。「オルバースの逆理」の逆理の発見か。

2013年7月10日(水) 19:45 UTC+09
かなり古いけど、日本のアホなテレビCM集。「あと、何秒ぐらい?」

2013年7月10日(水) 5:51 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市城山。西南の役の終盤、政府軍に追いつめられた西郷隆盛は、この城山の洞窟に籠城したらしい。通称、西郷南洲洞窟と言う。五日間、この洞窟で過ごした西郷は、死を決してこの洞窟から出て山をゆっくり降りていった。その経路通りに歩きながら説明をしている観光ボランティアの一行がいたので、我々はそれに勝手に加わった。西郷が下った道の途中には、西郷洞窟に似た洞窟が何ヶ所かあった。ボランティアさんによるとこれは先の戦時中の防空壕らしい。城山を抜ける鹿児島本線のトンネルの出口に「敬天愛人」という西郷隆盛がよく口にしたと言われている銘が刻まれている。西郷本人が揮毫した書、のはず。昔のトンネルにはよくこういう気の利いた銘が彫られている。詳しい場所http://goo.gl/maps/EvjYB

2013年7月7日(日) 18:41 UTC+09
 キリギリスがもう鳴いていた。

2013年7月7日(日) 11:46 UTC+09
 このニュースで宣伝になっとるなぁ。インターネットの記事では自動広告表示で、件のテレビが表示されとる。インターネットは連鎖的な宣伝効果がある。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130707-00000006-asahi-soci

2013年7月7日(日) 9:42 UTC+09
 小学生の頃、替え歌がはやった。七夕の歌も替え歌になっていた。http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/tanabata.html笹の葉 さーらさらナイロンパンツ 透き通るそれを見た ・・・ここで言う「パンツ」というのは、下着の意味である。当時、ズボンの意味で「パンツ」と言うことはなかった。子供に大人気だったドリフターズのギャグに象徴されるように、子供はシモの単語が大好きである。「パンツ」はその代表格だ。その言葉に「ナイロン」を組み合わせたのはどういう意図か。さらさらの連想からナイロンか。

2013年7月7日(日) 9:16 UTC+09
 今日は七夕。江戸時代の随筆集の耳袋に「漢土にていふ七夕之事」と題された文章がある。 南アメリカ洲の中に、アマサウネンといふ所あり。アマサウネンにて天河(あまのかわ)といふ事也とぞ。此(この)山に女ばかり住む所あり。一年に一度づゝ男に逢ふと言ふ。其外の時に男来れば竹鑓を持て防て入れずと言。「これ漢土にいひ伝ひし七夕の事ならんか」と、紅毛通詞もの語のよし、崎陽へ至りし人の語りぬ。紅毛通詞とはオランダ通詞のことで、オランダ人との通訳に当たる職の者のことをいう。崎陽とは長崎のことである。アマサウネンとはアマゾン川のことで、女ばかりが住んでいるというのはアマゾネスのことだ。オランダ人が中国の七夕の話からアマゾネス伝説を連想するというのは何とも凄い話である。言われてみれば、大きな河や一年に一度男と逢うというのは七夕とよく似ている。

2013年7月7日(日) 8:56 UTC+09
 鹿児島旅行三日目。鹿児島市内観光。ビジネスホテルの朝食。美味し。宿泊料は安いし、朝飯も美味い。流石、7年連続ホテル宿泊客満足度No.1受賞。モンドセレクションの様な乱発気味の賞ではないだろうなぁ。https://www.richmondhotel.jp/西郷洞窟を見学するために、照国神社の駐車場に自動車を停める。照国神社は島津斉彬を祀る神社である。石段に火山灰。斉彬の銅像。鹿児島市内には至る所に銅像が立っている。鹿児島市民は銅像好きらしい。いくら銅像好きでも、御神体の銅像は変だと考えたのだろうか、斉彬の銅像は神社の直ぐ脇だが、境内の外に建立されている。詳しい場所http://goo.gl/maps/9qx7M

2013年7月7日(日) 8:26 UTC+09
 「人間を駄目にするクッション」を買いに行ったら、店舗の駐車場にカッコいい自動車が停まっていた。日産のダットサン フェアレディー2000。フェアレディーZの先代にあたる。

2013年7月6日(土) 10:03 UTC+09
 やってまった。購入して家にあるDVDをレンタルしてしまった。レンタル料金は100円足らずだから経済的には大したことではないが、精神的に結構きた。もう一度観たいと思って借りたから、まだ救われるが、観たことがないと思っていたらもうおしまいかもしれない。本を買ってきて、面白いので夢中で読み終え、ふと、部屋の本棚を見ると同じ本があった、という経験はまだないが、その内そうなるのだろう。

2013年7月6日(土) 9:17 UTC+09
 鹿児島旅行の第二日目の移動経路。指宿→知覧→鹿児島市。

2013年7月6日(土) 8:55 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時頃。松阪魚町。街道脇にある松阪出身の本居宣長からくり人形。動く様子なし。鯛屋旅館。今度訪れた時にはここに泊まろう。和歌山街道と伊勢街道との追分に立つ道標。濁点の使用、「左」の漢字の旁が「ヒ」ではなく「エ」になっている点等から建立は、江戸のかなり末期か明治以降だろう。ただし、後藤式道標建立年代判別法による。糀屋。虫籠(むしこ)格子が街道の雰囲気を醸し出している。糀屋だけに醸しは得意か。消えつつある旧家。エアコンの室外機が不釣り合い。本居宣長の旧宅跡。十二歳から死ぬ迄の六十年間ここで暮らしていたらしい。詳しい場所http://goo.gl/maps/dOW7b

2013年7月6日(土) 8:00 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。小南門付近。台北名物檳榔(びんろう)屋。看板は「檳榔」と大きく書いてあるが、鳥かごばかり置いてあった。檳榔屋は廃業したのか。横断歩道橋。歩道橋なんて日本だけにある障害者無視の施設だと思っていた。日本で、いや恐らく世界で初めての歩道橋は自動車最優先横断歩道での停止無用の愛知県で出現した。情けない限りである。地下鉄の駅。未来都市みたい。横浜のみなとみらい線の駅もこんな感じだった様な気がする。台湾の戦争英雄会館。大砲が置いてあった。【台北国軍英雄館】http://goo.gl/maps/j0ncl

2013年7月6日(土) 7:12 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。知覧から鹿児島市内へ。宿泊先のビジネスホテルにレンタカーを置いて夕飯を食べに行く。ぽつぽつと雨が降りかけている中、知覧特攻平和会館の知人に教えてもらった呑み屋を探しにアーケード街を歩く。途中、「あーっ、ここ、ここ。見つけたぁ」と叫びながら小走りする二人組の若い女性とすれ違った。振り返ると和菓子屋に入って行った。相当有名な店だと思って、我々も入った。鹿児島名物の「かるかん」がある。元祖らしい。名物の元祖は沢山あると相場が決まっているので、ここも数ある中の一つだろう。いずれは土産物として買うつもりだったので、ここで買っておいた。かるかんは「軽羹」と書くらしい。初めて知った。幼少の頃、「猫まっしぐらのカルカン」の方を先に知ったので、外来語の印象があった。また「かるかん」は餡が入ってないものを指し、餡が入っているものは「かるかんまんじゅう」と呼ぶらしい。これも初めて知った。呑み屋に行く前に、白熊という名の巨大なかき氷を出す店を尋ねた。鹿児島の若者は全員「白熊」を知っているらしい。店の前で記念撮影だけをして呑み屋に向かう。刺身とさつま揚げ。仕上げは鹿児島ラーメン。ラードたっぷり。【かるかん 明石屋】http://goo.gl/maps/RMHnR【白熊 天文館むじゃき】http://goo.gl/maps/ls3wh【居酒屋 朝次郎】http://goo.gl/maps/ZN9Cv【鹿児島ラーメン 柿の木】http://goo.gl/maps/qOJga

2013年7月6日(土) 5:50 UTC+09
前田敦子に似とるなぁ。なかなか面白いミュージックビデオ。シュープリームスとデビット・リンチの組み合わせらしい。なるほどのぉ。

2013年7月5日(金) 6:18 UTC+09
 映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』をDVDで観た。沖縄海戦での特攻場面は非常によくできていた。CGとは思えない。映画自体は、沢山の話しが詰め込まれ過ぎており、私としては消化不良になってしまった。出撃した多くの隊員の話しを二時間の映画にまとめるのは難しい。現代の物質的に豊かな日本を享受できる状態に至る過程には知覧の特別攻撃隊の悲劇があったことを忘れてはならぬだろう。しかし先人の悲劇は特攻だけではない。さまざまな歴史の上に現代が成り立っているので、これだけを特別視するのは偏りであり、勉強不足ということになるだろう。さて、題名にある『君』とは誰か。この台詞は映画では出てこない。映画の視点は、出撃を見送る特攻の母をはじめとする女性からのものなので、散りに行く特攻隊員は彼女達にこの言葉を残すという雰囲気を醸し出すための女性視点の題名だろう。

2013年7月3日(水) 6:28 UTC+09
 気持ちがよ過ぎて「人を駄目にする」クッションの存在をfacebookで知った。寝ころんでDVDの映画を観る時に最適だ。http://www.muji.net/store/cmdty/detail/4934761049182facebookで紹介されていたのは無印良品のものだ。近所の家具屋に見に行ったら、座椅子に近い形のものを見付けた。これも良さそう。それにしても単なるクッションで1万円は高いなぁ。どうしよう。

2013年7月3日(水) 5:50 UTC+09
 5月下旬にパソコンのハードディスクを間違えて消して以来、Windowsを入れ直さず、無料のOSであるLinuxを入れて使っていた。用途は、インターネットを閲覧するぐらいなので、全く問題はなく、むしろLinuxの方が軽快で使い易い。ウィルスの心配もないのでウィルスソフトによる処理速度の低下もない。しかし娘に「iTunesはどうなったの」と言われた。すっかり忘れていた。iTunesにはLinux版はない。LinuxにWindowsのソフトを動かす機能を導入することができる。試してみたが、iTunesはうまく動作してくれない。諦めてWindowsをインストールすることにした。Linuxも捨て難いので、一台のパソコンでLinux、Windowsのどちらも起動するようにした。写真はPCの電源を入れた時に最初に表示される画面である。この画面のまま数秒放置すると一番上に表示されているLinuxが起動する。Windowsを動かしたい時はカーソルを一番下にしてenterを押す。

2013年7月3日(水) 3:06 UTC+09
 近所の道端の小さな木に一つだけなっていた桃。大きさは4cmぐらい。今朝はまだあったが、夕方見たらもうなかった。

2013年7月2日(火) 7:13 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。知覧特攻平和会館。http://www.chiran-tokkou.jp/floor/index.htmlここには私の趣味の一つである産業遺産発掘の仲間が勤めている。ここを訪れた目的の一つにその彼に久々に会うというのもあった。産業遺跡と言っても彼の場合は、太平洋戦争時の軍事施設に特化している。もともとはシステムエンジニアをやっていたが、趣味が嵩じて、戦争遺産の調査が思う存分できるこの平和会館に転職した。施設内を彼にくまなく案内してもらい、帰りには知覧茶のお土産までも戴いた。更に当日の鹿児島市内のお薦めの夕食店も紹介してもらった。事前に特攻隊の映画で涙腺を鍛えておいたので、号泣には至らなかったが、遺書を読んでいると目頭が熱くなる。限界を超えると涙が止まらなくなるかもしれなかったので、大抵は途中で読むのを止めてしまった。まだ赤ん坊の末の息子に宛てた遺書があった。遺書の封筒には、分別が付くようになった頃に知らせなさい、とあるが、そのお子さんは父親が沖縄の海に散った直ぐ後に亡くなってしまったらしい。たとえそれがその子の運命だとしても、戦争さえなければ、最後を看取れた筈である。何という悲劇か。http://www.chiran-tokkou.jp/learn/pilots/pilots001/index.html三角兵舎。出撃前の隊員の兵舎を復元したもの。海から引き上げられたジュラルミン製の戦闘機の機体。明治維新から70年足らずで当時世界最高水準の戦闘機を造り上げてしまうのだから、日本の工業力は凄いと言えば凄い。

2013年7月2日(火) 6:21 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時頃。松阪本町。簡易郵便局か。旧街道によく見られる廃店舗温室。店を廃業した後、ガラス張りの店舗を温室として再利用される。大抵、蘭や菊が栽培されている。松阪商人の代表格、三井家発祥の地の碑。小さな牛銀。松阪で牛銀と言えば牛肉料理の高級店。左右対称の店舗は大正から昭和初期にかけての形式か。和田金。こちらも牛肉の高級店。前を通過するだけ。肘折橋跡。めでたい時には渡らない方がいいと言う迷信があったらしいが、通ってきた。詳しい場所http://goo.gl/maps/xb7NH

2013年6月30日(日) 19:22 UTC+09
 現代口語で演ぜられるスーパー能の紹介の中で能楽師の梅若師が「今後百年間で、日本語がどのように変化していくかを考えないと能楽は生き残れないかもしれない」という様なことを言っていた。今の政治家で「国家百年の大計(「たいけい」で変換できない。Macはだめだのぉ)」を口にするものはいるのか。参院選は気が滅入るなぁ。

2013年6月30日(日) 19:09 UTC+09
 家で咲いた仙人掌の花と睡蓮の花。仙人掌の花は数年前に実家から持ってきたもので、今年初めて咲いた。

2013年6月30日(日) 18:25 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。知覧武家屋敷群。 特攻平和会館の前に知覧武家屋敷を見に行った。かっての薩摩藩士の家並みが残されている。一般の民家として人が住んでいるが、一部の屋敷では庭園などを公開している。見学料金500円。庭園は殆どが枯山水。見頃を少し過ぎていたが、さつきが見事だった。右下段の長細い手水鉢は槍を洗うための鉢とのこと。濡れ縁に立っている当主なのか単なる説明員の方なのか分らないが、その方からの話し。尋ねると「何だと思いますか」と逆に聞かれた。馬の水飲み場、と言うと皆さんよくそうおっしゃいますと言われた。武家屋敷群の位置http://goo.gl/maps/O13Pl

2013年6月30日(日) 12:10 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。知覧へ。 知覧町は、かって戦時中に陸軍特別攻撃隊基地があったことで全国的に有名である。お茶の名産地でもある。愛知県にも特攻基地はあった。知多半島の尖端に、人間魚雷『回天』と爆弾ボート『震洋』の海軍特別攻撃隊基地の二つがあった。回天基地は、近年、土地造成により埋没し消滅してしまったが、震洋基地は未だに人知れず残っている。これら基地は当時完成していたが、兵器は配備されずに終戦を迎えた。一方、知覧からは沖縄戦に向けて飛び立ち散っていった数多くの若い命がある。これを後世に伝えるために平和会館が建てられた。二日目の主な目的はここだ。まずは平和会館に行く前に腹ごしらえである。知覧でランチだ。富屋食堂。ここは食堂としては機能していない。当時、特攻隊員が女将を母親と慕って通った食堂を復元したものである。現在、当時の食堂は旅館に営業形態を変えている。当初、この旅行の二日目の宿はこの富屋旅館の予定であったが、団体予約が入っていると言う情報から「うるさいのはかなわん」という仲間の意見で鹿児島市内に変更になった。特攻の母が観音となって祀られている。石原慎太郎が製作総指揮した映画『俺は、君のためにこそ死ににいく』のロケ地記念碑。2007年公開。こんな映画があることは知らなかった。この場合の『君』はどちらの意味か。記念碑の裏にある食堂で昼飯を摂る。料理が出てくる迄、映画の紹介版を見る。平和会館には特攻隊員の遺品や遺書が数多く展示されている筈だ。これらは涙なしには読むことはできない。人前で泣いてしまうのは恰好悪いので、加齢によって緩んだ涙腺を映画である程度慣らしておく必要がある。いかん。たかが映画だが、泣けてきた。これでは平和会館では号泣になってしまう。どうするか。料理の名前は失念してしまったが、美味かった。郷土料理で、赤飯のように祝い事のあるときに出てくるご飯だということだった。食堂の詳しい位置http://goo.gl/maps/iGxO4

2013年6月30日(日) 10:22 UTC+09
 昨日は29日だったので、近所の青空市の「九の市」に行ってきた。いつもより人出と出店数が少なく、閑散としていた。魚屋でまた、生もずくを買った。魚の卵が欲しかったが、売っていなかった。イカの塩辛も作ってみたかったのでイカを買おうと一瞬思ったが、どれを買っていいの分らなかったので、止めた。もずくのオマケに乳酸菌飲料二本も入れてくれた。500g500円。あと、冷めても美味いと評判のみたらし団子(一本70円)を並んで買って家に戻った。早速、もずく酢を作る。前回の失敗から今度は砂糖を多めに入れようと思い、砂糖壺を見ると砂糖が全くない。台所の棚を探したら黒砂糖があった。未開封だが、賞味期限が数年前に切れている。砂糖に賞味期限があるものか、と思いながら開封して、鹿児島旅行で買ってきた黒酢に溶かした。結構、美味い。

2013年6月30日(日) 9:42 UTC+09
 33年前に製造されたリッカー製の電子レンジ。リッカー社は既に消滅しているが、製品は我が家で現役である。このレンジは妻の実家で使っていたものだ。結婚したての頃に、新品の電子レンジを買ったが、6年ぐらいで壊れてしまった。そこで、妻の実家で買い替えて余っていたレンジを貰ってきた。数ヶ月前にタイマーつまみが壊れた。壊れたと言うより、割れてしまって完全にバカになってしまっていた。他は何ともないが、数年前から樹脂製のつまみだけが割れて、修理補強しながら使っていたが、とうとう補強不能の限界に達した。ラジオペンチを使ってタイマー軸を回していたが、不便だし、格好悪い。買い替えるのも、つまみだけの問題なので、何だか馬鹿らしい。インターネットで部品を探した。『電子レンジ つまみ』という検索語句では見つからない。「酒のつまみ」ばかり出てくる。『電子レンジ タイマーつまみ』で出てきたが、部品探しで困っている人の同じ悩みばかりで、部品を扱っている店に辿り着けない。調べている内にこのレンジの機械式タイマーの軸の太さは、直径が6mmで断面がローマ字の「D」になっていて、これは工業規格であることが判ってきた。電気電子部品屋にはこの軸に当てはまるつまみが色々あることが判ったので、つまみ自体が大きめのものを購入した。300円弱。見事にはまったが、矢印の向きが逆になってしまった。慣れれば問題なし。

2013年6月29日(土) 8:29 UTC+09
 養老町の星。完成された芸。素人とは思えない。探偵!ナイトスクープで発掘されたらしい。アナ「中学校から野球一筋です。今日は歌のホームランを狙います」幸ちゃん「十八番。いいわけ」アナ「野球やっててよかったこと?」幸ちゃん「根性がついたこと」アナ「そうですね」13秒頃、歌い出し直前に顔の表情がガラッと変わる。アナウンサーとのやり取りも含めて全てが計算され尽くされた芸。

2013年6月29日(土) 8:10 UTC+09
大好きな曲。小さな宝石みたいな曲だわ。http://youtu.be/C0Z8K4vNqyA

2013年6月28日(金) 6:38 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。JRで最南端にある西大山駅。最南端と言うことだけ。かっては日本最南端の駅と書かれていたようだが、沖縄から「沖縄にはモノレールの駅がある」と言われて「JR最南端」になったそうだ。薩摩富士の開聞岳には相変わらず雲がかかっている。幸せを呼ぶ黄色いポスト。詳しい場所http://goo.gl/maps/xXQ24

2013年6月27日(木) 7:16 UTC+09
 録画してあったETV特集を見た。「スーパー能」。梅原猛が原作を作った現代口語による新作能ができあがるまでの話しだった。スーパー能は現代語なので、内容が分り易い。能自体の内容は番組では部分的にしか紹介されてないが、原作が優れていそうなので面白そうだ。これで能の人気が高まるといいなぁ。

2013年6月26日(水) 7:11 UTC+09
この度は、化け大先行予約、金沢能楽美術館にて行われる化け大共催イベントにご応募いただきありがとうございました。抽選の結果、ご当選となりましたので、改めて詳細をご案内させて頂きます。当日は、化け大の学生証(第4期2012年度学生証)と、学籍番号&ニックネームをメモしてお持ちください。↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑化け大の催しの抽選に当たった。8/10は金沢だ。◆第一部京極夏彦 特別講演会「絵画・芸能・妖怪」【日程】8月10日(土)【時間】16:00開場 16:30開演 17:30終演予定【会場】金沢能楽美術館 3階研修室【講師】京極夏彦【要観覧料】一般300円のところ、化け大生は学生証の提示で250円に!◆第二部金沢能楽美術館ナイトミュージアム「能楽、その妖しく幽けき世界」〜『怪』×『幽』×お化け大学校 presents〜【日程】8月10日(土)【時間】18:15開場 18:30開演 20:00終演予定【会場】金沢能楽美術館 1階【出演】(1)朗読:京極夏彦×能管:吉野晴夫(金沢能楽美術館館長 森田流笛方)    (2)トークショー 京極夏彦、郡司聡、東雅夫【参加費】2000円(観覧料含む)【化け大生特典】第二部受付での学生証の提示で「能楽美術館オリジナルバッジ」がもらえます!

2013年6月25日(火) 8:02 UTC+09
手のひらの所々が痒い。皮膚の表面は何ともないが、皮膚の内部に粒状のものができていてそれが痒い。掻いても皮膚の下なので、収まらない。まさに隔靴掻痒の状態。一体何なのか考えた。日曜日に風呂場のカビ掃除をした。薬液散布時、素手で行った。散布し終わった頃には手のひらがヌルヌルになるぐらい薬液が付着していた。よく手を洗ったが、効能通り、薬液は皮膚を浸透していたに違いない。真皮が炎症を起こしているのだろう。皆さん、気を付けて下さい。

2013年6月24日(月) 22:20 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。三水街。日本統治時代から続いている市場らしい。鶏などそのままで売っているので、娘たちは結構、面食らっていた。臭いも凄かった。臭いと売っている物とが日本と若干違うだけだった。詳しい場所http://goo.gl/maps/93zKH

2013年6月22日(土) 23:34 UTC+09
 二ヶ月ぐらい前に家の近所で見つけた地面に設置してある太陽電池パネル。Google地図の航空写真を見てみると駐車場になっていた。駐車場に太陽電池を設置した理由は何か。何かの実験か。個人的な趣味か。下が土なので、雨で泥が跳ね返り、受光面が汚れたり、水たまりができて故障し易くなるのではないかと心配になってくる。やはり耐久試験か品質試験なのだろうか。だとしたら何故こんな住宅街の真ん中でなのだろう。詳しい設置場所http://goo.gl/maps/sVTfl

2013年6月22日(土) 23:10 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。九州電力 山川地熱発電所。http://www.kyuden.co.jp/effort_geothermal_t_yamagawa.htmlこの時間の見学者は我々のみ。最初に15分程度の発電所紹介映像を見る。地熱発電所の紹介だが、原子力発電所の紹介も出てくる。地熱発電は、地中のマグマの熱を利用、原子力は地中に眠るウランを掘り出して利用、という強引な共通点を頼りに説明をつなげている。地熱発電所だけど、同じ大きさの原子力発電の説明板が置いてある。写真で比べると原子力発電の方が目立つ。若い女性による発電施設の説明。当日は補修日だったので、発電施設を直接見ることができなかった。指宿の辺りはそこら中で温泉が出るのだから、もっと地熱発電所を沢山作ればいいのにと素人は考えてしまうが、そうはいかないのだろうか。単純に考えても一度温泉を掘り当てれば、燃料が全くいらないのだから、原子力よりも決定的に電力単価は安くなるのではないか。ただし、地熱を運ぶ温泉管は直ぐカスが溜まるらしい。定期的に掃除をしないかんようだ。

2013年6月22日(土) 20:20 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。薩摩長崎鼻に立ち並ぶの土産物屋の一つの店内。薩摩焼酎の一升瓶が大量に並んでいた。土産物屋の主人によると、酒税法か条例かで土産物屋は一升瓶の焼酎が置けないらしい。自分の店は酒屋で登録しているので一升瓶が売れる、という様なことを言っていた。酒に弱いので、買わずに写真だけ撮ってきた。鹿児島は鰹節の本場だと聞いた。鰹節屋を探すのは大変だと思い、ここで購入する。会計の際、主人にこの後はどこを回るのかと聞かれた。「地熱発電所の見学に行きますわ」と答えると、そういう関係の仕事なのかと言われた。長崎鼻は電力会社研修旅行コースの一部になっているのだろうか。主人からは、あの発電所は少人数の見学でもちゃんと係員が説明してくれるので観光にはいい場所だ、と推奨してくれた。http://www.kyuden.co.jp/effort_geothermal_t_yamagawa.htmlこの会話が後で重要な役目を果たした。長崎鼻を出て、地熱発電所の九州電力 山川発電所に向かった。発電所に着いた時に、さっきの土産物屋で傘を忘れたことに気付いた。そのことを仲間に告げ、発電所の見学の後、取りに戻ることにした。それ程距離は離れてないが、時間の無駄になるのを悔やんだ。発電所の前の駐車場にレンタカーを停めて、発電所の玄関に入ろうとした時、一台の白いBMWが駐車場に入ってきた。運転席の女性がニコニコしながらこちらを見ている。女性はさっきの土産物屋の若奥さんだった。わざわざ傘を届けにきてくれたのだ。一同、鹿児島の人々の心の優しさに感動した。と同時に土産物屋って結構儲かるのだなぁ、と思った。

2013年6月22日(土) 13:15 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。薩摩半島の尖端の長崎鼻へ通ずる道沿いに立ち並ぶお土産屋さん。南国特産の黒砂糖。一袋購入。今現在、まだ食べていない。観光地に必ずある「お色気土産」。ちょっと大人し目。これは買わず。指宿温泉サイダー。買わず。ラベルの雰囲気がぱっと見いいので、撮影してきた。旅行から帰ってからよく見てみると少しわざとらしい感じもする。古さを醸し出そうとしている。調べてみたら昭和三、四十年代をイメージした意匠だそうだ。開聞岳の前には池田湖の「イッシー」が描かれている。http://www.okamuras.com/cider.html#name_8900

2013年6月22日(土) 8:37 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。薩摩半島の尖端の長崎鼻の全景。篠原鳳作の句碑。篠原鳳作って誰。薩摩長崎鼻灯台。昭和32年に完成。この辺りの浜辺にはウミガメだけが上陸するのではなく、善からぬ人や不良外国人が勝手に上陸するらしい。長崎鼻http://goo.gl/maps/QDEzr

2013年6月21日(金) 20:33 UTC+09
 生まれて直ぐにしゃべれる赤ん坊がいたら、どんなことを聞いてみたいか。落語のバレ噺に、そういう赤ん坊が登場するのが確かあった。周りの大人たちの関心事は腹の中の様子だった。どんな感じだったかと尋ねると「秋のような陽気だ」という。その心は…私だったらこんな様なことを聞いてみたい。生まれた直後に夕方東の空に出てきた満月を見せて、「地面に近いおっ月様と空の上のおっ月様とではどっちが大きい?」「そうさなぁ、俺にはどっちもおんなじ大きさに見えるぞ」漱石の夢十夜に出てくる小僧のように、赤ん坊のくせに対等な口をきいてくれるといい。何故こんなことを聞きたいのか。地平線に近い月や太陽が大きく見えるのは遠近感の経験による、と考えているからだ。水平線や地平線は、経験でかなり遠くにある思っている。空の高さは経験では掴めない。地平線近くの月が遠くにあるにも拘らず、空中にある月と同じ大きさで見えているのは『本当は地平線近くの月は大きい筈だ』と脳が経験則で判断してしまっている為ではないか。この仮説を実証するには、全く人生経験のない赤ん坊に聞くしかないと思っている。

2013年6月21日(金) 19:49 UTC+09
 鹿児島旅行二日目。薩摩半島の最南端、長崎鼻へ。竜宮伝説発祥の竜宮神社。二、三年前にできた様な神社。赤い傘を差して東シナ海に突き出た長崎鼻を眺める団体観光客。雲で隠れて殆ど見えない薩摩富士と呼ばれている開聞岳。ここは蘇鉄自生地の北限らしい。ここのソテツではないが、鹿児島県立博物館のソテツで、世界で初めてソテツの精子が池野成一郎によって発見された。http://www.pref.kagoshima.jp/bc05/hakubutsukan/tennen/ken/kinenbutu3-27.html本州では、ソテツは病院やお寺の玄関先や庭に植えられていることが多い。裕福な家の南国趣味の象徴である。長崎鼻http://goo.gl/maps/QDEzr

2013年6月21日(金) 18:53 UTC+09
何か知らんけど、いじっていたらLINEの設定が全部消えたわ。

2013年6月19日(水) 20:05 UTC+09
 朝風呂。旅館の屋上にある露天風呂。風呂からは錦江湾が一望できる。あいにくの曇りと言うか、完全に梅雨に入っているため、何にも見えない。海岸からこちらは丸見え。この日、海岸で犬の散歩をしていた女性がいた。仁王立ちになって上からじっと見ていたが、絶対に視線を上にしようとはしなかった。山積みの手拭。使い方は風呂の利用者に委ねられている。これを見ただけでも何となく贅沢な気分になる。しかしこれらの贅沢の裏で何かが犠牲になっているのは間違いない。

2013年6月19日(水) 19:45 UTC+09
鹿児島旅行の二日目の朝飯。二十代と思われる仲居さんによってよそわれる味噌汁と湯豆腐。ご飯もよそってもらえた。

2013年6月19日(水) 19:14 UTC+09
 鹿児島旅行の第一日目の経路。GPSロガーは便利だわ。全部勝手に記録してくれとる。

2013年6月18日(火) 23:23 UTC+09
 お化け大学校からメールが来た。能とお化けとを組み合わせた催しが金沢であるらしい。これは行かねばなるまい。↓↓↓↓↓↓↓↓↓以下がそのメール↓↓↓↓↓↓↓↓↓きたる8/10(土)、金沢にて、化け大共催イベントが決定!会場は、金沢能楽美術館。7/12(金)〜9/23(月・祝)にて開催される特別展「河鍋暁斎の能・狂言画」の期間中に行われる、特別イベントです。今回は一般応募に先立ち、化け大生の先行予約を受け付けます!さらに化け大特典として、当日「能楽美術館オリジナルバッジ」をプレゼント!「金沢能楽美術館」公式サイトはこちら

2013年6月18日(火) 23:01 UTC+09
2の自乗は4。iを虚数単位とすると、iのi乗は?ヒントなし。

2013年6月18日(火) 22:39 UTC+09
 毎年、六月中旬頃、田植えが終わると田んぼに色んな虫が発生する。上段は実家の前の田んぼにいたカブトエビの腹側。ギーガーのエイリアンの幼生みたいな形をしているが、大きさは十円玉程度。寿命は20日ぐらいで、田んぼに沢山現れて、七月頃にはいなくなる。カブトエビは、その沢山の足で田んぼの底の泥を掻きあげて泥の中のプランクトン等を捕食している。このせいでカブトガニがいる田んぼは田植え直後から一日中濁っている。そのため、雑草が生えにくい。下段はホウネンエビ。寿命は一ヶ月ぐらい。大きさは2.5cm。この虫が田んぼに多く発生するとその年は豊年になると言うことから「豊年蝦」という名がある。こちらは稲作りに対して特に役には立たない。毎年これらの虫がちゃんと発生しているかを確認するようにしている。20年以上前はこれらは一切いなかった。農薬が改良されたからか、昔からの生き物が見られるようになった。もしかすると雑草対策のために他所から導入したのかもしれない。そうだとするとホウネンエビはついでに持ち込まれたのだろう。実際、実家の前の田んぼに導入したのは私である。毎年観察するのは、環境が変化していないかを見極めるためである。まぁ、変化してもどうしようもないけど。田んぼの虫には他にカイエビというのがあるが、今回は見つけられなかった。http://www.kagakunavi.jp/nature/show/2791

2013年6月18日(火) 6:30 UTC+09
 昨日、実家でビワを取った。写真のかご二杯分ぐらい。取りながら思った。取らずにそのままにしておけば、野鳥の餌となって無価値だが、労働力を使って収穫すれば、食べられるので価値が発生する。ものの値段の根源は労働であることをしみじみと感じた。

2013年6月16日(日) 9:16 UTC+09
 鹿児島旅行一日目。指宿温泉での夕食。二十代の若い仲居さんがその場でさつま揚げを揚げてくれた。二十代の仲居さんなんて初めて見たかもしれん。鹿児島の家庭では、家で揚げるのが普通らしい。揚げ立てのさつま揚げは美味し。http://ginsyou.co.jp/

2013年6月16日(日) 9:06 UTC+09
 明治屋で小石チョコを見つけた。アメリカ原産だった。バッタ屋の日本製小石チョコと比べるとかなり割高。525円也。日本製はもっと沢山入っていて200円だった。味は同じ。

2013年6月16日(日) 8:48 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時頃。松阪小津。松阪商人の家並み。映画監督の小津安二郎は、松阪小津の商人の末裔らしい。小学時代、松阪に住んでいたという。彼の映画が結構好きで、DVDで何作か観ている。映画館で観たことはない。家の境には「うだつ」が建っている。「うだつの上がらない」の語源はこの「うだつ」とも言われている。荒物雑貨の「油寅商店」。店はやっていない様な気がする。屋号はなんと読むのだろう。「ゆとら」「あぶとら」。「賣寅商店」だと凄かったなぁ。「粳寅一家」というのが江口寿史の漫画にあった。大規模小売店によって、地方都市の雑貨店はほぼ絶滅している気がする。案外、東京では人口が集中しているからか昔からの雑貨店は生き残っている。しかし東京で時々見かける雑貨屋は土地収入で十分くらしていけるが、ご近所の手前でやっているだけかもしれん。看板は市の観光協会の要請で外させてくれないのかも。いい感じの看板だ。「はしせん」。何の店か不明。青いカーテンと縞縞の軒先テントがモダン。詳しい場所http://goo.gl/maps/8VBou

2013年6月14日(金) 22:34 UTC+09
 長良川河口堰。鹿児島旅行の帰りに撮影した。この時、飛行機は着陸準備態勢になっていたので、機内での電子機器の操作は御法度だったが、フィルムカメラでの撮影なので全く問題なし。Googleマップでいくらでも見られるので、わざわざ撮影する意味はないけどね。長良川河口堰http://goo.gl/maps/txsTn

2013年6月13日(木) 6:26 UTC+09
 3週間前に家のパソコンのハードディスクの内容を消してしまった。OS自体も消えてしまったので、代わりに無料のOSを入れて使っていた。今もそのまま使っている。Windowsを入れ直していない。印刷もできるようになったので、使用には差し支えがない。パソコンの起動も速い。暫くこのままにしておこう。

2013年6月12日(水) 6:34 UTC+09
 ソニーのPS3は本来はゲーム機であるが、家ではテレビ番組録画、ブルーレイ再生、写真閲覧用として使用している。画像再生能力は素晴しいのだが、内蔵の冷却ファンの音が少々うるさい。内部温度によってファンの回転速度が上がってくる。電源を入れて暫くの間はファンの音は気にならないが、温度が上昇してきてファンの回転速度が上がってくるとゴーと言う音が気になってくる。特に映画等の静かな場面では、如何ともし難い。そこで少しでも熱気を外に逃がしてやろうと思って、排気孔の辺りに古いパソコンに付いていたファンを置いてみた。ファンの電源はPS3のUSBから取っているので、PS3に連動して動く。何となくだが、外付けファンを置かなかった時よりも内蔵ファンの回転速度が下がっている様な気がする。プラセボ効果があるだけでも良しとしよう。

2013年6月12日(水) 6:10 UTC+09
 小六の末娘がレゴを使って作ったコマ撮りの映像。ゲームセンターでUFOキャッチャーをする人。

2013年6月12日(水) 6:05 UTC+09
 指宿温泉に到着。早速、名物の砂風呂につかりにいった。「天然砂むし情報」によると、当日の波打ち際の砂風呂に入れる時間帯は17:00〜18:00だった。丁度良い時間に宿に着いたのである。「天然」とわざわざ謳っているということは、「天然でない」砂むしがあるということか。仲間の一人は、砂の中に蛇管が敷いてあるのではないか、と言っていた。この砂浜の周りには鉄筋コンクリートの旅館が建ち並んでいるので、地下水の流れが変化してもおかしくはない。全身を埋められたが、尻の部分だけが熱かった。寝る場所に因って熱い部分が違うらしい。大抵は尻や背中、かかとが熱くなるようだ。入浴時間は10分程度が目安だが、それほど熱くなかったので、20分ぐらい入っていた。砂風呂の詳しい場所http://goo.gl/maps/Vwlpw

2013年6月11日(火) 6:41 UTC+09
 桜島港からフェリーに乗って鹿児島市へ。巨大なフェリーが交通量の多さを物語っている。船内には売店や赤提灯がある。24時間運行なので、鹿児島で飲んで、帰りにもう一杯というところか。フェリーなので酒は出ないか。航行時間は15分程度だが、夜中なら一時間に一本しか運行しないので、売店も成り立つのだろう。フェリーの車両格納部分は二階建てになっている。そんなに交通量が多いのなら、橋を作った方がいい様な気もするが、桜島の噴火でいつ壊れるか分らないので、やはり船の方がいいのかもしれない。因みにフェリーは鹿児島市営。あっという間に鹿児島港に到着。ここから指宿に向かった。詳しい場所http://goo.gl/maps/aRzbP

2013年6月9日(日) 18:49 UTC+09
 今日は九の日だから、九の市に行った。前回に行った時は、次に九の日が日曜日に重なるのは九月だと思っていたが、勘違いだった。魚の卵がないかと思って行ってみたが、なかったので生のもずくを買ってきた。500gで500円。安いのか高いのかよく判らない。家で新聞紙の包みを開けるとオマケが入っていた。こういうことはスーパーでは絶対ない。安さを取るか人と人との繋がりを取るか。鹿児島旅行で買ってきた黒酢を使ってもずく酢を作る。だし汁には、これまた指宿で買ってきた鰹節を使う。だし汁は『出汁ポット』を使って作る。急須でお茶を入れる様にお茶葉の代わりに削った鰹節を入れて熱湯を注ぐ。これで簡単に出汁が取れる。『野崎のだしポット』は5000円近くするが、「後藤の出汁ポット」はそこらで売っていた数百円の紅茶ポットである。http://www.amazon.co.jp/dp/B0009I6L0Q最高級の素材で作ったもずく酢を食べてみる。思っていた味になっていない。マズくはないが、取り立てて美味いとも言えない。健康的な味はする。

2013年6月8日(土) 10:20 UTC+09
 桜島の有村溶岩展望所へ。展望所は大正大噴火で噴出した溶岩の上にある。説明看板に錦江湾は桜島火山のカルデラであると説明してある。高校の地学の先生が、世界最大のカルデラ火山は桜島だ、と言っていた記憶がある。看板には世界最大とは書いてないが、超巨大噴火によってできたカルデラだとかいてあった。有村溶岩休憩所。「溶岩休憩所」と言われると、岩盤浴みたいな感じがする。「有村の溶岩休憩所」ではなく「有村溶岩の休憩所」だ。待避壕。突然の噴火の時に待避するための行き止まりトンネル。降ってくる噴石を避けるため、桜島の各所に設置されている。溶岩そのもの。展望所からの桜島。天気が悪く、雲なのか噴煙なのか判別しにくい。噴火をしていたのは間違いないので、色が濃いのが噴煙だろう。土産物。100円の小さい西郷さんの人形と100円の天然軽石を買った。一緒に行った仲間に、こういう売店では必ず買うなぁ、と言われたが、インターネット通販が発達しても変わった面白い物はこういうところでしか買えないのである。有村溶岩展望所http://goo.gl/maps/NHFsM

2013年6月7日(金) 6:28 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。街の片隅で見つけた懐かしい油圧式のジャッキ。日本で全然見かけなくなった。角の泌尿器科。病名の羅列が生々しい。二階建ての煉瓦ビルが古さを醸し出している。ここも二階建て煉瓦ビル。倉庫、車庫代わりか。二階はぼろぼろ。常夜灯屋。ガラスの陳列棚に乾電池やコンセントに直接差し込む常夜灯が置いてある。一昔前の売り方。例の如く檳榔屋。詳しい場所http://goo.gl/maps/iXJ15

2013年6月7日(金) 5:49 UTC+09
 鹿児島旅行で空港からレンタカーで桜島に向かう途中、道の駅で昼飯を食べた。かんぱち漬丼。美味し。鹿児島の錦江湾でのかんぱち、ぶりの養殖は有名なので、桜島に行ったらかんぱちを食べなければならないらしい。よく判らぬゆるキャラたち。左の「つんつん」は、西郷さんの犬「つん」の子孫か。鹿児島はびわも名産。種が大量に売っていた。何に使うのか聞こうと思っても近くに店員がいない。後で調べてみたら、梅酒みたいにびわの種酒にするらしい。桜島の火山灰。道の駅「たるみず」の位置http://goo.gl/maps/BeA2T

2013年6月7日(金) 5:34 UTC+09
 大正の大噴火の溶岩でつながった陸路で桜島に渡る。まずは「埋没鳥居」(赤丸の部分)。高さ3mの鳥居が火山灰で埋まってしまったらしい。後ろ姿は、一緒に鹿児島旅行に行ったオッサン達。埋没鳥居の説明看板。大正の大噴火の前兆で井戸の水が沸騰していたらしい。普通の井戸が温泉になってしまうなら、鳥居が埋まるぐらいの火山灰が降ってもおかしくはない。そんな気がするだけで、根拠は全くないが。散水車。桜島では日常的に通るのだろう。桜島砂防の一環である。第二の埋没鳥居。こちらは桜島ではなく、大隅半島側にある。上記の黒神埋没鳥居よりも有名でない。こちらも負けず劣らず凄い。山の中腹にあった鳥居が完全に埋まってしまったようだ。3.7mの高さがあったらしい。社は桜島の方を向いていたので、火山灰が吹き溜まったのだろう。とにかく凄いわ。第二埋没鳥居の位置(牛根麓稲荷神社)http://goo.gl/maps/UFG8a

2013年6月6日(木) 22:50 UTC+09
 ナメクジが塩をかけると小さくなったり、野菜を漬けると水が沢山出てくるのも浸透圧の作用に因ると言うことを学校で習った。半透膜と言う、水分子は自由に行き来できるが、大きめの分子は通過できない膜で濃度の違う液体を仕切ると、濃度が濃い方の液面が薄い方よりも上がってくる。これが浸透圧だ。水分子の拡散作用に因って濃い液を薄めようとするからだと説明された。ところがその説明は間違っていると言う。拡散に因る作用は小さく、浸透圧の主な原因は水に溶け込んでいる半透膜を通り抜けられない大きな分子が半透膜に衝突して跳ね返る際に、周りの水分子を引き連れ、ついでに半透膜の穴の付近にいる水分子も引き込んでしまうからだという。http://www.newswise.com/articles/everything-you-know-about-osmosis-is-probably-wrongなるほど、と思った。と同時に拡散で浸透圧が発生すると言う説明は成り立たないと思えてきた。思考実験をしてみよう。まず容器が半透膜で仕切ってあるが、どちらも純水しか入っていないとする。水分子は自由に拡散するので互いに半透膜を行き来する。従って液面の変化はない。次に片方の部屋だけに巨大分子を一つだけ入れてみる。拡散の作用の実験だから、上記の引き連れ現象は考えないでおこう。巨大分子は水分子の衝突により動きまわり、半透膜にも衝突するだろう。半透膜を通り抜けることができないので、跳ね返る。これに因って液面の変化は生じるだろうか。生じないだろう。巨大分子をもっと沢山入れてみよう。巨大分子を沢山入れても水分子が半透膜を通過する個数はどちらも単位時間当りに変化はない筈だ。半透膜を通過しようとする分子の総数(水分子と巨大分子との合計)は常に一定であるという法則があれば、浸透圧が発生するが、そんな法則はあるのだろうか。水分子の熱運動に因る拡散と巨大分子の拡散とは独立しているのではないか。つまり水分子は水分子で動き回り、巨大分子も勝手に動き回るのだろう。例えば、水分子が半透膜で仕切られた部屋に1個ずつ入っていたらどうだろう。水分子は互いに半透膜を通過してそれぞれ行き来するだろう。そこへ片方に巨大分子を1個入れても二つの水分子の挙動には変化がない筈だ。つまり拡散は浸透圧に全く寄与しなていない(実験終わり)。

2013年6月6日(木) 20:06 UTC+09
日本の警官が持っている拳銃と言えば、ニューナンブである。これは南部鉄で作られた拳銃だから、ニュー南部だと思っていた。ところが全然違った。この拳銃を開発した人の名前は南部麒次郎だった。それに由来しているらしい。

2013年6月5日(水) 19:30 UTC+09
駅で久しぶりにジャイアントコーンを買った。構内の臨時店舗で、例のごとく一袋390円のジャイアントコーンを三つ1000円でいいかと尋ねた。バイトの兄ちゃんは「ダメです。一つ390円です」という。「大将に聞いてみてよ」というと、奥にいた大将は「1000円でいいですよ」と言ってくれた。三つ1000円でもちょっと高目だけどね。

2013年6月4日(火) 0:18 UTC+09
 小六の末娘がレゴで作った謎の『尻叩きマシーン』。

2013年6月4日(火) 0:08 UTC+09
 NHK教育の日曜美術館を観ていたら面白いことを言っていた。夏目漱石の小説『夢十夜』の第十夜は絵画がモチーフになっているらしい。漱石の夢十夜は好きな小説の一つである。映画にもなっているが、こちらは大したことはない。【夢十夜】http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html第十夜は女好きの庄太郎の話しである。庄太郎がある女について行くと、絶壁の上に辿り着く。庄太郎は女にこの崖から飛び降りなさいと言われる。庄太郎がそれを断ると、「飛び込まないと豚に舐められますが、ようござんすね」と女に念を押される。『この時庄太郎はふと気がついて、向うを見ると、遥の青草原の尽きる辺から幾万匹か数え切れぬ豚が、群をなして一直線に、この絶壁の上に立っている庄太郎を目懸めがけて鼻を鳴らしてくる。・・・しまいに豚に舐められてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。』この場面は、B.リヴィエアー「ガダラの豚の奇跡」1883年を観て着想したのではないかと言うことだった。【ガダラの豚の奇跡】http://www.tate.org.uk/art/artworks/riviere-the-miracle-of-the-gaderene-swine-n01515この漱石の着想の話しの元ネタはこれらしい。【「夢十夜」第十夜の豚のモティーフについて--絵画体験と創作の間】http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I3399511-00

2013年6月3日(月) 8:11 UTC+09
 鹿児島旅行で空港からレンタカーで桜島に向かう途中、飛び込みで入って見学させてもらった黒酢の醸造畑。麹を仕込んだばかりは黄色いが、一年ぐらい経つと黒くなって熟成が完了する。三年ぐらい熟成させるとよりコクがでるらしいが、健康有効成分は減ってくるらしい。右下のかめは二百年以上使っているとのこと。ここで黒酢を買って桜島に向かった。黒酢のまるしげhttp://osuya.jp/詳しい場所http://goo.gl/maps/Yf8KY

2013年5月29日(水) 6:40 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。歩道の真ん中というかY字路の尖端に建てられている記念碑。寺院の前でお供えの花を選んでいる人。台湾のファミリーマート。台湾語で「全家」。変な物。ホテルのバイキング式の朝食。お粥コーナー。彩りはあまり良くないが、美味い。記念碑の場所http://goo.gl/maps/VfqIX

2013年5月29日(水) 6:00 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時頃。松阪。何か芸術的な雰囲気がする金物屋。古さと新しさ(とは言え昭和3,40年代)とがうまく融合された店舗。赤いポストと青いシャッターとの対比がいい。ポストが更新されていないのは街道の雰囲気を保つためだろう。阪内川にかかる松阪大橋。松阪城の玄関口。詳細な場所http://goo.gl/maps/R73fh

2013年5月28日(火) 6:41 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。朝七時頃。ビルとビルとに挟まれた寺院。殆ど人がいない。カレンダーで調べたら、日曜日の朝だった。日曜日ならおらんわな。下段右は半分廃墟の様になっているデパートらしきビル。露出型のエレベータが古さを感じさせる。営業しているのかどうか不明。詳しい場所http://goo.gl/maps/qy3Sr

2013年5月27日(月) 7:31 UTC+09
今朝の桶狭間古戦場跡(伝説地)。今度の土日の桶狭間古戦場まつりの前哨戦。朝っぱらからゆるキャラもウロウロしていた。有松絞り祭りも土日に同時開催。

2013年5月27日(月) 6:24 UTC+09
 渡辺 正著『「地球温暖化」神話』に興味深いことが書いてあった。昨今は、北極の氷がどんどん減ってきている。やはり温暖化は進んでいるか。1959年3月17日にアメリカの原子力潜水艦Skateが北極点で浮上した写真があるらしい(著書には写真なし)。著者の主張は、北極の氷が減っているのはここ30年ぐらいの話しではない。周期的に起こっていることなのだ、と言った具合だ。今はインタネットと言う便利な物があるので、すぐに調べられる。これがその写真らしい。On 17 March 1959, Skate (SSN-578) surfaced at the North Pole to commit the ashes of the famed explorer Sir Hubert Wilkins to the Arctic waste.と解説してある。http://www.navsource.org/archives/08/08578.htm北極点で氷を突き破って浮上している。艦上の作業員と比較すると氷の厚さは50cmもない。3月の北極点はかなり寒い筈だ。しかし、この写真が北極点で撮影されたのかどうかが不明だ。写真からは北極点である証拠が読み取れない。そもそも目印がないので北極点かどうかは観測結果でしか言えない。不可解なのは、結構、明るそうに写っていることだ。3月17日は春分の前である。北極の春分の日は、太陽の高度は0°である。水平線に太陽が顔を出し、それが360度回るだけだ。春分以降秋分迄、白夜となり太陽は一日中空を回っている。3月17日は春分前なので、まだ太陽は出てきていない筈だ。恐らく北極点は日の出日の入の直前直後の空の色ではないか。そうなると太陽の光はもっと赤い様な気がする。想像するしかないので何とも言えないが、春分前の北極点はもっと暗いような気がしてならない。

2013年5月26日(日) 10:44 UTC+09
 しまった。Windowsパソコンの本体のハードディスクの内容を全て消してしまった。録画用に手許に余っていたハードディスクを初期化しようとして、パソコンにつないで初期化ボタンを押したら、パソコン本体の方のハードディスクが初期化されてしまった。ご丁寧にOSのリカバリー領域(何らかの事情でOSを再びインストールするために設けられている通常はいじらない部分)まで完全に消されている。こういう時のために、リカバリー領域のコピーを作っておきなさい、と説明書にかかれている。そんなマヌケなことはやらないだろうから作っておかなかった。しかしやってしまった。二重に間抜けである。リカバリー領域のコピーは作成していなかったが、たまたま『Ubuntu』と呼ばれる無料のOSが作ってあった。これはLinuxの一種である。今、それを件のパソコンにインストールしてUbuntu上でFacebookに書き込んでいる。Windowsよりも動きが軽快で使い勝手も良さそうだが、家にあるCanonのプリンタがうまく動かない。妻が印刷ができないのは困るというので、リカバリーディスクを購入することとした。送料込みで5250円。復旧作業に3、4時間も関わっている。もう踏んだり蹴ったり。泣きっ面に蜂。

2013年5月24日(金) 5:59 UTC+09
 これは便利。昔に書いたことが検索できる。しかし古い日付の記事の検索には結構時間がかかる。使っているパソコンが古い所為か。

2013年5月23日(木) 6:02 UTC+09
 愛知県豊明市沓掛にある青木地蔵。田んぼの真ん中にポツンと大きな楠があり、その根元に青木地蔵が鎮座まします。鎌倉街道脇にあったとされる。周りは田んぼなので街道は完全に消失している。江戸時代に出版された尾張名所図会にも「青木ぢざう」と記されている。表記には濁点が用いられている。尾張名所図会は江戸末期から明治初期にかけて出版されたようなので、濁点が頻繁に使われ出したのかもしれない。現在の雰囲気と名所図会との雰囲気がよく似ている。しかし名所図会の方は楠ではなく、松の様な書き方だ。平野部で江戸時代の雰囲気を残す場所は珍しい。これ以上この辺りの開発が進まないことを祈るばかりである。この場所にある地蔵は大正年間に作られた代替仏のようだ。本物は沓掛の寺内地蔵堂に移されているらしい。http://www.city.toyoake.lg.jp/shogaku/bunkazai/bunkazai_koumoku.htm#aoki青木地蔵の位置http://goo.gl/maps/it4qe

2013年5月23日(木) 5:30 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行四日目。台北市街。早起きして散歩に出掛ける。七時頃。学校の前に写真付きの説明看板が設置してあった。左上は日本統治時代の台北市寿尋常小学校と呼ばれていた時代。右上は日本統治開放(日本の敗戦)後二年目の西門国民学校時代。左下は現在の西門国民小学。朝の台北市街の様子。台北の人は宵っ張りなので、朝は弱いらしい。誰もいない。西門小学の位置http://goo.gl/maps/b7N4X

2013年5月23日(木) 4:50 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の八時頃。松阪。伊勢神宮に向かって再び歩き出す。街道筋の売り家と廃業したのかそうでないのか判断が難しいビューティサロン スズノヤ。仲昆布店。この街道筋で、しかも昆布一本でやっていけるのか。店舗の外観、特に屋根瓦が綺麗なので、儲かっているのかもしれない。昆布屋は飛び込みの客ではなく、常連客が相手なのだろうから場所は関係ないのかもしれない。詳しい場所http://goo.gl/maps/ibIiG

2013年5月23日(木) 4:23 UTC+09
 加藤綾子(カトパン)に何となく似ている人が知人にいるが、男性なので、ちっとも嬉しくない。

2013年5月22日(水) 6:32 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛六日目の七時半頃。松阪。宿の庭。庭の手入れ迄は手が回っていない。普通の朝食。伊勢は納豆を食べるのか。宿の敷地内の狭い場所に大きな四角い池を作って、鯉を飼っている。宿の装飾ではなく、完全に主人の趣味と言ったところか。平日だが、結構宿泊客がいた。「おっさん一人」という客しかいなかった様な気がする。仕事での利用が多いのだろう。食堂での会話からすると連泊客も結構いたようだ。詳細な場所http://goo.gl/maps/1rgHQ

2013年5月22日(水) 6:03 UTC+09
 愛知県豊明市沓掛の宿(しゅく)の路地。この辺りは鎌倉街道の沓掛宿があった場所らしい。その名残として字名が『宿』。尾張名所図会では「宿村」と記されている。路地が鎌倉街道なのかどうなのか定かではないが、道の感じは旧道と言った趣で細くてくねくねと曲がっている。旧街道を歩くと写真の様なY字路に出くわす。Y字路は古い道の特徴かもしれない。詳しい場所http://goo.gl/maps/Jp70H

2013年5月22日(水) 5:35 UTC+09
 iPhoneの先月分の利用明細。通信料で150万円分使って料金の請求時には150万円引き。この料金体系にどういう意味があるのか。

2013年5月19日(日) 16:14 UTC+09
 部屋で読みかけの本や雑誌を整理していたら、妻がお茶を入れてくれた。ミッキーマウスのお盆に三木のり平のマグ。凄い取り合わせ。

2013年5月19日(日) 11:49 UTC+09
 インターネットに因る情報伝達の波について。インターネットが出現してから、色んな情報が個人でも簡単に手に入る様になった。と同時にその情報の質を見極める能力が必要になってきたと思う。写真は、13世紀にドイツの僧侶によって発見されていたマンデルブロー図形である。マンデルブロー図形は、複雑な図形で、細部を拡大しても自己相似性を持っていて同じ様な図形が現れてくる。左下の図形がそれで、黒い部分は、複素数のある漸化式において発散しない複素平面上の点の集合である。http://unit.aist.go.jp/diversity/ja/jst/teens/mandelbrot.htmこれは20世紀に発見された図形であるが、すでに13世紀の版画にその図形が現れていたのである。これはどえらいことだと思っていたが、この事が書かれたwebページ(英語)をよく読んでみると何が言いたいのかさっぱり解らなかった。最後まで読んでいくと Ray Girvan (ray@raygirvan.co.uk), April 1st 1999. とあった。なんだ、そういうことだったのか。やはり情報は受け取るだけでは駄目だと痛感した。

2013年5月19日(日) 10:55 UTC+09
 今朝、遠くで花火の音が鳴り響いた。そうか今日は十九日だ。九の付く日は愛知県豊明市前後の曹源寺で『九の市』が開かれる。久しぶりに行ってみた。老人でごった返している。今日の出店は少なめ。新鮮な魚介を買おうと思っていたが、思う物がなかった。シャコか魚の卵が欲しかったけどどっちもなかった。卵は甘煮を考えていた。安倍首相入りの首相漫蔵湯呑みをまだ入手していなかったので、買った。アマゾンより値段が高いが、送料を考えるとこちらの方が安い。九の市と日曜日とが重なる日は少ない。今度重なる日はいつか、というのは算数の問題で出てきそうだが、そんな計算等しなくても暦をめくれば、9/29と直ぐに分る。因みに土曜と重なるのは6/29である。市は、昼前まではやっている。詳しい場所http://goo.gl/maps/CA5L9

2013年5月19日(日) 7:20 UTC+09
 昨日、愛知県豊明市の名鉄前後駅の近くの中華料理屋で夕飯を食べた。何か安くて美味いわ。定食は800円ぐらい。ラーメンは300円。高三の娘は「こんなに安くて大丈夫なの」と言っていた。店名はよく見なかった。詳細な場所http://goo.gl/maps/awLuP

2013年5月19日(日) 6:40 UTC+09
 最近の四股名は音訓取り混ぜが多いと書いたが、能狂言の題目には昔から音訓取り混ぜが多そうだ。【能】枕慈童・・・まくらじどう。私の好きな能の一つ。観世流では菊慈童(きくじどう)と呼ばれ、音読みで統一されている。しかし観世流には枕慈童(まくらじどう)と名付けられた、別の能がある。阿漕・・・あこぎ。地名だから仕方がないか。三重県津の近く。「あこぎな商売」の「あこぎ」はこの能の話しが語源。草子洗・・・そうしあらい。小袖曽我 夜討曽我・・・こそでそが ようちそが。これらも曽我兄弟の名前だから仕方がないか。卒都婆小町・・・そとばこまち。「塔」ではなく「都」。弱法師・・・よろぼし。谷行・・・たにこう。俊成忠度・・・しゅんぜいただのり。七騎落・・・しちきおち。【狂言】月見座頭・・・つきみざとう。寝音曲・・・ねおんぎょく

2013年5月18日(土) 15:27 UTC+09
 FaceBookで松阪のことを書いたら、即座に広告が反応した。松阪の宿の紹介広告。しかも話題にした旅館が出てきた。この広告はFaceBookのページではなく、Yahooのページに出ていた。記事を書く時にGoogleでその旅館のことを調べたので、そのデータが反映されたのだろうか。映画「マイノリティ・リポート」ではパソコンだけではなく、街中の広告が個人情報に連動して表示される近未来社会が描かれていた。街頭カメラを使って眼球の虹彩の模様で個人を特定し、その個人の情報から即座にその人向けの広告を表示する仕組みだった。人によっては、自分の知らないところで個人情報が使われるのを嫌がるかもしれない。私の場合、自分の情報を必要とする他人は皆無に等しいので、どうぞ御勝手に、という感覚だ。ただ鬱陶しい場合があるけどね。

2013年5月18日(土) 8:36 UTC+09
 愛知県豊明市沓掛の鹿嶋神社の近くに十王堂址を示す地蔵があると言うので、それを見に行った。鹿嶋神社の周りを歩き回ったが、なかなか見つからない。鎌倉街道で腰をおろして世間話をしていた妙齢のご婦人二人にiPhoneで検索した地蔵の写真を見せながら訊ねた。「あぁ、この地蔵さんなら大和電機の横にあるわ」と直ぐに分った。「ご苦労さんだねぇ。あんた、どこから来やぁたの(いらっしゃったのですか)」「豊明の栄です」「なぁ〜にぃ、町内だがね。鎌倉街道歩きゃあすなら、こんど桶狭間祭の時に皆でここ歩くに。広報ちゃんと見ときゃ〜」と言われた。地蔵はかなり風化しており、道標にもなっていると言うことだったが、何が書いてあるのか全く判らなかった。十王堂地蔵の位置http://goo.gl/maps/x450S

2013年5月18日(土) 7:27 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時半頃。松阪。街道筋の薬局の若奥さんに探してもらった旅館に到着。旅館 満喜。すき焼きの看板の方が屋号の看板よりも目立っている。ここの女将に因ると創業は明治だった様な気がする。いい感じのフロント。呼び出すまでは誰もいない。襖に取り付けられた錠前。プラスチックの下敷きか定規で簡単に開きそう。大浴場。部屋が寒いので、エアコンを入れたが、全く効かないので部屋を変えてもらった。次の部屋を用意している間に風呂に入って疲れを癒した。昔風の便所。タイル、小便器の色使い、木枠の窓などまさに「便所」と呼ぶに相応しい便所だ。夕飯。何の変哲もない夕飯。ビジネス和風旅館 満喜http://www.manki.co.jp/詳しい場所http://goo.gl/maps/C6FHq

2013年5月17日(金) 6:59 UTC+09
 ゴールデンウィークに杜若の無量寿寺の出店で買ってきた小さな盆栽。いい風に花を咲かせよったわい。600円也。

2013年5月17日(金) 6:09 UTC+09
 近所のバッタ屋は掘り出し物でいっぱいだ。バッタ物のドンキホーテと言ったところか。激安品を探す楽しみもある。先日、行った時には菜箸が20円だった。写真は、先日買ったLEGO型のデジタルプォトフレーム。写真は100枚程度は入る。2、3年前の商品だろう。今ではスマートホンできれいな写真が見られるので、全く用のなくなった商品である。このバッタ屋が最期の売り場となっているのだろう。http://www.s2sj.com/snap/snapblock.html上代1980円。バッタ屋での売価260円(新品)。色は緑色と桃色しか残っていなかった。

2013年5月16日(木) 6:59 UTC+09
 先日、20代前半の女性と話していたら、トランジスタって何ですか、と言われた。誰でも知っている言葉と思っていたが、もう今や若者で知らない人が沢山いるのかもしれない。数十年前にはトランジターグラマーという流行語があった。当然、そんな言葉も知らないだろう。20代前半なら殆ど持っている筈の携帯電話、スマホの中にはトランジスタが何万個も入っている。トランジスタは二十世紀最大の発明の一つだろう。トランジスタがなければ、Facebookもないしインターネットも出現しなかった。そんなことは知らなくてもスマホは使えるのだが、トランジスタの存在と名前ぐらいは憶えておいて欲しいなぁ。自分も詳しくは知らんけど。

2013年5月13日(月) 21:49 UTC+09
 二ヶ月前に三千円弱で購入した卓上用のスピーカーを改造した。その結果、音が劇的に良くなり、四万円程度のスピーカに匹敵する音質となった(当家比)。もともと値段の割にはいい音でなっていたのだが、更に良くなった。気がする。最初は内蔵のアンプのコンデンサを交換して音質向上を狙おうとした。中を見てみるとアンプの基板上に熱可塑性の樹脂が塗りたくられて取り出し及び改造は全くできない状態であることが分った。次に考えたのは、プラスチック製の箱の鳴りを押さえるために、鉛の板を内側に貼ってみた。すると高音の変なビビりがなくなってきた。ような気がした。鉛の板は近くの日曜大工屋で0.5mm×50mm×1mで900円程度だった。そして吸音材を中に入れて箱の中の定在波の発生を防ぐようにした。箱が小さいので高音の共鳴が発生しているかもしれない。吸音材は家にあった手芸用の綿である。これで高級そうな名前のCambridge SoundWorks製のスピーカユニットの性能そのものが引き出される様になった。ような気がする。

2013年5月13日(月) 20:54 UTC+09
 六年生の末娘が食卓で算数のプリントをやっていた。内容を見てみると線対称・点対称だった。これって何の為にやっているのだろう。殆どの人は、この概念を一生使わずに終わるのではないか。結晶工学で対称性の話しが出てきたり、電気回路などで出てきたような気がするが、工学関係以外の人は全く使わないだろう。十数年前に長男に仮分数、帯分数を教えたとき、この概念の使い道に気付いたことがあった。仮分数、帯分数という言葉と概念は通常の実生活では一切使わない。しかし自分の子供に算数で「仮分数、帯分数」を教える時だけ使うのである。つまり将来、自分の子供に「仮分数、帯分数」を教えるために習うのである。伝統みたいなもんか。

2013年5月13日(月) 6:41 UTC+09
 愛知県豊明市 鹿嶋神社。webで調べると鎌倉街道はこの鹿嶋神社の南側を通っていたと考えられるとある。神社は北東を向いており、街道が南側を通ると言うのは、どうも解せない。尾張名所図会を見ても鎌倉街道は神社の前を通っている様に描かれている。鹿嶋神社の位置http://goo.gl/maps/RpXMm

2013年5月13日(月) 5:17 UTC+09
 近くのバッタ屋で売っていた懐かしいガム。売価50円。昔は板ガムだったが、粒ガムで再登場らしい。糖衣が余分なので、昔の味とちょっと違う様な感じがする。

2013年5月12日(日) 7:42 UTC+09
愛知県豊明市 十王堂。この小高い丘の辺りを通る鎌倉街道沿いに十王堂というお堂があったらしい。現在のこの辺りの地名も十王堂である。十王とは閻魔大王などの冥土の判官のことのようだ。江戸時代には既にお堂は廃墟となっていたらしい。尾張名所図会にも十王堂「址」とある。小高い丘http://goo.gl/maps/2P2F5

2013年5月12日(日) 7:14 UTC+09
 東海道から鎌倉街道が残る二村山への行く途中にあった山の神。尾張の平野部では「山の神」信仰はあまり見かけないと思っていた。犬山など山間部に近い所では見たことがあるが、豊明では初めて見た。まぁ、知らないだけかもしれぬ。三重県内の東海道や伊勢街道には山の神はいっぱいある。山の神社の位置http://goo.gl/maps/dHSbZ

2013年5月12日(日) 6:59 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市街。食堂「京鼎楼」。日本の風習にならって蝋細工の見本の展示あり。店内は日本人観光客でごった返している。料理は美味い。まぁ、どこで食っても美味いのだが。支払いでもめている訳ではない。たしかクレジット使って日本円で払うか現金で払うかを決めていたと思う。京鼎楼の位置http://goo.gl/maps/xo0ye

2013年5月12日(日) 6:35 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時半頃。松阪。衰退の波が押し寄せる街道筋。うどん小津屋。この時は休業中だった。貼紙の色あせ具合からすると一ヶ月以上は休業している感じだ。webで「松坂 小津屋」と検索すると評判がいっぱい出てくる。中華そばとカレーうどんが美味いらしい。現在は再開しているらしい。売りに出されている旅館菊屋。街並が切り取られて空き地になっている。いい感じの酒屋。うどん小津屋の位置http://goo.gl/maps/XgH3j

2013年5月11日(土) 10:57 UTC+09
 さっきラジオを聴いていたら「花を植えると二酸化炭素削減になる」と言っていたが、枯れて燃やせば、元の木阿弥である。分っとるんかなぁ。

2013年5月11日(土) 10:50 UTC+09
 最近の力士の四股名には、琴欧州や朝青龍など熟語中に音訓を取り混ぜるものが多い様な気がする。漢字熟語の読みの基本は音は音、訓は訓で揃えるのが常道であってそれ以外は重箱読み、湯桶読みと称して例外扱いにしている。四股名でなくても、最近は「目線」という新しい湯桶読みが出現している。子供の名前でも音訓関係なしに取り混ぜて読ませる場合も増えてきた様な気がする。名前の場合は昭和前半に流行っていた「◯◯子」の半分ぐらいは音訓の組み合わせだろうから今に始まったことではない。漢字の新旧取り混ぜと言うのもよく見かける。ちょっと雰囲気を出そうと思って旧漢字を使っているのだが、知ってか知らでか、旧の隣の漢字は戦後の新字体であったりする。「歯科醫」「薬學」とか書かれるとなんか変だなぁと思ってしまう。揃えるなら「齒科醫」「藥學」だ。「円」「旧」「体」などは旧字体が「圓」「舊」「體」なので、それらに旧字体があることを知らないと新字体のままになってしまう。やるならちゃんと漢和辞典を引いて欲しい。

2013年5月11日(土) 9:10 UTC+09
 最近、観光ポスターやテレビCMなどで「あいち」という言葉をよく見かけるような気がする。この「あいち」は「愛知県」の意味で使っているのだが、私にとってかなり違和感がある。何が違うのかと思われるかもしれないが、愛知と愛知県とでは、言葉の印象が全く違う。現在の愛知県はかっての尾張国と三河国とにまたがった領域になっている。「愛知県」は尾張と三河とで構成されるが、「愛知」には三河は含まれない。愛知は現在の名古屋市や豊明市等を含んだ国郡里制の愛知郡を指し、尾張の一部である。廃藩置県の最終段階で名古屋県(廃藩置県において名古屋藩いわゆる尾張藩に置かれた県)の県庁が愛知郡にあったことから県名は愛知県となった。その半年後に三河地区の額田県と愛知県とは合併し、現在の愛知県となった。都道府県名には二つの意味がある。一つは組織としての意味、あと一つは地図上の区画としての意味である。「愛知県からのお知らせ」というのは地方公共団体という組織としての用法、「木曽川を渡れば愛知県だ」というのは愛知県と言う組織が管轄する区域としての用法である。「あいち」となれば、「愛知県」の「県」を省略した意味と「愛知」と言う地名の意味が出てくる。まずは地名としての「愛知」と解する。名古屋周辺を指すと考えるのが普通だ。律令制が成立した頃からある言い方なので千三百年以上の慣れがある。歴史的経緯を考えると三河地区を「愛知」と捉えることは、不自然であろう。三河は「愛知県」ではあって、感覚的には「愛知」ではない。従って三河地区にあるJR東海 愛知御津(あいちみと)駅は完全に歴史を無視した駅名である。

2013年5月10日(金) 6:51 UTC+09
 愛知県豊明市内の旧東海道にあった太い一本松がつい最近枯れてしまった。その松がどうなったかを見に行ったら、切られていた。説明看板も撤去されていた。古い松だと思っていたが、切り株の年輪を見てみると樹齢は百年なさそうである。江戸時代からある松だと思っていた。詳しい場所http://goo.gl/maps/27zSy

2013年5月10日(金) 6:35 UTC+09
 たばこ屋と自転車販売という変わった取り合わせの店舗を旧東海道で見つけた。もともとは自転車屋で、片手間でたばこ屋を開業したのだろう。街道筋には自転車屋が多い。当り前と言えば当り前だが。たばこ屋も多い。だからたまたま同じ店舗になっただけだ。たばこ屋と自転車屋に限らず、旧街道筋の店舗は衰退した所ばかりである。詳しい場所http://goo.gl/maps/MoEoh

2013年5月10日(金) 6:21 UTC+09
 化け大から学生証が届いた。2012年度だった。今年の4月に入学したが、期限は今年の7月になっている。よく分らんなぁ。お化けだから細かいことはいいのか。http://obakedai.jp/

2013年5月9日(木) 7:00 UTC+09
 新旧の広告が入り混じる。この場所は如何に人気があるかを物語っている。旧東海道で見かけた。詳細な場所http://goo.gl/maps/08Nvc

2013年5月9日(木) 6:53 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市街。市街ではよく見かけるビンロウ屋。ビンロウとはある種の椰子の実らしく、噛みタバコの様に噛んで服用する。習慣性がある嗜好品である。http://homepage2.nifty.com/binrou/page002.htmlヤシの葉っぱを思い起こさせるネオン装飾、なぜかラスタカラー、そして大抵「檳榔」の文字は緑色もしくは緑地に白抜き文字である。夕食は食堂街にある「京鼎楼」で摂ることとした。詳細な位置http://goo.gl/maps/eDCof

2013年5月7日(火) 23:34 UTC+09
 愛知県豊明市内の東海道の阿野一里塚にある道標。元々ここにあったものなのか近くから持ってきたものか。南無阿弥陀仏はすぐ読めるが、違う面はよく見ないと判らなかった。「是より沓掛道」とある。一里塚より少し岡崎方面に言った所に沓掛へ行く道がある。恐らく東海道とその道との交差点にあったものだろう。道標の天辺には五百円玉大のちょっとした凹みがある。伊勢街道を歩いた時、天辺に大きな凹みがある道標がいくつかあった。一体、この凹みは何なのか。阿野一里塚の位置http://goo.gl/maps/9a75K

2013年5月7日(火) 22:59 UTC+09
 鎌倉街道が残る愛知県豊明市にある二村山の頼朝の歌碑。この歌碑がいつ頃建立されたのかを見てくるのを忘れた。たぶん平成以降だろう。源頼朝が名古屋熱田の生まれであることは、最近知った。

2013年5月7日(火) 7:09 UTC+09
 五月三日の鎌倉街道歩きに向かう途中に家の近所で見かけた。長年住んでいるが、このような地蔵供養を見たのは初めてだった。何か深い言われがあるのだろうか。ダンプが通る道は十年ぐらい前にできた新しい道だが、これと交差している道は非常に古く、一説には桶狭間に向かう今川義元が行軍した道とも言われている。詳しい場所http://goo.gl/maps/TSBUQ

2013年5月5日(日) 10:20 UTC+09
 三重県桑名駅の近くの線路沿いにあるガスタンク。折り鶴の絵が描かれている。先日、お伊勢さんへ向かう途中に見つけた。撮影は帰りしな。 こういう絵は子供にウケる様にパンダとかキリンの絵が描かれていそうだが、ここは折り鶴。しかも線路に向けて描かれている。絵は地元向けではない。http://goo.gl/maps/dUZzW 一般的な絵柄として折り鶴が描かれているのではなく、折り鶴は桑名ご当地なのである。江戸時代に桑名の坊さんが一枚の紙から何羽も連なった千羽鶴(連鶴)を作る技法をあみ出した。ガスタンクの絵柄はこれに因んでいる。2011年の伊勢道中膝栗毛で桑名を歩いた時に初めて知った。http://kuwananosenbazuru.com/tsuru/index.html折り鶴ガスタンクの位置http://goo.gl/maps/3IUPb

2013年5月4日(土) 10:22 UTC+09
愛知県豊明市 二村山の「峠地蔵」三尊。左から身代り地蔵、延命地蔵、?地蔵。尾張名所図会にもちゃんと載っている。峠地蔵の位置http://goo.gl/maps/8op8H

2013年5月4日(土) 10:16 UTC+09
 愛知県豊明市 二村山の「袈裟切り地蔵(もしくは斬られ地蔵)」。地蔵の胴体が斜めに真っ二つになっている。看板の説明では落雷で割れたのではないかと書いてある。断面がきれい過ぎるのは、後世に磨いたからか。尾張名所図会にもちゃんと載っている。袈裟切り地蔵の位置http://goo.gl/maps/WFHRb

2013年5月4日(土) 9:18 UTC+09
 愛知県知立市 鎌倉街道脇の在原寺境内にある説明看板。寛政四年には『豊明村沓掛新田』と言う地名は存在してない。『豊明村』は明治22年にできた。それまで現在の豊明市の辺りに『豊明』と言う地名は字名としても存在していない。知立市の教育委員会に言っておいた方がいいかなぁ。俳句は非常に味わい深くていいのに。いつも聞こえる砧の音が聞こえないので、近くの家の人はもう寝てしまったのかなぁ、聞こえるのは遠い所から聞こえる砧の打つ音だけだ。こんな様な意味か。家族、ともしび、母といろいろ想像できていいわ。在原寺の位置http://goo.gl/maps/0ZBHq

2013年5月4日(土) 8:26 UTC+09
 鎌倉街道の往時を偲ぶことができる愛知県豊明市の二村山山頂付近。ここに身代わり地蔵が鎮座まします。かってこの地に平安末期の大盗賊であった熊坂長範(最期は牛若丸に討たれることになっている)が潜んでいて、ある時、鎌倉街道をゆく旅人を襲った時、首を斬ったと思ったら地蔵だったという言い伝えがあるらしい。そこから首なしの地蔵が身代わり地蔵となったと言われているようだ。身代わり地蔵の詳しい位置http://goo.gl/maps/ZVLmL

2013年5月4日(土) 8:11 UTC+09
無量寿寺の境内の石碑の碑文を読み終えた様子の猫。

2013年5月4日(土) 8:03 UTC+09
 愛知県 知立 無量寿寺の境内の石碑の前で碑文を読みふける猫。件の石碑の詳しい位置http://goo.gl/maps/qvW90

2013年5月4日(土) 7:46 UTC+09
 京都に行かずとも、知立八橋の無量寿寺で購入できる『八つ橋』。写真の八つ橋は期間限定の『かきつの香り』。これは知立だけの一ヶ月間限定企画商品で、京都では売ってないそうだ。限定商品に弱いので、ついつい買ってしまった。菓子の八つ橋の語源は諸説ある。形がここ知立の八橋(八つの板橋)に似ているから、箏曲の八橋検校に因んで、琴の形に似せたからなど。後者は眉唾と思っている。そもそも日本語で菓子の名前に実在の人名を付けるという発想は殆どないのではないか。食べ物自体に人名がついているのは少ない。思い付くのは沢庵ぐらい。助六、金太郎飴もあるなぁ。一方、地名ならいくらでもありそうだ。高野豆腐、八丁味噌、関東煮、松前漬けなど。とは言え、思い付くのには苦労する。こういったことからも地名からと解するのが、自然だろう。本当の所は判らぬ。八橋検校の『八橋』の由来が、知立の八橋であれば丸く収まるのだが、以前調べた時には、どうして『八橋』と名乗ったかは解らなかった(山住勾当→上永検校→八橋検校)。

2013年5月3日(金) 21:58 UTC+09
 本日の鎌倉街道歩きの経路。全行程はGPSのデータによると38.7km。ただしGPSのデータは誤差を含んだ点を記録してそれをつなげて計算するので、本当に歩いた距離よりもかなり長くなる。左端が家で、右端が到達点の無量寿寺である。家を8時に出て無量寿寺に着いたのは16時だった。殆ど休憩せずに歩いた。

2013年5月3日(金) 20:46 UTC+09
 知立 無量寿寺のカキツバタはきれいに咲いとりました。無量寿寺http://goo.gl/maps/ZQC3i

2013年5月3日(金) 16:06 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。無量寿寺に到着。16時。

2013年5月3日(金) 15:35 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。八つ橋伝説地。あと少しで無量寿寺に到着。

2013年5月3日(金) 14:34 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。豊田市中田町。全く説明がないけど、伝承地らしい。平成六年建立。

2013年5月3日(金) 13:54 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。刈谷の祖母神社。境内に鎌倉街道が残っているとあるが、サッパリ分からず。

2013年5月3日(金) 12:18 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。青木地蔵。豊明市沓掛宿。

2013年5月3日(金) 10:50 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。いい感じの道。京都に向かう道。

2013年5月3日(金) 10:37 UTC+09
こちらが山頂でした。胴体が真っ二つになった袈裟斬り地蔵あり。

2013年5月3日(金) 10:15 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。二村山山頂。誰もいない。名勝地なのに。祝日なのに。

2013年5月3日(金) 9:22 UTC+09
鎌倉街道紀行。実況。まだ豊明間米。全然進まない。1時間ぐらい出発も遅れたし。

2013年5月3日(金) 0:45 UTC+09
 江戸時代の鎌倉街道観光地図。尾張名所図会。結構、参考になる。二むらや 三河に いづる 秋の月 岳輅宗祇の方は読めず。

2013年5月2日(木) 17:15 UTC+09
 明日は、菅原孝標女が更級日記で酷評した知立の無量寿寺まで歩いてカキツバタを見に行く。経路は東国から京に向かった更級日記の逆で、豊明市の二村山から東国に向かって鎌倉街道を辿り知立市の無量寿寺まで。この辺りの鎌倉街道は、二村山と無量寿寺付近を残して殆ど消失しているので、歩くのは鎌倉街道ではないかも知れないが、明治時代の地図を頼りにできるだけ古い道を歩こうと思う。家の者を誘ったが、当然の如く断られた。もしこの記事を読んで参加したくなった人はコメントでその旨を表明して下さいね。いないと思うけど。写真は、本日の下調べで訪れた大久伝八幡社。自動車だと前後駅から10分程度の場所。【行程表】名鉄前後駅 朝7時出発↓旧東海道を岡崎方面に。途中、つい最近枯れてしまった街道筋の一本松を確認。↓街道両脇に珍しく対で残る阿野一里塚↓二村山に向かって北上(明治時代の道を使う)↓二村山で「斬られ地蔵」他、鎌倉街道の面影を堪能↓沓掛城址 青木地蔵 大久伝八幡社↓酒井神社 永福寺 観音寺 祖母神社↓根上がりの松(インフレ・パイン) 在原寺(キンギョツバキ) 無量寿寺(カキツバタ)↓名鉄三河八橋駅 夕6時ぐらい到着

2013年5月2日(木) 9:54 UTC+09
 大好きな映画を少し見返した。「ブレードランナー」1982年制作。舞台は2019年のロサンゼルス。温暖化が進んだためか、一日中雨が降っている。登場するのは反乱を起こしに地球に戻ってきたアンドロイドとそれを始末するブレードランナー(ハリソン・フォード)。写真はブレードランナーを退役したハリソン・フォードを無理矢理復帰させるために当局に連行しようとする場面。乗り物は「スピナー」と呼ばれる地上走行かつ空中飛行可能なパトカー。あと6年しかないので、こんな乗り物は実現しないだろう。スピナーの計器はブラウン管式なので、この部分は現代の技術は追い越した。

2013年5月1日(水) 21:42 UTC+09
近所の激安バッタ屋で売っていた菓子。上は「小石チョコ」下は「スポーツようかん」。どう考えれば、こんな商品が出来上がってくるのか不思議だ。全く売れないのでバッタ屋で売りさばかれる運命ととなったのだろう。小石チョコ。超越している。なぜ小石とチョコとが結びつくのか。おそらく出来損ないを見て、この名前を思い付き、売り出したのだろう。だか味は悪くない。むしろ美味しい部類だ。成城石井で安売りされていたフランス製のトリュフチョコに比べれば、格段に美味い。用途としては、愛知県下の喫茶店の風習であるコーヒーのおつまみ等であろう。スポーツようかん。企画室のブレーンストーミングの結果だろうか。バッタ屋価格30円。味は普通の羊羹。

2013年5月1日(水) 5:08 UTC+09
AMラジオのデジタル化で思い出した。数年前にキットで作ったスパイダーコイル式ゲルマニウムラジオを久々に聴いてみた。よく聴こえる。説明書通り作ったつもりだが、NHK第一しか入らない。ラジオがデジタル化するとこんな簡単な仕組みでしかも電源要らずでラジオが聴けなくなる。ここで疑問。全く電源無しで聴こえるとしたら、物理法則に反している。ラジオが聴けるのはどこからかエネルギーをもらっているからだ。それは他でもない電波そのものがエネルギーとなっているからだろう。だとすれば電波塔から出ている出力が一定ならば、ゲルマニウムラジオが増えれば増えるほど、いやゲルマニウムラジオでなくてもいい、ラジオが増えるとある台数以上からラジオが聴けなくなる筈である。一体、何台のラジオまで放送が聴けるのだろうか。それにしても音声はiPhoneで一瞬にしてデジタル化して録音できるのに、どうしてAMラジオのデジタル放送は時間がかかるのか。やはり意図的に時間差を設けているのか。

2013年4月30日(火) 8:57 UTC+09
 名古屋市堀田にある「濱神明社」。小さな神社でそんなに有名ではないと思う。しかしその直ぐ近くにある雀荘の名前が「浜」。こういう街を愛する心が街の発展を促す。はずだ。麻雀「浜」の位置http://goo.gl/maps/Okb4j濱神明社の位置http://goo.gl/maps/fnXnc濱神明社の由来などhttp://www.city.nagoya.jp/mizuho/page/0000001616.html

2013年4月30日(火) 8:17 UTC+09
 中日巨人戦観戦の前に、絶不調の中日の勝利を祈願しに名古屋市地下鉄堀田駅の近くにある濱神明社に寄った。ここで新たな発見。常夜灯に彫られている願主には、あの「柴山藤蔵」の名が。「あの」と言われても殆どの人は分らないと思うが、この人は尾張やその近隣諸国のそこら中の神社などに寄進をしている人で、尾張の酒の「鬼ころし」で有名な清洲桜醸造の創業者である。これは何かいいことがありそうだと思いながら、球場に向かった。いい発見に気を取られて、お詣りするのを忘れてきた。濱神明社の位置http://goo.gl/maps/fnXnc

2013年4月30日(火) 7:50 UTC+09
 ナゴヤドームエグゼクティブエリア限定の生ビール。試合開始前。

2013年4月30日(火) 6:55 UTC+09
 球場で野球中継をインターネットラジで聴いていたら凄いことに気付いた。なんと1分程度のずれが生じている。音声をデジタル変換し、インターネットでデータを転送するので、数秒の遅れはあると思っていたが、これ程遅いとは。技術的なデータ転送遅延なのか、それとも意図的なものなのか。後者だとすると生中継さえも情報操作される可能性があるということか(不都合な発言の消去など)。

2013年4月30日(火) 6:33 UTC+09
 久しぶりに野球を観に行った。中日巨人戦。1回表で巨人に4点を入れられた時はどうなるかと思ったが、11-4で中日。たまにしか観に行かないが、中日が負ける姿を見た記憶がない。写真は6回裏一死満塁、4番ルナの右中間三塁打の瞬間。打球(投手頭上右斜め上)も捉えた写真だが、興奮してシャッターを力強く押したためかブレブレになった。28mm(35mm換算)の単焦点カメラのGR Digital IVで撮影。

2013年4月29日(月) 12:31 UTC+09
一月前に壊れて修理に出したNexus7が戻ってきた。内部回路基板を交換したらしい。中身をそっくり入れ替えるのだから、新品交換の方が安いような気がする。購入者としては、新品でまた故障されるよりは、ちゃんと検査された修理用品で修理してもらった方がいいような気もする。品質管理体制がどうなっているか分からないので、何とも言えんが。

2013年4月28日(日) 9:00 UTC+09
本日はお伊勢さんで、能を奉納する。去年は自動車で向い渋滞に巻き込まれて、遅刻してしまった。今年は式年遷宮なので、更に渋滞すると見込み、近鉄電車で伊勢入りする。お伊勢さんまで家から歩いて行ったら六日間掛かったが、電車を乗り継げば三時間ぐらいだ。便利になったなぁ。これ以上、何を望む。

2013年4月27日(土) 9:31 UTC+09
 家の玄関先に置いてある鉢植えのスズランの花。ドイツスズラン。

2013年4月26日(金) 6:35 UTC+09
これ凄いわ。画像のつなぎ方や音楽がいい。

2013年4月26日(金) 6:07 UTC+09
 デスクトップオーディオに使っているiPhoneアプリのネットワークメディアプレーヤ。こうやって書くともはや日本語とは思えないなぁ。アプリの開発者の人にアナログメータの部分の背景色が変えられる様にして欲しいと頼んだら、改造してくれた。これでほぼ理想の意匠になった。https://itunes.apple.com/jp/app/yardbirds-hairezo-pureiya/id541449141?mt=8

2013年4月25日(木) 6:41 UTC+09
 戦場写真で有名なロバート・キャパというのは、架空の名前で、しかも二人の写真家の活動時の名前だったらしい。NHKの日曜美術館で最近知った。アンドレ・フリードマンとゲルダ・タローとの二人である。ロバート・キャパの写真はアンドレ・フリードマンの撮影によるもので、ゲルダ・タローはフリードマンのマネージャーだと思われていたが、ロバート・キャパの写真にはタローの撮影した写真も含まれているらしい。因みにゲルダ・タローの「タロー」は岡本太郎に由来すると言われている。http://www.yaf.or.jp/yma/jiu/2012/capataro/キャパの写真で有名なのは、スペイン内戦で撮影された「崩れゆく兵士」であろう。兵士が撃たれた瞬間を捉えたと奇跡の戦場写真と言われている。ところがこの写真は戦場の写真でもなんでもなく、軍事演習で足を滑らせた兵士を撮影しただけだと言われているらしい。これも初めて知った。しかもこれは数十年前から知られている有名な話しのようだ。写真そのものを加工しなくても、いくらでも情報操作が可能であると言うことが解ってくる。ベトナム戦争時に有名だったウィリー・ヴィコイと言う戦場写真家がいた。負傷した赤ん坊を抱いて憮然とする母親を写した写真が有名である。ところが赤ん坊を抱きかかえる母親の手には紙幣らしき物が握られている。どうもこれはヤラセではないか、と言う疑惑があるらしい。http://www.time.com/time/covers/0,16641,19750331,00.htmlもう一体何が何だか。

2013年4月24日(水) 6:35 UTC+09
 皐月の植木鉢に咲いた小さな菫。花は7〜8mm程度しかない。

2013年4月24日(水) 6:22 UTC+09
 昨日、謡(能)の練習をやった。今度の日曜日の28日は伊勢神宮で能の奉納を行う。興味のある方は見に来て下さいね。12時から。出入り自由。無料です。http://www.isejingu.or.jp/whatsnew/detail.php?uid=92「氷室」という演目の練習をしていた時、以前よりどうも意味がよく分らないと思っていたが、ふと気付いた。「氷室」は、真夏に宮廷へ丹波の山奥に保存してある氷を届ける様を見て天下太平を寿ぐという話。練習は、道中、氷をどうにか融かすまいと急いでいる場面。「とかすなとかすなと氷室の神は 氷を守護し 日影をへだて寒水をそそぎ…」『日影を隔て』の部分が解せなかった。氷を融かさないなら、日影にすべきなのに、なぜ隔てるのだろう、と思っていた。昨日、謡っているうちに気付いた。「影」は光の意味もあった。だから「日影」は陽射しの意味だから「日影を隔てる」で意味が通じる。星影(ほしかげ)、月影(つきかげ)という言葉があるのだから日影も日の光の意味だが、日影はもっぱら陽射しのあたらない部分の意味で使うのでややこしい。全く逆の意味で同じ言葉を使うと言うのは珍しい。混乱するので、現代人は「影」を光の意味で使うことが殆どなくなってきた。それにしても何故こんな使い方が成立したのだろう。元々「影」と言う言葉は、天体などからの光によって明暗が起こる現象を指したのだろう。だから明るい所も「影」だし、暗い部分も「影」、明暗ができること自体が「影」ということに違いない。仮面の忍者「赤影」はどういう意味だろう。赤い光か赤い影か。忍者だから闇の意味で暗い方なのか。昭和の言葉だから後者だろう。

2013年4月23日(火) 6:53 UTC+09
 最近、漢方医学と言うのは、日本で独自に発展した医学をさす言葉だと言うことを知った。中国伝来の医学だと思っていた。起源は中国大陸から伝来したものだが、江戸時代に独自発展した。西洋からの医学と区別するために漢方、蘭方と言う言葉ができたらしい。最近読んだ学研まんが『漢方薬のひみつ』にそう書いてあった。また、桂皮とか朝鮮人参などを生薬と言って、それらを二種類以上組み合わせたものを漢方薬と言うらしい。

2013年4月23日(火) 6:26 UTC+09
 三月末.池の岸の倒木で日向ぼっこをする亀と鴨。亀は全て外来種のミドリガメ。ミドリガメ(ミシシッピーアカミミガメ)は比較的早めに冬眠から覚める。http://goo.gl/maps/szEhB

2013年4月21日(日) 22:36 UTC+09
 近所のバッタ品安売り屋で売っていた飴。190円。名前が「久助」。久助とは割れ菓子のことらしいから、そのままの商品名だ。製造は愛知県清洲市の太喜製菓株式会社。くちゃくちゃに歪んだ顔の金太郎飴、カキツバタかアヤメのつもりが捻れて何が何だか判らなくなっているものなど色々あって面白い。http://www.weblio.jp/content/久助

2013年4月21日(日) 22:07 UTC+09
先日、愛知県知立(ちりゅう)にあるジャズ喫茶に行ってきた。いい感じの店である。壁はレコードだらけだ。店の中にはジャズコンサートのチラシに混ざって円山応挙展や上村松園展のものも貼ってあったので、店の主人に能の公演のチラシも貼らして下さいと頼んだら、「ああ、いいですよ。能って前衛だよね」と一気に1970年代に引き戻される様な返事を頂いた。11月上旬の能楽公演のチラシを置かしてもらおう。ジャズ喫茶「グッドベイト」の位置http://goo.gl/maps/gc9Sy

2013年4月21日(日) 21:44 UTC+09
 家のインターネット環境を変更した。今まで100Mpsの契約だったが、300Mbpsの契約に変更した。月額料金は100円程度上がる。【家のネットワーク】インターネット┃ルータ ─ (内蔵無線アクセスポイント) ─ PC、iPhone│├ ハブ1 ─ Mac、無線アクセスポイント ─ iPhone3GS(ネットオーディオ用)├ ハブ2 ─ AppleTV(小型)、メディアプレーヤ(ASUS O!Play)、テレビ1├ ハブ3 ─ AppleTV(旧型)、PS3、テレビ2、無線アクセスポイント└ NAS(1TB WebDAVサーバ、DLNAサーバ)NASとはネットワークに直接つないであるハードディスクのことで、ネットワーク内のパソコン等からアクセスできる。WebDAVを使うと家庭内のLANだけからではなく、インターネットからもアクセスできる。つまり、外からiPhoneでNASのファイルが読み込める。NASに音楽ファイルを入れておけば、iPhoneの中に入れなくても自分の所有する音楽ファイルが再生できるのである。NASには現在、20GB分のバッハ全集が入っている。自分専用クラウドである。家の中にあるけど。安全性はどうか。ユーザIDとパスワードを入力しないとファイルが読み込めない様になっている。個人のサーバなら、この程度で十分だろうと思っているが、どうなのだろう。とは言え、やられたとしても音楽データを抜かれたり、改竄されたりする程度だから何の問題もないと思っている。

2013年4月21日(日) 12:40 UTC+09
岡本太郎記念館で買ってきた太郎マグ。家宝とする。

2013年4月19日(金) 7:55 UTC+09
 先日の抜ける様な青空の前に立つ渋谷109。そこにでかでかと貼られた吉野家牛丼の値下げ広告。広告料は牛丼何杯分なのだろう。

2013年4月19日(金) 7:30 UTC+09
 先日、日本銀行総裁の黒田氏(に大変よく似た方)と会食する機会があった。黒田総裁(似た人)が言うには、「今回、日銀は白黒はっきりさせる方針に大転換した」とのこと。ふむふむと思って聞いていたら、黒田総裁(似た人)は「白川氏から黒田氏だから」と続けた。単なるおやじギャグだった。

2013年4月19日(金) 7:08 UTC+09
 ペンタックスリコーの新型デジタルカメラ『GR』の発表があった。発売は5月下旬らしい。銀塩フィルム時代からの長年のGRファンなので、このGRは是非とも買いたいのだが、現状の予約価格は10万円弱。まだまだデフレ市場だから、半年待てば半分ぐらいになる様な気もするが、今回のこのカメラの仕様には、GRファン大望のセンサーの大型化(1/1.7インチ→APS-C)が含まれているので、売れまくるかもしれない。すると思ったより価格の下落がなく、むしろほんの少し上がることもあるかも知れん。いつ買うか。今でしょ…か?【参考:現行のGR DIGITAL IV】http://www.ricoh.co.jp/dc/gr/digital4/

2013年4月18日(木) 23:08 UTC+09
中京競馬場前の居酒屋「赤ちょうちん」の締めのお茶漬け。焼き鳥が入った「焼き鳥茶漬け」。初めて食べた。

2013年4月18日(木) 6:38 UTC+09
 テレビで化石がどうやってできるかを簡単に説明していたのを見て思った。「古代の生物が死んで、その上に土が積もって…」と言っていたが、そんな悠長なことをいっていたら、死骸は他の生物に食い荒らされるし、残った骨は土が積もる前にバラバラになるだろう。化石は生物が死んでできるのではなく、「生き埋め」でしかできないのではないか。突然、頭の上から土砂や火山灰が降ってきて生き埋めになって、生きていた姿で化石として現れる。植物も魚も恐竜も皆同じ生き埋め。そうに違いない。

2013年4月17日(水) 6:33 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市街。淡水から台北市街に戻ってきた。東洋の都市を象徴する様なビル群。ビルの壁にはエアコンの室外機がたわわに実っている。公園の花壇の前で植えられるのを待つ大量のベゴニア。街のど真ん中にある用水路の堰。暗渠になっているためか周りには用水路はなく、突然このダムの様な物が顔を出している。「長安抽水站」と書いてあるから、多分、取水口なのだろう。「站」の字は電車の駅の意味でよく使われている。からすみ屋。ここのは品質が非常に良いらしい。パイロットやCAが買いに行く所と言う話しを妻が仕入れていた。タクシーの運転手、パイロット、CAの行く店には弱い。からすみ屋「漁の屋」の位置http://goo.gl/maps/RHoxW

2013年4月16日(火) 20:27 UTC+09
 東京駅八重洲地下街にある私の好きな古書店「R.S.Books」。

2013年4月16日(火) 20:16 UTC+09
 皇居東御苑の天守台。http://goo.gl/maps/Wj3sJ

2013年4月16日(火) 20:00 UTC+09
 六本木ヒルズ52階展望台から見る東京タワー。景観を楽しむ民衆。なんかいい感じの写真になった。展望台の料金は1500円。実は展望台には入っていない。ミュシャ展の売店から展望台を通して東京タワーが見えたので、写真を撮った。どういう訳だか、地面で見るよりもこの展望台で見た東京タワーの方が大きく見えた。写真で比べると当然ながら同じ高さだった。

2013年4月16日(火) 19:44 UTC+09
 岡本太郎デザインの普通に座れる椅子。柳宗理のバタフライスツールと並んで私の好きな椅子。アトリエと玄関に置いてあった。太郎の椅子http://www.idee-online.com/shop/g/g100508/柳宗理のスツールhttp://www.tendo-ply.jp/?pid=1058839

2013年4月16日(火) 19:30 UTC+09
 岡本太郎記念館のアトリエに貼ってあった下絵のメモみたいもの。太郎の直筆のなぐり書きか、と思いきや、よく見ると印刷だった。単なる演出か。

2013年4月16日(火) 5:49 UTC+09
 歌舞伎座ランチパック。美味いわ。

2013年4月15日(月) 22:27 UTC+09
 歌舞伎座の地下にあるタリーズコーヒー。おお、マークも歌舞伎座仕様かと思って関心していたら、もともとの意匠だった。タリーズコーヒーのマークhttp://www.tullys.co.jp/brand/index.html

2013年4月15日(月) 22:20 UTC+09
 日本国憲法の複製。複製なのは現役公文書だからだと思う。吉田茂の「吉」は下が長い土吉。実家の近くの神社の日吉社もこちらの字である。父によると「吉孝の吉はこちらの字」らしい。確かに漢字で自分の名を書き始めた頃は土吉だった。自分が小学生か中学生の頃のある日、土の吉は百姓の字で、士の吉は武士の字と言うことを級友に言われたことがあった。うちの家系は武士でもなんでもなく、当時は第二種兼業農家だったが、百姓と言われて悔しかったので、下が短い「吉」に勝手に変えてしまった。それ以来、ずっと『士吉』で通しているが、父の思いを尊重して『土吉』に戻してみようかなぁ。パスポートやクレジットカードの署名と異なってくるのでまずいか。

2013年4月15日(月) 21:52 UTC+09
 大日本帝国憲法の原本。国立公文書館に展示してあった。大日本帝国憲法の原本を肉眼で見たことがあるのは近所では私ぐらいだろう。「臣民は此の憲法に対し永遠に従順の義務を負うべし」と書いてある。なんか厳しいな。

2013年4月15日(月) 21:39 UTC+09
 自転車に埋もれる竹久夢二居住地跡の石碑。詳しい場所http://goo.gl/maps/qdSS3

2013年4月15日(月) 21:26 UTC+09
 東急東横線旧渋谷駅ホーム。何やら機材がいっぱい置いてあった。

2013年4月15日(月) 21:20 UTC+09
 渋谷道玄坂にある『名曲喫茶ライオン』。まだ健在だった。この写真を撮ったときは、まだ朝の八時半頃だったので店も開いてないし、辺りに人もいなかった。名曲喫茶ライオンのサイトhttp://lion.main.jp/info/infomation.htm詳しい場所http://goo.gl/maps/RSMKF

2013年4月15日(月) 6:37 UTC+09
 岡本太郎記念館の庭に吊るしてあった半鐘。これの梵鐘版が名古屋清水の久国寺にある。http://www.lets-go-aichi.jp/article/2009/000175.html

2013年4月15日(月) 4:53 UTC+09
 都営浅草線に乗ったら、車両が京急1000形だった。発進時にモーターが音階を奏でる車両だ。この音は宝町を出発するところ。車両内で録音した。http://www.kotsu.metro.tokyo.jp/subway/stations/takaracho/a12.html

2013年4月14日(日) 7:20 UTC+09
 昨日の東京見物で訪れた主な場所。岡本太郎記念館。岡本太郎の旧アトリエ兼住居。館内撮影自由。ミュシャ展。森アーツセンターギャラリー。日曜美術館で紹介されていたので、行ってきた。有名な画家の美術館はいつも満員。チェコのミュシャ美術館は土日でも全然人がおらんかった。国立公文書館。お役所なので、普段、土日は休みは休みらしいけど、企画展をやっているので、展示室は公開。無料。写真撮影自由。ここも結構混んでいた。『近代国家日本の登場』と題された企画で、明治時代の複製ではない本物の公文書が多く展示してあった。日本国政府の公文書館なので、明治維新の頃が最古の公文書で、江戸幕府以前の公文書は日本国政府ではないから、保存の範疇に入らないのかなぁ、と思いながら見ていた。貰ったパンフレットをあとでゆっくり読もうと思っていたが、会場に忘れてきてしまった。歌舞伎座。大きなお土産屋があると言うことで、行ってきた。ここも人だかり。お土産にこけら落とし記念のヤマザキの『ランチパック豆大福風』を買ってきた。こけら落とし記念だと思って買ってきたが、よく見るとそんなことは書いてなかった。大きな垂れ幕には「葺落とし」と書いてあった。「(こけら)」は「柿(かき)」とは別の字で、意味は木の削りカス。元の字は「」だから旁の「市」を書く時は、ちょん、横棒ではなく、「木」と同じ様に横棒を書いてから上から下まで一本で書く。垂れ幕の歌舞伎文字も一直線になっているように見える。

2013年4月13日(土) 11:59 UTC+09
混んどるわ。

2013年4月13日(土) 11:41 UTC+09
六本木から東京タワーを撮影してみた。これからミュシャ展を観る。http://www.roppongihills.com/art/macg/

2013年4月13日(土) 6:30 UTC+09
 何これ。もう。高さまで合っとるわ。疾走する新幹線のぞみより撮影したもの。

2013年4月12日(金) 8:43 UTC+09
日本晴れの富士山。いつもと違う宝永山が目立たない位置から。

2013年4月11日(木) 7:56 UTC+09
路傍に咲くすみれ。どういう訳か大抵の街中のすみれはこういうコンクリートの隙間の土が少なさそうな場所を好んで生えている。先日、大げんかをした上の娘はこの花が咲く頃に生まれたので、それに因んだ名前を付けた。もうすぐ十八回目の誕生日だ。

2013年4月11日(木) 6:43 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時半頃。松阪。いい感じのめし屋。残念ながら廃業しているようだ。「仕出し」の「し」の字が書体の伝統を守っている。弁当の弁が旧字の「辨」の字になっているのがいい。その割に「当」は旧字の「當」ではない。視認性を重視した結果か。ならば「弁」の筈だ。「辨」を「弁」と書くのは間違いだと主張しているのだろうか。「弁」は本来「かんむり」と言う意味らしい。弁髪の「弁」かと思いきや。こちらの弁は本来「辮」のようだ。東京藝大のように「藝」と「芸」とは全く違う意味だと言いたかったのかも知れん。因みに略字体、新字体の「芸(げい)」ではなく、本字(元からある字)としての「芸」は「うん」と読んで、意味は香草の名前。東京と京都に芸艸(うんそう)堂という木版画屋がある。街並から切り取られて残る連子格子の旧家。街道沿いの豆腐屋。崩壊しつつある街道筋の街並。詳しい場所http://goo.gl/maps/TbkjY

2013年4月10日(水) 6:55 UTC+09
 テレビCMでの「女性のお肌のカンパン」と言われると、どうしても統帥権干犯の方が頭に浮かんでくる。食べる方の「乾パン」や船の「甲板」は発音が違うので、思い浮かべない。

2013年4月10日(水) 6:33 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時頃。松阪。松阪にようやく入った。薬師寺の仁王像。江戸時代の作。目玉がないのがいい雰囲気を醸し出している。仁王堂の横にある練塀。朽ちかけているのがいい。境内にある山の神、庚申塚。よく見ると小さなお堂の前には、錆びた小さな鳥居が置いてある。お堂に何が祀ってあるのかよく判らなかった。この様な古ぼけた雰囲気は金を掛ければできるというものではない。時の流れだけがなし得る技だ。少なくとも二百年ぐらいはかかるか。これが古い道歩きに求める価値である。薬師寺の詳しい位置http://goo.gl/maps/BpVNl

2013年4月8日(月) 6:26 UTC+09
 愛知県大府市の星名池でカワセミの撮影をする人。望遠レンズには迷彩が施してある。撮影している人の服も同系色。ここに撮影に来る人は本格派ばかりなので、カーキ色や迷彩色の服の人が多い。星名池http://www.obu-kankou.gr.jp/225/星名池のハス

2013年4月7日(日) 20:48 UTC+09
 久々にスペアリブを焼いた。食欲をそそる出来。出店で売れるのではないかと思うぐらい。やはりタレは24時間ぐらい漬けておいた方がきれいにできる。タレは市販の物。モランボン、日本食研のスペアリブのタレを1:1で混ぜて使った。ポイントは五香粉。これをタレに漬ける前に肉にすり込んでおく。これは能の先輩の氷見さんから教わった。風味が出てスコブル美味くなる。

2013年4月7日(日) 20:39 UTC+09
 今日のサザエさんを見て思ったこと。波平が子供の頃にベーゴマで遊んだ、という設定だった。波平は福岡出身で、54歳である。半世紀前、九州にベーゴマはあったのか。私の出身である愛知県一宮近辺にはベーゴマは一切なかった。我々の間でコマと言えば、リンク先の写真にあるような、鉄製の軸付きコマだった。ベーゴマの存在は学校の図鑑などで見て東京の子供たちの遊びとして知っていたが、本物は見たことがなかった。駄菓子屋で売っていたコマの軸は尖っていた。これだとすわりが悪い、手の平で回せないと言うことで、トキントキン(名古屋弁で先っちょが鋭く尖っている様子を表す形容動詞。用例:「おみゃあの筆筒の鉛筆は、みんなトキントキンに削ったるがや」→君の筆箱の鉛筆は、全て鋭く削ってありますね)の尖端をわざわざコンクリートの床や塀で丸く削ってから使っていた。

2013年4月7日(日) 11:08 UTC+09
 iPhoneのアプリの万年カレンダー。スクロールするとどんどん暦を遡ることができる。細かいことだが、明治五年十二月は旧暦から新暦への改暦した月である。明治五年十二月三日は明治六年一月一日になったので、今日の暦をそのまま遡った場合、写真の様なM05以前のカレンダーはない。M05の表記がなければ、西洋暦だから問題はないが、元号表記があれば、日本の暦になる。継続して表記するなら明治五年は十二月二日までの表示だろう。因みにこのカレンダーは明治元年まで遡れる。だが、この改暦の所為で明治元年一月一日はずれてしまっているので、もう何が何だか分らなくなっている。明治の改元は、それが布告された時点で布告された年の元日に遡って新元号の元年と見なす立年改元らしいから、慶応四年一月一日が明治元年一月一日であり、その日はグレゴリオ暦で言えば、1868年1月25日(土)になる。http://www.ganshodo.co.jp/mag/moon/files/m_c101.html

2013年4月7日(日) 10:05 UTC+09
 更に進むiPhone3GSの小型メディアプレーヤ化。DropBoxが意外と使いにくいことが判明。DropBoxの使い勝手というか、DropBoxに入れたの音楽ファイルのストリーミング再生(サーバに入っている音楽ファイルを直接再生するすること)の方法が限られている。WebDAVというデータ転送方式が使い易いらしく、様々なアプリがこれに対応しているようだ。DropBoxはWebDAVに対応していない。WebDAVに対応している無料クラウド(ファイルサーバ)を探すと結構ある。しかも無料で3G、5GB使えるところがある。これを使わない手はない。写真はWebDAV対応のアプリを使っている様子だ。レベルメータが付いていてオーディオっぽい。『YardBirds PLUS』というアプリで、インタネットラジオ再生とWebDAVでのストリーミング再生とが可能だ。350円。このアプリはWebDAVに対応しているサーバであれば、どんなサーバでもストリーミング再生してくれる。デジタルレベルメータの色は変えられる。アナログメータのバックライトの色がやまぶき色か橙色に変えられると物凄くいいのになぁ。提案してみよう。針の種類は変えられる。

2013年4月6日(土) 7:10 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時頃。久米。百々川縁の常夜灯。嘉永五年(1852)建立。現在の橋の様子。橋の名前はつかもとばし。「百々」と言う名前の川は、全国的にある。これは川の音から付けられる。どど、どうどなどと読む。川で水の音が大きい場所も「どど」「どうど」等と呼ばれる。等々力も同じ語源。恐らく架け替え前の石橋の残骸。親柱に平仮名で「どゝか(わ)」とある。こちらの親柱には「百二川」とある。「ひゃくに」ではなく繰り返し記号「」の楷書体と思えばいいか。繰り返しの記号として漢数字の「二」を小さく書く場合がある。それが用いられた形だ。そのため、少し小さめで右にずれている。大正年間に掛けられた橋らしい。橋の場所http://goo.gl/maps/YjvH0

2013年4月5日(金) 19:58 UTC+09
 先日、定期健康診断で便潜血検査結果が陽性となり、『大腸がんの疑いあり』と言うことで、近所の大病院で検査をしてきた。結果は異常なし。痔疾が少しあって、そこからの一時的な出血ではないかということになった。従って今後も大腸の内視鏡に因る定期的な検査は必要なしとのこと。あぁ、良かった。自分はがん家系で、祖父母、叔母数名をがんで亡くしている。つい先日は従兄弟ががんで亡くなってしまった。こういった背景があるので、便潜血の検査は毎年受けていた。そして今回初めて陽性になったので、とうとう自分の番かと思い覚悟をしていた。周りから大腸の内視鏡は相当辛いと聞いていた。しかし想像していた程ではなかった。担当医の話しだとあまりの痛さにびっくりした患者に蹴飛ばされたことがあると言うことだったがそんなこともない。ちょっとした腹痛というか腹の調子がおかしい程度である。もしかして先生が相当上手かったのだろうか。「屁のこき方がうまい」とおだてながら内視鏡を奥へ入れていくのは名人芸なのかもしれない。院内で最新鋭の内視鏡を使っているとも言っていた。これも痛みが抑えられている原因だろう。大腸内部の映像を先生と見ながら色々な話しをする。内視鏡検査は日本が一番進んでいて、日本で内視鏡の名医となれば世界の名医と言うことになるとか、胃カメラは日本で開発されたとか、オリンパスが内視鏡のシェア70%を占めているとか。使用している内視鏡は最新鋭なので、様々な波長の光が照射することができ、赤外線に近い光でヘモグロビンを際立たせて細かい血管も観察することができるという。自分の内蔵を覗くと言うのは初めてだった。「内視鏡が今、ぐるりと一周して大腸に入り込んでいるんですか」と聞くとそうですと言われた。ついでだから小腸まで見ておきましょう、ということで完全に大腸全体に内視鏡が収まった。肛門から入れられた管で腸の内部をモニタを使って、自分の目で、今その自分の大腸の内部の様子を見る。何やら自分がクラインの壺になったような感覚だ。内側と外側との区別なし。http://www.maa.org/CVM/1998/01/tprppoh/article/Glossary/KleinBottle.html素人目で見ても大腸の内壁の様子はきれいだ。健康そのものの様な気がする。それにしても普段はこの中に大便が毎日ぎっしり詰まっているのである。そして大腸はその大便からせっせと水分を吸収していると思うと自分の体の一部ながらけなげな奴だと思えてきた。半世紀間、大儀であった。あとの残りもしっかり頼むぞ。最後は若い看護師さんに肛門に何かの軟膏を塗ってもらって検査はおしまい。写真は病院内の郵便局。検査の前に腸内洗浄剤2リットルを1.5時間程掛けて飲んだ。排便を促すために院内を散歩して下さいと言われたので、うろうろしていた。病院内は一つの街のようになっていて無いものはない。ないのは飲み屋や風俗店ぐらいか。この病院の直ぐ隣には中京競馬場があるので、公営賭博は可能だ。中京競馬はG1もあるし、場外販売もあるからほぼ毎週楽しめる。藤田保健衛生大学病院http://goo.gl/maps/bBIRg

2013年4月5日(金) 6:46 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。地下鉄淡水駅。台北市街に戻るため、淡水駅で電車を待っていた。すると『日本東北 櫻花特快車』と書かれた列車が入ってきた。瞬間、復興応援だと理解した。全車両、東北の観光案内なのである。台湾の人々はこんなに気にしてくれているのかと感動して目頭が熱くなってしまった。涙腺が緩んでいるのは加齢の所為もある。1999年の台湾大地震の時、日本は真っ先に台湾を支援したと思うが、日本国内で台湾の地震に対し日本の人々がこれほど関心を持っていただろうか。今回の旅で一番の見付け物はこの日本東北列車だった。

2013年4月4日(木) 22:07 UTC+09
 着々と進むiPhone3GSの小型メディアプレーヤ化。パソコン用のスピーカを購入したのを機にパソコンを起動させなくても音楽ファイルが聴ける様にする。iPhoneにShoutCast等のインターネットラジオのアプリを導入することによりインターネットプレーヤにすることができた。更に手持ちの音楽ファイルをインターネットファイルサーバのDropBoxに入れて、それをストリーミング再生することにより、スピーカとiPhoneとWifiとで完結した小さな高音質オーディオシステムができ上がった。DropBoxは、無料で使用できるファイル容量が2GB。以前に酒井さんからDropBoxを紹介してもらったので、紹介料として0.5GB付加されて2.5GB。アンケートや他のデバイスにインストールしたりして更に0.5GB増やして、無料で3GB使える様になっている。他の人を紹介すれば一人当たり0.5GB只で使える様になる。紹介されてインストールした人も私と同様に0.5GB分只で使用できる様になる。ストリーミング再生のアプリはSongBoxPlayer。無料のものをいろいろ試してみたが、これが一番良さそう。広告が少し邪魔なので、85円の有料版を使っている。DropBoxhttps://www.dropbox.com/getspaceSongBoxPlayerhttp://lionllc.biz/songboxplayer-dropbox/購入したスピーカhttp://www.amazon.co.jp/dp/B000WHMG6W

2013年4月4日(木) 21:24 UTC+09
 半世紀程前、家の前の未舗装道路の水たまりで、お戯れになるご幼少のみぎりの私。

2013年4月4日(木) 21:11 UTC+09
 ちょうど三叉路の股の部分にある小屋に掲げてある看板群。小屋の持ち主は年間いくらぐらい広告主から貰っているのか。サラ金以外はかなり年季が入っている。左から鈴置電機商会。『機』の略し方が特徴的。桜みたいになっている。草書でもこんな形にならない。ナショナルパナカラー。家具調テレビ。三絃(三味線)教室。出張教室もあり。大府生コン工場。道行く人に生コンの需要はあるのだろうか。カメラ太陽堂。良い品を安く売る店!! 一眼レフの絵はレンズに爪がついているからニコンのカメラか。モータードライブ付き。太陽堂に重ねられた○○住宅設備。『もう一度火の用心』だけが見える。刈谷市市民会館隣 写真館 矢頭。『やとう』なのか『やがしら』なのか『やず』なのか。どうして振り仮名を書かないのだろう。読み方が分らないだけでも電話を掛ける人が減ると思うが。

2013年4月4日(木) 20:32 UTC+09
 家の近くにある道端に菜の花が咲く古い道。子供の頃、こういう道が沢山あった様な気がするが、最近は見かけなくなった。貴重な道。詳しい場所http://goo.gl/maps/1Jzwz

2013年4月4日(木) 20:21 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時頃。久米。古川水神遥拝所。遥拝所だから遠くどこかに『古川水神』があるのだろうけど、どこにあるのか分らない。胴のない常夜灯。何かが祀ってあるが、何か分らず。山の神。文字を赤ペンキでなぞるのは、この辺りの風習らしい。古ぼけた小さな鳥居がいい雰囲気を醸し出している。水木しげるの世界。妖怪たちの小宇宙。古川水神遥拝所の場所http://goo.gl/maps/XBymG

2013年4月4日(木) 19:55 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時頃。久米。街道に面しているところに門柱のある家。煙突とタイル張りの竃も街道側に張り出している。露出している竃の部分は灰の取り出し口だから、竃を掃除するときはわざわざ街道に出なければならない。通常は自分の敷地側に出すのだろうが、変則的になっている。廃屋。商売をしていたようだが、廃業しのか。元店舗と思われる場所は温室として使われている。街道沿いには、こういう『廃業温室』がよく見られる。温室の中では大抵、蘭、菊などが栽培されている。街道の一角に見つけた石。何となく「庚申」と書かれている様な気がする。庚申塚だと中々撤去する気にならないだろう。詳しい場所http://goo.gl/maps/6cD1z

2013年4月4日(木) 7:39 UTC+09
Nexus7を修理に出した。突然、電源が入らなくなるという私の場合と同じような故障が頻発しているらしく、修理工場は満杯で時間がかかるそうだ。一ヶ月以上は覚悟して欲しいとのことであった。新品と交換できんか?と尋ねたら、購入二ヶ月後では初期不良にならないので、勘弁して下さいと言われた。仕方がない。待つか。

2013年4月4日(木) 6:57 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。地下鉄駅近くの繁華街。焼き臭豆腐の屋台。凄い臭いを醸し出していた筈だが、一年前なので、臭いの記憶がなくなってしまった。詳しい場所http://goo.gl/maps/0NLGi

2013年4月3日(水) 7:37 UTC+09
タブレットnexus7の電源が何をやっても入らなくなった。まぁひゃあ(「もう」 名古屋弁)壊れてまったか。

2013年4月2日(火) 6:40 UTC+09
 家の近くの池のそばの畑に掲げてあった。ヌートリアが出没するらしい。カピバラとの違いは何か。他の池で野良のヌートリア(カピバラ?)が泳いでいるのを一度だけ見かけたことがある。詳しい場所http://goo.gl/maps/bY25S

2013年4月2日(火) 6:26 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。滬尾(こび、ほび)砲台。他の砲台跡。設置されていたアームストロング砲の説明図。台湾語でアームストロングは「阿姆斯脱朗後」と書くようだ。淡水の観光地図。右の現在地から左の地下鉄の駅まで歩いて行く。川縁の道。詳しい場所http://goo.gl/maps/6M25t

2013年4月2日(火) 6:08 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十五時頃。久米。伊勢街道の様子。芸術的な蔵の窓。大昔のWindows。連子格子の家。大きな家の黒い塀。詳しい場所http://goo.gl/maps/FSWjw

2013年3月31日(日) 8:25 UTC+09
 川縁のヤギは撤去されていた。小屋は撤去されていない。やはり河川管理は関係なかったようだ。まずはヤギから、かもしれんが。先週、柵に貼ってあった大府市からの通達『河川の維持管理上、著しく支障になりますので、ヤギを飼う等の行為は認められません。至急、ヤギと小屋の撤去をおねがいします』

2013年3月31日(日) 8:15 UTC+09
 妻と末娘を連れて歩いて花見に行ってきた。上の娘も誘ったが、面倒だと言うことでついてこなかった。息子は朝から出掛けていていない。妻は花粉症のマスクと紫外線防止の重装備。道中ところどころにある桜の木の花を愛でながら、目的の『枝振りの良さで定評はあるのだが、周りが電線だらけの桜の木』まで行ってきた。

2013年3月31日(日) 8:01 UTC+09
 枝振りの良さで定評のある近所の畑の端にある桜の木。撮影角度を色々試したが、どうしても電線が入る。去年見に来た時に、毎年撮影に来ると言う人にたまたま話しを聞いたら、数年前までは電線がなかったとのこと。どこから撮影してもどうしても電線が入ってしまうので、諦めて後で消していると言っていた。初めて電線を消してみた。うーむ、写真とは何なのか。桜の場所http://goo.gl/maps/n9rqH

2013年3月30日(土) 10:02 UTC+09
 デスクトップパソコン用のスピーカを買った。クリエイティブのIN-T10。アマゾンだと3000円以下(送料込)で買える。http://jp.creative.com/products/product.asp?category=4&subcategory=464&product=17040ものすごく音がいい。この値段でこの音なら文句なし。アマゾンでの評価もうなずける。アンプ内蔵型のスピーカ。電源スイッチ付きボリュームつまみとトーンコントロールつまみがついている。入力は二系統ある。どちらもアナログ音声入力。ステレオミニジャックである。一系統はパソコンからの出力につなげている。直接ではなく、パソコン(Mac)からUSB音声信号を出力させ、デジタル-アナログ変換をしてアナログ音声信号をスピーカに入力している。DA変換機はローランドのUA-1Xという10年ぐらい前に買った簡易的なもの。http://www.roland.co.jp/products/dtm/UA-1X.htmlもう一つの系統にはiPhone3GSをつないでいる。インターネットラジオ専用のメディアプレイヤとして利用する。iPhoneのヘッドホン出力は内蔵のアンプを通るので音が悪くなる。ドックコネクタからは内蔵アンプを通らない音声ライン出力が出ているのでそれをスピーカに入力している。ライン出力を取り出すアクセサリを2、3年前に買っていたので、それを使った。現在このアクセサリは生産中止になっている。当時は国内販売はなくて、USアマゾンで購入した。http://www.nuforce.jp/portable/products/icon_acci_01.htmlパソコンでインターネットラジオが聴けるので、わざわざiPhoneをぐ必要はないのではないか、と言われそうだが、Macを起動しなくてもインターネットラジオが聴ける様にしたかったのだ。とにかくいい音のするスピーカだ。ええ買い物をした。

2013年3月30日(土) 8:33 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時半頃。久米。小さなお堂。中に「庚申」の文字が彫られた庚申塚の石が祀られている。赤ペンキでわざわざ文字をはっきりさせてある。もしかしてここでは庚申講が今でも続けられているのか。お堂も結構新しい。昔、人間の体内には三尸虫(さんしちゅう 上尸、中尸、下尸の三匹が体の中にいると思われていた)という虫がいて、庚申の日の夜、寝ている間に天帝に自分の悪事を知らせに行くと信じられていた。庚申の日には、三尸虫の報告を阻止するため、宴会などをして徹夜するのが庚申講である。少し変わった道標。「左 さんくう道(草体)」年代は不明だが、「左」の字が「エ」ではなく「ヒ」であること、濁点が使われてないこと、平仮名と草体との組み合わせからすると江戸時代の建立であろう。天辺に溝があるのは、もともと常夜灯の足の部分を道標にしたからではないかと考えられている。街並がなくても、街道と一目で分かる。いい感じの道。あぁ、電線が邪魔。アスファルトは許す。詳しい場所http://goo.gl/maps/SzaqE

2013年3月30日(土) 7:13 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。滬尾(こび、ほび)砲台。外国で日本軍が作った砲台が見られるとは。嬉しくなってしまって何枚も写真を撮る。元々のアームストロング砲の台座の横に日本軍が高射砲の台座を設置した形になっている。太平洋戦争当時、沿岸防衛用の要塞砲と対空用の高射砲が並んで設置されていたのかどうかは不明。少なくとも高射砲は設置されていたことは間違いない。右下の写真は名古屋市の笠寺公園に残る高射砲台座跡。この写真の撮影は18年も前だが、今でも公園の中にある。戦時中、名古屋の防空のために笠寺古墳の上に高射砲陣地が設置された。笠寺陣地は、高射第二師団「逐(ちく)」高射砲第一二四連隊 第二大隊 第八中隊「あそ」と呼ばれていた。高射砲陣地の略称は山や川などの名前が平仮名で当てられた。名古屋地区では伊勢湾からの侵入経路が考えられていたので、名古屋市笠寺の他、名古屋港、東海市などにも陣地が構築されていた。十数年前、東海市へ砲台を調べに行った時、地元の古老に話しを伺ったら「あぁ、ここらへんのは『てんりゅう』『ながら』ね。勤労奉仕に行ったわ」と東海市に設置されていた高射砲陣地の略称がポンポン出てきた覚えがある。この時、ながら陣地は既に消失していて、てんりゅう陣地は雑木林の中に辛うじて残っている状態だった。今はどうなっているか確認をしに行ってないので不明である。日本では、こういう負の遺産が土地の開発でどんどん消失している。非常に残念なことだ。記録だけでは民衆は直ぐ忘れてしまう。過ちは現物でないと語り継げないのではないか。笠寺陣地があった場所の航空写真http://goo.gl/maps/yraK2

2013年3月29日(金) 6:47 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時半頃。久米。街道は続くよ、どこまでも。伊勢街道は丁字路を左に曲がる。交差点には道標、常夜灯、小さなお堂などが密集して並んでいる。道標には「いおち いしくわ(王)んおん道(草体)」とある。少し判りにくいが、道標の上部には右を指した指差し型の矢印が浮き彫りになっている。江戸時代に指差し型の矢印があったのか。まだ確証はないが、指差し矢印は明治以降ではないか。江戸時代なら「右」と書いているだろう。いおち観音とは松阪市岩内(ようち)の瑞巌寺のことらしい。http://www.panoramio.com/photo/85019548山の神二基。山の神は二つ並べて祀られていることが多い。行者堂の中の役行者像。丁字路の位置http://goo.gl/maps/juqCv

2013年3月28日(木) 20:52 UTC+09
 東証一部上場企業のホシザキ電機[6465]の工場の横を歩いていたら、構内からサザエさんのBGMが聞こえてきた。構内輸送機械の接近警告音だと思われる。流れていたのはリンク先YouTube動画の44秒からのBGMhttp://youtu.be/WcUTZ0IQqC4

2013年3月28日(木) 7:12 UTC+09
近所の交通量の多い道端に植えてあったスズランスイセンの花。可愛いので、接写してきた。家に戻って大写しにしたら、花にびっしりと黒い粒子物質が付着している。昔と思うと自動車の排気ガスはきれいになっているが、よく見るとまだまだである。多分、中国は関係ないと思われる。

2013年3月28日(木) 7:12 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。滬尾(こび、ほび)砲台。コンクリートで作られた砲台跡。中心部(草の生えている場所)にアームストロング砲が設置されていたらしい。解説に因ると設置されていた大砲の砲口は全て海の方を向いていたようだ。看板のラーメンマークがいい。本場のラーメンマークだ。砲弾を格納したのであろう。結構大きい大砲だったのか。砲台の壁に砲弾の格納庫を設置するのはよくあるが、格納場所を砲弾の形にするというのは日本ではあまりない様な気がする。日本統治以前の構築だから関連性がなくて当り前だが。丸で囲んである人は現地の観光案内ボランティアの方である。日本語がペラペラだった。日本統治時代のここの扱われ方を訊ねたら、太平洋戦争中、日本軍はここに高射砲を設置していたという。台北で高射砲の台座が残っているのはここだけだ、と教えてくれた。おお、高射砲の確かに台座がある(右下)。大体、径が1mぐらいか。小さい穴は高射砲を固定するボルトの跡だ。この形は日本国内に残っている高射砲台座と全く同じである。

2013年3月28日(木) 6:24 UTC+09
ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。市場庄。延々と続く往時を偲ばせる街道。屋号の看板が街道筋の殆どの家に掲げられている。片っ端から撮影してきた。商店街としてかなり賑わっていたのか。街並を説明する看板があった。何故、出口(伊勢神宮に近い方)に設置したのか。伊勢に向かって街の入口に立てるのが普通ではないか。立て看板には撮影してきた屋号が全部記入されている。屋号の看板を全部撮影する必要はなかった。入口付近に立てられる場所がなかっただけか。街並説明の看板の位置http://goo.gl/maps/vBjEk

2013年3月27日(水) 6:29 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。滬尾(こび、ほび)砲台。紅毛城から暫く歩いた所に清朝が構築した砲台が残っている。この滬尾砲台は1889年に完成したらしい。廃墟、戦争遺跡好きなら押さえておかなければならないポイントである。「また父さんの趣味か」と言いながら妻と娘たちは付き合ってくれた。まさに亭主の好きな赤烏帽子状態。ここで思わぬ物を見つけた。滬尾砲台http://www.tshs.tpc.gov.tw/content_jp/about/about_content001.aspx?id=4詳細な場所http://goo.gl/maps/ssoza

2013年3月26日(火) 6:33 UTC+09
 日曜日に桜の様子を見に行ったら、川縁で飼われている山羊を見つけた。いや、川ではなく用水だ。こんな所で面白いなぁと思いながら近づいてみると、市から撤去のお願いの貼紙が二つも貼ってあった。

2013年3月23日(土) 8:09 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。紅毛城。古い大砲が沢山並んでいた。漢字が書いてある。嘉慶十八年と言った年号が書かれていたので、清朝支配時代のものらしい。嘉慶十八年は1813年。巨大木靴。オランダ統治時代に因んで。地ならしローラー。俗称コンダラ(巨人の星 思いこんだら…)。いつ頃のものか。花崗岩でできているので、古いことは古いと思われる。庭球場だったのか。

2013年3月23日(土) 7:35 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。市場庄。忘れ井の後ろにある山の神。水木しげるの小世界。木の陰にある小さな灯籠。忘れ井の歌碑。別れ行く 都の方の恋しきに いざ結びみむ忘井の水かなり古ぼけているので、文字が判別しづらい。忘れ井の位置http://goo.gl/maps/iwzjb

2013年3月21日(木) 6:31 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。市場庄。忘れ井の道標。宝暦元年(1751)建立。「忘井之道」「わ(ワ)す(春)れ井 是より半丁」とある。法則通り、楷書は楷書のみ。仮名混じりの場合、漢字は草書になっている。忘れ井は道標が立っている伊勢街道から100m程離れた場所にある。【忘れ井】別れゆく 都の方の恋しきに いざ結びみむ忘井の水詳細はここを参照http://www.city.matsusaka.mie.jp/www/contents/1324945978843/index.html井戸は、残念ながら埋まってしまっている。道標の位置http://goo.gl/maps/s4WO2 

2013年3月21日(木) 6:02 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。スターバックスで一服する。台湾では『星巴克』と書くらしい。日本読みだと「せいはかつ」。「スター」という音と「星」の音と意味が妙に合っていて面白い。暫く歩くと、紅毛城に着く。十六世紀の大航海時代に台湾は西洋人に発見された。その後五十年ぐらいスペインとオランダに支配を受けていた。淡水は当初スペイン人の貿易拠点となっていて、この紅毛城はスペイン人が建てた。後にオランダ人によってスペイン人は退却する。明朝の鄭成功(ていせいこう)がオランダ人を追い出すまでオランダ人の支配を受けていた。紅毛城の場所http://goo.gl/maps/T7AOk

2013年3月20日(水) 6:44 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。淡水。妻と娘たちがファンであるEXILEの誰かが、「台湾の淡水はいいところだ」という様なことを言っていたらしいので、行くことになった。淡水には私好みの観光スポットもある。淡水と言う地名だが、海に近いので、魚介類の屋台がたくさん出ていた。漢字だけを見ていると「螺」「魚」とかおどろおどろしいが、さざえ、イカのことなのである。スマートボールもある。日本の観光地と良く似ている。淡水の場所http://goo.gl/maps/KiWML

2013年3月20日(水) 6:37 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。市場庄。屋号が『合羽屋』の家。格子の後ろには合羽屋と書いた行灯が置いてあった。何に使うのだろう。合羽屋と言うぐらいだから合羽専門店だったのだろうか。傘等の雨具も売っていたのか。『合羽』は江戸時代に入って来たポルトガルからの外来語だから、江戸時代創業であれば、当時はハイカラな屋号だったのかも知れない。街道の雰囲気を色濃く残す街並が続く。屋号『清遠堂』。代々続く医者らしい。現在はどこか別の場所で開業しているのだろうか。『電話二番』とある。電話番号が若いというのは、街の名士の証である。詳しい場所http://goo.gl/maps/UiUpc

2013年3月19日(火) 7:25 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。六軒。街道筋の大きく古い美容室。街道の雰囲気を踏襲した民家。屋号は『古万(ふるまん)』。何をやっていた家なのか。『立春大吉』のまじないがいい。トタンが錆びまくっていい感じになっている蔵。米蔵だったようだ。詳しい場所http://goo.gl/maps/8aMOC

2013年3月19日(火) 7:08 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。地下鉄龍山寺駅。地下鉄はMRT(台北捷運)と呼ばれている。駅構内は台湾の雰囲気たっぷり。果物屋さん。冷蔵庫にはmeijiのロゴ。プラットホーム(月台)は普通。台北車站駅で淡水線に乗り換える。終点が淡水駅。台湾でも線路の終点が見られる。MRT路線図http://web.trtc.com.tw/img/all/462K路網圖.jpg

2013年3月18日(月) 22:31 UTC+09
 名古屋市緑区大高町の辺りを歩いていたら、井戸が並んで二つ掘られているのを見つけた。井戸が並んでいるのは珍しいなと思いながら、この並んだ井戸のある場所の反対側には狭い場所に六つも井戸が掘られていた。この辺りは地下水がかなり豊富に流れているようだ。直ぐ近くには萬乗醸造と言う酒蔵がある。九平次という酒を作っている。酒ができるぐらいだからいい地下水が流れているのだろう。これらの井戸は酒蔵と関係しているのだろうか。萬乗醸造http://kuheiji.co.jp/井戸の位置http://goo.gl/maps/iQEgI</div>

2013年3月18日(月) 22:10 UTC+09
 『愚痴聞き地蔵』なるものを発見。何か物凄く新しそう。あと百年は経たんと信憑性が出てこんのでは。名古屋市緑区大高町の東昌寺。東昌寺の場所http://goo.gl/maps/Ds1KG

2013年3月18日(月) 7:10 UTC+09
名古屋市大高にある氷上姉子(ひかみあねご)神社に歩いて行ってきた。真っ直ぐ行けば、家から一時間程度の距離だが、色々寄り道をしたので二時間程度掛かった。この神社は熱田神宮にゆかりがあることで知られているらしい。再来週の日曜日にこの神社で神楽があるらしいが、この日は謡の稽古があるので見に行けない。

2013年3月17日(日) 10:48 UTC+09
 最近、腕時計を買った。衝動買い。右端の黒い文字盤のもの。この時計は知っている人には人気があったが、既に絶版になっており、アマゾンでの価格が上がっていた。そのアマゾン価格の半額だったので慌てて買ってしまった。後で冷静になってwebを調べてみると、買った値段と同じ値段で販売しているサイトがあった。なんだ、アマゾンだけで値上がっていたのか。まぁいい。そのサイトと同じ値段で買えたのでよしとする。私の今の腕時計の条件は、(1)電波時計であること(2)太陽電池式であること(3)時刻表時にアラビア数字が使われていること(4)文字盤に蛍光もしくは蓄光塗料が使われていること(5)3連コマ金属バンドであることである。そして最後の条件(6)文字盤の色がベージュ。これを全て満たした腕時計は存在しない。意匠だけからするとBell&Rossの昔のモデルがピッタリであるが、如何せん時計内部は自動巻機械式である。【Bell&Ross】http://niceshop-online.com/images/yyvvll0101.jpg日本の腕時計メーカはベージュの文字盤を最近は全く採用しない。ベージュがいいんだけどなぁ。

2013年3月17日(日) 9:46 UTC+09
 ちょくちょく『10%増量』と書いた食料品を見かける。おっ、これはお得だと思ってついつい買ってしまう。よく考えてみると、いつ時点からの10%増量なのか。デフレで価格が上げられない分、中身を減らしている場合がよくある。そうなるともともと減っているところへもって少し増やしたのであれば、元に戻しただけではないか。何かよく分らん状態だなぁ

2013年3月17日(日) 9:35 UTC+09
 名古屋鉄道 パノラマカー登場時の車両紹介パンフレット。懐かしい名鉄の踏切、メロディーホーンの楽譜付き。

2013年3月17日(日) 9:20 UTC+09
 昨日は、小五の末娘のピアノ発表会だった。演目は坂本龍一作曲「戦場のメリークリスマス」。好きな曲だ。ピアノの先生の指導に加え、Youtubeの坂本龍一自身の演奏を参考にしながら練習した成果を披露した。昔だったらこんな練習の仕方は通常は考えられなかったろう。バッハがインベンションを直接指導している様なもんだ。懸命に弾く娘の演奏を聴いて目頭が熱くなった。加齢で涙腺がかなり緩んでいる。これを機にピアノは止めると言う。習い事が多過ぎると言うことだ。あぁ、これで娘にバッハのインベンションやスカルラッティのソナタを弾いてもらうと言う夢は断たれた。上の娘にもそのつもりで習わせていたが、続かず夢は実現しなかった。戦場のメリークリスマスhttp://youtu.be/K2V8cIBKYnU弾いてもらいたかったインベンションhttp://youtu.be/31r5ZgWeC0o 〃 スカルラッティのソナタhttp://youtu.be/MYLss7QN4AM

2013年3月16日(土) 9:17 UTC+09
 ステンレスソープ。ステンレス石鹸とも。タマネギや生魚の臭いが簡単に取り除けると言うまやかし商品。百円ストアに久しぶりに入ったら見つけた。嬉しくなって買ってしまった。昔からこの石鹸の存在は知っていた。しかし値段が100円と言うのは初めて見た。この類いの商品は、安過ぎるとかえって信憑性が薄れるので数千円で売られたりしていた。とは言え、ステンレスの塊なので原価は普通の石鹸のようにはいかないのであろう。そこでダイソウは考えた。塊である必要はない。板で形を作って上下を溶接すれば材料費は低くできる。ステンレスは錆びないので、減りもしない。簡単に潰れない程度の板厚さえあればよい。これで売価100円が実現できたのだろう。それにしても、どうして臭いが取れるか科学的理由が思い付かない。試す気にもならない。それに本当に効果があれば、ステンレス製のさじやボウルに手を擦れば、それも洗うついでにやれば済むことで、わざわざこれを買う必要もない。数年前、ステンレスの塊が部屋に置いておくだけで半永久的な消臭作用があると謳った数千円のドイツ製の消臭剤(?)を販売していた日本の代理店が、公取委から排除措置命令を受けた。理由は全くそのような作用が見受けられないのにあたかもあるような売り方をしていたからだった。こういう似非科学まやかし商品が大好きである。

2013年3月16日(土) 8:36 UTC+09
 甘さ控えめのキットカットとなとりのおつまみチーズの合体企画商品。ワインなど洋酒に合うおつまみとして、年末にお酒を飲む機会が増えることを当込んでの企画だったようだが、大量に売れ残っている所為か近所のリサイクル屋で大安売りされていた。参考小売価格が315円に対し、リサイクル屋では120円。そもそもの値段設定が高い様な気もするが、大安売りであることに間違いない。包装をあけるとキットカットが三つと、更に小さな包装の中におつまみチーズが入っていた。包装の写真のようにおつまみチーズがそのまま入っていると思っていたが、二重包装になっているのは意外だった。この商品は「なとり」の方が製造している。ならば、キットカットを袋に入れ、チーズをそのまま入れれば済みそうな気がするが、チーズの品質を保つための酸素吸収剤が入っているところを見ると、チーズ用の包装が必要だったのかも知れない。あくまで品質を追究する日本企業。天晴れである。でも売れ残ってしまった。なとりはこの類似企画商品を過去にも出しているようだから、そこそこ売れていて、たまたま大量在庫が発生したところからリサイクル屋への売り込みがあったのかも知れない。購入したリサイクル屋http://kimble.kir.jp/store_obu.html企画商品のニュースhttp://www.nikkei.com/article/DGXNASFL090FF_R11C12A0000000/過去の企画商品http://www.natori.co.jp/common/img/r_pdf.php?t=NewsInformation&f=pdf_40_1

2013年3月16日(土) 7:52 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十四時頃。六軒。数年内に普請したと思われる街道筋の民家。商売屋でもないのに街道筋の景観を守ろうとする心意気は天晴れである。田中タタミ店。屋号の看板を見ると「たたみや」と書いてある。店構えは昭和五十年代だが、昔からの生業を続けている姿は天晴れじゃ。殿様じゃないけどね。菜乃穂。う〜む、これは頂けない。これは単なる古民家改造喫茶店にしか見えない。街道筋の景観と関係ない。歴史の欠片もない。屋号の看板には「藤音(ふじおと)」とあり、商標まである。マークがあるということはお茶屋ではなかったかもしれない。お茶屋であったとしたら、それを髣髴とさせる伊勢街道と言う場所柄を考慮した店構えにして欲しかった。これでは適当なシャッター街再開発みたいなものだ。小さな虫籠窓(むしこまど)付きの民家。法則通り桟(さん)の本数は奇数。瓦が新しくなっていて、壁も塗り変わっていそうだが、景観の守り方としてこれは正しい。もしかしてこの地域は景観保護で松阪市から補助金が出ているのか。詳しい場所http://goo.gl/maps/dY8Wh

2013年3月16日(土) 6:41 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。龍山寺。おみくじには、おそらく「吉」「凶」の意味で、「上」とか「下」とか書いてあった。娘たちはどうも納得がいかない様子で、再度挑戦をした。その結果、「上上」と書かれたクジを引き当てることができた。これって占いの意味があるのか。書いてある内容は現地の台湾人にとっても解読し難いらしいので、クジの内容の解説所が設けられている。説明は大抵の言語に対応しており、我々の前に人には英語で説明をしていた。我々には当然、日本語で解説してもらった。これらは全て無料である。というより賽銭か供物が前提でだろうが、日本の様にいくらと言う値段の表示は全くない。境内の池。中国らしい池。この寺の次は、地下鉄で淡水と言う街へ。

2013年3月16日(土) 6:22 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。龍山寺。この寺はおみくじで有名だとガイドブックにあったので、お参りもそこそこで早速おみくじを引く。日本の様にお金を払ってクジを引くと言う単純なものではない。何やら作法がある。机に置いてある赤く塗られた木製の半月形をした双六の駒みたいなものを二つ石畳の上に放り投げる。正しい出目になれば、クジが引ける。クジを引いて、出てきた番号がそれでいいかどうか、もう一度、赤い駒を投げて占い、正しい出目となったらその番号の紙の札をもらう。紙の札は日本のおみくじと殆ど同じであった。駒の出目が上手く出ないときは、三回迄やり直しが利くらしいが、娘たちはそんなのはおかまいなしで、正しい目がでるまで何度もやっていた。

2013年3月14日(木) 23:30 UTC+09
 今日はπ(≒3.14)の日。

2013年3月14日(木) 6:17 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十三時半頃。六軒。昔の面影が残っているのだろうと思われる街道筋。床屋の看板が道端迄出ているが、当の床屋は開業しているのか廃業しているのかよく判らない様子。昼休みだったのだろうか。部分的に残されている古い家。場所によっては修繕が施されているので、景観を残そうと言う意思が伝わってくる。徹底している訳ではなさそうだから、街並は徐々に崩壊していくのだろう。この街並のくわし詳しい場所http://goo.gl/maps/PQ0IM

2013年3月13日(水) 6:38 UTC+09
 大学に入ろうかと思う。お化け大学校。もしかしたら総長の水木しげる大先生にお会いすることができるかもしれぬ。

2013年3月12日(火) 6:03 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十三時半頃。六軒。伊勢と京都奈良とを結ぶ初瀬(はせ)街道との追分を示す道標。「い加゛ごへ追分」「やまとめぐり加うや道(草体)」。裏には「右いせみち」「大和七在所順道」とある。濁点が彫られている。後藤式道標建立年代判別法によると道標における濁点の使用は、大体江戸末期(文久1861)以降である。文久年間と言うのは勝手に設定した。濁点の大きさ、彫りの深さ等を考えると同時代に彫られたのではなく、濁点のみ後世に彫られた可能性が十分ある。そもそもこの道標に濁点など必要がない。「い加こへ」と書いてあれば、誰が読んでも「伊賀越え」なのである。後ろに流れる川は三渡(みわたり)川。左の「止まれ」の表示がある道は初瀬街道。白丸はおそらくしじみ漁の人。立派な常夜灯。大坂の商人が文政元年(1818)に建てたらしい。台座に「江戸堀 せ 大坂」と彫ってある。足が極度に痛くなっていた。かなり歩く速度が落ちている。とにかく薬局を見付けたら湿布を買おうと思っていたが、旧街道沿いは寂れているので、なかなか薬屋がない。しかしここに来てようやく見つけた。店の造りは新しいが、創業は明治15年らしい。中に入ると先客が一人いたので、その人の用事が終わる迄待った。夫婦で店に出ている。明治創業だから若夫婦だろう。奥さんの方が店を仕切っている感じだ。もしかしたら婿さんを取っていかもしれない。若奥さんに「歩き過ぎて足首が痛いので、何かいい貼り薬はありませんか」と聞くと炎症を鎮めるインドメタシンが沢山入ったサロンパスを薦められた。ここで貼っていっていいかと訊ねると「どうぞ」と言うので、置いてあった腰掛けに座って遠慮なしに靴下を脱ぎ始めた。すると旦那さんが生姜湯でも如何ですかというので、これまた遠慮なしに「ありがとうございます」と頂いた。生姜湯を飲みながら東海道から伊勢街道を歩いている話をした。今日は松阪で泊まると言うと、若奥さんが街道沿いの宿屋を電話帳で調べてくれた。これぐらいあればどこか空いているでしょう、と三つも探してくれた。まさにこれが当時の膝栗毛に近い形だろうなぁ、と思った。連日歩くのではなく電車を使っての細切れの街道歩きではこういった体験できないだろう。平野治平薬局の位置http://goo.gl/maps/sxXrA

2013年3月12日(火) 6:01 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。 産婦人科のビル。「医者はここにいるぞ」という感じで、これでもかと言うぐらい看板を出している。「女医」とわざわざ書いてあるのも日本ではあまり見かけない気がする。密集した医者の看板と女医とで、つげ義春の「ねじ式」を思い出す。「イシャはどこだ!」。歩行者信号には青信号の残り秒数が示されている。台北で最も古い龍山寺に近づく。日本と同じ様に仏具屋が並ぶ。龍山寺に到着。中に入ると台湾式の長くて太い線香七本を渡される。ここでも無料支給である。龍山寺の位置http://goo.gl/maps/Hlkyl

2013年3月11日(月) 7:22 UTC+09
 高二の娘と喧嘩をよくする。親の思いをなかなか理解してくない。夕べも大喧嘩だった。

2013年3月10日(日) 16:19 UTC+09
 成城石井で安売りしていたので買ったが、珍しくかなり不味いチョコレートだわ。安売りには理由があるなぁ。食べる気になかなかならんので全然減らん。これぐらい不味いと非常食にはいいかも。賞味期限は1年ぐらい。フランス製。

2013年3月10日(日) 11:26 UTC+09
 スーパーベルズMOTORMANの名古屋鉄道普通犬山行の歌。名古屋駅を出て犬山線に入り岩倉迄の道のりをテクノで綴る。この曲が出た頃はまだ名鉄名古屋駅は「新名古屋」だった。パノラマメロディーホーンが名古屋駅ホームに入ってくる様子から始まり、何となく気怠く聞こえる名古屋駅前途の停車駅案内放送、パノラマメロディーに乗せた「足許にご注意下さい」という女性の声の自動放送が上手く再現されている。構内の車両発進ブザーと共に「ドア閉まります」という構内放送が流れ、ドアが閉まる音がすると「異常なし」を知らせる車両内ベルがチンチンと小さく二度鳴る。ブレーキを開放する圧搾空気の音がして、加速するモーターの唸り音が響く。何百回となく聞いてきた音だ。http://youtu.be/dXdRWa2sK6Q

2013年3月10日(日) 9:42 UTC+09
 スーパーベルズの曲を聴いていたら京急のドレミファモーターのことを思い出した。京浜急行の列車には発進時のモーターの唸り声がドレミファの音階に聞こえるものがある。【その音】http://www.trainmotorsound.com/keikyu1405.mp3それを模した歌もスーパーベルズはちゃんと出していた。【SUPER BELL"Z MOTOR MAN 京浜急行VVVF】http://youtu.be/e4tEC2uMFB4この音の原因はドイツのジーメンス社のモーター制御器を使っているかららしい。本家の欧州ではモーターでもっと凄い音楽を奏でる電気機関車があるらしい。車輪が空転する度に旋律が繰り返され、本当に音楽の様に聞こえるらしい。オーストリアの機関車が有名のようだ。ああ、聴きに行きたい。【音楽を奏でる電気機関車(Taurus)】http://youtu.be/aRf30pVGMp4

2013年3月10日(日) 8:23 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。 偶然見付けた三階建ての寺でお参りをした。一通り、一階から三階迄お参りをして、一階に戻ってくると寺務所のおばさんが「お疲れ様」といった感じで、我々家族全員に飴を配ってくれた。因みにこのおばさんは一切日本語をしゃべらなかった。青山宮から少し行った所でローマ字漢字混じりの看板を見付ける。医療用X線撮影所か。街角の記念碑。家に帰ってから内容を調べようと思って撮影した。一年経過してようやく調べる気になった。義倉旧跡。「」を「モンガ」と読むのを今初めて知った。台湾は清朝時代より穀倉地帯と呼ばれていたらしく、多くの倉庫があったらしい。この辺りには貧民のための穀倉があったようだが、取り壊されてしまったらしい。「義倉」というのはそういう意味なのだろう。Googleの自動翻訳なので、想像が多く含まれている。碑文に「日人據臺之際,儲額總僅一千餘元」と日本統治時代のことが書いてあるが、翻訳を読んでも何が言いたいのかよく解らなかった大正末期か昭和初期の日本建築の雰囲気がある感じのいいビル。詳細は不明。詳しい場所http://goo.gl/maps/Js70t

2013年3月10日(日) 7:28 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十三時頃。小津。明治四十五年建立の常夜灯と大正三年の道標。道標には「右 松阪及山田 左 津及香良洲」とある。徐々に崩壊しつつある街道筋の街並。詳しい場所http://goo.gl/maps/ud2Ol

2013年3月9日(土) 7:46 UTC+09
好きな言葉「JR埼京の弱冷房車」SUPERBELL'Zhttp://youtu.be/wAjIFwKBJGA

2013年3月9日(土) 7:36 UTC+09
「麗しきご尊顔を拝し、恐悦至極に存じ上げ奉ります」と言う言葉を使ってみたいのだが、なかなかそんな機会に巡り合えない。

2013年3月8日(金) 23:02 UTC+09
 久々に愛知県JR共和駅前「宝石の八神(はっしん)」からはがきが来た。60万以上買うとiPadminiがもれなく付いてくるらしい。景気がよくなりつつあるのかなぁ。そう言えば、この店には、よく郷ひろみとか羽賀研二などが招待されていたが、最近はそういう催しを聞かない。その内また来る様になるのかな。http://www.hassin.co.jp/

2013年3月8日(金) 6:47 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。 偶然見付けた三階建ての寺に入る。一階で長い線香に火を点けて各階に供える。この作法は一階の寺務所のおばさんが教えてくれた。写真を撮るため一足先に上の階に上がったら、現地のお爺さんが話し掛けてきた。どうも何を言ってるのかよく解らなかったので、解らないという身振りした。話し掛けられた階で祭壇など一通り見て、下に降りた所、妻たちがさっきのお爺さんと話しをしている。あれぇ、と思いながら近づいていくと「さっきは解らんと言ったじゃないか」と日本語で怒鳴られた。日本語で話し掛けられていたとは思いもよらなかった。平謝りに謝った。話しを聞いてみると戦前の日本統治時代に大阪帝国大学の理学部を出たと言うことだった。今は引退して毎朝お寺にお参りに来ているという。お爺さんと別れて暫くすると、次はお婆さんに話し掛けられた。このお婆さんは女学校だったか小学校の校長先生を長年やってきて、今は引退しているという。台湾のいいところを色々聞かせてもらった。閻魔大王なのか何なのか。南洋の神様に違いない。火の用心と古蹟保護の貼紙がいい。漢字なのでよく判る。青山宮http://goo.gl/maps/rhRBa

2013年3月7日(木) 6:27 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十三時頃。中道。津方面に向かって見た伊勢街道の様子。屋号の看板は、既に家がなくなったところにも掲げてある。小津一里塚跡の碑。昭和五十四年に建立。江戸時代に立てられ忘れ去られたかの様にひっそりと立っている。小津一里塚の場所http://goo.gl/maps/QfHil

2013年3月6日(水) 7:01 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。七日目。黄海上空。どこ迄も広がる雲海。進行方向、右側の窓際に座っていた。太陽が見える位置に機体の向きが変わると雲の上に半円形の太陽の暈ができた。無事、常滑沖に到着。今回、訪れた欧州の国々。・フィンランド・スイス・リヒテンシュタイン・フランス・モナコ・サンマリノ・バチカン市国・イタリア

2013年3月5日(火) 6:09 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。七日目。ヘルシンキ空港。フィンランドとは関係ないが、欧州の空港の高級時計店で時々見られるジャガー・ルクルトのアトモスという置き時計が展示してあった。好きな時計の一つである。この時計は、完全な機械式だが、ぜんまいを巻く必要がない。時計に備え付けられた気体入りの蛇腹が部屋の温度差で伸縮するエネルギーを動力としている。非常に小さな力で時計を動かすため、歯車などは精密に作られているので、扱いも大変だ。一度置き場所を決めたら動かさない様にしないと駄目らしい。ユーロ安だったので、購入のチャンスだったが、7150では手が出なかった。アトモスの仕組みhttps://www.manualslib.com/manual/838748/Jaeger-Lecoultre-Atmos-Classique.html

2013年3月5日(火) 5:42 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。七日目。ヘルシンキ空港。フィンランド名物、Iittalaのガラスとムーミン。瓶の中に空洞がある酒の瓶。クラインの壺を思い出す。美味そうな腸詰めや燻製。買いたいものばっかりだったが、写真を撮ることで我慢した。今考えると写真で十分だった。ヘルシンキ空港の位置http://goo.gl/maps/MpyKp

2013年3月4日(月) 6:40 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。七日目。フィンランド航空の機内販売にあった面白いもの。時差ぼけ解消器。太陽の光を浴びると時差ぼけが解消するのをもっと積極的に行おうという考え方らしい。目からの光ではなく耳から入ってくる光で時差ぼけが解消されることが解ってきたのでこの機械が開発されたとようだ。こんなもんで145出す人はいるのかなぁ。

2013年3月3日(日) 13:48 UTC+09
 『鞄』という字について図書館で調べてきた。全十三巻の諸橋大漢和辞典である。個人所有したいのだが、家に置く場所がない。どこの図書館にもあるので、まぁ、問題はないが、所有する喜びは味わえない。http://www.taishukan.co.jp/book/b197527.html結論は『鞄』と言う字は漢字である。明治時代に日本で創作された文字ではない。紀元前一世紀に成立した説文解字という漢字字典に収載されているので、間違いなく漢字(中国産の)である。別の国語辞典に因ると、カバンの意味は『鞄』の字義とは関係なく、明治時代にあてられたとあった。つまり明治時代のタニザワというカバン屋は恐らく『鞄』と言う文字を創作したつもりだったが、既に全く同じ形の漢字が別の意味で存在していたので、結果的には意味だけを創作しただけだった。このカバンとしての意味が一般化したのは、明治天皇がきっかけというのは眉唾で、他のカバン屋も同じ様にこの漢字を使い出したからだろう。『カバン』と書くよりも『鞄』と書いた方が広告チラシの紙面が有効に使える。新聞がオリンピックを五輪と書くのと同じだ。

2013年3月3日(日) 8:47 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。七日目。最終日は日本迄の移動のみ。空港敷地内のホテルから見えるレオナルド・ダ・ビンチ像。フィウミチーノ空港の正式名称は「レオナルド・ダ・ビンチ空港」らしいけど、大抵はフィウミチーノ空港と呼ばれている。中部国際空港の「セントレア」という愛称は確か国際名称(Chubu Centrair Intl)になっていたと思うけど、略号はNGOで小牧空港の頃と変わってない。NAGOYAのままだ。IATAで調べるとフィウミチーノ空港の略号はFCOで国際名称も「Fiumicino」になっている。本当にレオナルド・ダ・ビンチ空港が正式名称なのか。http://www.iata.org/publications/Pages/code-search.aspxチョコ好きなので、ローマで有名そうなチョコ屋を覗く。チョコの塊がうずたかくなっている。もう堪らん。フィンランド航空でヘルシンキへ。

2013年3月3日(日) 7:29 UTC+09
 「植田のあんこ玉」。新宿西口の地下の出張駄菓子屋で見付けた。箱の意匠が気に入ったので買ってきた。中にはきな粉をまぶしたこしあんの玉が35個入っている。甘さもちょうど良く、意外といける。これぞ日本の駄菓子だ。庭師さんや大工さんのおやつにちょうど良い。もしかしたら酒にも合うかも知れぬ。三.四日で全部平らげてしまった。【植田のあんこ玉】http://www.city.arakawa.tokyo.jp/unet/issue/0706/index.html

2013年3月2日(土) 18:54 UTC+09
 知人に「鞄」という漢字の成り立ちを聞いた。この漢字は明治時代にタニザワという鞄屋が創作した字で、明治天皇が店の前を通りがかった時、侍従に見慣れない漢字の読み方を聞いたことから一般化したと言う。「天皇」「殿様」がらみの話しの大抵は民間伝承、つまり面白おかしく作られた話しが多い。直ぐさまwebで調べると、そのタニザワと言う鞄屋のwebサイトに知人の言う通りのようなことが書いてある。なるほど。張本人が言っているのだから間違いないだろう。しかしどうも気になる。結構、漢字好きで和製漢字、国字も好きなのだが、そんな「鞄」の字の起源は今まで一度も聞いたことがない。念のために漢和辞典で調べる。意味は「なめし皮を作る人」とある。国字としての意味はカバンと書いてある。なんと漢音や呉音が書いてある。「音読み」があるなら中国から輸入した漢字だ。一体どういうことだ。更に念のため、台湾で買った字典で調べても「鞄」と言う文字が載っている。意味は第一義は革製の角形の箱、第二義はなめし皮職人。日本統治時代があるので、もしかしたら日本から輸出された意味があるのかもしれない。webで色々調べてみると、「鞄」の字をカバンの意味で用いたのは明治22年の国語辞典「言海」だとある。手許にある明治37年版「言海」の縮刷複製版を見ると確かに「鞄」の字が書いてある。タニザワがこの字を発明したのは明治23年。う〜む、これは諸橋大漢和辞典で調べるしかないなぁ。図書館に行くか。【銀座タニザワの沿革】

2013年3月2日(土) 18:15 UTC+09
 今年はワーグナー生誕二百周年のようだ。ラジオで言っていた。5,6年前に楽劇「トリスタンとイゾルデ」のDVDを買ったが、一度も見ていない。全部で224分もある。今年を逃したら一生観んだろうなぁ。http://www.amazon.co.jp/dp/B00005FXFW

2013年3月2日(土) 17:34 UTC+09
 豊田市美術館に行ってきた。主な目的は昼飯。ランチが安いと言うことだった。大学生の息子も誘ったが、部活が忙しいと言うことで、残り四人で出掛けた。黒田辰秋・田中信行の漆を使った民芸品や芸術作品の企画展をやっていたが、まずは昼飯を食べた。写真の様なおかずで飲み物、デザート(みかんアイス)付きで950円と大変お得な内容だった。美術館の企画、常設を一通り見てから抹茶を頂いた。大変美味しゅうございました。豊田市美術館http://www.museum.toyota.aichi.jp/home.php

2013年3月2日(土) 9:19 UTC+09
 昨日の朝は曇っていたので、富士山を拝むことは期待できないと思っていた。新幹線で富士川の鉄橋を渡った時に、ふと外を見ると雲の合間に富士の雄姿が現れた。これはいい富士だと思いながら、写真を撮ったのだが、撮る写真撮る写真に電柱が入ってしまって、全くだめだめ状態だった。中には細い電柱と富士山とがピッタリ重なって、完璧な皆既日蝕状態になっているのもある。こんなところで変な才能を発揮せんでもいいのになぁと思いガッカリする。それにしても何故こんな写真ばかりなんだろう。電柱の設置間隔は大体30mと言われているらしい。カメラの画角は72°ぐらいなので新幹線の側道に並んでいる電柱迄の距離を20mぐらいだとすると、写真の横幅は電柱のある場所ぐらいの距離で30mぐらいになる。するとどの瞬間にシャッターを押しても大抵写真のどこかに電柱が写り込んでしまうと言うことになる。更に富士山と電柱とが重なる確率は、富士山の頭の幅が写真上では300ピクセルで、電柱の幅は50ピクセル、写真横幅が3648ピクセルだとすると、(50+300+50)/3648=1/9。目をつむってシャッターを押せば9枚に1枚で富士山に電柱が重なる。しかし皆既日蝕状態(右下の写真)になるのは1点しかないから3648分の1だ。

2013年3月2日(土) 8:15 UTC+09
 久しぶりに東京駅大丸の地下食品売り場に行ったら、かってこのデパート地下に店を出していた佐賀孝郎商店が出張出店していた。佐賀孝郎商店は一、二年前にここから撤退している。出張店舗にはかっての馴染みの店員がいた。話を聞くと、撤退理由はテナント料が高過ぎると言うことだった。またいつここに出張するか分らないので、ウニを三つぐらい買ってって下さいよと言われたが、三つもなぁ、と言ったら「二つでこの塩辛をオマケしますよ」と630円の塩辛を付けてくれるというので、買った。冷凍すれば半年保つので、帰宅後、一つは冷凍にした。これからの数日の家のご飯が楽しみだ。【礼文島産 一夜漬純粒うに】http://www.sagakourou.com/shohin2.php

2013年3月2日(土) 7:42 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。夕飯の後、ローマ市内の夜中の散策。ローマ市内を流れるなんとか川の水面に映る街頭の光。人は殆どいない。寒いのと怖いのとで、どんどん足早になっていく。道に迷ったようだ。路面電車の終点にかっこいい車両が停まっていたのでカメラに収める。ようやく自分達がどこにいるのか分りかけてきた。九時半を過ぎていた。地下鉄に乗って再びコロッセウムへ。宿泊しているフィウミチーノ空港内のホテルの無料送迎バスがこの近くから出ている。その最終便に乗るためだ。地下鉄コロッセオ駅から地上に出ると、夜のコロッセウムが目の前に現れた。ボナセーラ、コロッセオ。と同時に右手方向で爆発音が響いた。テロか、と一瞬思ったが、打ち上げ花火だった。外国で花火を見るのはこれが初めてだった。なんとか川(テヴェレ川)の水面の光撮影地点http://goo.gl/maps/mJxlF

2013年3月1日(金) 5:55 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。旅行最後の夕飯。JCBカードの現地事務所でもらった地図に書いてあったお薦めの店を探して入った。陽気な店員に適当に選んで注文すると「シニョーレ、その選択はバッチリですよ」と言われたような気がしたので、嬉しくなってしまった。しかし、全然食べられなかった。味は素晴らしいのだが、おやつの菓子パンとスペイン広場のジェラートが祟って全然腹に入っていかない。今度行った時は、おやつを食べないようにしよう。ラ・カンパーナhttp://goo.gl/maps/tt974

2013年2月28日(木) 7:05 UTC+09
 昨日、夜中に名古屋鉄道に乗ったら、合格祈願列車だった。車内全部が、受験生に対する応援広告になっていた。各車両のつり革の一本に紅白の綱が巻かれていて、それに絵馬の様なものがくくり付けてある。車掌に聞くと結構反響があるという。特に天神様の絵馬付きつり革に人気があるそうだ。名鉄は粋なことを考えたなぁ。儲かるのか。http://www.meitetsu.co.jp/osusume/shohin/1224956_1244.html

2013年2月28日(木) 6:47 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市内。ちょっと寂しいトレビの泉への途中の小径。18時頃。トレビの泉に到着。観光客であふれかえる。トレビの泉の場所http://goo.gl/maps/nxqIo

2013年2月27日(水) 6:27 UTC+09
 テレビ漫画のサザエさんに違和感を持ち始めて何年経過しただろう。十年いや二十年以上か。違和感と言うのは、カツヲがいつまで経っても五年生のままだとか、居間のテレビがブラウン管式の家具調だとかそういう単純な違和感ではない。何か違うのである。朝日新聞の朝刊に連載されたいた頃は、世相をよく映していて、時には社会や政治を皮肉ったりしていたと思う。テレビアニメの方も新聞の連載内容を主題とした話しの展開が殆どであった。そうか。もう新聞連載からの話しはやり尽くしてしまい、新たな話しを作らなければならなかったのか。それが二十年ぐらい前だったのかも知れない。長谷川町子と同等の発想を持つ脚本家がいる筈もなく、テレビアニメの方はどんどん腐っていったに違いない。一番気に食わないのは、カツヲの女房気取りの花沢さんという設定である。長谷川町子だったらこんな設定は絶対しないと思う。昭和末期の漫画などで使い古された安っぽいほのぼの感はあり得ない。長谷川町子は意地悪ばあさんの作者でもある。写真は十年前に長谷川町子美術館の抽選会で妻が当てたセル画(額は自分で購入)。サザエさんは未だにセル画でアニメを制作しているらしい。

2013年2月27日(水) 5:12 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。スペイン広場の次はトレビの泉だ。歩いて移動。途中のCastroniという食品店に寄る。缶詰や酒、調味料がぎっしり並べられていい感じだ。瓶詰めも沢山並んでいるので嬉しくなってしまう。日本の瓶詰めの様子と全く違う。日本は佃煮海苔、塩辛、らっきょ漬などの瓶詰めが代表的だが、ここでは魚の油漬けみたいのが沢山置いてあった。もう少し行くと印章屋があった。日本の画材屋や文房具屋と雰囲気は似ているが、判子屋とはちょっと違う。日本の判子屋で判子を眺めることは滅多にないが、ここならそういうことをしたくなる。ただし、この日はもう店は閉まっていた。印章屋の位置http://goo.gl/maps/eu6hd

2013年2月27日(水) 4:49 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ある程度のローマの観光ポイントは押さえなければならない。次はスペイン広場へ地下鉄で移動した。美味そうなピザ屋。撮影だけ。アイスを買ってスペイン広場へ。途中「人がいっぱいだなぁ、おい」とまた通りすがりのおっさんに話し掛けられた。追いはぎかも知れないと思って、生返事をしておいたら、寂しそうに去って行った。スペイン広場の階段でアイスを一口食べた瞬間、警備員が飛んできて「ダメダメ」とニコニコしながら注意してきた。そう言えば、階段での飲食禁止は聞いたことがある。よく見ると貼紙に飲食禁止と書いてある。排泄も禁止らしい。そんな奴いるのか。スペイン広場http://goo.gl/maps/XJZCd

2013年2月26日(火) 6:17 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。歩いてコロッセウムに行く。遺跡のかけらを腰掛けにするのは、こちらの風習なのか。いずこも同じよのぉ。詳しい場所http://goo.gl/maps/S5w9R

2013年2月25日(月) 6:42 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマの遺跡に腰掛けておやつを食べた後、遺跡の横を歩く。腰掛けていた石柱と同じものが横たわる。ローマの遺跡の前で、エジプトの遺跡を演じている人。観客は鳩一羽。倒れた石柱が並ぶ遺跡。凄い遺跡の筈だが、知識がないためさっぱり分らず。規模の大きさだけの感動に留まる。FORO DELLA PACEの場所http://goo.gl/maps/OM72N

2013年2月24日(日) 8:06 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。小腹が空いたので、遺跡の横の出店でパンを買う。三時半頃。電柱みたいなもんが横倒しに置いてあったので、そこに座って食べた。よく見ると電柱ではない。断面がぎっしり詰まっている。それに石でできている。そもそもローマにコンクリート製の電柱(略してコンチュウ:三億円事件に関連していたと考えられている銀行脅迫状に「コン柱オキバ」という業界用語が使われており、当時、この言葉が一般に知られるようになった)なんて一本もない。遺跡の石柱の一本らしい。旅行の時には、遺跡に腰掛けるなんて畏れ多いなぁ、と思っていたが、今改めて写真を見てみると腰掛けに流用しているようだ。ここで食べたパンが後で響いた。遺跡流用腰掛けのある位置http://goo.gl/maps/0hIGj

2013年2月24日(日) 7:29 UTC+09
 五年ぐらい前にベルギーのブリュッセルに行った時、商店街の本屋の前で水木大先生の絵が表紙となっている本を見付けた。これは珍しいと思い、カメラに収めてから、この本を買おうと思って本屋に入った。永江 朗氏によれば、「ちょっとでも欲しいと思った本は、直ぐその場で買え」らしい。本は後で買おうと思っても、なかなか見つからず、結局買えないことが殆どである。堪らなく欲しくなって、探し回る労力と時間とを考えると、衝動買いが最も効率的なのである。この教えに従って、本は常に衝動買いする様にしている。海外でもこの戒律を守らねばならない。本屋に入って、店内を探したが、展示してあった本が本棚に陳列されていない。「外に展示してあった本が欲しい」と日本語以外で説明するのが困難だったので、店に入る前に写した写真を勘定場の店員に見せながら「これが欲しい」と言ったら、直ぐに本を出してきてくれた。購入した本:Mille ans de mangahttp://www.amazon.fr/dp/2081200635

2013年2月23日(土) 11:22 UTC+09
 自動車のウォッシャー液ポンプの交換を行った。去年の8月ごろの一年点検の時、ウォッシャーポンプが壊れていてウォッシャー液が出ない状態なので、今度の車検が通らなくなるから修理しておくかどうか聞かれた。ウォッシャー液ごときで車検が通らなくなるとは一体どういうことかと思ったが、視界確保のためには必須だからだろう。とは言え、今の自動車を乗り出して10年以上が経過したが、ウォッシャー液を使ったことは1,2回しかない気がする。事実上、必要ないが、保安基準なので仕方がない。今度の車検の時に修理すればいいので、今回はやらなくてもいいと断った。ふと思い出して、自分で修理することにした。ポンプを交換するだけなので自分でもできる。webで部品を探したら送料込みで2400円であった。壊れたポンプを取り出す。さびが付いて如何にも壊れている雰囲気だが、樹脂製の筐体でなぜ錆が出てくるのか不明。これを新しい部品に交換。形が若干違うが、同じ機能なので問題なし。無事、ウォッシャー液が出る様になった。部品代と工賃がかなり節約できたと思う。http://www.febi.com/febicouk/home.html

2013年2月22日(金) 6:37 UTC+09
 石油ファンヒーターの蓋の蝶番が壊れたので、通常の蝶番を付けて直した。蝶番は強力両面テープで固定してある。全く問題なし。http://www.amazon.co.jp/dp/B000IGMBV2

2013年2月22日(金) 6:22 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。テルマエロマエを映画でも漫画でも見たからカラカラ浴場跡を見ておかねばならないと思って探したが、結局よく判らなかった。他の遺跡は一杯あった。基本知識がないので、どれもこれも同じに見える。もう、カラカラも見た気になって探すのは諦めた。ローマの凱旋門の位置http://goo.gl/maps/CsS0y

2013年2月22日(金) 5:07 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市内にあった。露店の古書店。この風景は日本と全く同じ。詳細な場所http://goo.gl/maps/6x1Y1

2013年2月21日(木) 7:03 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市内の地下鉄駅構内で露呈している遺跡。地下鉄を造ると至る所でこんなものが出てくるのだろう。地下鉄の駅名は失念。

2013年2月19日(火) 6:24 UTC+09
 『ショウヤ』の語源が分った。ショウヤとは名古屋弁でメンコのことである。我々はメンコとは一切言わなかった。メンコは東京の軟弱な子供が使う言葉だと信じていた。ショウヤはメンコを使う遊戯そのものを指していると同時に縦長長方形(2.5×6cm程度)のメンコの総称だった。丸いものは『丸パン』と称していた。丸いもののうち、特に直径の大きなものは『デカパン』、角形で少し大きく(5×8cm程度)て紙が厚いものは『ブトパン(太判)』と言っていた。なぜ、このメンコが愛知県尾張地区では『ショウヤ』呼ばれていたのか謎だった。おそらく庄屋のことであろうと思われていたのだが、メンコと庄屋との関係が分らなかった。webで『てなもんや三度笠』を調べていたら、メンコの画像が出てきた。よく見ると「庄屋」と書いてある。こんな「庄屋」と印刷されたメンコには記憶がない。と同時にこれが「ショウヤ」の語源かも知れないと思った。調べてみると明治時代に庄屋、狐、鉄砲(狩人)の三すくみのじゃん拳が流行っていたらしい。メンコには色々な遊びに対応できるように様々な絵柄、文字が印刷されていた。「庄屋」「狐」「鉄砲」と言う文字もその一つであったようだ。ただし、我々はじゃん拳マークが印刷されたメンコを使ってじゃん拳など一度もやらなかった。トランプの絵柄が付いていてもトランプとして使うことは一切なかった。ショウヤはショウヤの用途のみだった。庄屋、狐、鉄砲のうち、なぜ「しょうや」が代表になったのか。鉄砲では玩具の鉄砲と混同してしまう。狐だとメンコの代名詞として相応しくないと子供ながらに考えたのだろう。「しょうや」なら日常では使わない言葉になっていたので、これがメンコの名前となった。メンコと言わず「しょうや」になったのは、隠語や符丁を使うことが大人でも子供でもカッコいいと思うから当然の帰結であった。【どんちっちめんこ】http://www.bigbang-osaka.or.jp/toy/cat21/post-31.html

2013年2月19日(火) 5:18 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。東から別の城壁が延びていて、サ・ピエトロ広場の囲いの石柱と合流している。もう国境がどうなっているのかよく判らない状態だ。合流点から北の方に行くと門があって、古典的な制服の門衛がいた。国境が道を横切っているのは分るが、手前なのか真ん中の線なのか、どちらが国境なのか。露天商の列。右奥の壁の向こうがバチカン市国。国境沿いの道。門衛のいた場所http://goo.gl/maps/xu9iM

2013年2月18日(月) 8:35 UTC+09
 木曽川のケレップ水制の横では、学生たちがグライダーの練習をやっていた。話しを聞いてみると、この時期は毎週ここで関西と名古屋地区の大学生が合同で練習をしていると言うことだ。関西地区にはグライダーが飛ばせる河川敷がないらしい。飛行免許は三年生になる頃には取れる様になると言う。年間30万円程度の訓練費用が掛かると言っていた。グライダーの重さは300kg程度。ケレップのことを知っているか聞こうと思ったが、やめた。詳しい場所http://goo.gl/maps/C6wwj

2013年2月18日(月) 0:13 UTC+09
 明治時代のオランダ人技師デ・レーケの指導により造られた木曽川のケレップ水制。造られてから100年以上が経過している。幅の広い川の堤防から垂直に伸びた堤みたいなもので、洪水の時は流れを弱めて堤防を守り、水位の低い普段は川の中央に流れを集めて固定した水路を確保したらしい。左上の写真はケレップの根元から、右上は、左とは別のケレップを横から見た様子。左下はGoogleMapの航空写真。左上のケレップそのもの。右下は地図上のケレップ水制群。【ケレップ水制】http://www.cbr.mlit.go.jp/kisokaryu/kisomaps/win/050/map.html【詳しい場所】http://goo.gl/maps/THuOD

2013年2月17日(日) 5:55 UTC+09
 実家の近くに二・二六事件で暗殺された要人の一人陸軍教育総監 渡辺錠太郎の墓があることを知った。生まれは現在の愛知県小牧市、九歳の時に現在の愛知県岩倉市に住んでいた伯父である渡辺庄兵衛のもとに養子に出された。四、五十年ぐらい昔にはその渡辺宅には渡辺錠太郎の出身であることが示されていたという。実家から南へ2kmほど行った辺りのようだ。墓はそこから南西1kmばかり離れた正起寺にあるらしい。写真は、二・二六事件の数カ月前に発行された大日本雄弁会講談社(現在の講談社)の月刊誌『キング』10月号の記事。実家にあった(古本屋で購入したもの)。愛知県岩倉市の正起寺の位置http://goo.gl/maps/SW8Jj

2013年2月17日(日) 5:31 UTC+09
 館 淳一さんの『エッセル堤』の記事に触発されて愛知県内木曽川に残るデ・レーケの足跡を訪ねてきた。小五の末娘にデ・レーケの話をし出すと「ヨハネス・デ・レーケ?」と聞き返してきた。どうしてデ・レーケを知っているのかと訊ねたら、四年の時に習ったと言う。知らんかったなぁ。私がデ・レーケを知ったのは20歳過ぎてからだ。木曽川文庫http://www.cbr.mlit.go.jp/kisokaryu/sisetu/bunko-detail-2.html

2013年2月16日(土) 8:32 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン横の食堂でスパゲティーを食べた。店員に記念撮影してもらう。再び、サン・ピエトロ広場へ。路上の白線はどう見ても車道を示す線であって、国境ではなさそう。黄色い線は何なのかよく判らず。詳細な場所http://goo.gl/maps/6tKQ9

2013年2月15日(金) 7:03 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。1時頃に昼飯を食べる。バチカン市国の直ぐ横に「日本語メニューあり」の貼紙があった食堂を見付けた。探すのが面倒なので、ここで食べることにした。貼紙からすると日独伊三国同盟はまだ有効のようだ。ガラガラの店内。客は我々のみ。アメリカの「グルメ」と言う雑誌から取材申し込みがあったと自慢してあった。食堂の場所http://goo.gl/maps/EIdld

2013年2月15日(金) 6:36 UTC+09
 超撥水・超撥油の皮膜剤。映像を見ると凄い。水も油も何でもはじいてしまう。大抵の物に塗ることができるらしい。http://wired.jp/2013/02/12/new-nanotech-promises-nothing-will-ever-get-wet-so-how-should-it-be-used/この記事によると難点は、摩擦に弱いということだ。映像の皮膜の様子からすると、里芋の葉っぱみたいな感じではないだろうか。テフロンのような撥水効果のある物質の超微細構造によって水も油もはじいてしまうのでは。細かい凸凹によって表面積が増えるので、つるつるの撥水物質よりも単位面積当りの撥水効果が高くなってくるのだろう。微細構造が崩れれば、撥水効果も低下する。摩擦に弱いのは当然の様な気もしてくる。

2013年2月14日(木) 7:04 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカンの城壁に沿ってローマ側を歩く。城壁の内側に国境がある筈がないので、国境は壁と歩道とが接している線だろう。遠くに立哨所が見える。立哨所まで行くと門になっていた。自動車が城壁内部に頻繁に出入りする。門からはサン・ピエトロ寺院が見える。間違いなく門の下に書かれた白線が国境だろう。しかし他の三つの小国の国境のように説明看板は設置されていない。間違いないのだが、確証を得るために一人の若い門衛に尋ねた。「あぁ、そうさ。この線の向こうがイタリア、こちらがバチカン。イタリア、バチカン、イタリア、バチカンてなぐあいさ」と指で指しながら教えてくれた。恒例の国境跨ぎ写真。マンホール側がイタリア。これで今回の旅の目標、四つの小国訪問及びその国境の視察は完遂した。四つの小国で国境線を跨いだ数少ない日本人の一人になっただろう。国境境界評論家になれるかもしれない。門の場所http://goo.gl/maps/UQnOp

2013年2月13日(水) 6:56 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。路上の土産物屋。サン・ピエトロ広場から少し離れてポツンとあるからか、値段が結構抑えられている様な気がする。ベネディクト16世ではなく、ヨハネ・パウロ2世のマスコット。ヨハネ・パウロの人気ぶりが伺える。ベネディクトが早期引退したのはこんな所にも原因があったかも。レーザ細工のクリスタルガラス。市価の5分の1程度。レーザ細工好きの末娘への土産として一つ買う。城壁の角にある古そうな立哨所。監視カメラがあるので、現在は使われていないのだろう。立哨所の場所http://goo.gl/maps/vVuzT

2013年2月13日(水) 6:24 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国とローマ市との境目。再び確かな国境線を求めて歩き出す。この白ペンキは路側帯を示しているのか、国境を示しているのか。路上の白ペンキは途中で消えている。バチカン市国の城壁。城壁の向こう側はバチカン市国。従って歩いている所はイタリア共和国のローマ市側。監視カメラあり。城壁に沿って歩く修道僧。日本で坊さんが着物を着て袈裟を付けて歩いていても何にも珍しくないのと同じで、ここで現地人にとっては当り前だが、われわれ外国人にとっては感動的な風景だった。映画や絵に出てくる恰好そのままだからだ。外国人もお相撲を日本の街で見かけた時はこんな感覚なんだろうなぁ。詳細な場所http://goo.gl/maps/pJCy6

2013年2月12日(火) 6:35 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国サン・ピエトロ寺院。バチカン名物スイス傭兵。バチカン市国の警備は伝統的にスイス国籍の傭兵らしい。大聖堂から広場を望む。郵便局。散歩していたベネディクト16世(?)に道を聞く観光客。http://sankei.jp.msn.com/world/news/130211/erp13021123510004-n1.htm

2013年2月12日(火) 6:21 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン サン・ピエトロ大聖堂の中。人、人、人。礼拝堂に差し込む光芒。特にお香が焚かれている訳ではなかった。雑踏で立ったほこりによるものか。

2013年2月12日(火) 5:36 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国のサン・ピエトロ広場の柵。これが国境であれば、左側がイタリア共和国ローマ市、右側がバチカン市国である。石畳の敷き方が違うので、これが国境の様な気がしないでもないが、はっきりしない。Google地図をみるとこの辺りの国境線は、広場を囲む道路の中央線に沿って通っている。このような状態はちょっと考えにくいが、とにかく柵が国境である確証がないのである。国境は少しおいといて、サン・ピエトロ寺院の観光をする。広場内のバチカン移動郵便局。ここから子供たちに葉書をだそうかと思ったが、我々の方が先に日本に着きそうなので止めた。ここでは土産物にボ−ルペンを買う。黄色いポスト。聖堂の見学のために並ぶ人々。並ぶのは嫌だったが、折角来て国境だけでは、と言うことで並ぶことにした。30分ぐらい並んだか。大聖堂に入る前にX線による荷物検査と身体検査があった。これが列の原因だった。サン・ピエトロ広場http://goo.gl/maps/5arUL

2013年2月11日(月) 7:03 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。細い石畳を通り抜けるとサン・ピエトロ広場の石柱の囲いが見えてきた。ついに世界最小の国に足を踏み入れることができる。早速、国境と思しき広場の柵を撮影する。しかしどこにも国境であることを示す物がない。本当にこの柵が国境なのか、それともアスファルト上に描かれている白線がそうなのか。まだまだ国境を求める旅は続いた。写真に撮った広場の柵の位置http://goo.gl/maps/2jJBs

2013年2月10日(日) 12:53 UTC+09
アベノミクスはどうなるのか。株価上昇はいつまで続くか。参院選の7月までか。米国、欧州経済はどうなっとる。中国との関係は。

2013年2月10日(日) 12:07 UTC+09
 幼少の頃からチョコレートは大好物で、半世紀以上生きてきた今でもチョコレートが大好きである。この時期は色んな所でチョコレートの話題が出てくるし、街に出れば普段見たこともない様なチュコが売られているので、わくわくして非常に楽しいのだが、そのような素振りを見せると催促しているみたいで、何か恰好が悪い。自分にとっては結構辛い時期なのである。チョコレートの本場、ベルギーのチョコレート博物館に行ったことがある。チョコ好きなので、一度は行っておく必要があった。博物館の内容はそれ程でもない。館内は撮影禁止。チョコレート博物館のサイトを見たら、バレンタイン催しをやるとかいてある。ベルギーのチョコレート大使Jean Philippe DARCISの講演会があるらしい。この時期、チョコで盛り上がっているのは日本だけではないのね。http://www.mucc.be/FR/download/darcis_fr.pdfあと、チョコレートの本も持っている。【チョコレート博物館】http://www.mucc.be/EN/index_en.htm

2013年2月10日(日) 11:33 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時半頃。曽原。香良洲道との合流点。「右 からす道(草体)」とある。平仮名と草書体との組み合わせは江戸時代の正しい表記法。従ってこの道標は江戸時代のもの(後藤式道標建立時期判別法)。庚申塚と山の神との合祀。新旧、取り混ぜた路上表示。奈良街道との合流点。「右さんぐう道(楷書)」と記されている。平仮名と楷書との組み合わせ表記は明治以降、さらに濁点表記は江戸末期以降。江戸時代の道標には仮名と楷書の組み合わせは見られない。楷書のみか草書と平仮名との組み合わせ。ただし例外も多くありそう。道標には丸い穴が開けられている。簡易的な常夜灯の為か。穴にろうそくを立てたかもしれない。詳細な場所http://goo.gl/maps/fmoX6

2013年2月10日(日) 10:32 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。 偶然見付けた寺に入ってみた。中には各種の閻魔大王がいる。寺務所のおばさんに参拝の作法を聞いてお参りした。寺は三階建てになっていて各階に仏壇と言うか祭壇が設けられている。結構有名と思しきこの寺の位置http://goo.gl/maps/s4Anb

2013年2月10日(日) 9:42 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国までの道のりを橋の名前で確認しながら歩く。世界最小の国家はもうすぐだ。バチカンに関係がありそうな煉瓦製の巨大な砦の壁。何かいわくがありそうな門。上半分は後世の継ぎ足しのようだ。細く暗い路地を歩いて行く。だんだんバチカンに近づく。いわく付きの門の位置http://goo.gl/maps/HgMBd

2013年2月10日(日) 9:02 UTC+09
 金曜日に妻の誕生日の贈り物が宅配で届いた。妻の誕生日は6月5日である。送り主は私だ。去年の五月末頃か六月の頭に注文した商品がやっと届いた。テレビで紹介されていたのを観て、注文したのであった。おすぎかピーコかが薦めていた。インターネットで注文した時は、二三日でお届けします、と表示されたが、受注確認メールで「テレビで紹介された為、注文が殺到して納入に一年以上掛かるかも知れないが、どうするか」と問い合わせてきた。妻に事情を話して、待つことにした。サプライズもへったくれもない。それに一年掛かるなら来年の分に当てられるわい、と思っていたが、結果は中途半端になった。メーカーのサイトを見ても未だに納期一年である。

2013年2月9日(土) 11:45 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国までの途中にあった有名そうな石橋。シスト橋。丸い部分は貫通している。http://www.kawadouro.sakura.ne.jp/RomaSisto.html何かこれも有名そうな記念碑だったので、後で調べようと思って写真だけ撮ってきた。トリルッサというローマの現代詩人だった。知らんなぁ。1950年没。好きな自動車スマート。ローマでは、スマートは縦に路上駐車する。凄いわ。シスト橋の位置http://goo.gl/maps/k1yXg

2013年2月9日(土) 10:33 UTC+09
 昨日、ロッテルダム・フィルハーモ二−管弦楽団のコンサートでラフマニノフの交響曲第二番を聴いた。三十年ぶりに分ったことがあった。エリック・カルメンの「Never gonna fall in love again」の元ネタがこの曲の第三楽章の旋律だった。学生の頃、クラシック音楽の一部から取ったということを聞いていたが、それが何からなのかずっと分らなかった。Never gonna fall in love againhttp://youtu.be/1pyBqY2xBpMラフマニノフ 交響曲第二番 第三楽章http://youtu.be/JVcAqmyMyfU

2013年2月8日(金) 6:55 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。バチカン市国までの途中、中州の橋の直ぐ近くにあった大衆食堂兼たばこ屋に入った。朝飯を摂る客でごった返す店内。その中で客を手際よくさばいているお姉様方。黒いセーターの袖をまくる姿が決まっている。白いチョッキを着ているお姉様がママなのか。チーママかも。朝にコーヒーを飲む習慣がないので、牛乳とパンにした。お姉様に外で食べるか中で食べるかと聞かれて、外で、と言おうとしたら,妻に「外で食べると値段が上がる」と言われたので中で立って食べた。流石、欧州旅行経験豊富かつ経済観念がしっかりしている。Sora Lellahttp://goo.gl/maps/71WLS

2013年2月8日(金) 6:19 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。小国視察旅行最後の訪問国「バチカン市国」まで歩く。遺跡。バチカン市国はデヴェレ川に沿って行けば、行けそうだったので川沿いを歩く。中洲にかかる古そうな石橋。ファブリチオ橋。橋の上では、犬の為のなのか、自分の生活の為なのか、募金活動をしている人がいた。ファブリチオ橋http://goo.gl/maps/tFN7q

2013年2月7日(木) 6:56 UTC+09
Nexus7を少し改造した。基本ソフトの内容をいじってSDカード内のデータが自在に扱えるようにした。これによってデジカメのデータがその場で大きくして見られるようになった。

2013年2月7日(木) 6:56 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。真実の口がある教会の中。礼拝堂の地下に何かがあるらしい。善光寺の戒壇廻りみたいなものか。西洋戒壇はろうそくが灯されていて、明るいが。教会の売店。小さな真実の口が沢山売っていた。サンタ・マリア・イン・コスメディン聖堂http://goo.gl/maps/5JQXe

2013年2月6日(水) 6:59 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市街。最後の訪問小国 バチカン市国に行く前に有名どころを観光しに行く。ローマ警視庁の婦人警官。「警視庁」と書いたのは、「Polizia Roma Capitale」と背中に書いてあるから。首都の警察は「警視庁」と訳すのが、日本語らしくていい。でも、本当にあっているのか。また遺跡。「真実の口」の拝観料投入函。各言語でお礼が書かれている。自国の言葉でお礼を言われると弱い。見事な戦略。ローマの休日と同じ様に置いてあった。真実の口の場所http://goo.gl/maps/oC6nE

2013年2月5日(火) 6:50 UTC+09
このCMは面白過ぎる。特に最後が秀逸。うちの子供たちは、『アルプスの少女ハイジ』は海外で製作されたアニメだと思っていた。家庭教師のトライ 教えてトライさん「自暴自棄クララ」 https://youtu.be/wIbB3EazU78

2013年2月5日(火) 6:39 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市街。いい感じの道を少し歩くとまた遺跡。この辺りはタルコフスキーの映画『ノスタルジア』のロケ地だったようだ。私はこの映画のDVDを5,6回以上は観ている。何度も観ているが、全編を通して観たのは一回だけだ。この映画は観ていると極度の眠気に襲われて、観だしてから数分で寝てしまう。そしてまた次の機会に寝てしまった場面から観る。するとまた寝る。これを何度も繰り返し、ある時、奇跡的に眠らずに最後まで観ることができたのだった。詳細な場所http://goo.gl/maps/k1kqL

2013年2月3日(日) 23:17 UTC+09
 自分の誕生日プレゼントでGoogle Nexus7を買った。ええわこれ。iPad miniの方が操作性はいいが、こちらでも慣れれば問題はない。USBでSDカードが読み込める機能がある。接続機器がまだ入手できていないので試していないが、この機能を使えば、デジカメで撮った写真を7インチの液晶画面で直ぐ見ることができる。旅行先で重宝しそう。iPadでもこういったことができそうだが、値段でこちらに決めた。

2013年2月3日(日) 12:02 UTC+09
名古屋 金山駅で恵方巻きを運ぶ人。愛知県にこの風習が伝わったのはいつの頃か。二十年前は、なかった。子どもらは昔からの風習だと思っている。

2013年2月3日(日) 11:18 UTC+09
 本日、池下の三喜神社で、初謡会が開催されます。お時間のある方は覗いてみて下さい。13時半より。出入り自由です。無料。http://goo.gl/maps/mW4iq

2013年2月1日(金) 6:49 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市街。有名そうな広場周りの整然とした古い街並を抜けると遺跡だらけの丘が目の前に広がった。パラティーノの丘。全く予備知識無しで歩いていたので、この突然現れた景色は衝撃的だった。興奮し過ぎて、もう何が何だか解らなくなって、妻に「ローマにこんないいところがあるなんて誰からも聞いとらんぞ。こんな素晴しい所をみんな知っとるのか!」と叫んでいた。知っているに決まっている。大抵の人は廃墟趣味じゃないから、特にお薦めはなかったのだろう。パラティーノの丘に向かって撮影した場所http://goo.gl/maps/9oDKo

2013年2月1日(金) 6:20 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市街。あるわ、あるわ、そこら中に遺跡が。しかも廃墟に近い遺跡。ええわ、ローマ。何なのかよく分らん遺跡の場所http://goo.gl/maps/xpi5N

2013年2月1日(金) 6:08 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ市街。ローマ市街見物は初めてだった。フィウミチーノ空港は今迄二回利用したことがあったが、ローマ市街には行かなかった。妻はローマは二、三度目。ホテルの無料送迎バスを降りて少し歩くと、いきなり遺跡が目に飛び込んできた。遺跡、廃墟趣味の自分にとってそこら中に遺跡のあるローマは最高の街だ。まっ、東京、大阪、名古屋などに比べて隠れた遺跡や廃墟を探すと言う楽しみが少ないと言えば少ない。とにかく話しには聞いていたが、そこかしこに遺跡があるのは凄いわ。ローマに嵌ってしまった。何だかよく分らん写真の遺跡のある場所http://goo.gl/maps/xlF46

2013年2月1日(金) 5:37 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。六日目。ローマ。空港内のホテルからローマ市街迄は電車で30分程度である。普通列車で片道8かかるので、ホテルからはローマ市街への無料バスが出ている。これは助かる。ま、その分余分にホテル代を出しているのだが。バスはボルボ製。ローマ市街に向かう途中の窓からの遠景。農業地帯を列車が通り抜ける風景はどこも同じだ。ローマ市街の交差点。低い位置にも自動車用バイク用の信号がある。欧州では高いところと低いところ両方に信号があるのをよく見かける。車高の低い乗用車にとって前に車高の高いバスやトラックがいる時、この低い信号は非常に見易い。日本では全く普及していない。安全よりも経済優先。左側通行の様に見えるのは、一方通行だから。無料バスは特に目印が見当たらない場所で停車した。帰りもこの場所からバスが出るのだが、一体ここがどこなのかよく判らない。バスの運転手に地図上での現在地を教えてもらっている妻。無料バスの終点位置http://goo.gl/maps/wS0O7

2013年2月1日(金) 4:52 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。夜9時頃のローマ・ティブルティーナ駅。写真左はイタロ切符自販機。操作液晶画面がとてつもなく大きい。右は通常のイタリア国鉄の自販機。どちらにしてもデザイン大国イタリアらしい意匠である。予約してあるホテルはローマ・フィウミチーノ空港内にあるので、ティブルティ−ナ駅から更に電車で40分程度かかる。夜10時は過ぎていたが、結構、人はいる。無人の改札を出るとそのまま空港構内である。ここまでの電車内でも切符の検札はなかった。フィウミチーノ空港駅http://goo.gl/maps/TeXMS

2013年1月30日(水) 6:43 UTC+09
 新宿歌舞伎町ロボットレストランレポート。電飾コスチューム。バッテリー搭載で自在に動ける。ロボットとあまり関係ない。最強ロボが博士と共に登場。駆動はバイオテクノロジーを駆使している為か、人間の動きにそっくり。わざとロボット風の動きにしている雰囲気がある。にせセグウェー。本物と違って4輪なので安定性抜群。戦闘ロボとキューティーハニーとの壮絶な戦い。生身のキューティーハニーが機械に対して挑むが、あえなく敗退。観客席からはブーイングの嵐。ただし外国人客から。

2013年1月29日(火) 23:50 UTC+09
 十二年ぶりにINAXのタイル博物館に行った。下の写真は十二年前。入口のタイルの青色がいい。タイル博物館http://www1.lixil.co.jp/museum/

2013年1月29日(火) 23:17 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。ボローニャ中央駅。イタリアの新幹線『イタロ』に乗る。イタリア語で『.italo』。最初の『.』が今風である。本当は『i○○』風にしたかったろうが、綴りがitaliaでは中々難しい。イタロは2012年4月に開業したばかりである。この新しい高速列車に乗ると言うことだけでも、今回の旅行の価値は高い。パックツアーなら必ず謳い文句になる。切符は日本で購入した。無茶苦茶安かった。ボローニャ-ローマ間350kmが日本円で5600円(1=110円弱)だった。一人分ではない。二人で5600円。しかも座席指定。通常料金ではなく大安売りだったのだ。日本も切符の安売りがあればいいのに。今回の旅行で長距離移動の列車の切符は全て日本でインターネットを使って手配した。ヨーロッパ鉄道の日本総合代理店で印刷した切符が送られて来たが、このイタロだけは紙の切符は発行されず、電子メールで座席番号などがが送られてきただけだった。飛行機のeチケットとよく似ているが、駅でのチェックインなどはなく、そのまま切符無しで列車に乗り込む。電子メールを印刷した紙を見ながら指定されている座席に行くと他の人が座っているではないか。電子予約でも重複かと思っていたら、座っていた人はそそくさと立ち去ってくれた。日本の新幹線同様に只でWi-Fiに繋ぐことができたが、インターネットにはつながらなかった。高速鉄道なので時速300km/hでぶっ飛ばす。誰も関心を持たず。イタロの勇姿。ローマ・ティブルティーナ駅にて。ボローニャを18:35に出てローマに着いたのは20:50だった。夜中だった所為か、車掌の切符検札はなかった。日本とは大違い。

2013年1月29日(火) 22:26 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。イタリア リミニ駅を16:27に出て、ボローニャ中央駅に着くのは17:40。そして1時間程の待ってローマ行きのイタリア新幹線に乗る。往路でのボローニャ駅の滞在時間は5分程度だったが、復路では時間が十分あったので、乗り換えは楽々である。が駅の周りに何かある訳でもないので暇を持て余した。駅の周りをぶらぶらしていると、道端に有料の体重測定器を見付けた。もしかしたら荷物の重さを測る為かも知れない。日本にもかっては街頭体重計があったが、今は絶滅したと思う。観光地にでよく見かけた様な気がする。体重計を見かけた凡その位置http://goo.gl/maps/rKdUS

2013年1月28日(月) 21:41 UTC+09
 新宿歌舞伎町のロボットレストランの店内装飾。とにかく派手。そこら中が光っている。従来のこう言った類いの光り物装飾は、細かいところはスパンコールを用いたと思う。周りのライトでスパンコールが反射して光る方式である。ところがここはLEDを使って細かいところが全て自ら光を放つ様になっている。かの中村博士も青色LEDがこういうところで大活躍することなど夢にも思わなかっただろう。http://www.shinjuku-robot.com/pc/enter/

2013年1月28日(月) 21:25 UTC+09
 以前から見たいと思っていた常滑の巨大招き猫を小五の末娘と見に行ってきた。確かにでかい。しかし裏に回ると単なる張りぼてであることがわかった。メガネの三城の郊外店舗の裏側と同じ。それにしても何故ここに巨大招き猫が設置されたのか不明。娘に聞くと「置くところがなかったんじゃないの」と答えた。巨大招き猫の位置http://goo.gl/maps/lV1p9

2013年1月28日(月) 19:44 UTC+09
地球上には発見される前に絶滅している生物種が物凄く沢山いると言う。まあ、当たり前だわな。だが、それ程でもないと言う説が出てきたらしい。地球上には一億種ぐらいいて10年で5%減少すると言う説に対して、実は500万種で10年で1%以下だと言うのだ。そもそも未知の生物種がどれだけいるかなんてどうやって分かるのだろう。分からないから未知ではないのか。それに分類なんて人間の都合で決めているのだから、種の数なんて幾らでも変化しそうだ。自然(科学も含めて)のことが全て分かったような気になると、とんでもないしっぺ返しに遇うことにまだ気付かんようだな。人類は。

2013年1月26日(土) 12:20 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。タクシーから見えたイタリアのリミニの古い門。運転手がリミニの有名なアーチだと教えてくれた。調べてみると2000年前のリミニ要塞の門らしい。リミニの街も面白そうだ。道路の脇にも遺構が残っている。リミニ駅に到着した。50払ってタクシーからで出る。荷物を預けていた観光案内所に荷物を取りに行く前にスーパーマーケットで菓子などを買い込んだ。リミニ駅http://goo.gl/maps/xjhAN

2013年1月26日(土) 11:51 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリの共和国とイタリア共和国との国境。歩道の幅はそんなに広くないので、国境表示全体の写真として反対車線にある同じようなものを撮影した。昔はここに税関があったのだろうか。国境を跨いでの記念撮影。国境表示がリヒテンシュタインやモナコに比べてかなり大袈裟なので、サン・マリノとイタリアとの国境がここでピシッと定義付けられている様な錯覚に陥る。国境が明確に定義できるのは、実は地図上だけの話しで、現地では物凄く曖昧になっているのではないかと言う気がしてきた。最終的には、利害関係者との合意のみで決定され、地図にはその合意の結果が示されるのみで、本当の国境は常に変化しているのではないか。考えてみれば、当り前で、国境の内側は国内法で規定できるが国境そのものは国内ではないので、厳密に決めようがない。隣接国にとってもこれは同じことなので、国が違う以上国外のことは決められないので、国境も決められない。この場所は、サン・マリノとイタリアとの両国の間で国境表示が観光資源になり得ると言う合意に基づいて定義された国境だろう。従ってこの場所から数10メートル離れた場所の国境は曖昧になっているはずだ。サン・マリノとイタリアとの国境の位置http://goo.gl/maps/5S6Qu

2013年1月26日(土) 10:27 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の門に別れを告げて、リミニ駅に戻り、電車でボローニャへ行って、そこでイタリア新幹線に乗り換えてローマに行く。国境に行かねばならぬので、タクシーで駅迄行くことにする。城壁のところにタクシー乗り場があり、そこで駐車していたタクシーに頼むことにした。タクシーから出てきたのは女性運転手だった。リミニ駅に行きたいが、その途中にある国境で写真を撮りたいから、そこも寄ってくれるかと訪ねると、「いいわよ。国境のところで車を停めて待っててあげるから、好きなだけ撮りなさいよ。駅迄の料金は50よ」と英語で答えてくれた気がした。観光地のタクシー料金透明化でどんな経路でも特定の行き先は料金が決まっているという情報はインターネットで事前に得ていた。サンマリノ砦-リミニ駅間は50と記載してあったので、乗る前にちゃんとしたタクシーだということが判った。山のヘアピンカーブを疾走する自動車たち。行きのバスで通過した歩道橋が見えてきた。ここをくぐったところでタクシーは停車し、「ここよ」と言って降ろしてくれた。やはりここが国境だったのである。私のにわか国境アンテナは正確だったのだ。国境の位置http://goo.gl/maps/5S6Qu

2013年1月26日(土) 9:49 UTC+09
 大人のヒーロー戦闘ショー付食堂『ロボットレストラン』に行ってきた。18歳未満お断り。歌舞伎町にある。大音響を発しながら新宿通りを走るロボットレストラン宣伝車。トラックを先導するのは2台の女型戦闘ロボット。開店迄の費用が100億円だったらしい。レストラン入口。舞台は地下二階に設置されている。ガラス越しに見えるのは待合室。受付を終えたら、ここでショーが始まるのを待つ。ここにも女型戦闘ロボが2台置いてあり、待ち合い客は記念撮影などをして、開演を待つ。ショーの始まり。ロボットとは全く関係のない歌舞伎町に相応しい服装に身を包んだ若い女性ダンサーによる女戦(じょせん)太鼓の演技。ダンサーは経験不問で、時給3000円上。年齢30歳ぐらい迄とのこと。お忍びで来ていたリチャード・ギア(?)も妖艶なダンサーのバチさばきにニンマリ。8台の女型自走ロボットに乗ってイザ出動。ダンサーが自分で操縦する。危険なときはキノコ型非常停止ボタンで停止。赤色のボデーに赤いボタンで大丈夫なのか。

2013年1月25日(金) 18:37 UTC+09
ロボットレストラン。悪趣味の極み。凄いわ。まだ公演前。女性客、外国人もいる。http://www.shinjuku-robot.com/sp/top/

2013年1月25日(金) 8:42 UTC+09
最近の新幹線のWi-Fiは遅い。3G回線よりも遅い。新幹線車内LANのせいか、ソフトバンクのせいか。

2013年1月25日(金) 5:47 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの基幹産業のひとつは切手発行である。切手と硬貨の博物館があるはずだが、見つからない。妻が「あれじゃないの?」というので、近づいてみるとそうだった。長屋の一角だった。中に入ってみると、綺麗なガラスケースに切手や硬貨が並べてある。博物館というよりも売店だ。奥に展示室があるのだろうか。時間に余裕がなくなっていたので、展示室は諦めて記念切手と1ユーロ硬貨の組み合わせセットを5ユーロで買う。欧州連合加盟国のうち、ユーロが流通している国はユーロ硬貨の発行権を持つ。サン・マリノはEU加盟国ではないが、協定によりユーロが通貨となっていているので、硬貨を発行している。バチカンもモナコもEUではないが、ユーロが通貨なのでユーロ硬貨を発行しているらしい。今回の旅行では入手できなかった。http://www.ecb.europa.eu/euro/html/eurocoins.en.html売店のおばちゃんからお釣りでピカピカの2ユーロサン・マリノ硬貨を渡された。なんだ、わざわざセットものを買ったが、只で手に入るではないか。お釣りは財布には入れず、別にして大切に日本へ持ち帰った。切手と硬貨の博物館の位置http://goo.gl/maps/kTR3A

2013年1月25日(金) 5:36 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノのカッコいい紋章付きの郵便受け?白いポスト。これは珍しいので、web上の日本人が書いたサン・マリノ旅行記には大抵採り上げられている。白いポストの位置http://goo.gl/maps/uVGUo

2013年1月23日(水) 22:22 UTC+09
 高二の娘が学校で「物理は誰に教えてもらっているの」と聞かれたらしい。娘が「父さんに」と答えたら、「今度、聞きに行ってもいい?」と言われたそうだ。これは名誉なことだ。「いつでもええぞ。いつ来るんだ」と聞くと、家が遠いので行くのが面倒だなぁ、とも言っていたらしい。一体どっちなんだ。

2013年1月23日(水) 21:41 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。山頂の砦と山の麓とをつなぐロープウェイ。インターネットの書き込みにはロープウェイにはぜひとも乗るべきだと書いてあったので、乗った。見下ろす街並はなかなかの風景。数分後には麓の駅に到着。駅の近くに、選挙ポスターらしきものが沢山貼ってあった。なんかいっぱい候補者もいる。ほんとに選挙なのか。麓の駅http://goo.gl/maps/feXXH

2013年1月23日(水) 21:06 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の中にあるピザ屋で昼を食べた。二軒のピザ屋が向かい合わせに建っていて、何故だか一軒は満員だったので、ガラガラのもう一軒に入った。名古屋人にとって、サン・マリノと言えばピザである。名古屋のピザ・サンマリノのピザを食べたことはないが、サン・マリノの砦の中でピザを食べたことのある名古屋近郊在住者はそうそういないだろう。水を頼むと青い瓶に入ったものが出てきた。この青色の瓶がいい。大好きな色だ。持って帰りたかったが、荷物になるのでやめた。写真で十分だ。ピザの味は?大変美味しゅうございました。http://www.trivago.com/san-marino-municipality-86797/bar--pub/domus-coffee-shop-di-mussoni-rosina-2043229

2013年1月23日(水) 19:20 UTC+09
今年の灘中入試の算数の第一問目らしい。何とか解けたが、30分以上掛かってしまった。話題を提供しているページへの書き込みには「1分もあれば充分」とあったので少しばかり悔しかった。言い訳ではないが、電車の中で問題をiPhoneの画面で眺めながら、暗算で解こうとしたからだと思いたい。考えてみれば、記事を読んでいる人の多くは、同じ条件だろうから、やはりちょっと悔しい。家に近づいた頃に、解き方に気づいたので、早速家で紙に書いて解いた。それでも5分ぐらい掛かったのだった。http://togetter.com/li/442322

2013年1月23日(水) 7:08 UTC+09
 小五の末娘によると愛知県豊明市の小学校では、物まね芸人の「キンタロー。」が流行っているらしい。「フライングゲット!」とAKB48のものまねのものまねをやっているようだ。すでにスギちゃんは飽きられている模様。どちらも愛知県出身の芸人。

2013年1月23日(水) 6:46 UTC+09
 金属同士を接着する為に3Mの超強力接着剤を使った。ところが接着後三日経っても全然強度がでず、固まりもしない。説明書には、「数時間で実用強度に達し、2,3日で固まります」とある。おかしいなと思い、よく見てみるとこの接着剤の製造年月は2011年4月だった。かなり前に店頭でこの接着剤を見付け、これは使えるわいと思って買っておいて、二三日前に初めて開封したのだった。接着剤にも旬があって、早めに使わないと駄目なのだろうか。結局、全く使い物にならないので、強力両面テープに切り替えた。アマゾンでの評価を見ると使い物にならないと書いてある。製造年の問題ではなさそうだ。

2013年1月23日(水) 5:06 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。山頂の砦と山の麓とをつなぐロープウェイ。駅の階段を地図を見ながら降りていたら、足を踏み外して転んでしまった。後ろにいたロープウェイで一緒だった夫婦に「大丈夫か!」と声を掛けられた。格好悪かったなぁ。麓の駅の周りには何もない。リミニ行きのバス停もない。仕方がないので、また山頂に戻ることにした。イケメンなロープウェイ運転手。上りも下りと同じ景色の筈だが、上りの方が断然いい。インターネットの書き込みは「上り」の話しだったか。景観を重んじた頂上駅。何やら意味ありげな彫像が鎮座まします。

2013年1月22日(火) 6:40 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の石に彫られた銘や日付(左上と右上)。左下は名古屋城の石垣に残る銘。右下は桑名城址に残る石垣の銘。日本国内の城の刻銘http://magoichi.nomaki.jp/mk/menu10.html

2013年1月22日(火) 5:59 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の内部の壁画。なんか物凄く下手くそ。サルになったキリストのフレスコ画を思い出す。http://sankei.jp.msn.com/world/news/120824/erp12082412480001-n1.htm壁画の部屋の隣に展示してあった要塞の増築の様子を説明したポスター。要塞の塔は結構後世になってからも増築されているようだった

2013年1月21日(月) 6:38 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の内部。非常に狭い。愛知県にある犬山城の天守閣の土台内部に似ている。http://inuyama-castle.jp/castle/castle-tower#basement

2013年1月21日(月) 6:26 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦からの眺め。展望台は後世に観光用に作ったのか。昔からあったのか。

2013年1月20日(日) 11:57 UTC+09
 昨日の夕方に見えた光芒。iPhone4Sで撮影。夕日の反対側に裏後光が見えるかと思ったが、見えなかった。コンビニエンスストアの駐車場から撮った。コンビニには余り行かない方だと思うが、今年は頻繁に行っている。昨日の用事は、ついでに金を銀行預金からおろす為だった。自動車で行った。それにしてもコンビニの駐車場に駐車中の自動車は、例外なく、全て前向き駐車である。年始に年賀葉書を買う為に、コンビニを7軒はしごした。その時も、どのコンビニでも駐車場に停まっている自動車は全て前向き駐車であった。誇張ではなく、ほんとに全部がそうなのである。今年から新しく道交法で駐車の仕方が決められたのかと思ったぐらいだった。前向き駐車は駐車位置から動く際に後ろ向きで動き出なければならないので、予め後ろ向きで駐車した時よりも圧倒的に危険率が高い。自動車でコンビニに入って出る迄の時間はどちらも同じなのに、どうして危険な前向き駐車を進んでするのだろう。日本人は変わってしまったのか。日本は愚者の楽園と化したのか。

2013年1月20日(日) 10:58 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。こちらの山頂の砦から、第二の砦を眺める。もしかしたらこちらが第二なのかもしれない。砦が雲で霞んでいた。幻想的な風景だった。今、写真を見て思ったのは、もしかしたら向こうの砦にこの時いたら、ブロッケンの妖怪を見ることができたかも知れない、ということだ。太陽の位置、雲の状態はまさにブロッケン条件になっていそう。砦に潜む妖怪、無茶苦茶いいではないか。http://cont4.mech.usp.ac.jp/~minagawa/kitaalps/johnen/brocken.htm砦の更に上にある塔。砦から見下ろした景色。詳細な位置http://goo.gl/maps/3ympJ

2013年1月20日(日) 10:32 UTC+09
 南知多にあったみかんの無人販売所。籐製の乳母車を活用している。農家の駐車場の前に設置してあった。乳母車なので移動が簡単だ。乳母車の主は、今どうしているのか。不要品の活用だとすると、少し寂しい。昼の一時頃だったが、お金は入っていなかった。定期的に回収しているのか、私が今日、一番の客だったのか。みかんの味は普通だった。工場直送えびせんべい販売所。こちらは既に完売状態で、何もなかった。それとも最初から売ってなかったのか。おそらく後者だろう。詳細な場所http://goo.gl/maps/f5Yl3

2013年1月20日(日) 10:08 UTC+09
 正月休みに行った知多半島の軍人像群の近くにあった柿の木。ノキシノブが沢山付いていていい感じだ。庭に植えられる柿の木の見本みたい。残っている柿の実をついばむメジロたち。28mmの単焦点カメラ(GR digital IV)なので、鳥の撮影は厳しいが、画像を拡大するとメジロがいることが判る。撮影場所。http://goo.gl/maps/z6ebl

2013年1月20日(日) 9:42 UTC+09
 あくまでも参考だが、AdobeがCS2およびAcrobat 7の正規ライセンスを所有している顧客を対象として、アクティベーションサーバーを介在しないソフトウェアを直接提供している。シリアル番号が公開されている。動作するのは古いパソコンで古いOSのPCまたはMac。

2013年1月19日(土) 12:27 UTC+09
 30年以上前の写真の電子化作業をやっていたら、面白い写真が出てきた。「内部作業場」とあるが、一体どういう意味か。外に内部作業という看板を出す意味はどこにあるのか。しかも一般の人が見えるところに。「内部」は「うつべ」と読む地名である。三重県にある近鉄内部駅の作業場。近鉄内部駅http://goo.gl/maps/g9W7A

2013年1月18日(金) 6:27 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の中。崖っぷちに建つ塔。芝生の緑と石の色とがもの凄く合っている。砦からの眺め。

2013年1月18日(金) 6:19 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の中。井戸。下は巨大な水槽か。大砲。砲身に施条(しじょう。砲弾に回転を与え、弾道を安定させる)が見える。本物の証し。中庭。芝生がいい感じ。詳細な場所http://goo.gl/maps/L3xNQ

2013年1月17日(木) 7:16 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。「castello」と書いてあるから、お城なのか。入場料が要る。そういえば、政府庁舎も有料だった。その入場券で入れるかなと思って、券を差し出したら、5ユーロかそこら払ってくれと言う。世界遺産保護のためと思い、払って中に入った。入場料の価値は十分あった。いや、それ以上だった。

2013年1月17日(木) 5:16 UTC+09
 コンビニでSkypeのクレジットを買った。iPhoneで電話を掛けるときは安くなる様な気がしている。500円だが使い切るのに一年以上は掛かかもしれない。前回買ったのは一年以上前だ。最近はSkypeの通話品質が向上してきたので、利用頻度が高くなって、一年以内に使い切るかも知れない。コンビニで支払いをする時、店員に署名を求められた。たった500円で、しかも現金払いにも拘らず。一体どういうことなのだ。もしかしたらマネーロンダリング防止なのかもしれない。一応、金券なので、資金洗滌になり得る。しかしやろうと思えば偽名を使うだろうし、そもそも500円ではマネーロンダリングにはなり得ない。すると何の為の署名だったのだろうか。因みにプリペイド番号を公開しているけど、入力した後なので、使えませんよ。

2013年1月17日(木) 5:02 UTC+09
 名鉄 中京競馬場前駅にある居酒屋「金の穴馬」。居酒屋だけどソフトクリームの「ニッセイ坊や」が沢山置いてある。店に入ったことはない。

2013年1月16日(水) 20:49 UTC+09
 パソコンでFaceBookを見ていると、爺さん向けの広告ばかり表示される。プロフィールや投稿内容を解析して表示しているのだろうけど、もっと、ハッとしてクリックしたくなる様な広告を表示してくれんかな。どうせ表示するなら。機械じゃ無理か。

2013年1月16日(水) 20:28 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。サン・マリノの由来。外務省の解説ページから。4世紀初頭,ローマ皇帝によるキリスト教徒迫害を逃れるため,マリーノという石工がこの地にたてこもり,信徒を集め共同体を作ったのが建国の伝説とされている。山のてっぺんの要塞がこの伝説の始まりか。リヒテンシュタインと同じ様なお城みたいだけど、住んでいたのは王様ではなく,共同体の筈だ。上からの眺め。山頂の砦http://goo.gl/maps/jhZRg

2013年1月15日(火) 20:56 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。サン・マリノ政府庁舎内部。議会室。古めかしい内装と近代施設とが上手く溶け合っている。

2013年1月15日(火) 20:49 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。サン・マリノ政府庁舎。議会などがある。事前に調べた資料には、衛兵交代などが見られるようなことが書いてあったが、訪ねた時は閑散としていて何も始まりそうもなかった。普通のガードマンが立っていて「中へどうぞ」という仕草をしたので、入っていった。入ると入口近くに座っていた案内おばさんが、「今からサン・マリノの紹介ビデオを見せてあげるから付いてきなさい」と言った気がしたので、付いて行った。通された2階の小部屋で15分程のビデオを見た。見終わった後、入口付近に戻っていたおばさんに2階からお礼を言って、庁舎内部の見学を勝手にしてきた。サン・マリノ政府庁舎http://goo.gl/maps/SdmnR

2013年1月15日(火) 20:27 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。サン・マリノでもキティちゃんは大人気。どういう訳かモデルガン・模擬刀屋があった。しかも二軒。要塞の名残か。観光客はまばら。多い時はうじゃうじゃいるらしいから、観光にはいい時期に来たことになる。少し寒いのがいかんが。

2013年1月15日(火) 6:33 UTC+09
2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。要塞の中。こんなような街の雰囲気はどこかで見たことがある気がするが、これらはコンクリート製ではなく、全部、石造りの本物。詳細な場所http://goo.gl/maps/pacM0

2013年1月15日(火) 4:34 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの歴史地区。観光案内所で入国スタンプを押してくれる筈なので、案内所を探した。事前に場所を調べておいたつもりだったが、迷った。それらしき看板を見付けたので、ここだここだとやっと見付けたと言いながら中に入っていった。カウンターに座っていたおばさんに、入国スタンプを押して下さい、と言うと、おばさんは「スタンプはここじゃないわ。ここの前の道をずーっと行くと上り坂と下り坂に分かれるとこがあるの。そこを下り坂の方に行くと左手に緑色の扉があるわ。そこよ」と言われたような気がしたので、お礼を言って去ろうとした。ふと、ついでだと思って、サン・マリノの詳しい地図はないかと尋ねた。すると「あるわよ。英語の方がいいかしら」と陳列ラックに入った地図を取り出そうとした。それなら持ってますというと、それならばと事務室の奥の方から詳しそうな地図を持ってきてくれた。その地図を差し出しながら「サン・マリノは素晴しいところなの。こんな素敵なところはないわ。全部石でできているのよ。すごいでしょう。でも大したことないわ。この石はすごく削り易いの。簡単に削れるの。もっと大変なことは水なのよ。ここは山頂だから水はとっても貴重品。だから石の建物の下には大きな水槽がいくつもあるの。すごいでしょ」と説明してくれたような気がした。何か他に聞きたいことはないかと言うので、国境に行きたいのだがどこが一番近いか、と聞くと、地図を広げながら「ここからだとこの辺りが一番近いわね。歩いて1時間ぐらい。森の中を歩くから、とってもいいわよ。タクシーならこの辺りかしら。運転手に言えば連れてってくれると思うわ」と教えてくれた気がした。色々教えてくれたおばさんにお礼を言って、事務所を出た。そして緑の扉のもう一つの観光案内所でスタンプを押してもらった。料金は5だった。

2013年1月14日(月) 7:15 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。サン・マリノの砦の玄関。要塞全体が世界遺産に登録されている。因みに能楽もユネスコの無形文化遺産に指定されている。http://www.unesco.org/culture/ich/index.php?lg=en&pg=00011&RL=00012玄関の位置http://goo.gl/maps/2BfIz

2013年1月13日(日) 14:17 UTC+09
 近くの神社のどんど焼きに一人で行ってきた。どんど焼きは左義長とも言う。行くのが遅かったので、行った時には既にどんど焼きは終わっていて、火が少し残っているだけだった。七五三縄と娘たちの今年はじめの習字をくべる。書き初めを焼くのが普通だが、書き初めの風習はなくなってしまったので、今年一番最初の習字塾で書いたものを持って行った。その灰が高く上がると字が上手くなると言う言い伝えがあるので、観察していたら電柱の高さぐらい迄は上がったので、まぁまぁだろう。神社の氏子の方々がふるまっていたぜんざいを頂いて帰ってきた。

2013年1月13日(日) 13:00 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。目に飛び込んでくる景色、物、全てが珍しい。石積みの城壁で、アーチが作られているのだが、どうしてそのアーチの中も石積みで埋められているのか。アーチは何の為に作ったのか。消火栓と蛇口。石造りの階段。石造りのビル群。永い年月をかけて継ぎ足された要塞。できた年代によって石の形や仕上げ方が違う。サン・マリノ観光はGoogleのストリートビューを使うと完全に疑似体験できる。あれっ、今回のサン・マリノ観光の意味は?Googleストリートビューhttp://maps.google.co.jp/help/maps/streetview/サン・マリノの地図http://goo.gl/maps/YlseO

2013年1月13日(日) 12:24 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。遠くに見えるは、サン・マリノの山の上の要塞。ここへ行く。曲がりくねった山道をバスが登って行く。中世ヨーロッパ風の要塞に到着。西洋甲冑がよく似合いそうな城壁。日本人が思い浮かべる西洋の童話の世界だ。バス停は要塞の中にある。バスは細い通路に入って行く。すると通行禁止帯に一台の自動車が駐車していた。この自動車のため、バスは曲がり切れず、暫く立ち往生してしまった。バスと駐車車両との隙間が10cm程度に迫っており、これ以上進むと接触しそうな感じだ。バスの運転手はクラクションを鳴らして駐車している自動車の運転手を呼び出そうとしたが、出てくる気配がない。結局、諦めてバスを何度か切り返して、なんとか切り抜けた。乗ってきたバスの全容。なんという俗物的な意匠であることか。これがラテン感覚なのだ。サン・マリノhttp://goo.gl/maps/YlseO

2013年1月12日(土) 8:41 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。10時40分にバスはサン・マリノに向けてリミニ駅を出発した。道の脇に古い壁の様なものが続いている。何かの遺跡だろうか。事前にリミニのことを良く調べておかなかったことを後悔する。どこかに国境があるはずだと思いながら、窓の外を眺めていた。リミニ駅前を出て、約30分後、歩道橋のようなものが見えた。私の『国境アンテナ』が反応した。イタリアとサン・マリノとの国境かも知れない、と思いカメラのシャッターを切った。最初の写真は慌てていたので、ちょっとピンぼけ(ロバート・キャパ)。ここが本当に国境だとするとここにどうやって辿り着けばいいのか。結局、帰りにタクシーで行くことにした。それにしても歩道橋と言う「悪しき施設」は日本だけと思っていたが、イタリアにもあることを知って驚いた。それまで気付かなかっただけか。歩道橋は道路交通の大原則である「弱者最優先」を無視し、自動車の通行を最優先させた結果である。自動車は例外なく人が運転しているにも拘らず、あたかも自然の川の流れが如く制御し切れない物として、橋を作り、わざわざ弱者にそこを渡らせる。歩道橋を設置すると横断歩道は撤去してしまい、階段を上り下りが大変な者にも歩道橋の利用を強要する。歩道橋は、自動車の流れが途切れる迄の数十秒間が待てない健常者の利便性のためだけであれば、横断歩道と両方設置すれば良い筈だ。全くもって民度の低い国らしい施設である。日本で最初にできた横断歩道が数年前に建て替えられたらしい。その日本最初(世界で最初?宇宙最初?)の歩道橋は自動車王国愛知県にあった。ただし場所は清須市。日本初の歩道橋の場所http://goo.gl/maps/sP6qe

2013年1月11日(金) 21:49 UTC+09
東北新幹線の速度。日本の列車中ではGPS電波が拾えるけど、ヨーロッパの列車ではダメだったなぁ。

2013年1月11日(金) 21:40 UTC+09
今朝8時ごろの富士山。雲多し。

2013年1月11日(金) 8:50 UTC+09
なぜ日本人は一神教ではないのか分かったような気がする。日本人は、全知全能の存在を考えたことがないからだ。日本には神様がいっぱいいる。八百万以上いる。北原白秋は起重機の斜線にもいると言っている。全知全能であるのが神だ、と考えてしまうと、神は一人しか存在し得なくなる。二人以上いると、それは区別できると言うことになる。区別できるということは差があることになる。「神は全て」の筈だから差はあり得ない。差があれば、それはどちらかが神ではない。もしくはどちらも違う。従って一人しかいない。最近、これに気付いたが、これって当たり前なのか。気付くのが遅過ぎ?それとも考え方がおかしい?

2013年1月11日(金) 7:49 UTC+09
中央競馬 中京競馬場前駅に貼ってあったポスター。公営賭博自体が後ろめたい筈なのに、変なポスターだ。こういう業者の存在も込みで、競馬をやっているのが普通だと思う。無垢な気持ちで賭博をやること自体間違っとる。

2013年1月10日(木) 21:14 UTC+09
水中で指がシワシワになるのは、進化上の利点からそうなるのだ、という説が発表された。本当か。単にふやけただけではないか。最近、このシワシワは神経系の反応だという事が分かっているらしいが、これもなぁ。夜中に風呂に浸かってそのまま寝てしまい、ふと目が覚めたら朝の5時だったということが時々ある。この時のシワシワは尋常ではなく、シワの深さは優に1mmは超える。指先が正常な状態に戻るのは昼過ぎだ。神経系の反応なら入浴時間とシワの深さとが関連するのは考え難い。やはり単にふやけるだけだ。

2013年1月10日(木) 6:55 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。リミニ駅からはバスでサン・マリノに向かう。荷物を持っているので、これを預けなければならない。インターネットで事前に調べておいた。フランス同様、イタリア国内もテロ防止の為に各駅のコインロッカーは殆ど廃止されている。リミニ駅には数年前迄はコインロッカーがあったらしいが、現在は廃止されているらしい。インターネットでかなり調べた。すると個人のブログに駅前の観光案内所で預かってもらったと言う記述を見付けた。早速、電子メールで観光案内所に問い合わせした。しかし返事は来なかった。仕方がない、駄目なら荷物を転がしながら観光するしかない。そして旅行当日、リミニ駅を出て直ぐ左側にある観光案内所を訪ねて、荷物を預かって欲しいと申し出た。「お易い御用で」と言った感じで、預かってくれた。パスポートの提示を求められた。料金は5。5時に閉めるので、それまでには戻ってきてくれと念を押された。バスの時間迄はまだと余裕があるので、横のスーパーマッケットに寄った。すると果物売り場に「柿」があるではないか。「cachi」と表示されている。「カキ」だ。イタリアで普通に食べられているようだ。いつ頃イタリアに入ったのだろう。日独伊三国同盟の頃かなぁ。仮設切符売り場のおばちゃんからバスの切符を買う。10:40発。1時間後にはサン・マリノに入国だ。結構な数の観光客がバスに乗り込む。バスはほぼ満員だった。東洋人らしき人は我々のみ。リミニ観光案内所の位置http://goo.gl/maps/C5rHa

2013年1月10日(木) 6:19 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。ほぼ定刻通りリミニ駅に到着。ルビコン川を知らぬ間に渡っていた。イタリア リミニは映画監督フェデリコ・フェリーニの出身地らしい。『甘い生活』『道』『8 1/2』などで知られている。DVDで後者二つを所有。何か関連するものがありそうなので、見に行きたかったが、時間はそんなにない。今回はサン・マリノだ。乗っていた列車はアンコーナに向けて数分遅れで出発した。リミニは海水浴で有名らしく、その季節だとかなり賑わっているらしい。リミニ駅http://goo.gl/maps/GsScj

2013年1月9日(水) 6:48 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。何故か、ドイツ語と英語とで「窓から物を捨てるな」と書いてある。フォルリ駅に着く。この辺りにルビコン川があるはずだ。古代ローマのシーザーの故事に因む「ルビコン川を渡る」と言う言葉は世界的に有名だ。その川をこの列車は渡る筈なのだ。しかし窓から外を見ていてもそれらしき川が見つからない。事前情報でルビコン川は、知名度の割には小さな川だということだった。何本かの川を列車は渡っていったが、どれも小さな川なのでどれがどれだか判らない。日本の様に大きな看板で「一級河川 ルビコン川」とでも書いてくれれば、すぐに判るのだが、全くそのようなものはない。そうこうしている内に目的の駅のリミニ駅の一つ前の駅、チェセナ駅についてしまった。ルビコン川はどこだ。ルビコン川の位置http://goo.gl/maps/dkqvk

2013年1月9日(水) 6:01 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。出発30分後、イモラ駅に着く。持参したトーマスクック時刻表に載っている駅だ。これで自分達が乗った列車が間違いないことが分った。旅行前に時刻表を持って行かないと自分達が今どこにいるか分らなくなるぞ、と忠告された。まさにこういうことだったのだ。ファエンツァ駅。駅舎の後ろに何やら見慣れた橙橙色の実の木がある。柿だ。柿は日本だけだと思っていたが、イタリアにもあるのか。途中でも柿畑を見かけた。ファエンツァ駅http://goo.gl/maps/cHfWw

2013年1月8日(火) 22:36 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。欧州で数分間での乗り継ぎを成し遂げた我々は、勝ち誇った気分で次の列車の座席に座っていた。何番線か向こうに我々がミラノから乗ってきた特急アルタ・ヴェロチタが見える。さらばヴェロチタ。アリヴェデールチ、ボローニャ。乗り継ぎ列車は急行なので、アルタ・ヴェロチタよりもちょっとお貧乏。次に降りるのはリミニ駅。一時間半後に到着だ。暫くすると本当にこの列車でいいのか心配になってきた。余りにも上手く乗り継げたのが、逆に心配の種になった。トーマスクックの路線図を見ると、ボローニャからは三方向に路線が延びている。どの路線を走っているのか全く分らない。まぁ、間違っていても計画を変更すれば済むことなのだ。気分を反映してか窓の外はちょっと曇り空になっていた。

2013年1月8日(火) 21:58 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。ミラノを出発して、約一時間後にボローニャ駅に着く予定だったが、既に到着予定時刻を数分過ぎている。乗り換え時間はもともと10分しかないのだ。とにかく列車から一番で出られる様に出口に待機した。ボローニャ駅に着いて扉が開いた瞬間、妻と二人で飛び出してホームの電光掲示板を探した。あった。乗り継ぎ列車は10番線からの出発だ。10番線はどこだ、と心の中で叫びながら走ったが、すぐに見つかった。目的駅のリミニ駅へ行く8:35分発アンコーナ行き列車。あと2分で出発だった。右下の写真は、遅れて到着する列車の中で妻が撮った写真。例の如く、我々が座っていた二等車両の出入り口。妻は乗り遅れる心配など全然していなかったようだ。ボローニャ中央駅http://goo.gl/maps/3ZJkG

2013年1月8日(火) 21:24 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。時速300km/hで疾走するイタリア国鉄特急アルタ・ヴェロチタ。感動しているのは私だけで、妻は眠たげ、隣のあばさんは新聞を読み、後ろに見えるオッサンは仕事の資料か何かを懸命に読んでいる。

2013年1月8日(火) 21:06 UTC+09
 負の絶対温度の物質を作ることに成功したらしい。しかし負の絶対温度と言うのはどういう意味なのか記事を読んでもさっぱり理解できない。特徴は以下の通り。1)温度が徐々に下がっていき零度を越えて負になるのではなく、正の温度から突如、負の温度になるらしい。2)負の絶対温度の物質を使えば、熱力学第二法則を無視して、熱が低温から高温に何もしなくても移動するらしい。3)負の絶対温度を示す物体は、反重力作用を持つらしい。2013年初っ端からドエライ発見であるが、以前の「超光速粒子」の類いではないだろうな。何せ、達成した温度は「マイナス10億分の数ケルビン」だから。

2013年1月8日(火) 6:58 UTC+09
 『2013』と言う数字は素数っぽくて、なんか座りの悪い年だなぁと思っていた。よく見ると3の倍数ではないか。今年は意外な年になるか。

2013年1月8日(火) 6:46 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。五日目。朝、7時前のミラノ中央駅。7:20発のエウロスター・イタリア・アルタ・ヴェロチタに乗ってボローニャへ向かう。ボローニャで乗り換えリミニへ。リミニから第三の訪問小国サン・マリノ共和国にバスで行く。今回の旅行の最大の難関がこのボローニャでの乗り換えであった。ヨーロッパの鉄道は、日本と違って、大抵定刻通りに動いていない。従って移動の乗り換え時間には一時間取って旅程を組んでいる。しかしボローニャでの乗り換え時間は10分しか取れなかった。時刻表上でたった10分である。この乗り換えを逃すと次の電車は1時間後となり、更にリミニからサン・マリノ共和国迄のバスもそのまた1時間後となってしまい、小国訪問は諦めなければならないかもしれないのであった。駅の見取り図があれば、迷わずに済むと考えたが、旅行前にボローニャ駅の見取り図情報は得られなかった。インターネットで調べたが、全く出てこない。イタリア国鉄のホームページで列車運行状況が確認できる。ボローニャ駅で該当の列車が何番線に停まって、乗り換え列車が何番線から出ているかは事前に知ることができた。しかしこれは突然変更されることはしょっちゅうあるので、何ら役に立たない。それにそもそも駅の見取り図がない。JCBカードの現地事務所で旅行情報を調べてくれると言うことを旅行出発前に聞いた。早速調べてもらったが、情報はないと言うことだった。なんだ、結局現地でもインターネットで調べるだけだったか。最終手段としてGoogle Mapで駅の状態を確認した。番線は分らないが、何となく雰囲気はつかめた様な気がする。http://goo.gl/maps/Bssut結局、ボローニャ駅での乗り換えは成功した。

2013年1月8日(火) 6:10 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。ミラノ中央駅。古い建物と現代の装備とがうまく解け合っている。流石、デザインの国。http://goo.gl/maps/aEh84

2013年1月6日(日) 20:28 UTC+09
 愛知県南知多町の白山五色龍神に行ってきた。通称貝殻公園。すご過ぎる。全てがコンクリートと貝殻でできている。しかも風化しつつある。個人が20年かけて30年程前に建てたらしい。貝殻公園の場所http://goo.gl/maps/HFXwO

2013年1月6日(日) 20:13 UTC+09
 愛知県南知多町の尾張高野山岩屋寺の隣にある中之院という寺に行ってきた。通称たぬき寺。境内に祀られている軍人像。昭和十二年に中国で戦死した人のものらしい。もともとは名古屋市千種区あったものを平成七年にこの寺に移したようだ。カラフルISO地蔵。規格化されているので頭巾の色で個性をだしている。たぬき寺の由縁。境内にはたぬきの像が沢山ある。動物供養もやっているようだ。軍人像のある場所http://goo.gl/maps/4fKoN

2013年1月6日(日) 19:39 UTC+09
 愛知県南知多町の尾張高野山岩屋寺に行ってきた。本来の目的はここではないが、まずは手始めにここを参拝した。謎のコンクリート製巨大茶筅。五百羅漢像。無人販売所。無人だと思って商品を見ていたら、横に停めてあった自動車から小室哲哉似の長髪のオッサンが出てきた。三つで500円だと言う。大福、落花生とらっきょうを買った。http://avexnet.or.jp/tk/index.html岩屋寺の場所http://goo.gl/maps/fWwc2

2013年1月6日(日) 10:06 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行三日目。台北市内。前日に末娘がスケッチブックに描いたツアーの様子。右上には九からの復路列車内での筆談の跡がある。ホテルのバイキング式の朝食。いと美味し。昭和初期日本風の建物。檳榔(ビンロウ)屋。台北市内ではちょくちょく見かける。ビンロウとはタバコの様に習慣性のある嗜好品。ガムの様に噛むらしい。数年前迄はビキニ姿のビンロウ売り娘が沢山いたらしいが、現在は絶滅したようだ。詳細な場所http://goo.gl/maps/ZMeqW

2013年1月6日(日) 8:58 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。ミラノ中央駅。駅舎は劇場か美術館かと思わせる様な造り。http://goo.gl/maps/aEh84

2013年1月6日(日) 8:46 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。定刻通りヴェンティミーリア駅を出発。我々の荷物は最小限なのでこれだけ。欧州らしい個室座席。空調や座席の位置が絵文字で解説してあるので外国人にも理解できる。サンレモ音楽祭のサンレモ駅。ヴェンティミーリア駅のすぐ近く。サンレモ音楽祭と言うと「松崎しげる、愛のメモリー」と頭に浮かぶが、松崎しげるはサンレモではないようだ。ミラノに数分遅れで到着。ミラノ駅構内を疾走する連結棒式小型ディーゼル機関車。ミラノ中央駅http://goo.gl/maps/aEh84

2013年1月6日(日) 8:15 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。ヴェンティミーリア駅。ミラノ行きの列車に乗り換える迄、待ち時間が1時間程あった。街には何もなさそうなので、駅で時間をつぶす。古ぼけた駅なので、何か珍しいものがありそうだ。妻を待ち合いに残して、駅構内探索に出た。駅構内用の小さなディーゼル機関車。私の好きな機関車の一つ。日本では見られない連結棒付きのディーゼル機関車。歯車で動輪に動力を伝えるよりも連結棒の方が安くできそう。片方の連結棒が死点で停まると動き始めの動力が半分になってしまうのが欠点か。給水塔と古そうな車庫。待合室に戻ると、妻が隣の若い東洋人夫婦を紹介してくれた。私が駅探索している間、話をしていたらしい。香港人で新婚旅行だった。我々の荷物の量とは違い、スーツケース四つぐらい持っていた。同じ列車に乗ってミラノに行くようだ。列車は同じだが、乗り込む車両は違っていた。新婚さんは一等車、われわれ旧婚さんは二等車に乗り込んだ。ヴェンティミーリア駅http://goo.gl/maps/Nx1Hd

2013年1月6日(日) 7:40 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。ヴェンティミーリア駅構内の売店。結構大きな駅売店だった。細々とした物が整然と並べられている。いい感じの売店。

2013年1月6日(日) 7:32 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。イタリア ヴェンティミーリア駅構内。プラットホームはモンテカルロと違いコンクリート製。線路が白いのは雪ではない。何なのか不明だが、全路線白くなっている。もしかしたら垂流し便所の消毒かもしれない。ただし臭いは全く無し。駅前のロータリー。フランスでは、駅は「gare(ガール)」だったが、イタリアだと「stazione(スタツィオーネ)」になった。チューリッヒ、リヒテンシュタインではドイツ語だから「Bahnhof(バーンホーフ)」。EU各国は日本で言う「県」のようだと思っても、言葉がこれだけ違うとやはり国が違うと言うことか。駅舎内とヴェンティミーリアの街並。ヴェンティミーリア駅http://goo.gl/maps/Nx1Hd

2013年1月5日(土) 19:54 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。モナコに別れを告げて、イタリアはミラノへ。ミラノ迄は約5時間かかる。モンテカルロ駅を出て6分後には、フランスの隣駅、ロクブリューヌ・カップ・マルタン駅を通過。モナコ-フランスの国境を知らぬ間に越えていた。更に六分後にはマントン駅に到着。ここはまだフランス。そして10分後にヴェンティミーリア駅に到着。ここはもうイタリア。知らぬ間にフランス-イタリアの国境も越えていた。モナコからここ迄は20kmぐらいしか離れてないが、まるっきりイタリアの雰囲気。駅の名前からしてイタリアだから当り前か。ヴェンティミーリア駅http://goo.gl/maps/Nx1Hdここでミラノ行きの列車に乗り換えだ。

2013年1月5日(土) 18:50 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。所狭しと立ち並ぶ住宅。モナコの金のなる木。色んな建築物がぎゅっと詰め込まれているが、ごちゃごちゃしていない。全て計画通り建てている雰囲気。駅前の温度計。19℃。詳細な場所http://goo.gl/maps/OBNSs

2013年1月5日(土) 18:23 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。随分、人に慣れているカモメ。28mmのズームなしカメラでかなり近づいても逃げ出さなかった。世界で最も知られているヘアピンカーブ。詳細な場所http://goo.gl/maps/e592H

2013年1月5日(土) 18:13 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。港に停泊する高級クルーザー。どの船も船体のクッションには古タイヤなどが一切使われていない。使われているクッションも高級品なんだろうなぁ。延々と続く警告標識。アダムとイブのブロンズ像があった。フェルナンド・ボテロ作。この名前は聞いたことがなかったが、調べてみると太ったモナリザを描いた人だった。これなら見たことがある。http://www.artsheaven.com/fernando-botero-oil-painting-reproductions-all.htmlアダムの局所がテカっている。人類皆兄弟であることを実感する。これも作品の意図であろう。詳細な場所http://goo.gl/maps/ZISQ3

2013年1月5日(土) 17:00 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目何やら映画かテレビの撮影をやっていた。撮影カメラ搭載車も少しいい車を使っていた。あてもなくモナコの街を歩く。モナコグランプリのスタート地点を見付けて、少し嬉しくなる。詳細な場所http://goo.gl/maps/32af7

2013年1月5日(土) 15:54 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時半頃。月本。伊勢街道と奈良街道との合流点である月本追分。右上は追分から四日市方面を望んだ写真。重要街道の交差点なので道標もでかい。伊勢街道最大だと言う。「月本おひ王(わ)け」「右 いがご江なら道」「右 さんぐうみち」とある。天保十三年の建立だから、濁点は後世に付けられた可能性が高い。濁点の大きさ位置が不釣り合いである。道標の奥の屋敷の屋号は『角屋』。街道の交差点角にあるからだが、一体何屋だったのか。お茶屋か。詳細な場所http://goo.gl/maps/DqU2P

2013年1月5日(土) 15:12 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時頃。肥留。『猿屋』とは、一体何屋なのか。伊勢街道と香良洲(からす)道の合流点。道標には「旅神社  小舟江…」「右 からすミち」「霊汗阿弥陀如来…」とある。詳細な場所http://goo.gl/maps/ccUjA

2013年1月5日(土) 14:22 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時頃。肥留。洗い場のある小さな川。昔は川と生活とが密着していた。街道の橋。小さな橋だが、橋の親柱には、銘がある。笠松井とはこの辺りの井堰の名前らしい。新田ができて、雲出川から水を引く用水を作った時にこの辺りに設置された井堰だろうか。橋の名前は『へいごろうばし』。新田の開墾者の名前か。詳細な場所http://goo.gl/maps/j8tXx

2013年1月5日(土) 13:43 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時頃。肥留。街道脇の常夜灯。江戸の商工会議所が寄附したものか。側溝にはシジミとカワニナが棲息している。水が綺麗な証拠。『鍛治熊』。随所に見られる間違った表記。本来は鍛冶熊が正しい。鍛冶の『かじ』は音読みでなく、訓読み(熟字訓)。音読みなら『たんや』。『治』の字を当ててしまうのは、音読みとの勘違いから混乱してしまった結果である。『源之助』とは一体何屋だったのか。詳細な場所http://goo.gl/maps/vMeFu

2013年1月5日(土) 13:19 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十二時頃。小野江。まさに街道の歴史が一つ消え去ろうとしている瞬間に出くわした。屋号と建物の形から推定すると旅館だったのだろう。『茶碗屋』。跡形も無し。街道の様子。『肥留町』とある。少し違えば大変な地名になっていた。詳細な場所http://goo.gl/maps/CHCw5

2013年1月5日(土) 13:00 UTC+09
 ニ〇一一年十一月伊勢道中膝栗毛五日目の十一時半頃。小野江。モダンなひさしの店。タバコの自販機が置いてあるが、ガラス戸には『アイスクリームあります』とある。そして謎の『塩アイス』。美味しいのだろうか。牛乳屋の屋号は『鶴屋』。江戸時代は何屋だったのだろう。『下駄屋跡』。建物があるのに「跡」とは。考えられるのは、下駄屋の子孫が建てたものではないので、屋号をそのまま引き継ぐことができなかった、かもしれない。詳細な場所http://goo.gl/maps/tchCZ

2013年1月5日(土) 11:57 UTC+09
 ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行二日目。 往路は自由席だったが、復路は指定席が取れた。自強は特急を意味する。昔ながらの水飲み場。指定席が取れたが、家族バラバラだった。最初、小四の娘は現地の女性の隣だった。暫くその女性と筆談をしていたらしい。その結果、その女性の連れと丁度うまく入れ替わることができたようだ。上の娘は、臭い九から遠く離れているにも拘らず、マスクをしたままだった。

2013年1月5日(土) 11:36 UTC+09
ニ〇一二年三月下旬の台湾旅行二日目。九の最寄り駅、瑞芳駅の20時頃。野良犬が駅内を闊歩する。プラットホームへの出入口には改札がない。地下通路からホームに上がると駅員が立っていた。ここで改札をする。駅員は黒いマスクをしていた。詳細な場所http://goo.gl/maps/NygMS

2013年1月5日(土) 11:10 UTC+09
 石松の墓がある静岡の大洞院にて。清水の次郎長と森の石松の漫画立て看板を写メに収める野球帽にカーディガン姿のオッサン。これぞ現代日本の観光地に於ける原風景だろう。チョイ悪オヤジに憧れながら、こっち側にどんどん近づいていく。「森の石松」の「森」は一般名詞の森だとこの時まで思っていた。遠州森町の森だった。人を地名で呼ぶのは今でもよくやる。これから考えれば「森」は地名だと分る筈だったが、森林のことだと思っていた。http://goo.gl/maps/VlN6P

2013年1月5日(土) 10:15 UTC+09
 冷蔵庫に貼ってあった、小五の娘の謎の覚え書き。絵は、小学生などで流行っているゲームのキャラクター『なめこ』の自画像。おさわりなめこhttp://namepara.com/そして小学生の算数では絶対出てこないような巨大な数。多分ゲームの得点数であり、自分は最高点が得られるキャラクターと言う意味だろう。途中に小数点が現れるのはどういう意味か。ピソット数を知っているのか。ピソット数http://reference.wolfram.com/legacy/v4-ja/MainBook/G.1.2.html

2013年1月5日(土) 9:55 UTC+09
 インスタントだけど美味いと噂されている丸ちゃん正麺を初めて食べた。美味いよ。焼豚は実家の母が謹製したもの。http://www.maruchanseimen.jp/about/index.html

2013年1月5日(土) 9:34 UTC+09
 昨日は、毎年恒例の暗証番号変更を実施した。様々な口座の暗証番号を年一回変更する。全部変更するのに4時間ぐらい掛かった。口座は十数個あるが、共通化していて暗証番号は二種類しかない。事故があっても何ら損害のないような口座は固定、銀行など重要な口座は年一度の変更で、今回の変更はこちらの方。設定している暗証番号は15文字。全部変えると憶え直すのが大変なので、うち1文字だけを変更する。今年の年号に関連する文字なので変えた部分も憶え易い。最近は、暗証番号を設定すると、その番号がどの程度安全かを自動的に判定してくれる。暗証番号が「1234」と短く安易なものだと危険だと警告してくる。自分の暗証番号は、どこの口座でも磐石と言う判定。褒められているみたいで嬉しかった。褒めている相手は機械なのだが。

2013年1月5日(土) 8:57 UTC+09
 こんな夢を見た。本屋に行くとかねてから探しあぐねていた月刊PLAYBOYが一冊だけ残っていた。何故か知らないが、他の雑誌の下敷きになっていて、赤い文字で書かれた標題の一部の「OY」が見えていたのを見付けた。おぁ、これだこれだと思いながら、抜き出して、お目当ての綴じ込みグラビアを開いて眺めてみる。完全無修正の金髪美人がポーズをとって微笑んでいる。まさにこのグラビアだ、と思ったのだが、買わずに戻した。はっきり憶えているのはこれだけの部分。これは老人の夢なのか、若者の夢なのか。色がついていて美女が登場するので若者だと思うが、月刊PLAYBOYと言うところが老人に近いなぁ。

2013年1月4日(金) 11:36 UTC+09
 去年の12/25に出した年賀状が、一枚戻ってきた。郵便番号が間違っていて配達不能になった為だ。郵便番号が正しければ、字名以下だけで届くので、市町村名は書いていない。住所は手書きなので、できるだけ省略しているのだ。それにしても戻ってくるのが遅過ぎる。確かにこっちが悪いのだが、1/1時点で間違っていることが判っている筈だから、もっと早く戻ってきてもいい。間違った先にも同じ字名があったのだろうか。それだと戻ってくるのに時間がかかる。調べてみたけど、ないじゃないか。ほんとにもうっ。

2013年1月4日(金) 10:48 UTC+09
 高二の娘の友達に「にゃる」という渾名の娘がいるらしい。きゃりーぱみゅぱみゅみたいだなぁ。キミーブラウニーとはちょっと違うなぁ。

2013年1月4日(金) 10:38 UTC+09
 実家近くのお宮さん。鳥居の近くに大きな桜の木がある。よく見ると棕櫚と樫が宿り木になっている。桜の木がかなりの老木であることを物語っている。父の話しだと、この桜の木の前で召集された村人が出征の挨拶をしたらしい。年老いた親、妻や幼子を残して、二度とこの場所に戻れなかった者もいただろう。大叔父もその一人だ。何となく戦争も辞さないという雰囲気が醸し出されつつあるが、戦争とはこういうことなのである。本当に分っているのだろうか。

2013年1月4日(金) 10:09 UTC+09
 畑で作っていた瓢箪がとんでもないことに。八月頃、すくすくと育っていた瓢箪。欧州旅行の準備などで、収穫するのをすっかり忘れていた。正月に見に行ったら無惨な姿になっていた。地面に置きっぱなしだったので、瓢箪の表面にしみが付いてしまった。拾ってきて洗ってみたが、ぜんぜん取れない。焼き物の釉薬のような趣ではないかと考えてみたが、やはりどう見ても汚らしいだけだ。削ればなんとかなるだろうか。今年はちゃんと作って無人販売所で売ってみようかなぁ。

2013年1月4日(金) 9:21 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。2時過ぎのカジノの前。昼頃にはなかった高級車が並ぶ。警備員と背広姿のオッサンとの雰囲気からレンタカーではなさそう。カジノはやってこなかった。事前に入ったので、それである程度満足してしまった。路駐フェラーリ(レンタカーなのか?)の衝撃。歩道縁石との隙間は1cm程度。人がこの自動車に乗ったら、沈んで縁石にぶつかるのではないか。普通の感覚ならこんな停め方はしない。ここではフェラーリでさえも単なる足代わりなのか。にも拘らずマフラーの周りまで手入れが行き届いている。金持ちの世界とはこういうことなのだ。

2013年1月4日(金) 9:00 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。カジノの真ん前にランボルギーニが停まっていた。凄い塗装。アルマイト仕上げみたい。もしかして本当にアルミボデーでアルマイト仕上げだったりして。カジノの周りはモナコグランプリのコースになっている様なので、至る所にカーブの警告表示があった。F1レースの時だけ意味のある道路標識。おおよその場所http://goo.gl/maps/I1jLU

2013年1月4日(金) 8:20 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。高級腕時計、宝石のショパールのウィンドウに飾られていたモナコ大公のアルベール二世とシャルレーヌ妃の写真。アルベール二世はグレースケリーの息子。奥さん綺麗だなぁ。とにかく人が少ないので、店に入りにくい。大体の場所http://goo.gl/maps/9bFzd

2013年1月4日(金) 7:53 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。カジノの様子。人気が全然ない。高級装飾店ではないので、気にせず、ずけずけと入って行ったら、警備員に止められた。一般庶民は立ち入り禁止なのか。こっちは出口だからあっちから入れ、と言う。中に入ってみると、すらりとしたモデルの様なスーツ姿のお姉様が二人立っていた。奥に入りたいと言うと、「カジノは2時から。カジノルームの見学だけなら今からできるわ。一人10よ」と英語で言われた気がしたので、妻と二人分払って奥に入った。賭博部屋は撮影禁止。スロットマシン、ルーレット、カードゲーム机など映画で出てくるそのままがあった。床は絨毯。什器や調度品は日本のパチンコ屋とは随分違う。係員が開店前の点検などをしている。ボンジュール、と声を掛けるとニコニコッと返してくれるので、気持ちがよい。挨拶は基本だわ。写真のブロンズ像は幸運の女神らしい。抱えている袋にはコインがぎっしり詰まっていた。カジノ・ド・モンテカルロhttp://goo.gl/maps/30jNl

2013年1月4日(金) 7:22 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。グランカジノの前の公園。人はあまりいないし、綺麗過ぎるし、圧倒されっ放し。妻は、高級装飾店にこの格好ではとても入れん、と窓から店の中も覗こうとしなかった。確かに街に人があまりいないので、店に入るのは勇気が要る。カジノの前の道路に停めてあった高級車群。旅行中は金持ち国モナコだから路駐してある自動車も違うわい、と思っていたが、もしかするとこれは路上駐車ではないのではないか。まだ昼前なので、カジノはやっていない。なのにこれだけ高級車が停まっているということは、観光客もしくはカジノ客を当込んだレンタカーではないか。詳細な場所http://goo.gl/maps/azSoQ

2013年1月4日(金) 7:02 UTC+09
 2012年11月の欧州小国紀行。四日目。モナコの住宅街。綺麗なスマートが路上駐車してあった。普通のスマートではない。メルセデス・ベンツのチューナーであるブラバスのチューナー車である。グレイス王妃のゆかりの場所らしいが、説明がフランス語なので、よく分らなかった。詳細な場所http://goo.gl/maps/8NRr4

2013年1月4日(金) 1:05 UTC+09
 転車台見学に天竜二俣駅へ行ってきた。この見学会は毎日やっていて、参加費は200円。予約は不要。汽車の為の給水塔や現役の木造駅舎などを見物してから、転車台の見学をする。なんと実際に車両を載せて転車台を回転させるのだ。たった200円で実演が見られるとは。まぁ、どっち方向でも使用できるディーゼル列車を回転させて何の意味があるか、という疑問は別にして、転車台を動かして見せてくれる駅はそんなにないと思う。転車台ツアー 天竜鉄道を使えば、参加費は100円。http://www.tenhama.co.jp/pamphlet/pdf/tensha/omote.pdfhttp://www.tenhama.co.jp/pamphlet/pdf/tensha/ura.pdf

2013年1月4日(金) 0:38 UTC+09
 遠州森の石松の墓がある大洞院の座禅堂。なんか自分が想像している座禅とかなり違う。まず畳であること。座禅と言えば、何となく板の間のような気がしていた。そして衝撃的なのは、クッション。なんか凄く気持ち良さそうな感じがする。テンピュール製の低反発スポンジが入っているのかもしれない。カバーもベルベットっぽい。このクッション、どうやって使うのか。テレビ枕に丁度良さそう。

2013年1月4日(金) 0:25 UTC+09
 愛知県東栄町古戸(ふっと)地区の花祭の最初の方の舞。まさに舞うという感じ。茶髪の若者も舞う。若者の舞は立ったりしゃがんだりを百回ぐらい繰り返す。かなりの難行。先輩諸氏から頑張れぇと声が掛かっていた。これらは序の口で、この後、様々な舞が夜を徹して行われるらしいが、この辺で帰ってきた。

2013年1月4日(金) 0:10 UTC+09
 実家の一角にある観音様。馬頭観音。右側の道は恐らく江戸時代からある古い道。道行く人が時々賽銭を置いて行くが、大晦日には一銭も置いてなかったので、呼び水で数十円置いておいた。お堂がかなり古くなってきたので、そろそろ普請が必要になってきた。賽銭だけでは全く足りん。

2013年1月2日(水) 17:28 UTC+09
東栄町の花祭を見ております。噂に違わず、不思議な祭りです。

2013年1月2日(水) 13:14 UTC+09
森の石松の墓に初詣。今年初ではなく、人生初だ。今年は破天荒に生きるか。大洞院http://www.town.morimachi.shizuoka.jp/sigh/jinjabukkaku/daitouin.html

2013年1月1日(火) 12:00 UTC+09
 名古屋式雑煮。具は餅以外、正月菜のみ。小松菜とちょっと違う。江戸時代、尾張藩を中心とした東海地方の諸藩では、武家の雑煮には餅菜のみを具とし、餅と菜を一緒に取り上げて食べるのが慣わしで「名(菜)を持ち(餅)上げる」という縁起を担いでいたということです。http://web.archive.org/web/20130310141500/http://www.maff.go.jp/tokai/seibi/kawaraban/pdf/midoriforum45.pdf

2013年1月1日(火) 12:00 UTC+09
昨日、久々に洗車したら、もう雨に降られた。「洗車後24時間以内に必ず雨が降る」というジンクスは生きていた。がんばり入道の呪いのせいか。

2013年1月1日(火) 11:20 UTC+09
 しまった。大晦日の夜におまじないをせずに寝てしまった。大晦日の夜には便所で「がんばり入道ほととぎす」と三回唱えておかないと、また今年一年も、がんばり入道の出現に悩まされなければならない。毎年、この行事を忘れてしまう。



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